ネット炎上とリアル炎上と――その2

 午前11時45分、島風朱音(しまかぜ・あかね)は市街地にも近いようなフィールドのスタート地点にいた。

コースとしては、道路を直線距離で300メートル程、その後に右折するトラックタイプだが――カーブが若干道路に沿う形とはいえ、ゆるい気配もする。

道路を通行する自動車やバイクの姿がないので、おそらくは迂回指示が出ているのだろう。

駐車している車は、ゲーム終了までは移動できないので宅配業者等は痛恨の足止めを食らう事になるだろうか。

「コースの設定はしなかったけど、ランダムとはいえ――こういうコースってありなの?」

 病院や小学校、近隣住民に配慮するようなコース設定がされ、なおかつ道路事情も把握しての物だが――島風には若干不安は残る。

下手に通行人が現れて、衝突してしまうのではないか――と。しかし、そう言った心配はARゲームでは不要となっていた。

ARゲームの空間と現実空間は特殊なフィールドで隔離される為、心配は無用と言う事らしい。特撮やアニメで見かけるような異空間でのバトルと言うのが理解の早い表現だろうか?

「市街地を利用すれば――こちらも有利と言う訳か」

 島風が対戦する相手の一人は、向こうに聞こえないようにつぶやく。

装備の方は、どう考えても負けフラグの定番であるガトリング――向こうはフラグなんて気付いていないし、気にしてはいないだろうが。

しかも、大型ガトリングであり、固定砲台としての運用も可能というシロモノだが――普段は両肩に小型ガトリングとして分離して装備されていた。

「相手プレイヤーのプレイ回数は5回程度――これなら、何とかなるかもしれないわね」

 チェーンソーブレードの感触を改めて確認するのは明石零(あかし・ぜろ)だが、データを確認したのはホストプレイヤーではなく、別のプレイヤーだけである。

「あれっ? 残高って?」

 明石はARガジェットではなく、ARバイザーで何かエラーの表示がされている事に気付く。

どうやら、電子マネーの方が足りなくなったらしい。仕方がないので、持ち込みのポーチから100円玉を取り出してコイン専用端末のある方まで走る。

「危ない危ない。チュートリアルの段階では電子マネーの方もあったはずなのに――」

 チュートリアルと通常プレイは別料金ではないのだが、どうやらこの店舗ではチュートリアルが無料の代わりにプレイの方は100円かかると言う料金設定のようだ。

チュートリアルプレイと2曲プレイで100円と言うのが基本設定のパワードミュージックだが、この辺りはアンテナショップごとに設定が違う。

中には、1曲50円設定で5曲で50円引きの200円でプレイ可能等の練習等にうってつけの場所も存在する。

この辺りはゲーセンの料金設定が店舗ごとに違うのと同じだろう。

中にはゲリラキャンペーンでサービス設定がある場所もあるのだが、ARゲームではそう言ったサービスを行っている店舗は非常に少ない。



 同刻、この中継を別の場所で見ていた人物がいた。

周囲に人影らしい人物はない訳ではないが――彼女の周囲には集まらないという状態である。

「あのガーディアンを見逃したのも痛いが――明石零もパワードミュージックに参戦するのか」

 先ほどまで別所にいた比叡(ひえい)アスカだった。

何故、彼女が草加駅まで来たのかは色々とあるのだが――その理由の一つは、早歩きで去って行ったガーディアンを追跡しようと考えていた事にある。

ガーディアンの追跡はストーカーと疑われないような手段で行おうとしていたのだが、ガーディアンを位置検索アプリ等で追う事は不可能だった。

「ガーディアンの仕事上、ステルスシステムを使用している噂もあったが――本当に装備しているとは」

 ガーディアンの使用しているステルスとは、ARバイザーを使用している人物の目を欺く程度であり、周囲の対象者全員を欺く事は出来ない。

それに関しては、既に天津風(あまつかぜ)いのりや別件でアイオワが使用していたのを目撃した事がある。

逆に言えば、ARガジェット等の手段を用いなければ追跡は可能と言う事を意味しているのだが――それは一歩間違えるとストーカーと認識されかねない。

ARゲームの場合は、ARゲームをプレイ終了後のプレイヤーをストーカーするような行為は禁止されており、下手すると追放もありえるだろうか。

それ程にプレイヤーの個人情報を守ろうとする背景があるのには理由があるのだが、その理由が語られる事はない。

ネタバレと言う表現ではない為、周囲に流出する事はないだろうが――それを探ろうとした超有名アイドル投資家等が捕まっている現状を踏まえると、本当に知ってはいけない物かもしれないだろう。

