架空と現実の境界線その2
数日前、とあるアンテナショップ――そこには私服姿の比叡(ひえい)アスカが私服姿で来店をしていた。
その目的はARガジェットの調整をしてもらう事である。
しかし、彼女は何か別の視線を感じていた。まるで、監視カメラ等とは違う様な視線を――。
この先で、誰かが筋書きさえも書き変えようと――自分達は、ここにいる意味を見いだせるのだろうか?
これから始まる可能性のあるネット炎上騒動を止める事が出来るだろうか?
この世界でネット炎上をきっかけとしたリアルデスゲーム、それを阻止出来るだろうか――。
視線の先に監視カメラがある訳でもなく、耐震構造がしっかりとされていた天井である。
近年の地震に関するネットの情報拡散などもあって、アンテナショップでは震度7クラス以上の地震でも耐えられる耐震性を求められていた。
それ以外にも草加市のマンション等の建造物にも、同じような耐震補強などを義務化、更には津波対策として水路や特殊なダムなども建設されている。
地下に建設された特殊ダムは水力発電という表向きの理由で建設されたのだが、実際は埼玉では発声するか怪しいとも言われている津波対策――。
何故、ここまでの自然災害対策を草加市は可能になったのか、それにはARゲームが関係している。
実はARゲームの利益は道路整備、自然災害対策、ライフライン確保、観光整備等と言った物に利用されていた。
ARゲーム運営の取り分が決して0と言う訳ではないのだが――それ以外の部分を充実させる事で、ネット上の炎上を防ぐと言う役割があるのだろう。
【草加市のARゲームがもたらしている物は、かなり大きい】
【周辺道路も定期的に舗装されている。それに、緑化等も力を入れ始めたらしい】
【噂によると草加市を守るようなバリアも計画されているとか――】
【さすがに、バリアはないだろう。しかし、草加市以外でも地下建設型ダムや耐震補強のノウハウを提供し、大災害を防ごうと言う動きはあるようだ】
【一体、ARゲーム運営は何がしたいのか? 彼らは日本を救う救世主にでもなろうと言うのか?】
【超有名アイドルは日本経済を救うという表向きの目的があるようだが、実際は地球全土を超有名アイドル一色に染め上げようと言う事だろう】
【逆にARゲーム運営は日本経済よりも、まずは日本全体を復興させようと考えている】
【噂によれば、草加市には魔力発電と言う物があると言う話が。しかも、それは――】
つぶやきのタイムラインで、ある発言のみが途中で削除されていた。
魔力発電に関係した物で、何かの電力を差し替えて魔力発電に仕様としているという趣旨のようだが――途中でつぶやきが削除されており、内容の確認はできない。
今までは文字化けで読めない等のケースが確認されていたが、これに関しては完全削除に近い為に続きは途切れている。
一体、この人物は何をつぶやこうとしていたのか。
「魔法か――人知を超えた科学力は、魔法と区別を付けられないというのは創作世界でも言われているが」
比叡はタブレット端末のタイムラインを見つめ、そんな事をつぶやいていた。
ARゲームは本当に魔法と言えるような存在なのか――それは運営にしか分からないだろうが。
「あの技術が魔法だとすれば、チートは何に該当する? それこそ、核兵器にも匹敵するような――」
比叡はふと思う。そして、核兵器と言う単語を思い出した事に震えさえ感じている。
比叡の思うチートとは、文字通りの核兵器だった。似たような意見を考えている人物はいるかもしれないが、それを直接言及する人物はいない。
そんな事を言えば、明らかにネット上は炎上し、それこそネット上に恐怖を与える事になるだろう。
だからこそ、この単語だけは言ってはいけない――そう思っていたのだ。
4月25日午後1時20分、時間はかかってしまったのだが日向(ひゅうが)イオナとビスマルクのマッチングが行われる事になった。
今度は他のARゲームが干渉する事がないのを確認し、パワードミュージックとしての乱入者の姿もない。
「思わぬ中断があったが、仕切り直しで言わせてもらおう。お前のやっている事は――ネット炎上勢力に利用されている」
改めてビスマルクは日向の行為に関して、ネット炎上勢力に悪用されている事を指摘した。
しかし、日向の方はビスマルクの指摘に耳を貸す事はない。
「ARゲームの環境を荒らすプレイヤーを掃除する――こちらも、それを変えるつもりはない。奴らはネットを遊び半分で炎上させる連中と変わりはない」
日向の方もビスマルクと同様、引く気はないらしい。結局は平行線と言うべきか。
「ARガジェットは科学技術じゃない。ARゲームは――科学技術ではなく、その概念は魔法に近い」
日向の口から、予想だにしないような発言が飛び出した。ネット炎上と言うレベルを超越するようなレベルの発言だろう。
