後半戦

 午後2時50分、運命の100メートル走がスタートした。両者ともフライング判定はなく、そのまま突っ走る。

スタートダッシュはお互いに譲らない物があるのは間違いないだろう。

リベッチオはホバー等は使用せずに、そのままアスファルトの道路に足を付けるような感じで走り続けた。

比叡(ひえい)アスカは、走るフォルムは陸上選手のそれとは全く異なる。

最初にスタートした際に足を道路に付けたのはリベッチオと同じなのだが――明らかに助走を付けてからはブースターで滑ったと言うべきか。

この100メートル走は基本的に飛行をしなければ問題はない。スケートの様に滑っても、ホバー移動を使っても問題はない。

いかにして100メートル先のゴールへ早く辿り着くのか――そこがメインなのだ。さすがに、選手妨害は失格となるが――。

要するに相手を妨害する事、チートや不正を行う事以外は問題なしと判定される――スポーツマンシップが放り投げられている気配もするが、ARゲームなので問題ない。



 20メートルをお互いに通過した辺りでは、ほぼ互角であり――試合の結果は分からないと言うべき展開だった。

ARアスリートではトラックに乱入者が現れないようにARゲームではお約束と言うべきバリアが作動する。

こうした事もあり、スナイパーが妨害をするような展開もない。それを考慮して、ジャンルを選択したのかは不明だ。

それを知らずにスナイパーが妨害するような展開はなく、引き上げていくようにも見えた。気のせいであって欲しいのだが。

「ARアスリートでは、妨害工作防止でバリアを含めて――ありとあらゆるセーフティー機能が存在する」

 この状況を中継映像で見ていたのは、別所にいた大和朱音(やまと・あかね)である。

大和は様々な所へ向かいながら、妨害をしている人物の割り出しを急ぐ。

運営本部に伝えると言う事も可能だが、それでは――こちらの目的も探られてしまうだろう。

「もしも、アカシックレコードに書かれていた事例をなぞっている事件だとすれば、運営本部にも動きを察知している人物がいるのか」

 大和が運営にも連絡しない理由、それはアカシックレコードを知る人物の存在である。

おそらくは、今回の事件を起こした本当の黒幕は超有名アイドルという唯一神信仰が無意味であると知らしめるために――あるいは、別の目的の為にARゲームを利用した節があった。

超有名アイドル商法が国内で時代遅れだと言う事を証明できれば、海外進出するコンテンツを見直す可能性も高い。

大和は、ARゲームの海外進出を望んでいないのだが――海外からの観光客にも反応が良い為、ある程度の事業展開の見直しは必要だろう。

海外へ進出するのであれば、それにふさわしいコンテンツを育てる必要性がある。アカシックレコードでも、その辺りを踏まえた論文と言う物が存在していた。

「何としても――悪質な炎上勢力を締め出さないと」

 これを思っているのは他の人物も同じだが、大和に関してはより一層強い決意を持っている。

同じ事の繰り返し――それも自分達が億万長者になるまで繰り返される無限増殖にも似た――苦痛の繰り返し、それを大和は懸念していた。



 50メートルでも全くの互角――どちらがゴールしてもおかしくはない。

ここまでくると、ARゲームの経験値的な部分で比叡が有利の可能性は高いのだが、視聴者は圧倒的に比叡が有利とは思っていないようだ。

【タイムは既に3秒――まさかな】

【同着でゴールと言うパターンもあるのか?】

【おそらく、同着はない。あの状況だと――コースを読み切った方が勝つだろう】

 ネット上のつぶやきは、どちらが勝ってもおかしくないという流れだった。

しかし、両者同着ではなくどちらかが確実に勝つという事は揺るぎないという事らしい。

【同着と言う事例もあったが、それが成立するのは稀だ。大抵はチートや不正、八百長等で始まれるケースが多い】

【それほど真剣勝負を望むと言う事か】

【ARゲームはガチ勝負が標準だと言う話もある。超有名アイドルによる出来レース的なレースが横行すれば、ガイドラインの変更も当然の動きだ】

【VRでもARでも――真剣なバトルが見られれば、どちらでも変わらないという意見もある】

 状況が一変したのは80メートルを過ぎて、ゴール目前と言う所である。

「敗北する訳には、いかない!」

 比叡にも負けられない理由があった。コンテンツ流通の未来の為にも――。

「負けられない理由があるのは、誰でも同じ! でも、ARゲームは個人の思想や一部企業の私物化を望まない――そのはずだから!」

 リベッチオは単純にゲームを楽しむ為に――走り続けていた。

イライラしたら負け――ネット炎上等も気にすればするほど、相手の思う壺だろう。

ある意味でもリベッチオは開き直っていると言ってもいい。



 結果は7秒台でのゴールと速報として表示されている。

そして、センターモニターには1位のプレイヤーとして表示していたのは――。

【リベッチオ】

 この状況を見た比叡は、別の意味でも頭を抱えていた。

自分が負けてしまったら、これからのコンテンツ流通はどうなる?

