片翼

 俺たちの会社は、ブラック企業もいいとこだった。俺は幸い、十日に休みを取れたけど、彼は今日が『仕事納め』だった。


「なあ、おしるこのお餅幾つ……あ」


 少しでも彼の負担を減らそうと、買い置きしておいた小豆缶を鍋で暖め、切り餅をレンジでチンしようとしてリビングを覗いたけど、流石の彼も二十三連勤には参ったようだった。ソファで、居眠りしてる。スーツのジャケットをガラスのローテーブルの上に脱ぎ捨て、ワイシャツ姿で腕を組んで船を漕いでいた。


 俺はウォークインクローゼットの中から空色のブランケットを出して、起こさないようにそっと彼にかける。近付くと、すうすうと安らかな寝息が聞こえてきた。顔を見れば、普段からは想像も出来ないような……こんな事思うのは俺の贔屓目かもしれないけれど、天使みたいな寝顔。


 いや、無精髭の生えた天使なんて、おかしいかな。俺は吐息でふふと笑って、黒い前髪を撫で付ける。お疲れ様。ゆっくり眠って。少し皺の刻まれた愛しい目尻に、触れるだけのキスをした。


「わっ」


 だけど急に二の腕を掴まれて、ソファに押し倒された。俺は動揺して、弱くもがく。


「ちょっ……」


「悪いコだな。寝てる恋人から、キスを盗むなんて」


「寝たふりしてたの?」


「いや。きっちり寝てた。でも、プリンセスは、真実の愛のキスで目を覚ますもんだろ?」


 俺はさっき天使みたいだなんて思った事もあって、盛大に噴き出した。


「君は、プリンセスなのか?」


「そうだ。綺麗だろ?」


 寝顔とは打って変わって、シニカルに片頬が上げられる。ああ。俺の天使で、お姫様。俺のキスが『真実の愛のキス』だと迷いなく言う君は、確かに俺の、唯一無二の片翼だった。


End.

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