しかし、それを聞いたビスマルクは唐突に笑い出した。突飛もないような発言に思考がおかしくなった訳でもないようだが――。
「確かにデジタル技術でも、あまりに超越したような技術であれば、それは魔法と変わらない。これで、超有名アイドルや芸能事務所、日本政府が賢者の石にこだわる理由も見えた」
笑いながらビスマルクも自分の考えを言うのだが、日向の発言を聞いて彼女は何かに気付いたようでもあった。
ネット上では、このやりとりに関して炎上すると思われたが、炎上しないどころか――誰も発言にツッコミを入れようとはしなかったという。
「だからこそ、ARゲームは神聖なる儀式ともネット上で言及され、一般プレイヤーが寄り付かないゲームとまで言われていた」
日向はバックパックのパワードアームを展開し、ビスマルクを吹き飛ばそうともしたが――それに関しては思いとどまったようだ。
そして、日向はARガジェットの画面をビスマルクに見せた。そこに表示されていたのは、レベル10超えの楽曲である。
これに関しては周囲のギャラリーが盛り上がると言う展開になったのだが、逆にビスマルクは一歩引きさがりそうな表情を見せた。
「アカシックレコードでもARゲームは選ばれた人間のみがプレイする――そう思われていた時期はあった。しかし、その法則も変化を見せる時が来ている――それが、黒船の襲来だ」
ビスマルクの方は、改造軍服ではなくパワードミュージック用のインナースーツを既に装着していた。
そして、指を鳴らすと同時にARメットが装着され、更にはARアーマーも出現――右肩には音楽ゲームのコントローラを思わせるレールガンがマウントされている。
レールガンの形状は、以前に使用した物とは異なり、ギターを思わせるデザイン及び装飾が施されていた。
しかし、ギターと言っても実際に弦を使用するタイプではなく、5つのボタンが確認出来る為、ギター演奏を体感できるリズムゲームで使用する方だろう。
「その勝負――乗った!」
ビスマルクは自分のタブレット端末に表示された日向からの挑戦状――そのボタンを指でタッチし、パワードミュージックのフィールドは展開されていく。
これによって第3者の乱入が不可能となったのだが、万が一にもチートプレイヤーが乱入してくる可能性は否定できない。
フィールドの広さは400メートルトラックではなく、それよりも広めの800メートルトラック――このフィールドの限界ギリギリの広さで行われる事になった。
それ以外のARゲームは別フィールドで行われる為、特に妨害をされる事もないし、攻撃などが干渉される事はないだろう。
「楽曲は既に決めている。1曲目の選曲件は、そちらに譲ろう。どうせ、あの曲だろうが」
ビスマルクの方は楽曲の選曲をしている途中だが、それは2曲目に回される――。
1曲目は日向がタブレット端末で見せたレベル10の楽曲だからだ。
「楽曲名は――禁忌の魔笛か。このステージにはお似合いの楽曲だろう。こちらの楽曲は、後で選択になるだろうな」
息を整えるビスマルクだが――1曲目の楽曲はプレイ経験もない。レベル10の楽曲その物をプレイした事がないからだ。
それに、この曲は裏譜面ではない。表譜面の最大レベルは10であり――これが最大レベルの曲でもある。
逆に言えば、日向のプレイレベル等を踏まえると、彼女が演奏失敗して玉砕する可能性も0ではない。
しかし、日向の表情を見る限りでは、明らかに気迫の違いがあった。向こうのペースに乗ったら負けである。
「このフィールド――ARゲームその物を異世界等と想定すれば、ARガジェットの能力は魔法と言われても違和感はないが――」
日向とビスマルクのレースが始まるのを遠目で見ていたのは、黒いマントに眼帯と言う人物――木曾(きそ)アスナだった。
木曾は一連のARゲームに関係する一件に関して、違和感を持っていた部分もあったのだが――。
「それ以上に、ARガジェットに使われている技術が――魔法と認定される可能性は否定できないか」
木曾はARガジェットの技術や太陽光発電システム、それ以外のシステムを含めて――魔法とも受け取られそうな部分がある事を認めた。
しかし、今の時期に魔法と言っても信じるような人間がいるのかどうか――それは全く分からない。
さすがに魔法と言う事で小馬鹿にしようと言う人物は出ないと思うが、問題は更なる禁断の魔法をアカシックレコードから発見し、それを破壊兵器へ転用しようと言う勢力の存在だ。
ARゲームは「あくまでもゲームであり、政治の道具やアイドルの広告塔や宣伝道具でもない」とネット上では有名な話である。
要するに「スポーツを政治の道具」にしようという勢力を否定と言う意味かもしれない。
