強豪が集いしゲームフィールドその2
6月1日、ARゲーム運営サイドはある提言を芸能事務所側に提案していた。
簡略化してネットユーザーに説明すると――。
『我々としても事件が大規模化し、クールジャパンも風評被害達成できないようでは水の泡となる。そこで、ARゲームで決着を付けよう』
こういう事である。どうやら、ARゲームで芸能事務所側のアイドルとバトルをしようとしたらしい。
しかし、条件面で折り合わずに交渉決裂となった。勝利すれば一部に関する項目は黙認すると言う条件があったはずなのに――。
芸能事務所側はテレビ中継やCM、それ以外の宣伝を含めて提示したようだが、テレビ中継とCM以外は却下された。
ARゲームが過剰なTV露出を好まないタイプなのは、事務所側も知っているはずなのに。
別の芸能事務所に持ちかけず、芸能事務所AとBの2社をピンポイントで交渉したのは――向こう側にも何か意図があるのだろう。
この事実はテレビでは、あまり報道されていないし――週刊誌の反応もいまいちだった。
彼らとしては絶対悪のような勢力を、圧倒的な力で打ち倒すという構図を望んでいたのだから。
それこそ、WEB小説のチート主人公が敵を次々と倒していくような展開等にもつながる。
「まさかの展開と言うべきなのか――」
ガーディアンの一人は、今回の芸能事務所サイドの行動に不信感を持っている。
今までの事を考えれば、当然と言えば当然だろうが――。
「これを大抵の人物は罠と考えるのが圧倒だろう。今までの行動を踏まえれば」
別のガーディアンも、同じような事を考えている。一体、彼らは何を考えているのか?
6月5日、あの事件から1週間は経過しただろうか?
その後もテレビのワイドショー等では、様々なニュースを報道しており、今まで芸能事務所側が情報を改ざんしていた反動が――ダイレクトに反映されているのかもしれない。
今まで情報が流れてこなかったのは芸能事務所側の工作があったのでは――と言われているが、詳細はネタバレと言う名の情報規制で真実が隠されている。
今更ネタバレと言う単語が飛び交うのも問題はあるのだが、それが芸能事務所側の今までやってきた事と関係がないとは言えないのだ。
『芸能事務所Aが自分達のアイドルを売り込む為に、ここまでの事をしていたとは驚きです』
テレビのコメンテーターらしき男性も、今までやってきた事のリストをスタジオのフリップで確認し、驚きのコメントをする。
書かれている物だけでも、漫画作品の実写化に自分達のアイドルを起用するように契約を迫る、海外映画の吹き替えでも同様な事が行われており、炎上した作品が数本あった。
吹き替えを話題の芸能人に任せ、炎上マーケティングにするような手段も――残念ながら規制される事はない。
さすがに規制するのは自由なマーケットではなくなる――という事らしいのだが、どう考えても芸能事務所側が自分達のアイドルを売り出す為の手段を奪われるのを懸念していたのは火を見るよりも明らかだ。
それ以外でもネット炎上サイトの管理人を利用し、自分達以外のアイドルの不祥事を利用して炎上させ、グループを解散だけではなく黒歴史にするという物もあり――そのやり口は、まさに吐き気を催す邪悪と言える。
【遂に芸能事務所2社による影の政治支配も終わるか?】
【海外でも似たような事件が表面化したという話を過去に目撃した事があるが――】
【芸能事務所は、自分達が地球の創造神とでも思っていたのか?】
【まるで、戦国時代よりも前のやり口だな】
【ネットと言う武器を手にした芸能事務所は、自分達のアイドルを賢者の石とする為に様々な物を犠牲にすると言うが――他社のコンテンツを生贄に自分達だけが無限の利益を――】
【こうした悪目立ち勢力等がいる限り――歴史は繰り返される。大量破壊兵器を使わずとも、ネットを炎上させるほどの大ニュースを拡散すれば、自分が支配者にもなれると勘違いしているのだろうな】
【何時まで、我々は同じようなループ物を繰り返せないいのか?】
【ネット上のWEB小説では、異世界転生や異世界転移等が流行していると聞く。つまり、手を変え品を変え――】
【さすがに、そこまではないだろう。超有名アイドルとしては自分達の二次創作小説が出回って風評被害を受ける方が――】
さまざまなつぶやきがネット上に流れるが、それでも芸能事務所AとBが倒産しても同じ事は繰り返すという意見は一致していた。
結局は今までの失敗さえも黒歴史として扱わず、自分たちこそがコンテンツ業界の頂点に立つと目立とうとする存在が――と言う繰り返し。
この世界線を断ち切る為に、どのような手を使うべきなのか――ARゲーム運営も手探り状態なのである。
「芸能事務所の壊滅の時間の問題――後は、政府とのつながりの有無を見極めるべきか」
無表情な顔でテレビを見ていたのは、あの時に神と名乗る人物を倒したローマである。
彼女はメイド服を着ているのだが、何時もの表情ではない。俗にいう無気力状態だろうか。
「神と名乗る人物――考えて見れば、彼がネット上で目立つ為に意図的に名乗った可能性もあって、本当にネタバレを広めた犯人と限らないのに」
無気力と言っても、やる事が全くないという事ではない。ARゲームも楽しんでいるし、他にもやる事は増えた。
たまにコスプレ写真を使用すると言う事で撮影に応じ、その姿はネット上でも話題になっている。
「ARゲームを純粋に楽しむ――か」
ARゲームを純粋に楽しむ為にも違和感を感じるような環境であってはいけない――その思いはローマにもあるだろう。
ゲーム環境を正常にする為に提案された、あの人物のガイドライン修正の影響は、思わぬ所にあったのかもしれない。
この状況は、日向(ひゅうが)イオナにとっては都合がよかった。
超有名アイドルの芸能事務所と言う絶対悪、それを倒すべくARゲーム運営が立ち上がる――。
日向は、そうしたシナリオを一番望んでいたのだから。ある意味でも必要悪と言う存在だ。