超有名アイドルの様な炎上マーケティング上等な勢力を無双させてしまえば――悲劇は繰り返される。

下手をすれば、芸能事務所同士の争いやファンの炎上行為が大規模なテロに発展する事さえ――。

それを止める事が出来るのは――コンテンツ流通の事情を知っている人物でなければ、同じ事が繰り返すだろう。

「賞レースである以上、確実に勝てるという保証はない。それは分かっているはずじゃないのか?」

 落ち込んでいる比叡の前に姿を見せたリベッチオは、ARバイザーを脱いでいた。

彼女の顔には汗がびっしょり――と言う状態である。ARゲームが単なるゲームではない事が、ある意味でも証明されたと言ってもいい。

「言われなくても分かってる! だからこそ――芸能事務所に今の商法がマインドコントロールに――」

 リベッチオは比叡が何かを言おうとしていたのだが、それを遮るかのように彼女のARメットにデコピンを一発――。

それが命中して吹き飛ばされると言う訳ではなく、比叡は何も動じなかった。

「お前は何も分かっていない。コンテンツ流通の裏事情を知った気でいる。それこそが、一部勢力に悪用される――違うのか?」

 リベッチオが比叡に対して反論をするのだが、彼女も疲れているのか大声は出ない。先ほどのデコピンも、本来であれば――。

「超有名アイドルも、あの方法は褒められたものではないが――ある程度の反応はあった。だからこそ、一部勢力が違和感を持ち始めた」

 リベッチオの反論は続く。息が切れているような所もあるが、それでも彼女は非絵に伝えたい事があると言う事なのかもしれない。

「賛同する人間もいれば、そのやり方に反対する人間が現れるのは――どのコンテンツでも一緒だ」

 そして、リベッチオは何処かへと向かおうとするのだが――。



 午後3時30分、最終的なトーナメントが決定し、メンバーが草加駅より少し離れたアンテナショップに集合した。

そのメンバーは、ビスマルク、アイオワ、ヴェールヌイ、リベッチオの4名である。リザーバーとして、木曾(きそ)アスナ、ローマの姿もある。

「長門に関しては棄権らしいが――何があった?」

 ヴェールヌイはARメットを被ったままで、ボイスチェンジャーもそのままである。その為、男性声となっていた。

アーマーの方は装備している状態の為、さすがに誰も姿に違和感はもたないだろうが。

「長門は二重エントリーではないが、それに近い状況で棄権したという話を聞いている」

 長門(ながと)クリスが棄権した事に言及したのは、木曾の方だった。

相変わらずの眼帯に黒マントだが、不審者として指を指す人物はいない。

「それならば、こちらから言う事はない。了解した」

 ヴェールヌイはチート疑惑で棄権したのかと思ったが、そうではないという回答に納得する事にした。




 午後3時35分、アンテナショップに集まっていたメンバーおよび観客の前に姿を見せたのは――。

「まさか、ここで不覚を取るとは――」

 ARバイザーが損傷してフェイスオープン状態となり、各種アーマーも損傷していた日向(ひゅうが)イオナだった。

彼女は別件である勢力に呼ばれ、そこでアイドル投資家を初めとした勢力を文字通りに一掃する。

しかし、ガーディアンへ投資家勢力を引き渡し、その足で草加駅近くのフィールドへ向かう道中――その時に事件は起こった。



 今から30分前の午後3時5分、リベッチオと比叡(ひえい)アスカのバトルでリベッチオが勝利した事が伝えられたのは、このタイミングである。

「貴様は――!?」

 日向の目の前に姿を見せたのは、自分の知っているARゲームプレイヤーではない。

だからと言って、超有名アイドルファン等とも違う装備をしていた。この人物の装備はチートの部類ではなく、間違いなく公式の物である。

『日向イオナか――お前にかまっている暇はない』

 男性声のボイスチェンジャーアプリを使っているようだが、装備的に男性とは思えない。

軽装の装備にブレストアーマーや一部装備でごまかしているが、アーマーの下にはクノイチを思わせるインナースーツ、それに――。

「ARガジェットのトライアルと言う事か」

 日向は、ふとネット上の噂になっているARガジェットのトライアルテストに関して思い出した。

『こちらとしても下手にランカーと争う事はしないが――』

 向こうの方は日向と分かっている為か、下手に関われば自分達にも風評被害で炎上すると思っているらしい。

「争う事はしない――? その割にはネット炎上勢等を魔女狩りしているのは、どういう事かな?」

 ゲームでもロケテストが各所で行われているが、そこで使用されているのは新型と言っても1世代前のガジェットが使用されている。

最新型や試作型ガジェットは危険性やバグ等の不具合と言った物を解消してから、アンテナショップに並ぶと言う。

ネット炎上勢やフジョシ勢、夢小説勢や超有名アイドル等が使用しているガジェットはチート仕様と言う事で、特定の機種に依存しない。

それでも、彼らはガジェットトライアル部隊と戦おうとはせず、敢えて逃げの戦術を取っていた。

最新型ガジェットにはチート装備でも勝てないと分かっているから。

『一部勢力は、こちらの装備を見て逃げる一方だったが――お前は逃げないのだな』

 トライアル部隊の一人は、戦車のキャタピラを剣にしたような武器を構える。

このガジェットは、日向の所持しているガジェットよりも最新型に位置していた。

「こちらはチート装備ではない。チートや不正アプリをインストールしていれば、対策された最新ガジェットに勝てるはずもないだろう」

 日向の一言を聞き、トライアル部隊の一人はにやりと笑う。その表情はARバイザーで見えないわけだが。



 そのガジェットトライアル部隊――彼女たちの事をネット上では、こう呼んでいた。

「チーム・アガートラーム。共通して、銀の腕を装備した部隊だ――」

 その名前を聞いてざわつくのは、周囲のギャラリーだけだった。逆に言えば、ビスマルク達が驚くような事はない。

何故かと言うと、既にアガートラームの使い手を目撃していたからだ。それがアイオワなのは――周知の事実だが。

「彼女達が動いているという事は――超有名アイドルやネット炎上に関係する一連の事件も、解決に向かっている証拠か」

 アイオワが冷静に解説をするのだが、その反応に関して日向は凍りついたかのような反応をする。

彼女達はチーム・アガートラームに関して何も怖いと感じていないのか? ARガーディアンよりも強力な勢力を――。

日向はアイオワがアガートラームの使い手と言う事実は知らない。それが、この反応の違いを生み出していると言っても過言ではない。

「それを恐れない理由――教えてやろうか?」

 木曾(きそ)アスナは、日向に対してビスマルク達がチーム・アガートラームを恐れない理由を教えようとしていた。

「あれだけのチート勢力を運営は放置するのか?」

「彼女達はチートを使っていない。それに、アガートラームはチートに対しての圧倒的抑止力――」

「アレを抑止力と言うのか?」

「チートに対してしか発動しない圧倒的パワーを――彼女達が恐れると思うのか?」

「チートに対して? それは一体――」

「アガートラームはチートや不正アプリ等の不正行為に対しての制裁手段と言うべきものだ。ソシャゲいう所のアカウント凍結等に該当する」

 ビスマルク達がアガートラームを恐れない理由、それは単純な物だった。

チートを使っていないプレイヤーであれば、彼らは無縁の勢力だからである。

「あれだけの力が制裁と言うのか? あの力はまるで、戦争を起こせるほどの――」

 日向は、それでもアガートラームの力に関しては疑問を持っていた。

その力は自分の想像に追いつかない程の物を持っていたからである。

「あれを制裁と思うのであれば、チート勢力が今まで行ってきた事は何だ? それこそブーメランではないのか」

 木曾はアガートラームを恐れる事はない。実際の威力は正規ガジェットを使っているプレイヤーであれば、恐れるような数値ではないからだ。

アガートラームのワンパンチ撃破を別の動画で見た事のある日向は――別の意味でもその威力を恐れている。

「あの動画を見て恐れるようなチートプレイヤーは、正規プレイをするように引き返すべきだ。それこそ、コンテンツ流通の阻害となるテレビ番組の違法アップロードを根絶する為に、あのチェーンソー姫を――」

