第3話

「RPGで最初にやることって、やっぱクエストだよな」


 町から北西に進んだところにある森。

 初心者が良く訪れる場所ということで『初心者の森』と呼ばれている。

 木の葉の間から木漏れ日が射し、背の短い草を青く照らす。森から虫や鳥のさえずる声が響いてくる。所々には見たこともない花が咲いている。


 流石異世界、俺の目に入るもの全てが新鮮だった。引きこもってたのもある。


「さて、殴り兎パンチラビットはどこだ?」


 冒険者になった俺は、早速ボードにあったモンスター退治のクエストを引き受けたという訳だ。

 受付嬢の話しでは、殴り兎パンチラビットは比較的に弱く、初心者でも攻撃さえ当てられれば簡単に倒せるらしい。

 某人気RPGでいうところのス○イムだ。

 そんな雑魚ザコを三体倒すのが俺の初仕事である。


 正直不安だ。しかしここでクエストをこなさなければ無一文という状況から脱出できない。

 そう、金が無いのだ。


 その事に気付いたのはクエスト出発前の準備中、ようやく自分の持ち物を確認できる時間ができた。とりあえず俺は、ギルドにある長机に持ち物を置いて順に確認する。

 スマートフォン、財布、家の鍵。

 当然クエストには役に立たない。お金もこの世界では無価値だ。試しに片手ジョッキのおっさんに百円の硬貨を見せるも。


「う~ん、なんだそれ? んなものより酒持ってこい~!」


 と言われる始末。

 つまり俺は、武器も無ければ金もない。この異世界で変な格好をしたホームレス冒険者という訳だ。


 しかし、そんな状況にあるにも関わらず、俺の心は冒険心と好奇心で満ち溢れていた。

 用は、何とかなるかと気楽に考えてクエストを受注したって訳さ。


「おーいラビットちゃん、出ておいで~、俺が倒してあげるからさ」


 野良猫でも呼ぶように周囲に呼び掛ける。

 ちなみに武器は無い。何故って言うなよ、無一文なんだから。

 ちなみに、ギルドから渡された唯一の物は、『ステータストーン』という平たい青い石だった。


 説明すると、冒険者の魔力を感じ取りそれを視覚化して写し出すらしい。

 自分の名前、所属ギルド、何でもありだ。触れた瞬間からその人物の記録を始めるらしいので、渡されたときは白い布で何重にも巻かれた状態でもらった。扱いはまるで硝子がらすか爆弾である。


 また、ステータストーンの形大きさはスマートフォンに非常に似ていた。今は俺のポケットにある。持ち運びは完璧だ。


 ちなみに、俺はまだ見ていない。名前通りなら俺のステータスも写し出されるからだ。

 この世界の勇者として生まれ変わった俺が一体どのくらいの力を秘めているのか、フッ、想像しただけでも震えるね。


「おーいうさぎちゃーん、早くでてきなちゃい、可愛いうさぎちゃーん!」


 どうせ雑魚だ、変に怯える必要はない。それに俺は勇者だ。あの女神もそう呼んでいた。

 勇者としての力を秘めている俺にとって、うさぎなど敵でもない、さあ来るならこい! 返り討ちにしてやる!


「! お!」


 意気込んでいたその時、近くの草むらがガサゴソと揺れる。待つこと数秒、白い足が草むらから現れる。


「よっ! 待ってましたうさぎちゃん、早速で悪いが俺にやられ……て……んっ!?」


 とてつもない何かに俺は気圧された。

 二足歩行に? 違う、サイズが元の世界と変わらないから? 違う。


 見れば、真っ白なうさぎはこちらにむかってガンを飛ばしていた。


「え? 何あれ不良?」


 盛り上がっていた気持ちも、氷水を掛けられたように冷たく縮こまる。

 代わりに、いじめられっ子特有の黙ると目線を反らすを発動した。


 うさぎなんていう可愛らしいものじゃない、何人も殺ってきましたとばかりに主張するその目は、冒険者成り立てのひよっ子には来るものがある。

 それに加え、元の世界で散々見てきたいじめっ子の目とそれは非常に似ている、いじめられっ子だった俺が意識に割り込み、逃げるを選ぶよう催促する。


 一歩片足を下げる。しかし……。


 この世界では俺は勇者だ! RPGみたくぼこぼこにしてやる!

 RPGマニアの俺が戦闘を始めようともう片足を前に出す。

 無茶だと弱気の俺が体を半回転させ、うさぎに背を向ける。逃げるを選択。

 やってやると強気の俺が体を半回転させ、うさぎと正面に向き合う、戦うを選択。


 戦う、逃げる、戦う、逃げる、戦う、逃げる。

 水掛け論になった俺の意識、このままではらちが開かない。


 どうしたらいいか混乱するなかで、あの声が聞こえた。


 真面目な人間になれ。


 仕事ばっかでろくに息子の顔も見たこともない親父の声、そんな親父の、知った風な説教。


 感情が揺れる。心の奥でぐらぐらと何かが。それが怒りだと分かった時にはうさぎを真っ正面に睨んでいた。


 親父、良く見てろよ! 前の世界が合っていなかっただけで、この世界では俺は真面目に人間やれるってところを!


