エッセイ
まみすけ
ちょっと切ない友達の話
一昨年、私は異国に来て初めて仲良くしてくれた、日本人の友達を癌で亡くした。10以上年の離れた彼女と共通している事といえば、外国人の連れがいる事と、子供が同じ年だということ位だった。事業を起こすことが得意な彼女は、私なんかよりずっと世の中の上の方にいる人間だったのだろうけど、分け隔てなく付き合ってくれた。私たちは、喧嘩もできる位心を許し合った仲だったし、彼女は面白いものを見つけてきては、私が好きそうだから、と連れて行ってくれた。彼女は掛け持ちしている事業の関係で、とても忙しいはずなのに、時間を作り出すことがうまかった。きっと彼女の24時間と私の24時間は全く違ったもので、どこか生き急いでる感があったのも事実だった。そして、我慢する彼女の事だから、痛くても病院に行かなかったのかもしれない。彼女が亡くなる三ヶ月位前、彼女の子供の誕生会に呼ばれた。風邪をこじらせて、声が出ないと言っていた。私は心配して、ブロンコリンというメキシコのプロポリスの入ったはちみつシロップを持って行ってあげたんだけど、病院に行きなさいと言ったんだけど、彼女はただの風邪だから大丈夫、と言ってそれが生きている彼女を見た最後だった。
共通の友人から知らせを受けたのは、感謝祭の近い11月の中旬ごろだった。仕事をやると口実を付け、離れで一人寂しく痛みに耐えていたそうだ。彼女の様子が変だと気付いた時にはもう手遅れで、ドクターは、余命一週間を宣告した。癌は全身を蝕んでいた。隠すことは美しいのだろうか?
私はさらけ出すことを躊躇しない。全然謙虚ではないと思うし、自分勝手で、人生楽しけりゃいいと思っているし、好きな事やって暮らせるんならそれでいいと思う。連れにも全身全霊で臨んでいくし、子供達にも泣き言をいう。私は人間になりたいのだ。愚かでもいい、ヘタレでもいい、人間らしい人間になりたいのだ。完璧なんて虚構の偶像もいいところだ。つまらないから生きているし、そのつまらないが非日常的だから人生は楽しいのかもしれないし、毎日の小さな繰り返しにある不必要をぶつけてみる、そうしたら、世界は驚くほど有意義で、楽しいものに変わってしまう。だって、自分に嘘ついて、どうするんだ?あんたがそれがどれほど無駄かとてもよく知っているでしょ?
私は、彼女に奇跡が起こって、生きれるんじゃないかと思ってた。後から笑い話に花を咲かしたり出来る筈だと高を括っていた。でも、彼女は本当に一週間で死んでしまった。死んだのだ。動かない、呼吸を止めた、ただの人間の亡き骸になってしまったのだ。
毎回、人の死にはある種の衝撃があって、その衝撃が強ければ強いほど私は涙が出ない。衝撃が心を持って行ってしまうのだ。ぽっかりと穴の開いた場所を埋めるのは容易ではない。その穴を埋めるために私は海へ行く。彼女と数年前に行った海岸で私はちょっと無になることを考えてみる。
白い砂が冷たくて、心の芯まで冷えてしまいそうで、私は瞳を閉じる。何かがこの世の中に存在する理由と、存在しない理由。さっきまで確かに存在していたものが、無になってしまいもう此処にはいない、という理不尽な響き。その空っぽになってしまった肉体はその瞬間から腐敗をはじめ、火葬場で灰になる。
灰になった肉体を持たないその集合体は、小さな箱に収められて、そこに存在する。それがあなただったという事は、本当によく解らないけど、やっぱりあなただったんだ。
彼女は、辛かったんじゃないんだろうか、偽りで貫き通すことに、疲れてしまったんじゃないのだろうか?一週間、彼女は自宅で過ごすことにした。それが彼女の意志なのか、彼女の連れの意志なのかはよく解らない。彼女の連れは変わった人だったから、彼女も変わった人だったから、その一週間をどう過ごしたのか私には解らない。でも最後の最後で、彼女はどうしても苦しみ、痛みに耐えきれなくなって、病院に戻って、病室で最期を迎えたそうだ。我慢強い彼女の耐え切れない痛みとは、どれ程のものなのだろうか?
私がもし、余命を宣告されたなら、どうしたいだろう?泣き言をいうかもしれないし、壊れるかもしれないし、高を括って奇跡が起こるさなんて本気で考えるかもしれない。
私は、まだまだ無になることに抵抗がある。あんなに死に急いでいた私が、過去の残像の中で笑っている。
生を意識した時、私は死ぬのが怖くなった。
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