 ビスマルクははっきりと断言した。チートプレイヤーがゲームバランスさえも崩壊させているという事実が――。

ビスマルクもチェーンソー姫に関しては情報を聞いたばかりなのだが、何となくパロディCMらしき物を正規ルートで配信されている動画で見た事があった。

そこで伝えようとしているメッセージは、ビスマルクのそれと似ている可能性はあったのである。ジャンルの違いはあるのかもしれないが。



 午後3時40分、彼女たちの前に姿を見せたのは――大和朱音(やまと・あかね)である。

しかも、彼女の装備は戦艦大和をイメージしたARガジェット――つまり、別の用事をこなしながらここまでやって来たのだ。

「レースに関してだが、1曲勝負で行う」

 大和の発言を聞き――周囲がどよめく。しかし、数秒後には歓声に変わっていたのだ。

この変化は別の意味で驚く光景かもしれないが、ARゲームではよくあることとしてツッコミしない人が多いのが現実だろう。

「リズムゲームプラスパルクールの運営は、警察の強制調査の対象外だが――」

 大和が不穏な発言をするのだが、その辺りの詳細は敢えて突っ込む事はしない。

おそらくは、チーム・アガートラームが上手くやってくれるだろう。

「天津風や飛龍丸、明石が該当していたな――」

 リベッチオは、大体の事をネット上のタイムラインで目撃し――その上で真相を知ろうと実況者になり、ARゲームを調べていたのかもしれない。

それが――本当の自分なのかどうかは、まだ分からないが何となく周囲の反応で読めるかもしれない。

「強制調査を受けたメーカーは、芸能事務所とパイプを持っていた所だけ。あのメーカーは問題ないはず」

 ビスマルクは、心配は無用と言う様な表情でリベッチオと大和に話しかける。

「やはり、あの映像も偽物だったという事か――」

 ご都合主義と言うよりも、あの場合は超有名アイドルがデウス・エクス・マキナだと証明する為に用意されたトリックだったのかもしれない。

他人になりすまし、ネットを炎上させ、リアル世界も混乱させる――それが超有名アイドル商法の正体だったのだろう。



 そして、決勝のレースが始まろうとしていた。大和が指定した楽曲は――。

【アーカイブ・コンフリクト】

 まさかのオリジナル楽曲である。見た事のないジャケットには驚きを――と思ったが、ジャケットは真っ黒に銀の文字と言う物だった。

おそらくは仮ジャケットであり、正式の物は後日発表と言うケースかもしれない。

「ジャケットに関しては――未完成と言う訳ではない。レースが始まれば、分かる」

 大和が指定した楽曲、それは全くの新曲だった。

曲名も見覚えがないものだったのだが、ビスマルクは何かのデジャブを感じている。

「コンフリクト――まさか!?」

 もしかすると、彼女はまたもや同じような結末を繰り返すのか――と。

似たような曲名は別のリズムゲームでもあるのだが、そこで起こった事件の繰り返しがここでも起きるのではないか――。



 午後3時45分、参加するメンバー4人がARアーマーを装着し、準備が完了した。

リザーバーであるローマと木曾(きそ)アスナは参加プレイヤー4人がそのまま出場する為、出番なしと言う事になっているのだが。

「この場にいると思われた比叡がいない――」

 木曾は人影の中に比叡(ひえい)アスカがいると思っていたが、その姿は全くない。

彼女が蒸発したとは考えにくいので、帰路についた可能性が高いのだが――決めつけるには早計だろう。

「このレースは直接目撃するか、動画サイトで見るかで印象は変わるだろう。見ているとすれば、遠くから――と言う可能性もある」

 大和朱音(やまと・あかね)は今回のレースが直接目撃するか、動画サイトで見るかで印象が変化すると断言した。

おそらく、それ位の価値が今回のレースにあるのかもしれない――そう考えている。



 スタート地点に最初に現れたのは、ヴェールヌイである。アーマーの方は決勝用に用意した物ではないが――カスタマイズされている事は何となく分かっていた。

予選までの間にアーマーが大破した訳ではないのだが、決勝を考慮してアーマーを調整したという証拠だろう。

「ここまできた以上は――全力で挑むまで!」

 バイザーごしで確認はできないが、その目には以前の様な迷いがあるような眼ではない。

今の彼女は――ARゲームに挑もうと言う1人のプレイヤーとしての目をしていた。

 2番目に姿を見せたのは、リベッチオ。しかし、彼女はヘッドフォンを耳にしており、ARバイザーは装着していない。

ARアーマー及びインナースーツは装着済みだが――何があったのだろうか?