「とにかく、アイドル投資家や関連勢力を警戒すると言う事には変わらないか」

 結局、比叡はガーディアンの追跡を諦めて中継を視聴する為、コンビニに立ち寄った。そして、現在に至る。

「この人物は、まさか――!?」

 比叡も驚きを隠せない人物が――そこにはいた。

自分のプレイを見てパワードミュージックを始めたと公言する、島風の姿を目撃したからである。

島風の装備は以前に目撃した物とは異なっており、この辺りは一定のカスタマイズを施しているのが分かるのだが――デカリボンは変わらないようだ。



 同刻、島風のいたアンテナショップで中継映像を見ている人物もいる。

「パワードミュージックの強豪ランカーと言えば、木曾という時代は――」

 特徴的な改造軍服姿にぽっちゃり気味な体格の――これだけ特徴的な外見の人物は、絞り込まれるのも当然だろうが――ビスマルクである。

改造軍服タイプのインナースーツはパワードミュージック非対応の為、別のインナーも用意しているが――着替えスペースの関係で順番待ちに近い。

彼女の言う木曾とは、木曾(きそ)アスナの事であり、パワードミュージックのトップランカーでもあった。

しかし、島風や比叡、その他の人物が参戦し、更にはイースポーツ化の波もあって、木曾の上位は揺らぎつつある。

ちなみに――ビスマルクが木曾の現在順位を知ったのは、ARバイザーでパワードミュージックの自分の順位を調べていたついでで発見した物だ。

「あの特徴的なバイザーは――まさか?」

 中継映像の方で、3人のプレイヤーが映し出され、ビスマルクは明石の姿を見て、まさか――と思った。

何故にARゲームで固定ゲームが特にない明石が、パワードミュージックへ参戦する気になったのか?