 シュ、シュ、と空気を切る音、うさぎはシャドーボクシングをやっていた。前の俺ならその音さえビビっただろう、けどもう違う。俺は変わった、正真正銘生まれ変わったのだ。

 前の俺は死に、今の俺が生まれた。恐れるものなんてないんだ!


 うさぎはこちらを見て、何かを悟ったように拳を突き出す。翻訳するなら、フッ、良い面構えになったじゃねぇか、さあ拳を出せ、ここからは命のやり取りだ。という感じだ。

 翻訳に従い拳を突き出す。風が止んだ。

 俺とうさぎは、次に風が吹いたらそれが合図だと悟り、戦闘態勢に入る。


 今まで逃げていた俺が、まさかこうして戦うことを選ぶとはな。

 逃げることこそ身を守る術と思っていた。けど今は違う! 戦うことこそ、自分を自分らしくするんだ。

 俺のなかで熱い解答が出された後、風が、吹いた。


「うおらっー!」


 リーチ差もあり、俺の拳が先に、空中に飛ぶうさぎを捉える。

 しかし。


「なぁ!?」


 何故かうさぎは無傷だった。全身全霊の拳を受け止めた訳でもなく、かわした訳でもない。

 まるで相手に当たり判定が無いみたいだ。


 うさぎ自身も何が起きたのか分かっておらず、自分の体を見下ろしていた。

 が、これは命と命のやり取り。隙を見せたうさぎに間髪入れずに拳を叩き込む。


「……は!?」


 うさぎの頭に思いっきり拳を叩き込んだ、叩き込んだのだが、


「何で効いてないんだよ!」


怯むどころか微動だにしていない。本当に当たり判定が出ていないようだ。


 動揺する俺にうさぎは襲いかかり、体のあちこちに拳を叩き込む。

 まずい、これはまずい!


 地面に倒れた俺に、うさぎが飛び蹴りならぬ飛びパンチで追撃を仕掛ける。近くにあった石ころを掴み、思いっきりうさぎに投げる。隙が生まれ、見逃さなかった俺は脱兎の如く駆け出した。

 この勝負、うさぎの勝利で幕が降りたのだった。



 □■□■□■□■□■□■□■□



「あぁー! 何でダメージを与えられないんだ!」


 殴り兎パンチラビットから逃走した後、モンスターに見えないよう草影の中で身を潜めた。

 身体中に痛みが走る。これが本当の戦闘なのか。

 ゲームの中では主人公、仲間、もちろん敵の痛みなど分からない。が、ここは現実のRPGみたいなもの、一定までダメージをくらえばもちろん死だってあり得る世界だ。

 背筋にゾッと死の恐怖が走る。今まで考えたこともない死という概念。命と隣合わせに存在するそれを今初めて意識した。


「嫌だっー! 死にたくない! せめて彼女出きるまでは死にたくないよー!」


 お前もう一回死んでるじゃん、とか言うなよ、怖いものは怖いんだよ!