「さて――と、始めますか」

 ヘッドフォンを外した後に指をパチンと鳴らすと、ヘッドフォンはARメットに変化したのである。

これだけでも周囲は驚くのだが――そのARメットをそのままかぶったのだ。

「こっちもゲームを楽しむという事をメインに――頑張るよ!」

 周囲が予想していなかったリベッチオの決意表明、それには周囲も静寂に包まれるような反応だった。

しかし、数秒後には再び歓声が――。



 3番目に姿を見せた人物は、以外にもアイオワの方だった。

両腕にはアガートラームにも類似したARガジェットを装着し、背中のバックパックは大型主砲を思わせる。

さすがに使用禁止ではないが、チートプレイヤーのいない決勝でアガートラームは無用の長物と考えている可能性が高いだろう。

彼女のアーマーのモチーフは戦艦アイオワではないのだが――そう見られてもおかしくはない可能性もある。

さすがに――リアル乳を見せるようなスーツはスポーツ系ARゲームでは禁止されているので、そこまで露出度が高い訳ではないが。

「ランカーの称号を得たと言っても、それが終着点にはならない。すぐに飽きてしまう様な人間やネット炎上勢力と違う所を――見せてあげる!」

 アイオワはナックル型のガジェットでグーを作り、その拳を目の前に突き出した。

それはまるで、空手の型を披露するような――そんな気配を感じるだろうか。

 最後に姿を見せたのはビスマルクである。彼女が立っているラインは、他のメンバーよりも後ろに位置しているが――これは予選スコアによる物が高い。

予選のスコア、今回のトーナメントでのスコアを考慮した結果が――スタートラインに関係している。

しかし、リズムゲームプラスパルクールはあくまでもリズムゲームがメインとなっており、スタートラインは関係ないと言ってもいいが。

トラック競技やレースゲーム等の様にポールポジションを取る事でアドバンテージを得るようなゲームとは違い、ここで試されるのは演奏のミスを減らす事だろう。

フィギュアスケートでミスが減点に影響するのと同じように、リズムゲームでは1つのミスが致命傷になる事さえある。

さすがに自身でハードゲージに代表される厳しいオプションを付けていれば、話は別なのだが――決勝と言う事もあって結果に左右するオプションは使用できない可能性が高い。

「完璧な演技――それこそ、マニュアルに載っていないような技術を、リズムゲームでは求められる。攻略本片手のプレイが、本当に正しいのか――」

 ビスマルクは気持ちを落ち着かせようと色々と試すのだが、それでも極度の緊張で固まってしまいそうだ。

「今までのARゲームでも、ここまでの緊張はなかった。これが――リズムゲームの緊張なのか」

 彼女は改めて思う。今までのプレイ以上に、今回のランカー決定戦は少ないミスが求められるだろう。

しかし、パーフェクトなプレイが全てなのか――それ以外は否定されてしまうのか? そこで彼女は悩み続けていた。

「リズムゲームはスコアだけが全てではない。それを――証明する!」

 ビスマルクの方も覚悟を決めたようだ。そして、レースは始まろうとしている。



 谷塚駅近くのイースポーツ専門のカフェ、そこにはヴィザールの姿があった。何故、ここを訪れたのかは不明である。

このカフェは最近出来上がったばかりでARゲームには非対応だったのだが、そちらも対応した方が盛り上がると判断してARゲームも取り扱い始めていた。

「このレースの結果で全ては変わるだろう。レースの成績だけではなく、内容も問われるのかもしれない」

 覆面を着用している彼だったのだが、この場に限って言えばメットは脱いでいた。

その正体は――アカシックレコードにも記されていない人物であり、その正体を見て周囲がざわつく事はなかったという。

だからこそ、ヴィザールはメットを外して入店する。イースポーツカフェではARバイザーやアーマーを着用したままの入店は不可能と考えていたのかもしれない。

実際は脱がなくても問題はなかったようだが。さすがにAR以外のバイク用フルフェイス等は止められるのは言うまでもない。



 午後3時50分、コースに関しての説明が行われた。

今回のコースはアンテナショップを使用した物ではなく、道路を封鎖しての特殊な物になるらしい。

コースを見て驚くのは、スタート地点がアンテナショップの目の前にある道路だからというのもあるだろう。

観客の方は心配しているが、これが自然であり当然のリアクションだ。

「このコースだと、一般道を余裕で使う――」

「この時間帯だと――非常にまずくないか?」

「自動車との接触事故なんて、ARゲームでやったらアウトだろ」

「この時間帯だと、さほど混雑はなさそうだが――」

 周囲のギャラリーも懸念するのは、一部のARゲームでは普通に行われていた一般道の使用に関してだろう。

実際にARゲームのプレイはアンテナショップと併設されたフィールド、ARゲーム専門のゲーセン等と限定される。

「今回のコース設定は運営に通したコースではないが、警察には道路の使用許可を得ている。相当な迷惑行為ではない限りは――思いっきり走ってこい」

 大和朱音(やまと・あかね)の発言は、ある意味でも衝撃的だった。

ARパルクールで一般道を使うケースや廃墟のビルを使用するARFPSも存在するのだが――。

それでも、危険なプレイやアクロバットを容認している訳ではなく――ルールを守ってプレイする範囲であれば問題はない。

