ほのぼのBL短編シリーズ

圭琴子

Lover's

 ハロウィンからクリスマスに、一足跳びに装いを変えた街並みを、仲良く肩を並べて歩く。ショーウィンドウにはクリスマスツリー、民家の扉にはクリスマスリースが、赤と緑のコントラストを鮮やかに醸し出していた。


「ジェームス、クリスマスプレゼント、何が欲しい?」


「決まってるだろ。……お前だ」


 まだ午後の陽射しも高い内から、人混みの中で耳打ちされ、アルは途端に頬を火照らせた。


「もう、ジェームス……! せっかくプレゼント買いに来たんだから、買えるものにしてくれよ」


「俺はお前で充分だけどな。アルは、何が欲しいんだ?」


 熱の上る頬を冬の冷気で冷えた掌で包んで冷ましながら、アルは視線をショーウィンドウにさまよわせて考えた。


「あっ」


 そして一軒の雑貨屋のそこに目をとめ、アルは駆け寄ってガラスに両手をついて覗き込む。様々なクリスマス小物越しの店内では、親子連れやカップルたちが、スノウドームを作っているのが見えた。


「ジェームス、俺、あれが欲しい」


アルの背後からやや腰を屈めて同じように覗き込み、ジェームスは微かに笑った。アルらしい。


「あんなもんで良いのか? もっと、ブランドもんとかでも良いんだぞ」


「ううん。あれが良い。駄目?」


 楽しそうに笑顔で振り返った様を見れば、ジェームスに是非はない。


「じゃ、入るか」


 扉の上部に取り付けられたベルをカラコロと鳴らして、店に入る。本物のサンタクロースのように恰幅の良い白髭の店主が、いらっしゃい、と出迎えてくれた。


 お世辞にも広いとは言えない店内は、十人ほどの客でごった返している。真ん中にテーブルが置かれ、皆がそれぞれ好きな人形などを詰めて、談笑しながらスノウドームを作っていた。アルもその隅に加わって、球形のドームを選んで作り始める。


「これが……ジェームス」


と、頂上に金色の星が光るクリスマスツリーの下に、小さなブルネットの青年を配置する。


「それから俺が……これ」


 隣にブロンドの青年を寄り添わせ、アルは嬉しそうにジェームスを仰ぎ見た。周りに、サンタクロースと沢山のプレゼントボックスを接着して、アルは仕上げに液体とスノウパウダーを封入する。


「……出来た!」


 思い付きにしては、迷いなくアルはそれを作った。器用なのもあるのだろうが。


「タイトルは?」


 訊ねるジェームスに、アルが声を潜めて恥ずかしげに囁く。


「……『恋人たち』」


 思わずジェームスは精悍な目を細めて微笑んだ。アルが出来上がったスノウドームをひっくり返すと、クリスマスツリーの下の小さな二人に、真白い雪が光を乱反射しながらキラキラと降り注ぐ。


「あの時みたいだろう?」


「ん?」


「初めて会った冬」


 そう言えば、とジェームスは思い出す。中途採用で入ってきたアルの研修担当になって、親睦を深めようと一緒に帰った初めての夕暮れは、雪がしんしんと降っていた。


 あれから四年。程なくして公私ともにパートナーになった二人だが、アルは変わらず初々しいまま、その想いをスノウドームに閉じ込めたのだった。


「上出来だ」


 ポンポンとアルの頭に掌を乗せ、ジェームスはそれをプレゼント用にラッピングして貰い、金を払って店を出る。冬の陽は落ちるのが早く、辺りはもう薄暗くなっていた。


「何処かで休むか」


「うん。あ……ベンチあるよ、ジェームス」


 アルの指差した駅前広場の片隅には、ドームのついたベンチがひとつあった。おあつらえ向きだ。二人が腰をおろすと。


「わぁ……」


 アルが感嘆の吐息を漏らした。明度感知式なのだろうが、まるで二人が座るのを待っていたかのように、イルミネーションが灯る。アーケードの屋根から鈴なりに垂れ下がった蒼い光の珠は、まるで輝く藤棚のように美しかった。


「綺麗だな」


「うん。凄く」


「……綺麗だな」


 ジェームスが繰り返して、灯りがともる前までは暗くて分からなかった、ベンチやその上にかかるフードにも張り巡らされた電飾を見上げた。横には、緑の小さなクリスマスツリーも形作られている。何だかアルは、ひとつしかないその輝くベンチを二人占めして、世界に祝福されているようなくすぐったい気分になって、ジェームスに控え目に寄り添った。


 しかしやがて、ある事に気付く。何故か道行く人たちが、奇異の目を向けたり、クスクスと笑い合っては過ぎていくのだ。


「な、何だろう……俺たち、何か変かな」


 慌ててジェームスと距離をとって座り直しながら、アルがドギマギと顔を強張らせた。すると一人のOLらしき女性が、困ったように苦笑しながら、声をかけてきた。


「あの……そこ、『Lover's』ってタイトルのオブジェで、恋人同士が座るんです。後ろに、ハートの電飾があるでしょう?」


 振り返ると、ピンク光で彩られたハートマークが確かにあって、アルは真っ赤になって恥じ入ってしまった。ところがジェームスは、女性にウインクをして礼を言う。


「教えてくれてサンキューな、お嬢さん。でも俺たち恋人だから、合ってるんだ」


「ジェ、ジェームス……!」


「え……!? それは……あの……お節介ですみませんでした……!!」


 今度は女性の方が顔を赤くして、逃げるように走り去っていってしまった。アルが責める。


「ジェームス! 何言ってるんだよ」


「隠した方が良かったか? 普段散々隠してるんだ。クリスマスくらい、見せ付けてやろうぜ」


 言って、ジェームスはアルの冷たい右手を取ってポケットに突っ込んだ。秘められたその中で、指を絡ませる。アルは右手が心臓に合わせて、ドキドキするのを感じていた。


「でも……恥ずかしいよ」


「俺はお前が好きだから、恥ずかしい事なんてひとつもないぞ」


 『恋人たちの』ベンチに座り、言葉通りジェームスはアルの髪を撫でたり、腰に腕を回したりしながら、蒼白く輝く頭上のイルミネーションを楽しんだ。アルが周囲の目を気にしなくなるまで、「愛してる」と甘く繰り返す。


「ジェームス……プレゼント買って、もう帰ろう」


 堪らなくなって、トロンと潤んだ瞳でアルが懇願した。ジェームスが口角を上げる。


「買う必要はねぇ。言っただろ。俺が欲しいプレゼントは、アルだからな」


「ジェームス……」


 律儀に頬を染めるアルと手を繋いだまま、ジェームスは立ち上がった。そのまま引いて、駅を目指す。フラフラと着いてくるアルを振り返り、ジェームスは苦味走ったセクシーな笑みを見せていた。


「ちゃんと、リボンかけてくれよな? アル」


End.


『Lover's』写真(著者撮影)

→http://id16.fm-p.jp/data/331/nijiiro366/pub/81.jpg

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