彼女としては、ARゲームのルールさえも破るような手段で勝ったとしても、達成感はない。
不正ツールやチートを使って勝利したとしても、それは芸能事務所側がやってきた行為と全く変わらないだろう。
だからこそ、比叡(ひえい)アスカの提案したガイドライン変更等は彼女にとっても有利に働く――はずだった。
「ARゲームの存在を潰そうとさえした芸能事務所――彼らの行為が許されるはずはないだろう。道を開けろ!」
日向は谷塚駅より少し歩いた場所にあるARゲームのアンテナショップへ向かうはずだったが、その道中を遮った人物に対して道を開けるように指示する。
しかし、目の前にいるコスプレイヤーが道を開けるリアクションはしない。それどころか、彼女はARガジェットを起動してフィールドを展開しようとも考えていた。
デカリボンに金髪のセミロング――露出度の高そうなコスプレと言う人物、周囲のギャラリーの中にはARガジェットで写真を撮っている行動も――。
そこまでの現象が起こる人物は、彼女しかいないだろう。島風朱音(しまかぜ・あかね)である。
「ここから先は通さない! 復讐と言う感情でARゲームをプレイすれば――」
島風の方はフィールドの起動に関して躊躇しているようにも見えた。
その証拠として、ガジェットのモニターがフィールド起動画面のままでYESを押していないからである。
「こちらとしても、そうした感情を爆発させて芸能事務所爆発とか行えば――それこそテロリスト認定されるだろう」
「だからと言って――ARゲームで復讐劇なんて――」
「そう言うシナリオの方が、一部ユーザーには反応がいいのは知っているだろう? 島風――」
「シナリオと言うのはWEB小説勢の事?」
島風は日向の言う事に対し、まさか――と考えた。
彼女もアカシックレコードを知っている可能性があるのでは、と。
「自分達の身近にいそうな悪に対し、自分の代わりに討伐する正義のヒーローと言う構図を望んでいる――テレビでも、そう言ったバラエティーがあるのではないか?」
「それは第4の壁の話でしょ? フィクションの出来事を現実の世界に持ち込むのは――」
「第4の壁と言うよりは、アカシックレコードEと言うべきか」
「アカシックレコードEって、まさか?」
日向の口から飛び出したのは、アカシックレコードEである。
第4の壁以上に想像を絶する存在――それが、アカシックレコードEだった。
6月5日、その日になってネット上を拡散していったワードが存在した。
【アカシックレコード自体は聞いた事もあるが、複数あるとは】
【アカシックレコードE--―か】
【そこまで存在すると言う事は、アカシックレコードもバックアップ用等が存在する可能性も?】
【バックアップはあり得ないだろう。大手まとめサイトと似たような名前のサイトが全て同系列のバックアップとは限らない――それと同じだ】
【じゃあ、アカシックレコードEって、一体何をさしているのか】
おそらく、日向(ひゅうが)イオナと島風朱音(しまかぜ・あかね)のやり取りを聞いていた何者かが拡散したと思われるのだが――。
このワードに関しては拡散する事自体が危険な物である事は、この段階では気づかなかったのである。
これが世界滅亡の可能性さえも――という状況になるのは、後にある勢力の動きを感じ取った飛龍丸(ひりゅうまる)は――。
「我々は、どちらの手のひらに踊らされているのだろうか――芸能事務所やアイドル投資家か、それともARゲーム運営か」
着替え室が空くのを待っていたのは、普段は被っているはずのARメットを被っていなかった飛龍丸の姿だった。
何故、彼女がメットを被っていないのかには諸説あるが――ガイドライン変更が理由の一つなのだろうか。
「コンテンツ流通は、これから正常に戻るのか? それとも、超有名アイドルを中心にして悪化するのか?」
飛龍丸は疑問に思う。ガイドラインの変更で戸惑うユーザーは少なくはない。
しかし、保護主義的なコンテンツも一種の問題視されるターゲットにされているのは事実だ。
実際にアフィリエイト系まとめサイトに時代遅れと叩かれるのが当たり前のように思われていたからである。
同日午前12時、ニュースでアカシックレコードEに関して報道される事は当然ない。
エリアごとのニュースでも報道される事はなく、完全にスルーされている格好だ。
それに加えて――アカシックレコードEは禁忌と言わんばかりに言及を避けている可能性さえ、感じ取れる。
「いくらルールを新設したとしても――物理せん滅を行えば、ネット炎上勢とやっている事が同じになるだろう」
ARメットを装着する前、アンテナショップの着替え室の中にいた飛龍丸は考え事をしていた。
そして、しばらく間をおいた後にARメットを装着する。彼女は、今回のルール新設に何を思うのか――。
「アカシックレコードEは、本来であれば触れてはいけない物。楽屋オチにも該当するような存在を何故表面化させようと――?」
飛龍丸は、ふと心当たりを思い浮かべた。彼らならばネット炎上のネタにする事は、十分あり得たからである。
彼女の言う勢力とは、全ての元凶と言う可能性も高いが、おそらくはそれを逆に利用しようと言う新規サークル等だろうか。
全ての元凶が人間と断定された訳でなく、逆に訓練プログラムの誤作動、システムが何らかの形で暴走と言う説もネット上には存在する。
午前12時20分、報道バラエティーでは芸能事務所による不正の数々が報道されており、ここから芸能事務所の解散を叫ぶデモ活動が発生していた。
ただし、それらが行われている場所はリアルのフィールドではなく、ネット上である。
つまり、彼らのやっている事はネット炎上に変わりない。これをチャンスとしてまとめサイトが同じネタを取り上げ、アフィリエイト収入を狙おうとしていたのは言うまでもない。
ネット炎上に加担しているユーザーは、リアルで芸能事務所に押し掛ければファン感情を逆なですると考えて、今回の計画を実行したのだろうか?