 誰に言ってるのかさえ分からないままじたばたしていると、ザクッ、ザクッと草を踏みつける音。しかもその音はちょっとずつ大きくなっていく。

 咄嗟に口を塞いで地面に伏せる。


 激しい戦闘(といっても一方的に)があった後だ、もう一度戦闘するのは避けたい。

 しかし、音は俺の想いに反してどんどん近づいてくる。


 「万事休すか? でも死にたくない。ならどうする」


 どんどん音が大きくなる。もはやなるようになれ精神で突っ込もうか、そう思ったとき。


「あのー、すいません」


「うっわ!?」


 金縛りにあったように、固まったまま後ろに倒れる。

 神様すいません俺今度はちゃんと真面目になります、とこの数瞬で何回か祈る。


 「あの~」という可愛らしい言葉が頭上から降りかかった気がするが、きっと気のせいだろう。

 また命を落としてしまったと後悔した。まだ始まって間もないのに。


「え~っと、大丈夫ですよ、アタシはモンスターじゃないですから、ほら、ね」


 宥める声はなおも続く。

 一体誰に言ってるのだろう、死んだ俺には分からない。しかし、なおもその声は一生懸命何かを宥めている。


「あ、あの~大丈夫? 薬草ありますよ」


「お嬢さん、誰に言ってるのか分からないけど、そいつが返事しないならもう止めときな。RPGでは、返事がなければただのしかばねだよ」


 得意気に語るが、可愛らしい声はクスクスと笑うだけ。一体何が可笑しいのだろう。


「なら生きてますね、だって返事してくれたから」


「君もしかして不思議ちゃん? 誰に言ってるか分からないけど、幽霊とかの声は無視した方が良いよ。呪われるよ」


 死んだ自分が言うのもあれだが、そういう声は関わらない方が良い。

しかし、なおも女の子はクスクスと笑う。


「君に話し掛けているんですよ、君に」


 腕をつつかれる感触。死んだのに何で、と考えつつ、それが考える必要の無いものと分かった瞬間跳び跳ねた。


「俺生きてたんだっ!!」


 完全に死んだと思い込んでいた。今さらになってみると女の子はちゃんと会話に相槌を打っていた。屍のくだりだって返事があるから生きてるって答えていた。何で分からなかったんだ俺!


 ここに来てからというもの、ゲームで鍛えてきた注意力が全く役に立たない。そりゃあうかれてたのもあるが、だからといってここまで分からないだろうか。もしかしたら攻撃の件だって……。


「あの! 良いですか」


 自分の注意力に対して分析に掛かろうとすると、声に呼び止められる。見ると、頭巾フードを被った女の子がこちらを見てニコッと笑っていた。


「やっとまともに会話出来ますね、しかばね君」


 女の子は小悪魔っぽく笑い、その際犬歯がチラッと覗く。

 頭巾から覗くピンク色の髪は、左右の肩から束ねた状態で垂れ掛けてある。髪の先端はどこかギザギザしている。

 フードを除くと格好は、丈の短いパンツにストッキング、上はベストらしき服がフードの合間から確認出来る。


 もっともここは異世界、俺の世界の服と酷似しているのであって、名前は不明だ。

 顔も確認しようと覗くが、女の子は自分の体を抱くようにして一歩下がった。


「何じろじろ見てるの、エッチ」


 と女の子。

 数秒を置き、俺の顔が熱くなっていくのを感じる。


「べ、別にそういう訳じゃないから! ただ見慣れない格好だから見てただけで、本当にそういう目的で見てた訳じゃない本当だ信じてくれ!」


 本当かなぁ~、というような意地悪な表情を浮かべる女の子は、クスクスと笑ったあと「いいわ、信じてあげる」と許してくれた。

 ていうか、悪いことしてないんだけどな。


「こんにちは、しかばね君。急ですまないんだけれど『シエル』っていう町がどの方向にあるか知ってるかしら?」


 シエル? 聞いたこともない町だ。異世界に来たばかりだから知らないのも無理はないか。とりあえずフードを被った女の子に知らない事を伝える、すると。


「『レプラコーン』っていうギルドがある町なんだけど……、そう、知らないのなら仕方ないわ、ではさようなら」


 手をヒラヒラと振る女の子にごめん嘘ですと言って町への案内を請け負うことにした。


 知らなかったのは、きっと殴り兎パンチラビットにやられて記憶が飛んでいたからだ、もう不注意とは言わせない。


 初心者の森は道もある程度整備されていたので、開けたところに出れば後は南東に向かうだけ、とても簡単に戻ることが出来る。


 途中で道標どうひょうが現れ、左に曲がる。

 何とも初心者に優しい森である。


「しかばね君は冒険者なの?」

「うん、その通りだよ」

「じゃあこの森にいたのって、クエストのため?」


 その通りだと頷く。

 どうでも良いが、いざ冒険者になってこういう話しをするのは何だか照れ臭い。


「へぇー、じゃあ強いの?」


 その言葉は魔力を持っていたのか、俺の心を曇らせるには十分だった。

 本当は強いんだ、ただ秘めたる力が目覚めてないだけ、多分。


「しかばね君、死なないように頑張らないとね」

「さっきから気になってたんだけど、しかばね君って俺のこと?」

「だってそうでしょ、自分を死んだと思ってるんだから」


 犬歯が見えるくらいフフフッと笑う彼女。まあ実際に一回死んでるのだが、言ったところで信じまい。


「大人をからかうのはやめろよ、ていうか、親は一緒じゃないのか?」


 その時、身の毛もよだつような殺気を感じた。まさかモンスター、と思いその方向に振り返るが、いたのはニコニコ笑う彼女だけ。


「あ、見えてきた。あれがシエルだねしかばね君」


 女の子は見えてきた町を指してニコニコと笑う。

 とりあえずモンスターに会わなくて良かった、森から抜けて胸に溜まった不安を一気に吐き出した。

 とりあえずギルドに戻って自分のステータスを確認するか、と決めた。


「じゃあ町まで一緒に行こうか、え~と」

「クリーゼ、よろしくね」

「よろしくクリーゼ、俺の名前は鍵弥 忍、屍君じゃないぞ」


 と注意はしたものの、は~いと間延びした返事に期待は出来そうになかった。


「あ、結局クエストクリアしてない」


 唐突に足が重くなるのであった。

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