「賞金制度は調整中のはずだが――?」

 明石のプレイデータをバイザーで確認するビスマルクは、そのデータを見て驚くべき物を発見する事になった。

それは、彼女がパワードミュージックを初プレイだった事である。実際、プレイ回数は0回を示す【ニューデータ】表示だった。

「一体、パワードミュージックにはどれだけのプレイヤーが集まってくるのか」

 ビスマルクは思う。プレイヤーの増える速度が、予測よりも速いような感覚を受けたからだ。

1日1万人規模ではないのだが、その増え方は他のARゲームやソーシャルゲームの比ではない。

「これも、あの動画の影響と言うのか? それこそあり得ない話だ」

 ビスマルクは自分が投稿した動画が今回のプレイヤー増加に貢献しているのではないか、とも考えた。

しかし、それこそ尚更あり得ない話。逆にパワードミュージックからは遠ざけるような口調で語り、投稿した動画だったからである。

有名プレイヤーのスーパープレイに影響を受けたのであれば話は分かるが、自分が投稿した動画はプレイ動画とは全く違う性質を持っていた。

それこそ、ARゲームが懸念しているプロパガンダ等での利用に近い物だったのである。

「ARゲームがプロパガンダで悪用される事は望んではいない。そして――」

 改めてビスマルクは思う。自分の発言で興味を持って、ARゲームの世界に絶望するプレイヤーが増えてしまったら――。

それこそ、実況者なども抱えるような問題なのかもしれないが――自分の薦めるARゲームでネット炎上する事になったら、それこそ一大事だ。

しかし、ビスマルクはそんな状況になっても動画を消す事だけはしなかった。

自分の動画を消したとしても、次々とクローン動画は増えるだろうと考えていたからである。



 午前11時50分、明石零(あかし・ぜろ)がフィールドに設置されたセンターモニターのコイン対応端末の前に到着する。

そして、100円をコイン口に入れているタイミングで、モニターでは別のレースが始まっている様子が中継されていた。

そのセンターモニターでは、1対5とも言えるようなレースが展開されている。どう考えてもフルボッコと言う光景にしか見えないだろう。

本来、パワードミュージックのマッチングは最大4名であるのだが――このケースでは特殊なルールが導入されているらしい。

やろうと思えば、最大20人やTPS系で見かけるであろうチーム戦も可能かもしれないが、そこまでは許可している気配はないようだ。

今回の特別仕様は格ゲーにおける初心者台、練習台、乱入専用台と言う様な設定と同じ物だろう。

このフィールドでは最大10人のマッチングまでが可能と言う設定になっており、これによって多くのプレイヤーを呼び込もうと考えていた事が分かる。

「一体、誰のレースが――!?」

 そこでは木曾(きそ)アスナが他のモブプレイヤーを無双と言うか――既にモブプレイヤーがかませ犬という状態になっているような気配もする。

完全に相手にならないという光景を――100円を投入していた明石は見せつけられる事になった。

しかし、この光景を見たとしてもこの映像のモブプレイヤーが自分の末路であるとは考えない。

あくまでも自分は自分であり、他人ではない。だから、あのプレイヤーの様な結末にはならないだろう。

他人のプレイを参考にする事はあっても、同じような展開になるとはリズムゲームでは確立としても非常に低いだろうか。

【規定クレジットを受け付けました】

 投入した100円玉は1枚で何とかなったようである。置いてきていたコインケースには100円玉が多く入っているが、手持ちの方は100円玉が少ない。

下手に両替に行っていると時間のロスになり、マッチング無効も視野に入る可能性があった。

作品によってはプレイ前に現金チャージを推奨している作品もあり、それを踏まえると――現金チャージは必須とも言える。

コイン投入も可能になっている理由は、こうした緊急の両替が出来ない場合の救済処置だろう。しかし、細かいお金を持っている事が前提だが。

明石の場合は現金チャージもしていたのだが、急なチャージ不足と言う緊急事態だ。

「こうなるのだったら、チャージしておくべきだった――かも?」

 目の前のコイン対応端末だが、実は電子マネーチャージにも対応している。

しかし、100円単位ではなく1000円単位と言う事もあった為に明石は断念せざるを得ない。

機種によっては500円単位チャージも出来るのだが――。



 午前11時52分、明石がコインを投入している頃、島風朱音(しまかぜ・あかね)のフィールドには別のモブプレイヤーが姿を見せる。

「白銀のガジェットねぇ……」

 島風のフィールドに乱入する訳ではないのだが、白銀のガジェットを装着したモブプレイヤーが島風の方を見つめていた。

この人物は、島風がコスプレイヤーである事等は知らないかもしれないが――その冷たい視線は島風にとってもプレッシャーになる。

【プレイヤー3のクレジットを確認しました。3人プレイで進行いたします】

 島風のバイザーに表示されたメッセージ、それは明石が100円を投入してクレジットエントリーをした証拠だ。

「やっぱり、ゲームっていうのはこういう感触がないと――」

 島風はARゲームでは見かけないようなアイテム課金型のゲームに関して、存在自体は否定しないが――少し距離を置いている。

アイテム課金型のARゲームは、存在こそはしないがロケテスト自体は行われた記録が存在し、その時は賛否両論だったという話を聞く。

【プレイヤー3のクレジットを確認しました。3人プレイで進行いたします】

 同じメッセージはプレイヤー2ことガトリングガンのプレイヤーにも表示されている。

こちらの方は特にノーコメントらしく、さっさと楽曲の選択準備に入っていた。

【クレジット消費を確認しました。3人プレイで進行いたします】

 明石のARバイザーに表示されたのは、2名の物とは違ってクレジットの消費を確認する物である。