しかし、それさえも一部勢力にはネタになっていたのである。既に遅し――と言うべきか。
【我々はネット上で大規模テロを思わせるネット炎上を行おうとする組織に対し、断固として戦う!】
【その為にも、アイドルグループAのCDやグッズを購入する事で、我々の組織運営に貢献するだろう】
【超有名アイドルこそ、ネット炎上と言う名の戦争を終結させるのだ!】
どう考えても、タダ乗り便乗に近いような勢力が謎の呼びかけを行う。
この呼びかけに同調しようと言う勢力は全くいないのだが、この書き込みは思わぬ展開を生み出す事になった。
【CDを購入して減税と言う噂は嘘だったのか】
【やはり、超有名アイドルに関する資金の流れは都市伝説と言われている部分もあったが――政治家の裏金に利用されていたのか】
【何としても、超有名アイドルを日本から追放せよ!】
【超有名アイドルこそ、クールジャパンに不要な存在であり、吐き気を催す邪悪その物だったのか】
【3次元のアイドルが政治家を影で操っていたというまとめサイトの噂、アレが本当だったという事にもなる】
マスコミ側も困惑するような噂がネット上に拡散、ハッシュタグに番組で使用されている物も付けられている為、つぶやきの一部はテレビでも放送される事になる。
この様子を放送事故として更に炎上させようと言う勢力もいたのだが、それを利用してアフィリエイト系サイトを立ち上げると言う闇バイト――その詐欺メールもテレビで取り上げられた。
更には、数々の不祥事や炎上案件もテレビで拡散し――超有名アイドルにとっては全体的に黒歴史と言っていい状態になる。
これ以上の噂が拡散し、海外進出が出来なくなる可能性を懸念した芸能事務所側が取った行動とは――。
【一部のテレビで報道された件は事実とは異なる】
芸能事務所が次々と火消しに追われる中、ネット炎上防止保険を売りだそうと言う勢力が動き出す。
それこそ火事場泥棒と言われる可能性も高いのだが、これをそう言った目で見るような勢力は――せいぜいフジョシや夢小説等の3次元アイドルの二次創作を書いている一部だけだろうか。
ARゲームのランカーや一部のコンテンツ流通を正常化しようと言う勢力にとっては、今回の事件は盛大な釣りか何者かが起こした筋書き、訓練の一種等と一蹴している。
「まさか、ネット炎上防止保険が現実化するとは――もう少し、調整してから発表すると思っただけに」
飛龍丸は、ARバイザーで一連のタイムラインをチェックしており、ネット炎上防止保険が出来る事も驚いているようだった。
ネット炎上が日本で大問題になると判断し、何としても悲劇の連鎖を止めようとしている姿勢――それが現れた案件とも言える。
小さな炎上等は訓練として切り捨てられて忘れられる流れとなったが、テレビで流れてしまった一件を消火するには時間が必要だった。
6月5日、あるつぶやきがネット炎上を更に加速させていくという流れを生み出してしまった。
【超有名アイドルこそ、ネット炎上と言う名の戦争を終結させるのだ!】
このつぶやきは草加市全体だけでなく、関東全域や周辺エリアにも拡散していく事になり――事態は悪化の一途をたどる。
それこそ、下手をすれば国会を取り囲んだデモを超えるような大事件になるだろう。
現状の政治は芸能事務所AとBが影で操っているとアカシックレコード上で書かれ、更には芸能事務所Aのアイドルをメアリー・スーにした二次創作も拡散している。
それ程に、日本の現状はディストピア化していると言えるのかもしれない。
ネットを炎上させる事が事故欲求を満足させる――という展開は、やはり繰り返されてしまうのか?
「繰り返すのか――あの時の悲劇――」
一連のタイムラインを確認して運営に通報していたのは、今までネット上にも大きな動きを見せていなかった明石零(あかし・ぜろ)である。
彼女に関してはアカシックレコードEにアクセス出来ると言う疑惑もあるのだが、それはネット上の捏造とも言われており、真相は不明のままだ。
「やはり、実力行使しか現状を変える手段がないのか?」
明石としてはこのカードを切りたくはなかった物、それは実力行使である。
既にアカシックレコードを使用している段階で、今更言えるような物なのか――と言う可能性もあるのだが、あれは物理的手段ではない。
物理的手段、それはARガジェットを使用した掃討作戦――それこそ、飛龍丸や天津風(あまつかぜ)いのりに代表されるメンバーの取っている手段だ。
午後2時、ある人物が竹ノ塚と谷塚近辺に展開されたARフィールドで戦闘を続けていた。
相手は数十人単位で1人の人物を集中砲火しているような構図だが、それさえも彼女に関しては関係がない。
相手の実力は、到底だが彼女に追いつけるようなレベルに到達しているとは言えないだろう。
相手側は、複数人が集まればレベルの差は関係ないと考えていたのかもしれないが。
「繰り返させない――血の惨劇にも似た、憎悪とも言える感情のぶつかり合うネット炎上を!」
ARフィールドで戦っていた単独の人物、それは飛龍丸(ひりゅうまる)である。
彼女が以前に心当たりのあると考えていた勢力とは、悪目立ち勢力の残党やネット炎上予備軍――。
かつてローマが倒したと思われていた神と言う存在、過去に摘発されたネット神等の考えを唯一とし、超有名アイドルが自分達の都合よく操れるコンテンツと思っている。
その証拠が、実在アイドルをメアリー・スーとした夢小説等であり、小説サイトでは上位ランキングを独占している。
さすがに一次創作をメインにしている場所では実在アイドル物は二次創作と判定され、権利者削除されている現状だが――それさえも芸能事務所権力で変更というのは出来ない。
芸能事務所AとBのカリスマ性が失われ、海外からは芸能事務所2社を名指しして自由貿易の障害になっているとまで言われ、それがニュースになる事もある。
もはや、芸能事務所や悪目立ち勢力は世界中からも吐き気を催す邪悪として認定されていたと断言出来るのだ。
「しかし、比叡もだが――飛龍丸の情報も出てこないとは、どういう事なの?」
飛龍丸の情報を拾おうとアカシックレコードにアクセスを試みたアイオワは、スパムと言えるようなデータばかりが検出される事に驚いていた。
その情報の中には飛龍丸の情報は存在しない。つまり、ネットを炎上させる為に飛龍丸の名前を隠しているとも感じられる状態にある。
「飛龍丸――彼女がアカシックレコードにアクセスできる人間の可能性も――?」
飛龍丸の一件は一部の目撃者にしか確認されていないらしく、ネット上で正確な情報を拾う事は困難となっていた。
情報を披露と言う点ではつぶやきサイトやまとめサイトは論外だが、セキュリティが高い事でも知られる大手ウィキでも無理な状況である。
極めつけとしては、アカシックレコードでもスパムデータを拾ってくると言う状態になっていた。
その理由として超有名アイドルファンやアイドル投資家が懸命に情報を改ざんし、それを拡散、更にはまとめサイトも情報を歪めている事も――原因の一つだった。
こうした情報工作がセキュリティの高い情報サイト等でも誤情報を拾ってくる原因となったのだが、その方法はネタバレと言う事でサイトには記されていない。
飛龍丸が何処に姿を見せ、どのような行動をしたのかさえも確認が困難――まとめサイト等に頼り切ると言う事の弊害と言うべきなのか?