この辺りはARゲームでも限られた空間でのプレイを想定して作られたガイドラインを、比叡(ひえい)アスカが変更するきっかけを与える結果となり――。

「まさか、このコース設定は警察の強制捜査等を?」

 この一言は日向(ひゅうが)イオナから出た。彼女の方は致命傷ではないので、怪我の方は問題なさそうである。

ARアーマーの耐久性が凄いことの証明になるのだが――。

「警察の強制捜査に関しては、考慮していない。あくまでも緊急車両の通行等を考慮した物だ」

 日向の疑問に答えるような形で大和が言及した。

どうやら、『こんな事もあろうかと』ノ系列ではない模様である。



 レースの開始は午後4時と言う事になった。これは道路整備や交通整理等の関係を考慮した物だ。

ARゲームに一定の理解をしている草加市だからこそ可能だったとも言えるだろう。

「ここまでの理解を得るために、どれほどの時間を必要としたのか――超有名アイドルの芸能事務所やネット炎上勢力は何も理解していない」

 大和は拳を握りながら震えているようでもあった。武者ぶるいというわけでなく、おそらくは――。

「結局、我々は超有名アイドルや芸能事務所等の仕業と思いこむ事で、別勢力のやろうとしていた事に加担していた――」

 突如として、隣に姿を見せたローマが話題を切りだした。

彼女も、一部勢力がタダ乗り便乗と言う名の炎上行為をしようとした事を目撃しており、それを止められなかったという事に対して後悔をしている。

「プラシーボ効果的な――確かに、そう言う風に読み取る事も出来るだろう。アカシックレコードにも、そう記されている」

 大和も一部の炎上勢力を捕まえた結果として、そう言った言動があった事をニュースや記事等で確認はしていた。

しかし、それが本当にアカシックレコードにも記されているが――事実なのだろうか、とも考える。

「アカシックレコードこそが絶対正義である――こうした思想は、どのジャンルにでも存在する。そうした考え方をするような勢力と言うよりも、人物を魔女狩りする時代が来るのか?」

「それを阻止しなくてはいけないのが――我々ARゲームのスタッフだと思う。イースポーツ化とカジノを結びつけたり、まとめサイトで炎上させて芸能事務所から報酬を得る――そういう天の邪鬼的な発想こそ――」

「その発想をするべきではなかった――という理論に到達するような悲劇を生みださない事は、運営だけでなくプレイヤーにとっても義務だと思う」

「ARゲームを最初に考案した人物は、アカシックレコードに記述を残して何をしようとしたのか?」

 大和は唐突にアカシックレコードに関して衝撃的な発言をする。

おそらく、直接的にアカシックレコードEに言及をした訳ではないのだが――その発想はEの発想にも近い物があった。

「何もしようとは思わなかった。おそらくは、自分の考えているARゲームが理想通りに拡散しているか――それを知りたいと思ったのかもしれない」

 それに対し、ローマはこう切り返した。やけにあっさりしているのかもしれないが――そうとしか考えようがないと言うべきか。

「アカシックレコードのARゲームが一次創作、リズムゲームプラスパルクールを含めた――この世界のARゲームは二次創作、と言う事か」

 大和の方もメタ発言をするのだが、それに対してローマは何も答えようとはしない。

おそらく、フジョシ勢や夢小説勢、その他の勢力も――公式のARゲームから二次創作を行い、それを誰かに見せたいと言う欲望があったのだろうか。

しかし、様々な事件や紆余曲折――そうした流れがARゲームは悪と言う印象を決めつけようとした。

その悪となったARゲームを超有名アイドルが撃ち負かすことで、唯一神思想を絶対にしようと言う可能性もあったのだろう。

「今となっては、それを考えるのも野暮と言う事か。ARゲームの未来を作る為にも、試練は必要だった――で片づけられるのかもしれないが」

 その一言を残し、ローマは大和のいる場所からスタート地点に近い場所へと移動する。

「ARゲームにとって、その試練は非常に代償が大きかったと言うべきだろう。これによって、今までのプレイヤーが離れる可能性もあるが――」

 大和は涙を浮かべそうな表情で、さっきまで拳を作っていた右手を開く。

全てのプレイヤーが賛同するようなARゲームを作りだすのは、ネット炎上等の不確定要素がある限りは不可能に近い。

それが実現できないという意味ではなく、100%賛成だと不正や買収などを疑われるという意味だろう。

それならば、現状で残ってくれるプレイヤーの為にも――ARゲームをよりよく運営していくのが、今出来る事の全てかもしれない。

理想のゲームバランスは人それぞれだろうが、中には一部のバランスブレイカーを残すべきと言う話も出ている。

しかし、それを悪用して賞金を荒稼ぎされては不公平が出るという風に大和は考えていた。

だからこその――あのガイドラインだったとも言えるかもしれない。

周囲からは保護主義的とも非難されていたのだが、最終的にはネットで風評被害が出るのも草加市に迷惑がかかると考えた末の結論だったのかもしれないだろう。

「自分達が神運営だと自惚れる――それがファン離れを加速するのであれば、どのような手段を取るべきだったのか」

 大和は悩み続ける。しかし、その答えは今すぐに出すべき物なのか? たった一人が答えを出してもよい物か?