事は数年前にさかのぼる。その時はVRゲームの試作機がゲームショウ等でお披露目されていた頃でもあるが――。
「アレを見ろ!」
「人間が――壁を登れるのか?」
「蜘蛛人間は海外でも見かけるが、装備などを見ると明らかに違う」
草加市の某所、低階層ビルが多いエリアにて一人の人物がビルを上っていた。
海外では、クライマーとも呼ばれている人物はニュースにも取り上げられているが――それらとは明らかに装備は違っている。
その装備はFPSゲームであるような重武装であり――これでクライミングをする事も無茶と言われるだろう。
しかし、その人物は3階立てのビルをいとも簡単に登ると言うパフォーマンスを見せた。
当初はこれをゲリラ的な消防隊の訓練と考え、あまり見向きもしなかったのだが――これを5回~6回ほど違うビルで行った辺りで、周囲の注目を浴びることとなった。
その後、10回でパフォーマンスは終了し、そのまま撤収をしたと言う。
この時の映像も残っており、後にVRゲームに関係したスタッフは驚きの声を上げていたという。
プレイヤーの動きがプロのアスリートを思わせるような物なので、別の意味でも驚きの声を上げたのかもしれないが。
「パルクールにもにているが、微妙に雰囲気が違う」
「どちらかと言うと、フリーランニングにも見えるな」
「それよりも、テレビで放送されていた忍者を思わせるアトラクション――あれに似ている」
この動きをパルクールと言うギャラリーもいたのだが、専門家的にはパルクールにビルとビルの間を飛ぶような危険なアクロバットを認めていない。
それらはエクストリームスポーツとして分けられるのかもしれないが――。
そして、このパフォーマンスこそARゲームの原点とされている物と言われていた。
この当時はARゲームとは呼ばれておらず、単純に大道芸の一種とみられていたようである。
あるいはストリートパフォーマーと判断されていたが、他の大道芸人などからは「常識では考えられない」という意見が多かったと言う。
これが、どのようにしてARゲームと呼ばれるようになったのかは――未だに不明である。
「VRゲームでも、屋外でプレイするような機種はない。何とも非現実的な――」
この当時のアクションを見て、非現実的と思っていたのはビスマルクである。その当時の彼女は体感ゲームをプレイしていた訳でもない。
服装も改造軍服だがARゲーム用インナーとは違うし、緑色のセミロング(ウィッグ)だったりと違いはある。ぽっちゃり体型に近いのは共通だが。
当然のことだが、この時のビスマルクはアカシックレコードの存在も知らなければ――超有名アイドル商法に関してもノータッチだった。
しかし、後にアカシックレコードの存在をネット上で発見、その記述を目撃した事でARゲームの可能性を信じるようになり――ARゲーム稼働時にはARパルクールに参戦、現在に至ると言う。
それから時は流れて西暦2019年、ARゲームは2016年末期から2017年頃から爆発的にヒットし――遂には、町おこしに利用しようと手を上げたのが秋葉原、北千住、竹ノ塚等である。
こちらの事例は大成功とまでは行かなかったが、それなりの好評を得ており、現在でもARゲームを利用した地域振興が行われている。
それとは別の方向性でARゲームを町おこしで利用しようと考えたのが草加市である。
その考えは的中し、今では外国人観光客もARゲーム目的で来日する等の成果を上げており、大成功とも言える。
しかし、ここまでに至るには大きな試練も存在した。それが超有名アイドル商法を巡る事件の類であるのだが――。
「謎の事件、ARゲームを巡る事件の数々は改名されていない物も多いが――放置されている物があるのも事実」
日向とビスマルクのレースが始まるのを遠目で見ていた木曾(きそ)アスナは、混雑してきたエリアから人が少ないエリアへと移動を始める。
そして、人が少ないエリアのベンチに到着すると、そこへ座り込み、眼帯のスイッチを入れる。
どうやら、彼女のARバイザーは眼帯型のようだ。ただし、眼帯はモニターのみで、それ以外の操作は腕に装着されたタブレットで行う。
「放置された事件の数々は有志によって報告され、犯人も捕まりつつある。しかし、放置されている背景は何だ?」
木曾はネット上のまとめサイトを見ていく内に――放置されている背景の一部らしき記述を発見する。
【アフィリエイト系まとめサイトが儲ける為のストックとして、意図的に一部の事件を隠蔽しているらしい】
そこには、こう書かれていた。明らかに超有名アイドル勢力は無罪と言う犯人のすり替えが行われていそうな、悪意のある記事ではあるのだが。
その内容をにわかには信じがたい一方で、フジョシ勢や他の勢力によるトラップだとしても――不特定多数のアフィリエイト系まとめサイトを敵にするのだろうか?