しかし、今回行われた情報工作は、思わぬ逆効果を生む事になる。それが明確化したのが――。
6月6日、芸能事務所AとBは揃って記者会見を行い、今後は埼玉県内でライブを含めたイベントを行わない事を発表した。
理由の詳細は言及しなかったが、悪質なチケットの転売屋や不正な手段で得た利益でCDを購入する集団が活動していた事を理由に挙げている。
彼らの言う不正な集団とは、言わずと知れたアイドル投資家の事なのだが――彼らは投資家とは言わなかった。
ここで投資家と言う単語を使うと、日本全体で目撃されている同種事件も同じ勢力の仕業と断定しかねないからである。
アイドル投資家の中には、芸能事務所を守るという理由で100億円規模のCD購入による買い支えをしている人物もいる為――そうした人物も犯罪者としない為による物らしい。
【今更一部の投資家を守ったとしても、結局は――それが実は政治家であるという事をネタバレしているような物】
【連中は自分達で本来守るべき物を自らネタバレしてしまったのだ。ある意味で自滅と言える】
【炎上させるエリアを埼玉県内辺りに絞り込めば、ここまでの事にならなかったが――今回ばかりはアイドル投資家の計算ミスだな】
【これで、超有名アイドルは商業的に失敗すると言う事を海外に発信した事になる】
【時代は加速度的に流行も変化していく。いつまでも過去の栄光に頼り続ける――それが芸能事務所が広告会社と組み、唯一神化を計画して失敗する――】
【それが政治家を巻き込み、更には個人ユーザーが自分の欲望を思うままに配信できる――そういう認識を与えてしまったのも失敗だな】
【日本のコンテンツ業界は気がつかない間に超有名アイドルが掌握する保護主義的な世界になっていたのだろう】
各所のつぶやきでは、芸能事務所の失敗に関してがつぶやかれている。
失敗の原因は、大体がファン個人が自分の思うままに出来るコンテンツを求め、それが――と言う事なのだろう。
「まさか、ネタバレの正体が芸能事務所とは――別の意味でも笑い物だな」
ある情報を探っていた大和朱音(やまと・あかね)は、谷塚駅近くのアンテナショップでコーラを片手に記者会見をセンターモニターで見ていた。
同じ記者会見を見ていたギャラリーからは芸能事務所が可哀想という意見もあった。
しかし、半数以上は欲望を爆発させたファンの暴走がクールジャパン戦略を根底から揺るがした事の罪は大きいと――ファンのモラルを問う意見が大多数だったのである。
「悪質なネット炎上勢の動きを止める為、どのような手段を取ったとしても解釈を歪めて拡散する人間がいる限りは、ネット炎上と言う名の争いは終わらない――」
大和は周囲の人間に対して予想外の宣言を行う。これが別所のコピペなのかは置いておくとしても――その内容は間違いなく、芸能事務所だけに責任を押し付けるつぶやきユーザー等にも罪があると言わんばかりだ。
当然だが、この発言を行った大和も同じような罪に問われる可能性がある――とも補足した。
6月6日、芸能事務所AとBはそろって記者会見を行い、埼玉県は活動対象外とする事を発表する。
この記者会見は民放番組でも中継されたが、あるテレビ局は中継を行っていない。それを神対応と言うのはネット上でも恒例行事だ。
『本日は、これからの活動について――』
これに対して、アイドルファンは猛抗議を行うのは当然の流れであり、事務所の方もこうなる事は百も承知だった。
それでも活動を休止したのは、埼玉県内に存在するアイドル投資家や転売屋の存在が理由の一つという事だったのだが、ファンはそちらだと思っていない。
【埼玉県が除外されたのは、ARゲームが展開されているからだ】
【町おこしに超有名アイドルを起用していれば、こんな事にはならなかった】
【埼玉県は、ただちに謝罪を行い、ARゲームから撤退すると確約すべき】
【超有名アイドルは、ヤバイ。URLはこちら】
【芸能事務所は信用できない。詳細はこちらの政治団体へ――】
【時代は超有名アイドルを求めている――】
その他にもつぶやきが存在したが、中にはゲームメーカーに対して爆破予告をするという過激なつぶやきもあった。
それ以外にもリンク先にブラクラの映像を用意し、恐怖させるような物もある為、迂闊にURLを確認出来ない状態にもある。
悪質なリンクを配置したり、特定人物が超有名アイドルを全滅させようとしているという趣旨の発言もあったのだが、実際に該当する人物が炎上に加担している証拠はない。
こうした遊び半分や悪ふざけのネット炎上が繰り返された結果が、あの超有名アイドル事件や超有名アイドル商法に利用されたのを未だに気付かないのか?