それでは政治家を買収し、自分達の意見を強引に押し付けた芸能事務所及びネット炎上をさせてライバルコンテンツを抹殺しようとした勢力と変わりないのでは――と。

選択の時は、そこまで迫っている。大和は、どのような選択でARゲームを変えていくのか?

「人はソーシャルゲームに限った事ではないが、神運営を求める。しかし、それは本心で求めているのか?」

 大和は改めて考える。ARゲームは全てが神運営でなければいけないのか?

チートプレイが横行するようなアウトロー状態でも、ネットが炎上するのは避けられない。

やはり、バランスと言う物が重要と言う可能性は否定できないだろうか?

「違法行為が横行するのは認められない。それこそ、テレビ番組の違法アップロード等のコンテンツ流通を阻害する行為をチェーンソーでバラバラにすると言う例の動画は――」

 大和は例のチェーンソー姫を認める訳ではないのだが、違法行為に関しての制裁方法は――やり過ぎても逆効果だと感じている。

実際に違法アップロードをチェーンソーでバラバラ――というような恐怖を植えつけたとしても、それをARゲームのチートプレイの抑止に応用できるかと言うと、答えはNOだろう。

ARゲームにはARゲーム独自のやり方を模索する必要性がある。それこそ、アガートラームを使用する部隊や自警団的なガーディアンの存在――それこそが、ARゲームに必要なのかもしれない。


 午後4時、遂にレースは始まった。それと同時に曲が流れるのだが――イントロは特に何もないように思える。

何ないというよりは、逆に言えば『拍子抜け』とも感じられるほどだ。

「一斉に飛び出した割にはフライングがないというのは――」

「そう言う競技ではない。あくまでもリズムゲームがメインシステムである以上、そう言ったルールはないのだろう」

「リズムゲームでフライングって、ネットワークマッチングのラグじゃないんだからな――」

「リズムゲームで重要なのは不正プレイだけだ。1回の不正プレイが――人生を狂わせることだってある」

「陸上競技で薬物が問題視されたように、ARゲームでもチートや不正行為を告発出来れば――」

「それをもみ消そうとしたのは――芸能事務所じゃないのか?」

 観客は、さまざまな事を思いつつもレースの行く末を見ていた。

勝者は誰なのか――気になるのは、そこだけである。外の雑音やネット炎上等はどうでもいい――今は、このレースを楽しむべきなのだ。

そうした雑音が求めるのは、『構って欲しい』事なのだ。それを商売として利用しようとした週刊誌やまとめサイトは――規制されるべきと言う声も多い。

最終的に、そうした勢力が埼玉県で活動不能になるのは――このレースが終わってからの事だが、それを語るのは今のタイミングとは違う。



 最初に動きを見せたのは、目の前に現れた連続する白いオブジェクトをブーメランで破壊していくリベッチオだった。

それ以外のメンバーにも同様のオブジェクトが出現するが、他の3人はテンポよく破壊したり、オブジェクトその物にタッチしたり――。

アクションは人それぞれだが、間違いなく個性と言う物を感じ取れた。ゲームによっては攻略本片手の様なプレイもあるのだが、それでは面白くない。

ARゲームに求められるのは十人十色のプレイスタイルなのかもしれないだろう。仮にクリアと言うゴールは同じでも、プレイが同じでは――。

「焦った?」

 リベッチオは、自分でも予想もしない様なオブジェクトの出現に慌てており、その場で連続して破壊してしまったのである。

これがアクションゲームやシューティングであれば、ハイスコアやコンボボーナスなどもあるだろうが――これはリズムゲーム。

リズムを無視したオブジェクト破壊はミス扱いになるのは――他の3名も分かっており、リベッチオ自身も分かっていた。

だからこそ、今のニアミスとも言えるプレイは致命的と言わざるを得ない。

「序盤のミスならば――後から取り戻せばいい。今は――自分の持てる力を――」

 ARバイザーのマップに表示される矢印を頼りに進んでいき、迷子になるような気配はないのだが――それでも先ほどのミスが影響して、判断が鈍っていた。

ミスを長期的に引っ張れば全体的に失敗プレイへ繋がる事は――他の競技等でも一緒である。

「捨てプレイ等と言う――無気力プレイは出来ない。そんな事をすれば、八百長と言われる――」

 リベッチオは覚悟を決めた。そして、彼女はあるシステムを起動する為のパスワードを左腕のタブレットに入力する。

このシステムは出来る事ならば使いたくはない。それによって、あっさりとクリアできてしまっては面白くもないだろう。

《マキシマムシステム》

 マキシマムシステム、それは別のARゲームで言う所のブーストに該当する。

リズムゲームにブーストと言う概念が必要なのかは不明だが、ARパルクールのシステムも使っている為、こうした移動速度上昇系アビリティ等は重宝しているのだろう。

リベッチオが金色に輝きだしたりはしないが、ある意味でも加速装置を使用したかのようなスピードで指示されたコースを通過していく。



 リベッチオのミスプレイを目撃したヴェールヌイも、同じような状況になりつつあった。

楽曲が聞こえにくい状況は――彼女にとっても不利である。

本来であればARバイザーに搭載されたスピーカーから聞こえるはずなのに、ボリュームの調整をミスしたのか?