自分達に不利な事を書いているサイトを炎上させ、閉鎖に追い込むのは簡単だろうが――。
「マッチポンプ狙いだとしたら――吐き気がするような話だ」
このニュースを信じる訳ではないが、木曾は内容が直球過ぎて思わず本音が出た。
超有名アイドルを神コンテンツにするという一件は、どの世界でも言及され、それはありとあらゆる世界において行われているとも書かれている。
【銀河系を作ったのは超有名アイドルであり。どの世界の歴史の教科書でも学ぶ事】
このように書かれているWEB小説もある位である。あくまでWEB小説はフィクションであるが、ノンフィクションとして受け取るような信者もいるという意味かもしれない。
明らかに記述が嘘であるのは明白なのだが、そこに実在するアイドルグループを入れてつぶやきサイトで拡散させるだけで、アフィリエイト収入が得られるとしたら――。
そのような迷惑メールは大量に拡散し、現在に至るとしたら――。
「ここまでネットを炎上させ、ARゲームの環境を荒らし尽した報い――受けてもらうぞ」
木曾の方も、静かではあるがARゲームのプレイ環境を荒らした犯人に対し、許せないという思いがあった。
こうした思いはARゲームに関わったランカー勢も思いは一緒である。
意思の統一は不可能かもしれないが、超有名アイドルの行っている事に関して不満を持つ者は、アンケート調査に夜ト7割を超えるらしい。
4月25日午後1時25分、準備万端のビスマルクはスタート地点で開始を待っている。
しかし、そこに日向(ひゅうが)イオナの姿はない。一体、何が起こったのか?
「まさか――アレだけの事を言って逃げたのか?」
さすがに挑戦状を出しておいて逃げたという事はないだろう。事情説明が長引いたとしたら、インフォメーションが入るはずだ。
乱入プレイヤーが来るとしても、ARバイザーにインフォメーションメッセージが表示される。
しかし、挑戦状が出された以上は乱入禁止。この状態で乱入をしようと言うのであれば――ペナルティは避けられない。
むしろ、ペナルティよりもチートガジェットやハッキング等を疑われ、アカウント凍結となる可能性もあり、最悪のケースにまで発展すればアカウント削除も視野に入る。
「逃げたのではない。別の乱入してくるプレイヤーを通報していた所だ」
日向が姿を見せたのだが、その装備は先ほどとは若干違っている。
背中のバックパックは類似タイプのようだが、インナーカラーがネイビーブルー、リズムゲームのコントローラを思わせるアームユニットが大きな違いか?