当然だが、そうしたつぶやきは悪目立ちをしようと言う人物による物であり、当然だが発信した本人は逮捕される。
逮捕された人物の中には未成年もいた為、つぶやきサイトを初めとしたSNSも成人になるまでは禁止にすべきと言う発言もワイドショーで流れるようになった。
「想定していたとはいえ、ここまで悪化するとは思わなかった。こっちはARゲームの自由を取り戻すはずだったのに」
この状況に対して不満だったのは、日向(ひゅうが)イオナだった。
彼女は、この記者会見の前にもネット炎上を企んでいた勢力をARゲームでせん滅していたのである。
今回の件は、それが裏目に出た訳ではないのは彼女も分かっているのだが、何ともやりきれない気持ちになっていた。
もはやネット炎上の訓練と言うレベルを超越し、海外に報道されるような大事件扱いである。
海外での報道は色々と憶測も混ざったニュースになっており、下手をすれば虚構ニュースと言われても文句は言えないだろう。
「エンドレスになる展開――このまま誰も止められないのか?」
彼女は思う。このままでは、アフィリエイトを稼ごうとしてネットを遊び半分で炎上させるような勢力に蹂躙される――と。
つぶやきサイトのアカウント所持をARゲームプレイヤーに対して禁止している理由、今ならば分かるような気がしていた。
現在は、このアカウント所持禁止に関しての制限は解除されているが――。
6月7日、ネット上ではさまざまな意見がつぶやきサイトを初めとしたSNSで配信されている。
しかし、その意見は超有名アイドルは無罪とする意見が大半だったと言う。
無罪の意見が大半の理由は、芸能事務所側から裏金を受け取っている、政府の陰謀と言った物が拡散しているが――どれも嘘なのは間違いない。
結局はネット炎上を遊び半分で行う様な発言に責任を持たない人間が多い事で、また同じ事が繰り返される。
エンドレスは止められないのか――誰もが思った。ARゲーマーの中にも同じような考えを持つ人物がいる中、予想外の人物が立ち上がる。
「チートは絶対悪――ネット炎上も、そうしたチートを排除しようと言う勢力が生み出した――」
谷塚駅のセンターモニター前、そこにはARメットを装着した状態のメイド服を着た女性がいた。
メイド服と言うよりは、これがARアーマーと言う気配もするかもしれないが――。
「光と闇が存在し、賛成派と反対派が存在するのも否定はしない。しかし、悪意のあるようなネット炎上は、見ていて不愉快だ」
天津風(あまつかぜ)いのり、彼女は賛成派と反対派が存在し、その意見を統合する事は不可能と結論を出していた。
しかし、ネット炎上の様な悪意のあるような争い、チートを手にして闇が光を圧倒的な力で蹂躙するような展開は望んでいない。
WEB小説で言うチート無双等に代表される世界は――彼女にとっては、この世界に必要ないとも考えている。
だからこそ、我が物顔でチートを絶対正義として振るい、正統派や努力家の様な勢力を排除するようなネットの流れを――彼女は何としても止めたいと思った。
「比叡アスカでも実現できなかった事――彼女がやろうとしても、出来なかった事を――今!」
天津風は比叡(ひえい)アスカがガイドラインやルールの変更を提言し、それを実現させた事――。
その一方でネットで繰り返される炎上案件――それを止めるべきだと天津風は決意する。
そして、比叡が夢見て実現できなかったネット炎上のない、悪意のある発言によるネット炎上の連鎖を止める為――彼女は、ある勢力が集まると言われる場所へと電車で向かう事にした。
さすがに電車内でARメットは不可能の為、ARメットを外してアーマーを無効化し、改札口でARガジェットをタッチして駅のホームへと向かう。
午前11時25分、天津風が到着した場所は竹ノ塚である。駅から出てきた彼女は、周囲を見回すが――特に監視されている気配はなかった。
埼玉県外で活動している転売屋に埼玉県内で活動していたアイドル投資家などからノウハウを手に入れ、密かに活動を開始しているという噂を入手している。
それを踏まえた上で超有名アイドルの人気にタダ乗り便乗しようとしている投資家――そうした勢力が取る行動は、ひとつしかない。
「悪意あるネット炎上――それを見逃せば、やがては――」
繰り返しになるのだが、天津風は議論に関して反対する立場ではない。
しかし、悪意あるネット炎上に代表されるような物――それに対しては止めるべきだと考えていたのである。
「あれは――?」
陸軍の軍服らしきものを着たガーディアンの一人が、天津風を遠目で見て発見していた。
彼は援軍要請をしようとしたが、周囲に別の勢力と思わしき人物も確認できたため、警戒するという意味で天津風に気付かれないように尾行を行う。
10分後、天津風が到着した場所――それはARゲームとは無縁な公園である。近くにはARゲームのフィールドもあるが、公園内は対象外となっていた。
この公園ではつぶやきサイトでも何かの集会が定期的に行われていると目撃証言もあった場所であり、稀にワイドショーでも取り上げられている。
その際の取り上げ方としては超有名アイドルファンの聖地と言う意味合いだったが、改めて考えて見ると――。
「ライブチケットがペーパーレスになった時代になった今でも、転売屋は存在する――」
アーマーを装着しない状態で公園内に入り、周囲を見回す天津風は視界に入ってくるダフ屋を気にしているようでもあった。
ネットオークションやチケット転売サイト等が主流の今だからこそなのか、ダフ屋が注目されているのは皮肉な話である。
ダフ屋に関する規制は存在し、それが見つかれば逮捕されるのは目に見えているのだが――摘発出来ないのには別の理由があった。