「また超有名アイドル勢力の妨害行為なのか――」

 ヴェールヌイが疑い出したのは、超有名アイドル勢による妨害行為である。

しかし、このコースは大和朱音(やまと・あかね)が設定した物であり、それこそ尚更あり得ない。

仮に大和が超有名アイドル投資家等に情報を売り渡したと考えれば――と思ったが、彼女の性格からしてあり得ないことと切り捨てた。

「何でもかんでも超有名アイドルの仕業と考える――こうした考えも、やがて悪と思われてしまう」

 次の瞬間、何を思ったかヴェールヌイはバックパックの一部カバーをパージしたのである。

自分のメンテナンス不備だとしたら、この考えに至った事が恥ずかしい。そして、彼女は切り札を使う事になった。

パージ後のカバーはCG演出の様に消滅した為、このカバー自体がダミーと言う可能性は高いが――。

「ならば、自分は自分が信じたARゲームをプレイするだけだ!」

 カバーの外れた箇所から展開されたのは透明のエネルギーチューブであり、そこから青色に変化していく。

そして、エネルギーのチャージされたチューブは彼女の持っているロングソード型ガジェットと直結、フルパワー状態に変化した。

その後、ガジェットのクリスタル部分が青く輝きだす。この光は今まで彼女が使う事がなかった禁忌の力――アカシックレコードのフルアクセス。

フルアクセス後は楽曲が聞こえにくい状態は解消された。おそらく、ヴェールヌイの何らかの迷いが聞こえにくい状況を生み出したのかもしれないが。

リベッチオとは違い、ヴェールヌイはホバー移動ではなく自分の足で走っている。この状況はアイオワも同じだった。



 2人に共通していたのは、経験の違いでもある。

ヴェールヌイもリベッチオもパワードミュージック時代にはプレイ回数はトップランカーとは大きく異なっていた。

その為、ビスマルクとアイオワにある経験の差を何とかしようと考えたのが――譜面研究で動画サイトを使う事。

これによって、譜面のパターンを理解する事は出来たのだが――実際にプレイした訳ではないので、見るのとプレイするのでは違う現象が起きている。

リベッチオは序盤のミスが影響、ヴェールヌイは途中でのスタミナ切れが影響し、集中力が途切れた結果としてオブジェクトを対処する能力が削られていった。

完走こそは果たしたものの、2人の疲労は頂点に達したと言ってもいい。

リアルでダンスを行うリズムゲームを複数回プレイしたかのようなカロリー消費をしていたのを知ったのは、ゴールしてからの話であるが。



 大和朱音(やまと・あかね)はコース変更に関して独断で行った訳ではない。

これは運営から独自特権を与えられていたからこそ、可能だったものと言えるだろう。

そうでなければ――サプライズ新曲を決勝で使用する等の事は不可能だったかもしれない。

リズムゲームの中には、決勝で新曲を披露した作品もあるのだが――。

「ネット炎上勢や炎上マーケティングの始祖は、週刊誌のパパラッチやワイドショーの過剰なバッシングによる物と言われている――」

 大和は特設の放送設備のある部屋で各種モニターを見つめていた。

「ペンは剣よりも強し――本来とは違う誤訳が広まり、その結果として今回のような事例が生まれてしまったのだとしたら――」

 彼女は、ふと考えを改めようとしていた。保護主義的なガイドラインを組む事がARゲームの為になると思った、あの時とは違う。

それに関して比叡(ひえい)アスカに言われた事もあるのだが、それ以上に――。

「我々はARゲームを芸能事務所側が誤って広めてしまった認識を間違いであると説明し、改めて正しいARゲームの戦略を練り直す必要性があるのかもしれない」

 大和は比叡の言葉を聞き、自分だけが背負っているように思えた物――。

それはいつのまにか他の人物にも影響を及ぼしているのかもしれない、と考えるようにもなった。

アカシックレコードのARゲームに関する項目も、この世界では認識が正しいとは思えない部分もあるかもしれない。

だからこそ、改めて大和はARゲームの認識を変えなくてはいけない――この世界に合ったARゲームへと、仕切り直しをする必要性があると判断していた。

「本当に変えるべきなのは、このような現状を生み出す事になった芸能事務所や芸能界その物――コンテンツ流通を超有名アイドルだけあれば問題ないと進言した政治家か」

 しかし、そこまでの権力を大和は持ち合わせてはいない。確信犯と言えるような行為を行っている勢力を裁く事は出来ないのだ。

一方でARゲームで、そこまでの力を持っていないと思われがちだが、ネット上では【核兵器にも匹敵する能力を持っているのに】と言う意見もある。

それこそが、比叡が懸念していたアカシックレコードの軍事利用だと言う事をネット住民は全く認識していない。

「力で訴える事が全て正しいとは思えない。ARゲームは武力ではないのだ。それを――認識させる為にも」

 改めて大和は思う。ARゲームが本来あるべき姿を――ここで訴えるべきだ、と。

その為にも、今回のレースは何としても成功させる必要性があったのだ。妨害勢力は既にせん滅したと報告を受けている。

後は、今のレースを成功させる事。リアルとゲームは違う事を認識させる為にも――。



 楽曲の方はAパートが始まった。稀に流れる謎の言語はボイスソフト等で作りだした物ではなく、適当な歌詞を羅列した物らしい。

それを無理やり歌おうとする人物は数多いが、それはこの曲とは別の曲での事例であり――この楽曲ではないようだ。