アームユニットに関しては、ドラムセットを思わせるようなデザインだが――どうやってドラムを叩くのかは謎だ。
第一にドラムスティックは何処にあるのか――という疑問も存在する。
「別の乱入者?」
ビスマルクが驚いていたが、特に多くを語るような事はなかった。
彼女には、レースの方を優先と言う流れがあったのかもしれない。あくまでも可能性での話だが。
今から数年前――ネット上で超有名アイドル騒動が展開されていた頃の話。
「アレを見ろ!」
「人間――なのか?」
「さっきも似たようなアーマーを着ていた人物がいたが――同一人物か?」
草加市の某所、低階層ビルが多いエリアにて一人の人物がビルの間を飛び回っていた。
ギャラリーの集まり方もかなりの物であり、これによって周辺住民に影響が出るような流れを感じさせる。
警察官の姿は確認されていないのと、テレビカメラが回っていないので大きな騒動にギリギリの範囲でなっていないと言うべきか。
「パワードスーツの実験でもしているのだろうか?」
身長168センチ位、黒髪のセミショートに黒い瞳、体格はアスリートを思わせるような――。
彼女は、後にアイオワと名乗る事になる女性である。この当時は、まだアイオワとは別のハンドルネームを名乗っていた。
何故、ハンドルネームが違うのかと言うと――あるアイドルグループの追っかけをしていたからである。
そのアイドルは知名度は高くないが、ネット上では超有名アイドルよりも人気があると言う。
決して二次元のアイドルではなく、3次元の男性グループである。男性アイドルの追っかけと言うには服装が普通すぎる予感もするかもしれない。
実際、追っかけと言ってもCDを買う程度で、コンサートには足を運ばないタイプ。
その理由はかなりの資金をつぎ込む程の資金力がある訳ではないという――CDを購入して買い支えを行うようなタイプなのだ。
午前11時、アイオワはコンビニでペットボトルのコーラを購入し、店を出てフードコートスペースに座り、そこでふたを開けた。
「このご時世に、特撮の撮影なんて――尚更あり得ないか」
その後、アイオワはコーラを飲みつつ、タブレット端末のブラウザを立ち上げて何かのサイトをチェックしていた。
「特撮の撮影であれば、埼玉県内でも有名な場所は存在する。それに、ここで撮影を行う意味があるのかどうか――」
アイオワは色々な意味でも撮影を行う理由が、分からずじまいだった。ロケの場所という意味では、有名所はあるのだが――。
そして、アイオワの見ていたサイトには、ある物が公開されているとの話。その正体とは――。
「この記述は――?」
アイオワが目撃した物、それはARゲームに関係した記述であるのだが、その構造は一部が黒塗りになっており、詳細の一部が不明である。
それに――画像の一部にもメーカーのマークなどで黒塗りが入っており、何かを意図的に隠そうと言う物を感じていた。
しかし、それでも作ろうと思えば様々なデータを組み合わせて復元する事は不可能ではない。
仮に今回の技術で先ほど目撃したアレを再現したのだとしたら――?
西暦2019年4月25日午後1時30分、ビスマルクと日向(ひゅうが)イオナの1曲目が終わった所である。
その様子を草加駅近くのアンテナショップで見ていたのは、何を隠そうアイオワだった。
「あまり深くは考えなかったけど、パワードミュージックもアカシックレコードを利用していたのかも――」
レースの方はビスマルクの圧勝だった。日向の方はギリギリのクリアだったが、スコアを見れば一目瞭然である。
どう転んでも、ビスマルク圧勝の展開は揺るぎないのだ。これを変える事が出来れば――ある意味でチートと言われる可能性が高い。
チートと言っても不正アプリや違法ガジェットの類でのチートとは話が違う。このケースだと、リアルチートの方である。
超有名アイドルはリアルチートよりも、メッキと言う路線と言う事で単なるチート呼ばわりなのだが。
「しかし、仮にアカシックレコードの技術を利用していたとしたら――訴えてきそうな雰囲気もある」
アイオワが疑問に思った事、それはアカシックレコードに記載された技術は誰のものか?