「そう言う事か――これではダフ屋とは警察も思わないだろうな」
ダフ屋と思わしき人物は看板となる紐付きプレートを首にかけているのだが、そこに書かれていた値段は何と正規料金だったのである。
これが転売価格となると警察も摘発できるのだが、正規料金を提示されては手の出しようがない。
その代わりに別料金が発生するのか――と言われると、看板には明記されていなかった。
値段に関しても『正規価格で譲ります。チケットサイトの転売価格で買うよりもお得』という文字が目立つ。
「しかし、正規料金だろうと――正規ルート以外で売られているのは明らかに――」
天津風が動こうとした矢先、金属片の様な物が散布されている光景を目撃する。
散布された数秒後、ダフ屋等と思わしき人物は一瞬にして姿を消す。どうやら、ARゲームのアバター技術を流用した物らしい。
一体何が起こったのか――と天津風が困惑するのだが、しばらくして本来の目的に気付き、ARバイザーとARガジェットを展開する。
金属片の様な物の正体はチャフグレネードだった。投下した人物は、何とアイオワだったのである。
何故彼女がこの場にいたのかと言うと、この近くにあるARゲームのフィールドへ用事があったためだ。
その際、偶然にも天津風の姿を見た――と言う事らしい。
「やっぱり、この転売屋自体が以前の再現――」
周囲の様子を見て何かのトラウマを呼び起こすような気配を感じたアイオワは、フィールドギリギリのエリアに不審者がいるのを発見する。
そして、その人物を問い詰めた結果――アイオワの懸念している事が現実化しようとしていたのである。
「以前と言われても、我々は大手広告会社に仕事として依頼された。これが正式に仕事だと言う依頼書もある」
問い詰めようとしたアイオワに対し、不審者Aが見せたのはタブレット端末に表示された電子署名式の依頼書のコピーだった。
そこによると、テレビの報道番組用にアイドルチケットの転売現場を取材する為――と書かれているが、それならばテレビ局を経由して取材をするはず。
それを広告会社が依頼する事自体がおかしい。もしかすると、インチキのネット炎上を狙ったバラエティー番組用に撮影している可能性も否定できなかった。
「本当に転売屋の証拠を掴もうとしているのであれば――」
アイオワが撮影ポイントから発射したのは、チャフグレネードである。
ARFPS等では電波妨害を起こすと言う事で多用されているアイテムだが、他のARゲームではゲーム妨害となる可能性もあり、使用禁止になっているジャンルも存在しているシロモノだ。
チートアイテムではないが、ジャンルによってはチートにもなりうるという点では、これも一種の公式チートと言えるかもしれないが――この辺りはプレイヤーでの認識も違っている。
「ARウェポンは文字通りの兵器と言う事か――」
別のスタッフがチャフを散布されたのを見て、援護射撃を行おうとするのだが――その援護射撃も出来ない状態になっている。
どうやら、アイオワの散布したチャフはピンポイントで使用不可にするガジェットを指定しているようでもあった。
チャフ散布から5分後、天津風の前に姿を見せたアイオワは、今回のトラップを仕掛けた張本人を彼女に告げる。
「ネタバレと言うラスボスを生み出した張本人は、芸能事務所かもしれないが――それに関係していたのは大手広告会社よ」
アイオワの衝撃発言を聞いても天津風は眉一つ動かさない。
もはや、それ位で驚く必要が何処にあるのか――と言う気配さえある。
ある意味でも呆れかえるのでは――とアイオワは思っていたが、天津風は予想通りと言う様な表情だ。
これがビスマルク等だったら、リアクションも変化した可能性はあるだろう。
「それを聞いても驚かないという事は――既に知っていた、と」
「それは違う。何となく気づいていたけど、それを裏付ける証拠は持っていない」
アイオワは天津風に知っていたのかを聞くと、意外な事に知らないという事だった。ただし、薄々は分かっていたようだが。
「超有名アイドル商法自体、投資詐欺とか在宅ワーク詐欺、スパムメールでの闇バイトと同じようなレベル――チケット転売なんて、もっての他よ」
アイオワがいつもよりも膨れたような表情で話を続ける。
どうやら、今回の件は過去のトラウマを呼び起こすには十分なレベルだったらしい。
天津風は彼女の神経を逆なでするのも問題であると判断し、深く言及する事はしなかった。
逆に言えば、アイオワも天津風が本来はどのような目的で足立区にやって来たのか――それを聞く事はなかったと言う。
その辺りはお互いさま、と言うべきかもしれない。その後、誰かが駆けつける可能性もあってARガジェットの武装を解除しようとしたのだが――。
「本来であれば、ここに姿を見せた転売屋を実力行使で片づけるはずだったが――トラップだったとは」
「トラップと言うよりは、撮影ね。テレビ局へ売り込む為の――」
最終的に、ここで行われていた撮影は中止となった為、翌日に放送されるはずだったバラエティー番組では局アナの謝罪から始まる異例の展開となる。
それだけでなく、今回の不祥事を起こした広告会社には別件を含めて警察が強制捜査を行う流れとなる。
番組そのものが打ち切りになったかどうかは不明だが、視聴率を取ろうとしてやらせを行った番組は――視聴率0%に近い状態となったのは言うまでもない。
これによって、一連の事件は今度こそ幕を閉じる事になるのだが――これとは別に第3勢力が都内で動きだすという情報は、伝えられる事がなかった。
伝えられていないというよりは、情報自体は拡散されているがデマと勘違いされている可能性があった為である。
炎上案件として不用意に拡散しないと言う意味では、ある意味でも正解かもしれないが。
