第9話 災禍の翌朝
空が薄っすらと白み初めて初冬の肌寒く感じるはずの空気の中アルゴは目を覚ます。
目を開けるとなぜか目の前で火がばちばちと燃えていた。火がここまで延焼してきたのかと焦って早合点したアルゴは眠気を吹き飛ばして、飛び起きた。
しかし、目の前では焚き火がゆらゆらとゆらめいているだけであった。
どうやら焚き火の暖かさもあり、アルゴはすっかり眠り込んでいたらしい。今度は落ち着いて周囲を確認するがそこは天井に丸い穴が空いている土で作ったかまくらのような場所だった。土で周囲を囲ったと言っていた少女の言葉を思い出すが、まさかこのような形に囲っているとは想像しておらず驚く。
だが、その土のかまくらの中に昨日の少女の姿は見えない。
朝になり、焚き火だけ残して先に帰ってしまったのか思い、寂しさがほんのりとアルゴの胸にこみ上げる。
自分も町に帰るかとアルゴが立ち上がろうとした瞬間、右の脇腹に刺されたかのような鋭い痛みが走る。
「うぐっ」
今までの人生で大きな病気も怪我もなく、見た目通り丈夫に育ってきたアルゴには経験のない苦痛であった。歯を食いしばりながら顔をしかめて痛みを堪えていると、アルゴの耳に土が削れるようななにかの足音が聞こえる。どうやらその足音は段々と近ずいて来るようだ。こんなところに日も昇りきらないうちから人が来るとは考えにくい。必死に思考を働かせるも、激痛で身動きは取れない。
今の状態ならゴブリンにもたやすく負けてしまうだろう。こんなところで自分の命は終わるのかと考えながら、魔物が来るであろうかまくらの入り口の方を痛みに歪めた顔で睨みつける。
ばっとその影が現れる。しかしその陰の持ち主は魔物、ではなく綺麗な金髪の髪を揺らす魔術師少女だった。彼女はかまくらの中を見るや、体を飛び跳ねさせるように大きくビクッとして驚いた後、言葉を発した。
「怖いわよ! 昨日の鬼よりも断然怖いよ!」
そう叫びながらもなぜか少し嬉しそうに少女はかまくらの中に入ってアルゴの方に近ずく。
「とりあえず生きてて良かったわ。眠ったまま起きなかったらどうしようかと思ったから。でもやっぱり痛そうね。すぐ痛み止めを出すわね」
少女はカバンをごそごそさせながら昨日と同じ薬を取り出してアルゴに差し出して、その手に握らせる。
見た目とは裏腹にウブなアルゴは少女と手が触れ合ったことに驚くも、激痛でそのような考えはすぐに吹き飛び、なんとか薬を口に入れ、飲み込んだ。
アルゴが薬を飲んでしばらくすると薬が効きはじめたのか、痛みがだんだん和らいで行き、なんとか動けるほどにまで回復する。
「さっきは睨んで悪かったな。魔物がきたのかと思ったんだ」
「なんで魔物なのよ。朝からこんなところにいるなんて私しか考えられないでしょう」
アルゴが自らの失態を詫びたことに対して、少女は呆れたように言葉を返す。
普段から逃げられることに慣れ過ぎていたアルゴには何処かに行った少女が戻ってくるという考えが微塵も浮かばなかったのだ。
「まぁ、そんなことはもういいわ。起きたばかりで悪いけど早く移動しなくちゃいけないの。薬は八時間くらいは効くはずだけど、今のが最後なの。それに痛みを無理やり麻痺させているだけであなたの状態はかなり悪く見えるから時間的に余裕がないわ。それで、村にいた馬を見に行ってきたのだけど……馬どころか魔物一匹たりともいなかったわ」
すこしうつむきがちに話す少女の言葉をきき、先ほどの激痛が襲って来る前に街へ戻らないと身が持たないなと焦りを感じるも、ふと愛馬ゼノのことを思い出す。気にかける余裕がなく、すっかり失念していたため丸一日近く放ったらかしのままだ。だが、ゼノがアルゴのいるところから逃げたり、魔物に襲われて死んだりすることがどうにも想像できない。
「馬ならなんとかなると思う。俺ときたやつを外に待たせてある」
「そう。魔物にやられてないといいのだけれど。どちらにせよ時間がないわ。早く行きましょ」
そう言って少女がかまくらから外に向かって歩きはじめた。アルゴもまだ痛みが残るが先ほどよりはましなので堪えて、少女に連なって外に出る。
外には真っ黒に焼き焦げた家々の残骸と、燃え尽きた後の白い灰が辺り一面に広がっていた。
しかし、先に出かけていた少女はもちろん、昨日の状況から予想がついていたアルゴも大して驚かずに進む。それでも、二人の表情には悲しみが満ち溢れていた。特にここに住んでいたと話していた少女の心にはアルゴとは違う種類の痛みが突き刺さっていたが、自らの命の恩人をみすみす死なせるわけには行かないので、決して立ち止まらずに前へと進む。
すこし歩き、村の入り口だった場所にたどり着く。
「それで、どの辺りに馬は繋いでいたの?」
少女はそれらしきものが見当たらない周囲を見回しながら諦め混じりにアルゴへ尋ねた。
「今から呼ぶからちょっと待ってくれ」
「呼ぶ?」
少女がアルゴのよくわからない発言に首を傾げている間にアルゴは大きく息を吸い込んだ。肺のあたりに痛みが走るが、ゼノが来てくれるかどうかに自分の命がかかっていると言っても過言ではないので、アルゴは痛みを堪えながらも指をくわえて大音量の指笛を鳴らした。
突然隣から聞こえた甲高い音に少女は驚きながら耳をキーンとさせる。
「ちょっと、耳が痛いじゃない! ちゃんと事前に説明しなさいよ!」
「あー悪いな。うるさかったか」
耳を抑えながら怒りっぽく少女が抗議の声をあげたが、指笛の音を一番まじかで聞いていたアルゴは耳まで頑丈なのかすこし不思議そうにしつつも謝った。
耳の痛みから回復した少女は本当にあんなもので馬が来るのだろうかと疑い、じっとりとさせた目で周囲を見回すがなにも見当たらない。そして、やはりダメだったのかとアルゴの方を見て言葉を発しようとする。
「おっ、来た来た」
「えっ」
しかしそこで聞こえたアルゴの言葉に、少女は慌ててもう一度周囲へと目を向ける。すると確かに遠くの方から猛スピードで馬が走り寄ってくるのが目に入る。
「嘘っ」
自らの常識を疑いたくなるような出来事に少女はひどく混乱し頭を悩ませた。
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