その技術の一部にはスタッフの名前もあるのだが、半数以上はスタッフの名前が描かれている部分が黒塗り、フリー素材と書かれている物等が多い。
彼らは本当に技術屋なのか――やっている事を考えれば、想像もできないようなことだ。
一方で、アカシックレコードの技術がどのような結果を生み出すのか――と言う実験を行っている可能性さえある。
つまり、アカシックレコードに技術を残した人物は、実験結果のデータを収集したいと考えているのかもしれない。
2曲目はビスマルクが設定した物だが、そのレベルは9である。中途半端と言うよりは、日向を試すつもりなのだろう。
「日向の狙いが分からないが――向こうが高難易度を選んでいる以上、こちらが低難易度を選ぶのは――」
口には出さないが、低難易度譜面で攻めれば日向に塩を送るような可能性もあったのである。
それ以外にもギャラリーを敵に回し、逆効果を呼ぶという事も否定できない。
1曲目で高難易度を選択した日向、周囲の反応を踏まえれば――下手に低難易度を選ぶのは危険と判断した。
その為、高難易度でも比較的に動向を試す事が出来る範囲で考えた結果、レベル9が妥当と判断する。
日向の方はレベル9が指定された事に対しては、特に何も反応はなかった。逆に1曲目でスコアを取れなかった方がダメージが大きい。
「周囲の反応を見た結果が、これか――」
日向もパワードミュージックのプレイ回数は多くない。ギャラリーの反応で譜面難易度を選んだ事が、逆に仇となっていた。
本来であれば、彼女のレベル的に2ケタ難易度はクリアできなくて当たり前と言う状態である。
高難易度を選んで捨てゲーに走り、ネットを炎上させるよりは――何とか健闘した方かもしれない。
「やはり、自分自身のスキル――それ以上の物を求めるのは危険と言うべきか」
日向の方は今のレベル以上の物を求めれば、尚更危険であると考えている。ARゲームではよくあることだが。
しかし、高みを望む事は悪い事ではない。得られる物の大きさを考えればチャレンジする事は推奨される。
「今の現状では、高レベル難易度のプレイで演奏失敗でもすれば――ネットで炎上するのはお決まりになっている」
日向は、チャレンジしようとしても悪意あるユーザーが炎上のネタに利用する勢力がいる事――それが日向にとっても許せる事ではなかった。
ARゲームに限った事ではないが、自分が目立つ為だけに場を荒らしまくった結果――その環境が消滅する事がある。
ゲームである以上、勝者がいれば敗者がいるのは百も承知しているが――それでも、一時的な感情だけでつぶやいた結果がネットを炎上させるのだ。
このような環境の変化は、まるで自然災害等を連想し、それを復興させるのにも莫大な時間がかかる場合もある。
「ARゲームの環境を守る事――それが、自分の居場所なのだろうか?」
日向はARゲームの環境を守る事に全力を注いでいるが、本当にそれは誰かに言われた物と否定できるのか?
それには、若干の自信が持てないでいる。
「自分の居場所は――自分が決める!」
日向は覚悟を決めた。超有名アイドルに自分達の居場所を荒させはしない――と。
2曲目が始まり、イントロパートと同時に白いオブジェクトが出現する。
このオブジェクトをリズムに合わせて接触、叩くなどをする事でスコアが上昇するのだが――初心者にとっては、この段階で混乱するプレイヤーも多いらしい。
ビスマルクの場合は、レールガンを的確に放ち、パーフェクトヒットを連続で出していた。
彼女もARゲームでは実力者であるのだが、それでもパワードミュージックでは判定やアクション、様々な部分で手探りの日々が続いたのである。
これに対し、日向(ひゅうが)イオナは――。
「ここまでタイミングを掴みにくいのか――」
現在使用しているガジェットを使いなれていないというわけでなく、一種の判定が掴みにくいのである。
リズムゲームの場合、あるラインに到達する【まで】で判定する作品と、あるラインに到達する【寸前】で判定する作品で別れており――。
「最初よりも、空振りが激しい――どういう事だ?」
今まで使用したガジェットと現在のガジェットでは、やはり判定が異なるようだ。
ノーツと呼ばれるオブジェクトが出現する速度は、使用しているガジェットのタイプで異なるだけでなく――。
「向こうは的確に命中出来ているのに、こちらはオブジェクトの速度に翻弄されている――?」
日向は自分のスコアが低い事に関して、疑問を持つようになった。チュートリアルでもパーフェクト判定に近い程、スコアが上昇する。
それは頭の中でも分かっているのに――実行に移す段階が出来ないでいた。
「こちらとしても、負けられない理由がある! 貫き通すべき意地がある!」