「これは、もしかして――」
第3勢力のニュースに食いついたのは、ある実況者だった。
彼女の外見はビキニ水着にARバイザー、特殊なシューズと言う服装である。
この格好でも警察が来ないのは、草加市がARゲーム特区な為であり、ガイドラインが変更になった今でも有効だろう。
6月7日、天津風(あまつかぜ)いのりによって炎上勢力のノウハウを持っていたとされるアイドル投資家を逮捕する事に成功する。
しかし、一部の人物は管轄的な事情もあって東京都の方で警視庁に送られる事になった。
この件に関しては、ガーディアンも東京都にまで根回しが出来なかった可能性が高い。
この他にも大量のアイドル投資家や投資詐欺などに協力していたアイドルファンも逮捕され、こちらの一部はガーディアンに引き渡された。
どうやら、ガーディアンが関係する事件以外では逮捕出来る権限がないとも言えるかもしれないが――。
ファンの一人は『超有名アイドルのライブチケットを定価で譲ってくれる』という言葉に踊らされた――と証言している。
結局は一部の金儲けをしようと言う転売屋等によって超有名アイドルは利用されている現実が明らかになった。
更には政治家が税金を集める手段としても利用し、最終的には超有名アイドルの名前を出せば確実にもうかる的な投資詐欺にも利用される。
実際は、そう言う形で報道されたという事で、真相は語られる事がなかったらしい。
実は広告会社によるやらせ報道だと知ったら、ネット炎上は回避不可能だろう。
こうしたネット炎上対策をする為のガーディアン組織だったはずだが、いくつかの部分では後手に回っているらしい。
「これは異常事態と言うべきなのか――」
アカシックレコードEへアクセスし、情報の詳細を確認していたのは長門(ながと)クリスだった。
彼女がいる場所は草加駅内のコンビニ前、そこに置かれたARゲーム用モニターからアカシックレコードへアクセスしている。
本来であればアカシックレコードEのデータは閲覧が困難と言う物なのだが、長門は容易にアクセス出来るようになっていた。
その理由として、ビスマルクから渡されたシークレットコードにあった。
ただし、それを渡す条件として彼女が提示した物、それはある人物に接触しない事だった。
それを守ることを条件として、アクセス権限のシークレットコードを手に入れた。ただし、ビスマルクのメール経由だが――。
『ある実況者には首を突っ込まないことだ。彼女はARゲームを意図的に炎上させ、何かを狙おうとしている気配を感じさせる』
実況者の名前はリベッチオ、この名前は実名と言う訳ではなく、ハンドルネームなのは分かっているが。
ビスマルク~詳細を聞こうとはしなかった。実際、リベッチオの名前を知ってから動画サイトを検索し、その詳細を知ったからである。
6月8日、広告会社のやらせに関してのニュースが報道され始めたのだが、それでもあまり詳細な事が触れられている様子はない。
視聴者置いてけぼりな展開だが、こればかりは証拠を入手していても報道してもよいのか判断しかねるという具合か。
下手をすれば、またもやネット炎上で同じような事例の繰り返し――ネットユーザーからは炎上疲れが出始めているのも、その証拠だろう。
逆に炎上疲れでネット炎上が終わると言うのであれば、都合がい良いと考えているのはARゲーム運営だが、そこまで都合よくは進まないと考えていた。
「炎上疲れという言葉も――ひどい物だが」
ネット上のタイムラインを見て、ため息交じりに何か物足りなさそうな表情をしていたのは比叡(ひえい)アスカだった。
彼女としては、あのガイドラインはここまでの状況に超有名アイドルを陥れる為に提案した物ではない。それなのに――現実は非情なのか。
ネット炎上を戦争と結び付けるような勢力も認められないが、それでもネット炎上は絶対に正義と言う訳ではない。
「今は様子を見るべきか」
その後、比叡は様子を見る為に谷塚駅のアンテナショップへ向かう。ガジェットの調整も兼ねているのだが。
そこでモニターに群がるギャラリーを発見し、何を見ているのかと確認してみると――。
「あのプレイヤー、まさかの新人だな」
「新人と言っても2週間前にはプレイを始めていたらしいという話だが」
「あの動きで2週間はないぞ。あのクラスの動きならば、元アスリートでないと厳しいぞ」
「元アスリートと言えば、アイオワもそうだが――」
「軽装だから動きが良いというのは間違った認識だ。それは別のARゲームで証明されている」
ギャラリーの一部の意見に対し、対立が始まっているようにも思えるが――特に炎上するような様子はない。
議論がヒートアップするのは悪い事ではないが、何事も限度があるだろう。
逆に議論へ発展せずにあっさりとひっこめても――と言う事で、ツッコミを入れるような人物はいないのかもしれないが。
午前11時30分、比叡が別のモニターのARゲームを見ている頃、ある人物が自分の隣に座っていた。
身長は170位、服装は胸のラインが若干目立つようなビキニ系の水着、それにシューズである。
ビキニの水着は黒いインナースーツの上に着ている物なので、周囲の視線が刺さる事はないだろう。
一部の男性は残念がっているようだが――。さすがにプールではない所で水着姿と言うのも違うかもしれない。
中には女性のふんどし姿が街中に現れるようなケースもあるのだが、それは一定の理解が得られているからこそ。
全裸で歩けば、明らかに警察でなくても通報され、ガーディアンに拘束されるのは明らかだ。
それを踏まえると、水着姿と言うのも――。
「ARゲームプレイヤーの本職、それはゲームを楽しむ事、その楽しさを伝える事じゃないの?」
かなりの正論を突きつけてくる。彼女も相当のゲーマーと言う事だろうか?
