こちら異世界転生管理局です!

宇論 唯

第1話 今日も私は私。何も変わりなんてしない。

 風が、私の前に現れる。

 轟音。

 鉄と鉄がぶつかる音。

 私はそっと、彼女の背中を押す。

 …私は、今日も、今までも、私だったのだ。


 1

 けたたましい音が六畳半の部屋に響いている。

 二段ベットに二つの木の机。

 一つの机は書類で埋め尽くされ、もう一つの机はしっかり整頓されている。

 私は一段目のベットに居る。

 …音が止まった。

 「…眠い」いつもの第一声だった。

 春眠暁を覚えず…というやつだろうか。

 春は桃色の色を迎え、温かさは今までの凍えを忘れさせる優しいものに変わりつつある。

 しかし、まだ少し寒い。だから、私は足りない温かさを埋める為に毛布の中のぬくもりに依存している。

 これではいけない。

 私はイモムシではないのだ。…いや、待て。イモムシ?

 「焼き芋食べたいぃ…」不意にお腹が鳴った。

 私は名残惜しそうにベットから芋虫のようにずりずりと這い出ると、洗面所に行き顔を洗った。水が冷たい。私は手に水を当てる。

 手から水がするすると流れ落ちる。陶器の洗面台に落ちる水は弾け、周りの光をかき集めたようにきらりと光る。

 光って…光って…色を失った頃には水は固まりとなって排水された。

 私は跳ねている髪に水を付けると跳ねを伸ばした。

 私はそこはかとなく鏡を見る。

 …赤毛のミディアム。覇気の無い顔。乱れた寝間着。睨むような目つき。

 …今日も私は私。何も変わりはしない。

 傍らにあったヘアピンを前髪に付ける。髪型が整った。

 本当は髪を洗いたかったが、時間が惜しいので寝ぐせだけ取る。

 その後、クローゼットを開け、スーツに着替える。

 ネクタイは…なんでもいいや。

 身支度を済ませたら化粧をし、食堂に行く。

 …ジャスト。丁度食堂が開く時間。腕時計を見たら午前5時30分だった。

 あったか蕎麦を注文。受け取り、ずるずる食べる。

 出汁が染みる。

 食べ終えるとグラスに入った残りの水を飲み干し、かたずけ、早々に出ていく。私は食休めが嫌いなのだ。

 私が住んでいるこの寮の付き合いも長い。

 士官学校の頃から住んでおり、寮代は格安。

 部屋は一部屋二人住むことだけがデメリットと考えれば食堂もあるし、小難しい規則等もない快適な寮である。

 私はそんな寮から出ると真横にある役所のガラス張りのドアを開ける。

 入り口の隣にあるエレベーターのボタンを押す。

 しばらく待つと軽快な音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

 私は入るとまず「閉める」のボタンを連打した。

 …扉が閉まる。

 私はほっとすると次に「4F」のボタンを押す。

 エレベーターが起動した。

 …私はちらと目に映った広告に目をやる。「電車で快適旅行ツアー!」という広告だった。私は旅が好きだがツアーは嫌いなのだ。

 なんてかんがえているとまた軽快が音が鳴り、扉が開いた。

 目の前にはすりガラスの扉だった。

 私はその扉を開く。

 扉の先はオフィスだった。

 そこには白い髪で小柄な女と黒髪で初老のおっさんがいた。

 「あ、アク先輩」小柄な彼女…「ミカ」がこちらに気が付いた。

 「相変わらず早いなお前は」と、もう一人のおっさん…「エルゲ」が声をかけた。私は呼吸を整えた。

 「おはよう…ござ…います…」…まただ、やっぱり私は人と喋るのは似合わないのだ。欲にいう「コミュ障」。

 私はこの障害のせいで何度も苦渋を飲む羽目になった。

 そもそも士官学校では私は上位2位で卒業できたのだからコミュ障はそこまで害では無かった。

 学校を卒業すると、選択肢が3つ用意された。

 一つは政治の道。「内政局」に行くか。

 二つは軍隊の道。「軍事局」に行くか。

 三つは管理の道。「管理局」に行くか。

 私はかねてから夢だった「管理局」に入った。

 私の生きている世界では化学の進歩により、霊の物理観測に成功しており、宇宙の次元超越の理論も確立されている。

 宇宙の次元超越とはバッサリ言えば「異世界転生」である。

 科学者の苦心の研究結果によると異世界に行ける人間は霊となったものだけと聞く。

 だから、管理局はその霊を転生できるまで保護し、無事転生させる役目を負っている。

 そこにはエキスパートが揃い、士官学校の卒業生上位10名のみが入ることが許されている。

 私は当然入った。

 そこでは様々な課に分かれていたが、私はコミュ障ということもあり、接待しなくていい「監視課」を希望した。

 監視課とは異世界のバランスを管理する仕事と聞いた。私にはうってつけだ。

 しかし、実際に配属されたのは監視課ではなく「女神課」だった。

 給料高め。手当良し。

 しかし、仕事内容が酷だった。

 …死後の霊から転生する要望を聞く…というものだった。

 霊をなだめ、落ち着かせ、話を聞く。

 私には到底向かなかった。

 しかも、たまにほかの世界の霊も来てしまうとかなんとか…

 私は今日も、運命を呪い、仕事に励む。

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