日向はガジェットタイプやプレイ経験と言うハンデを、今まで持っていた技術で補おうとしている。
他のARゲームプレイヤーでもFPS未経験者が第六感を発揮するケースがあったり、格闘ゲーム経験者がベルトアクション系で雑魚を一撃で倒したり――色々と事例がある。
「ARゲームを守りたいという気持ちは――こちらとしても負けてはいない!」
ビスマルクの方も自分が達成すべき目的を持っている。その為にも――。
お互いに譲れない物、それは皮肉な事にも共通する物が存在していた。それが――ARゲームを荒らすネット炎上勢を駆逐する事だったという。
ただし、その規模はお互いに違うのかもしれないが――。
日向のスピードとビスマルクのスピードは同じであり、一部プレイヤーが使用するスピード重視のカスタマイズと言う訳ではない。
それなのにスコアの差は圧倒的だ。ビスマルクの使用するガジェットがチートなのでは――とギャラリーも疑うのだが、その余地がないのは誰の目から見ても明らかである。
「スピードは同じ重装甲タイプなのに――何故、あそこまで差が出る?」
「ガジェットを1回1回でチェンジしていたら――今まで慣れてきたタイミングもずれるのは明白だ。日向の判断ミスと言うべきか」
「しかし、様々なリズムゲームをプレイしていたり、イベントで別機種を兼業していると――同じような症状になる可能性もある。単純な判断ミスとは言えないだろう」
「だが、リズムゲーム初心者が陥るような動き方――その典型例なのは間違いない」
「リズムゲームは格闘ゲームとは違い、専用コントローラを使う物が多い――」
「しかし、画面表示的には似た者同士じゃないのか?」
ギャラリーの方も、日向不利に関して色々と考えているようだが――意見としては似たような物ばかりだ。
【プレイ回数的にはビスマルクが上か?】
【スコア的な意味でも同じだろうな。日向の方は他のARゲームに関するノウハウはあっても、ARリズムゲームは――】
【ARゲームもVRゲームも同じようなバーチャルゲームではないのか?】
【それは全く違う。VRゲームは狭い空間でもプレイ可能だが、ARゲームは広いフィールドが必要だ】
【だからこそ、街を1つ丸ごと使うような場所が必要だった――と?】
【バラエティー番組でショッピングモールをまるごと鬼ごっこで使う様な感覚――それと似ているのかもしれない】
【しかし、あそこから日向は逆転できるのか?】
ネットの実況勢やつぶやきサイトのタイムラインも似たような物で、目新しいと感じる意見は見当たらない。
これでは新たな光景でさえもテンプレのWEB小説で見るような光景になってしまう可能性があり、コンテンツ流通の危機でもある。
2曲目も大詰めと言う場面で、ギャラリーは驚いた。その衝撃的な結末に。
「なるほど――そう言う事か」
某所でセンターモニターに映し出された中継映像を確認していたのは、比叡(ひえい)アスカだった。
彼女は日向に対して、自分に敵対するような存在とも考えていたようだが――。
「一部の芸能事務所が儲かるようなシステム――それを生み出してしまった超有名アイドルを、許せるはずはないだろう」
比叡は何か思う部分はありつつも、結果を確かめる事無く――その場を後にしていた。
一体、比叡が憎むべきシステムとは炎上マーケティングなのか、それとも超有名アイドル商法なのか――?
2曲目が終了し、その段階で倒れていたのは日向(ひゅうが)イオナである。
文字通りの慢心と言うべきか――体力の限界と言う可能性もあるだろうか。
倒れたと同時にARアーマーは消滅し、インナースーツとARメット、バックパック、両腕に装着されたARガジェットと言う状態に。
インナースーツの色的にも裸を連想するカラーではないので、その辺りを期待していた人物からは『チッ』という一言やがっかりするような表情の人物がいたり――様々だった。
「あの状態だと――復旧は難しいか」
汗の一つも流していないと言うと嘘になるが、多少の疲れを見せているのはARメットを脱いだビスマルクである。
結果として、3曲目の続行は不可能と判断され、ビスマルクの勝利――と言う判定ではなかった。
実際には2曲目で日向がゲージを失った事による演奏失敗で終わっていたのである。
日向はゲージと紋章のルールを把握していなかった為、ゲージの方を選んでしまったと推測されているが――。
今回の結果は日向の敗北と言う判定となり、ビスマルクには勝ち星などは影響しないようである。
日向が最初のプレイ終了後、スタッフに説明されたのが――。
「システムの方がゲージの方になっていましたが、そちらだと難易度が格段に上がります。プレイ保障等の点で紋章の方がお勧めですよ」