実際は、その楽曲を元ネタと言うかリスペクトした楽曲と言う可能性もあるのだが、それは作曲した人物に聞かないと分からないだろう。

コンフリクトと言う曲タイトルも、おそらくは――。

「元が分からないと厳しい物もあるが――そう言う事にしておくか」

 楽曲の傾向が掴めず、中盤からオブジェクトのタイミングをミスしていたのはアイオワである。

彼女自身は焦りでオブジェクトをこぼしている訳ではないので、ヴェールヌイやリベッチオに比べるとチャンスはあると言うべきか。

アイオワもホバー移動等ではなく自分の足で走っている。ビスマルクのホバーとは段違いなのだが――足には自信があった。

彼女にアスリート並のスタミナを持っているとしても、ARゲームでは無茶な部分があるのかもしれない。

「唐突なストップ箇所やBPM変化はないにしても――ここまで物量戦になるなんて」

 楽曲によっては、オブジェクトが唐突に止まる、BPM変化で急に遅くなったり早くなったりもする。

リズムゲームと言うシステムを使用している関係もあり、オブジェクトが一定の法則で現れる訳ではない。

シューティングゲーム等であれば、唐突に出現する敵をある程度スルーするという戦略もあるかもしれないが――これはリズムゲームである。

オブジェクトを無視するという選択肢は、ルールを把握していない初心者か捨てゲーをする事と同じ意味だ。

それでも全部のオブジェクトを1個も見逃す事無く接続する事――フルコンボを狙うのは至難の業である。

それも、決勝で初めて聞くような楽曲と言う事もあり、難易度は桁違いだ。



 楽曲のBパートでは、レーザー砲でも撃つかのようなオブジェクトの連続出現地帯が待っていた。

それを難なく進んでいくのは、ビスマルクである。彼女は指示されたルートとは別に、若干の別コースを進んでいた。

なお、このビスマルクの行動は反則ではない。ただし、指定されたコースを大幅にオーバーすればコースアウトの扱いにはなるだろう。

「通常のコースを進むだけでは、ゴールは難しい――それはパルクールでは言及されている事」

 ビスマルクは、リズムゲームプラスパルクールがパルクールのルールも存在している事を利用し、ARバイザーで指示されたコースとは別のコースを進んでいた。

そして、そのコースを進むのにホバー移動では逆に時間がかかると判断し――自らの足でコースを走っている。

ホバー移動は舗装された道路等では有利だが、ここはアスファルト舗装はされていてもコースとしては整備不良と言ってもいい。

そうしたコースをホバー移動すれば道路が更に損傷し、一般市民が迷惑をしてしまうと考えたのである。

「ここの舗装も万全であればホバーを使うが、これでは無理と言うべきか」

 近道を使ったのが裏目に出たようなコース環境だったが、楽曲の長さを考えれば――最短コースを選ぶのは当然と言うべきだろう。

パルクールでは『自身を守り、他人を助ける』という前提のもとで行われる。それを踏まえ、ビスマルクは自分なりのコースで走っていた。

「ARゲームではルールを守れば何をしてもいい的な風潮もある。しかし、本当の意味で守るべき物とは何なのか――」

 ビスマルクは別の意味でも試されている物があると考えていた。

ルールを守れば、危険なパフォーマンスが認められるのか、レース中に超有名アイドルの宣伝が認められるのか、プレイ結果に対してクレームを付けてネット炎上が許されるのか――。



 楽曲のCパート、クライマックスでは再び謎の言語が聞こえる。しかし、その単語に対し――。

「そう言う事か。意図的にメッセージを伏せていたのは、そういう例えにしていたのか」

 ビスマルクが他のプレイヤーと同じフィールドに復帰する。

何処から姿が――と思われたが、彼女が姿を見せたのは別の道路からだった。

「この楽曲に秘められたメッセージ、それを受け継ぐのは――」

 アイオワもラストスパートの直線コースを走る。リベッチオとヴェールヌイは若干のスタミナ切れな気配もした。

ARゲームのバッテリー切れは太陽光バッテリーを使用している関係で、さほど困るような物ではないだろう。

懸念すべきはプレイヤー自身の体力が持つかどうか――こちらの方である。

リズムゲームでも最終的にスタミナが必要な機種もあるので、ジャンルによってはスタミナがある程度あった方が有利になるのは、この為だろう。

「ARゲームの未来を守る為の――」

「コンテンツ流通を変えるだけの可能性を――」

「「このランカー王の称号で!!」」

 ゴール直前の10メートル弱――2人はそれぞれの想いを叫ぶ。それが届いたのは――1人しかいなかった。

『ただいま、判定を行います。なお、レースのゴール順は関係なく、スコアで判定いたします』

 判定はゴール順ではなく、スコアでの判定とアナウンスがあった。

リズムゲームではゴール順は重視されない。仮に適用されるとしたら、それはスコアが同着等の判定があった際だけ。

ネット上ではアイオワ優勢だが、判定結果が出なければ分からない。

一方でビスマルクは途中からスコア集計が出来ないようになっており、コース選択が裏目に出たと分析する人物もいる。

どちらが勝つのか――大和も祈るような気持ちだった。ランカー王の称号を得るのは、一人しかいない。



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