見た目からはゲーマーと言う容姿ではないのだが、発言的な部分はゲーマーのそれに似ている。
「確かにARゲームが楽しめなくなるようなチートの存在、悪質プレイヤーの摘発は重要よ。運営が最悪だと、客足は逃げていくから」
彼女は自分の方を振り向くなく、自分で購入したと思われるフライドポテトを口にする。
「だからと言って、神運営が無尽蔵に量産されると思ったら――それも大間違いよ。運営だって失敗もするし、間違いもする」
フライドポテトを食べながら、彼女が見ていたモニターは比叡と同じ物である。
比叡が見ていたのはリズムゲームプラスパルクールのプレイ映像だった。それも、中継映像という――。
「最初はリズムゲームにパルクール要素を足しただけで、リズムゲーム要素も迷子だった状態――それに、ネットもロケテの段階で炎上していたし」
彼女は何を知っているのだろうか? 単純な知ったかぶりや知識の自慢したがりのような言い方でないのも気になる。
では、彼女は何故に比叡の隣に座ったのか? 彼女が比叡を知った上で接触したのか?
「後にリズムゲーム要素も強化する事で、何とかファン層をつなぎ止め――炎上を阻止する事が出来た」
彼女の話は、まだ続く。比叡はそれに対してツッコミをする事無く、中継映像の方に集中している。
向こうの方も特に比叡がリアクションをする事は想定していないようで、話を続けようとしたのだが――。
「探したぞ――実況者」
彼女の目の前に姿を見せたのは、白衣姿の大和朱音(やまと・あかね)であった。
一体、大和が実況者を探していたのかは分からないが――比叡も大和のいる方を振り向く。
大和はARガジェットを使用しているが、さすがに重装備のARウェポンやアーマーを展開する訳にはいかない。
そうした事情もあり、一部の携帯武装程度を実体化し、隠し持っているようだが。
「誰かと思ったら、運営所属の大和朱音――これは都合がいいかな?」
彼女は手を付けていたフライドポテトを食べきった後、おしぼりで手を拭き始めた。
その後、彼女はARガジェットに手を触れ、何かを大和へと転送する。見た目としてはデータにも見えるのだが――。
「これは、開発中のARゲーム――! 一体、貴様は何者だ?」
大和は周囲を騒がしてはまずいという事で、声のトーンを抑えていたのだが――彼女から転送されたARゲームのデータを見て、さすがに感情を抑えられずにいた。
このデータは、本来であれば現状で公開するべきではないプロトタイプとも言えるARゲームで、後に発展型をロケテスト予定だった物である。
そのゲーム内容は一部が黒塗りなのだが、所々の画面写真を見る限りではパルクールアクションを強化したレースゲームに見えた。
これほどの完成度のデータが黒塗りなのは――アカシックレコードからの拾い物以外の何物でもない。
「実況者――それ以上でも、それ以下でもないよ。アカシックレコードEにアクセスなんて、出来るはずないし」
彼女の口から、まさかの単語が飛び出した。現状では一部勢力しか全貌を知らないというアカシックレコードEである。
この単語がさらりと出てくる以上は、彼女がただの実況者でないのは明らかだった。
10分後、比叡は特に何も言及する事無く別の場所へと移動していた。リベッチオは当然気付いていない。
大和の方は若干ギャラリーが増えてしまった段階から、何となく分かっていたようだが。
「リベッチオ――まさか、お前が参戦するとは」
偶然通りかかった日向(ひゅうが)イオナは、リベッチオの事を知っていた。
超有名アイドルや投資家ファン等を物理鎮圧している際、彼女に遭遇した事があったからである。
「日向か――お前も相変わらず、超有名アイドルの鎮圧か?」
「そちらの方は、ほぼ片付いた。今の状態ならば、こちらが介入しなくても自壊する」
「自壊とは――。そこまで弱体化しているなら、どうして警察などに任せない?」
「警察だと頼りにならないというより――もみ消される。ネット炎上の時と同じように」
「政治家の鶴の一声で、何とでも変わる世界――そんな物に面白みなどない。昔のゲームにおけるステージセレクトで最終面だけプレイするような感覚だ」
日向とリベッチオの会話はかみ合わないように見えるのだが、実際は違う可能性が高い――そう大和は感じていた。
そして、日向はリズムゲームプラスパルクールの中継が放送されているモニターの方を振り向く。
そこにはレースに参加しているビスマルクの姿がある。その動きは、既にトップランカーと互角に近いだろうか。
「そうだな。リベッチオ、お前がARゲームに何か不満を感じるのならば――」
次の瞬間、日向はARガジェットのタブレット部分を操作し、ある画面を表示させた。
その画面に表示されているのはランカー決定戦のイベント告知画面である。どうやら、日向はリベッチオとの決戦の場にここを選ぶようだ。
「ARゲームが、いつまでも超有名アイドルのタダ乗り宣伝のために存在する広告塔と考えているのであれば――この大会には興味ないだろう」
日向がブラウザ画面を閉じようとした時、リベッチオの方が動き出した。どうやら、彼女はレースに参加するようである。
「そんなに参加して欲しいというのなら――その大会に参加するよ」
リベッチオの方はやる気のようだ。しかし、レースのエントリー条件をこの場にいるメンバーでクリアしているのは、大和と日向のみである。
「しかし、この大会が行われるのは2週間後だ。それに、お前はレース参加条件をクリアしていない。まずは――」
日向が言おうとしていた事は、リベッチオには分かっていた。それまでに参加条件をクリアする事――である。
「後は、既に参加可能な比叡、ビスマルク、アイオワ――その辺りか」
そして、日向は姿を消す。この場に残っているのは、リベッチオと大和のみ。
彼女の方もエントリーする為にスコアが足りない部分がある為、それを稼ぐ為に別のレースへエントリーしたのである。
2週間後、ランカー決定戦の幕が開こうとしていた。
エントリープレイヤー数は32名、そこから4ブロックに分かれ、勝ち残った上位2名が決勝で争う。
最終的に1位となったプレイヤーがトップランカーの称号を得る事になるが、ここで得られるトップランカーの称号は特別仕様となっていた。
果たして――このレースの勝者は誰なのか?
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