このように声をかけられたのだが、日向には何の事だかさっぱりだったので、そのままゲージでプレイしていたのが真相らしい。
それでも、1曲目はビスマルクと対戦して演奏クリアに持ち込めたのは別の意味でも奇跡なのだろう。
自分のクリア出来ると思う譜面よりも難しい譜面に挑む事は、あまりお勧めされないプレイ方法だ。
高難易度しかプレイしないプレイヤーでも、ゲームアカウントを持ち始めた頃は初心者なのは間違ない。
しかし、同じようなジャンルをプレイしているからと言って、高難易度譜面に挑むのは――無謀と言わざるを得ないだろう。
5分位経過した所で、日向の目が覚める。若干ふらつくようだが、運動に支障はないらしい。
フィールドにはギャラリーが若干数残っているような気配だが、別のレース待ちと言うのが有力だろう。
日向はベッドの上ではなく、待機専用のベンチの横に寝かされていた。
実際に、このベンチはベッドにも変形する仕組みになっており、ベッドと言う表現もあながち間違いではない。
しかし、布団や毛布の類はないので、そのまま寝かされていたのかもしれないが。
「やはり――自分の感覚で高難易度に挑むのは、無謀と言う事か」
日向は改めて知った。わずか数譜面をプレイしただけで高難易度に挑む事、それは無茶である事を学んだ。
それに加えて、高難易度譜面だけをクリアしていくようなプレイヤーは、不正プレイの可能性も否定できない、と。
さすがに全ての動画としてアップされた高難易度譜面のクリアプレイヤーを不正プレイと言ってネット炎上させるのは簡単だろう。
しかし、本当の実力でクリアしたプレイヤーの動画まで炎上するのは――ランカーの望むような状態ではない。
午後1時、今回のレース動画を見直していた人物が何人かいた。理由はビスマルクのチート疑惑がメインだが――。
あれだけの実力者がチートを使う訳がない――という意見も多いが、相手が相手だけに使用した疑惑も否定できなかった。
パワードミュージックを初めとしたリズムゲーム系のARゲームは、チートに関する部分が非常に厳しい物がある。
それでもチェックをすり抜けるケースは存在する為、更に厳しくしようと言う動きもあった。
実際、ARゲーム全体でガジェットの汎用化を強化し、チートのチェックを再調整しようと言う話もある。
しかし、他のARゲームでは明らかにチートと判定されそうなARガジェットを運用されるのは――と汎用化に関しては否定的なジャンルも存在していた。
「ARガジェットを他のジャンルでも対応できるようにと言う話はあるが、下手にチートクラスと言われるような威力のガジェットを導入するのは――」
一連の動きに関して、否定的な意見なのはビスマルク。ARガジェットを購入する数が減る、複雑化するARゲームを分かりやすくできると言う長所も確かに存在しているが。
それでもARゲームのガジェット統一化に反対する理由――それは、攻撃力の違いだ。
ARFPSでは中堅の攻撃力を持つ武器が、AR武器格闘では数コンボ叩きこんだだけで即KOに持ち込める10割コンボが可能――となれば、バランスブレイカーになるのは当然である。
「過去にARアクションRPGを解禁しようとしていた所で、別のTPSで使われたガジェットが使われた結果――速攻でバランスブレイカーになったという話もあるか」
それ程パラメータに関係した部分で細部調整が難しい――それをビスマルクは知っていた。
だからこそ、ARゲームがメジャータイトルのゲームよりもユーザー数が伸びないとネット上で言われているのは、このバランス調整が壁となっているからだ。
「アカシックレコードもさじ加減ひとつで、ゲームバランスを一変させるバランスブレイカーと――そう言う事か」
ビスマルクは思う。アカシックレコードの技術を一つとっても、チートや不正と言われる可能性のガジェットは存在する。
それらの技術が正しい意味でガジェットとして採用されるには、検証する必要性も出てくるかもしれない。
どちらにしても、重要なのはARゲームの発展だが、ネット炎上等の風評被害要素は減らしていく事も重要だろう。
しかし、一連のARゲームにおける動きとは別に――リズムゲームの方では、ある重大な事件が起ころうとしていた。
「何だ、これは――!」
思わず、タブレット端末の持つ手が震えていたのは、眼帯を外した状態でニュース記事を見ていた木曾(きそ)アスナである。
そのニュース記事に書かれていたのは、ある超有名アイドルの楽曲に関係したニュースなのだが、その内容は衝撃的な物だった。
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