これで、何とかプレイ出来るようにはなった。下手をしたらエントリー向こうもあっただけに、何とか間に合ったのだろう。

実際、このままスタート地点に立っていたらエラーでスタートできない状態になっていた可能性も否定できない。



 午前11時53分、3人の腕に装着されているARガジェットに表示された画面、それは楽曲選択画面だった。

CDのサイズよりも若干小さめのジャケットがずらりと並ぶ画面は、別のリズムゲームで使用されている形式だが――。

「なるほどね。この中から1曲を選ぶのか――?」

 明石はジャケットをタップしても楽曲が決定しなかったので、故障なのでは――と思った。

しかし、ジャケットをタップして変化したのはジャケットのデザインだった。どうやら、明石は裏譜面がある楽曲ジャケットをタップしたらしい。

楽曲の決定に関しては、チュートリアルではジャケットを1回タッチして決定ボタンをタッチするのが正しいやり方である。

それをすっかり忘れていた訳ではないが、裏譜面の出現は周囲のギャラリーにとっては驚きの声で迎えられた。

「裏譜面かよ」

「あの曲の裏譜面は、さすがに初心者では無理だろう」

「まず、初心者が裏譜面に挑むはずがない。捨てゲーと言われてネットが炎上する様子が目に見える」

「それよりも、パワードミュージックに裏譜面の概念がある事自体が驚きだ」

「裏譜面は一定のランクでないと、出現は可能でも選べないはずだ」

 その周囲の反応は正しかったようで、明石が裏譜面を出現させたのは操作ミスらしい。

結局は選曲できなかったので、別の曲を選び直す羽目になるのだが。

何故に裏譜面が呼べたのかは他のプレイヤーが裏譜面を常駐させていた可能性が高い。

しかし、それを調べるすべは明石にはなかったのである。



 午前11時54分、一部のネット住民が騒ぎ出しているようなタイムラインが存在した。

そこには週刊誌のリークと思われるような情報が、拡散していたのだが――それを信じるような流れではなかったのである。

【マスコミのガセ情報じゃないのか?】

【雑コラのニュース記事じゃないのか? そのグループが解散するなんて――】

【いくらなんでも、あの大手芸能事務所の圧力で解散とか、まずあり得ないだろう】

【コンテンツ炎上でも例の芸能事務所が――と言う噂もある】

【一部の勢力がガセ情報を拡散し、アフィリエイトサイトへ誘導するパターン乙】

【この情報がまとめサイトに流れたら、どうなる?】

 あるつぶやきではアイドルグループの大手が解散するのではないか、と言う雑コラに近いニュース記事が拡散する。

これに関しては芸能事務所側も即座に対応するような気配は見せていない。一体、何が起きているのか?



 午前11時55分、ある報道バラエティー番組が速報テロップを出した。

【アイドルグループ○○○○○が解散を発表。芸能事務所の不祥事で】

 このテロップを見て、ネット上が大騒ぎすると思われたのだが――嵐の前の静けさと言う位に拡散されていなかったのが印象的である。

「これで、一つの事件の幕はとじるか――」

 ネットカフェでデータ検索をしていたガーディアンの男性が、何かを思わせるような事をつぶやく。

しかし、一つの事件が終わったとしても、そこで全ての事件も解決するかと言われると疑問は残る。

「しかし、事件が繰り返されるのは過去の事例を見ても明らかだ。歴史は繰り返されるのだ――今回も」

 アイドルグループの解散――これによって一連のネット炎上事件は終息していく事になった。これは、彼の予想を大きく裏切る物だった。

【あのグループが解散したようだ】

【ウソだろ?】

【不祥事と言っても事務所側に不手際があったのは明白だ】

【その内容が発表されていない以上は、どんな原因なのか特定できない】

【まさか、ARガジェットの違法改造ツールか?】

【それこそ、尚更あり得ない。ARゲームは超有名アイドルに対し、風評被害防止とも言える対策を無数に展開している】

【少し前に拡散していた情報、ガセだったのか?】

【解散は本当だったが、グループ名が違う。雑コラだったのはかく乱が目的だったのか】

 ネット上では、アイドルグループの解散よりも芸能事務所の不祥事に話題が集中している。

それに加え、彼らが起こした不祥事がARゲームに使用するガジェットのチートツールではないか、と言うらしい。

その真相は別として、少し前に情報に関しては拡散していたのである。ただし、実際はアイドルグループが違う雑コラとして。



 午前11時57分、明石零(あかし・ぜろ)、島風朱音(しまかぜ・あかね)のバトルは2曲目に突入しようとしている。

しかし、ゲームシステムとしては2曲目と言う扱いになっているのだが、1対1でのバトルに変更しての仕切り直しに近い。

その理由は1曲目終了後、モブプレイヤーの一人が――。

「やったぞ! これで、俺は超有名アイドルグループの――!?」

 そう叫んだのと同時に何者かに狙撃されたのである。狙撃されたプレイヤーのARガジェットからは、違法アプリが検出された。

おそらくは、狙撃者の目的自体が違法アプリを使ったプレイヤーのピンポイント狙撃だった可能性もあるが――この段階では分からずじまいである。

狙撃に使用された武装はARガジェットで間違いないのだが、島風と明石には狙撃したスナイパーを発見する事は出来なかった。

二人としては、バトル中断に関して納得できないような表情をしているのだが――。

「あのスナイパー、どう考えても手口が姑息過ぎる。まるで、フジョシ勢力や夢小説勢、まとめサイト勢がやりそうな手口ね」

 明石は、スナイパーの存在に気づかなかった事が悔しかった。

これによって、手掛かりが消えたのと同じ――振り出しに戻ったと同然だったのである。

「まったく――チートプレイヤーなら、レース開始前で気づけばよかったのに」

 島風の様子が荒れている。まるで、スタートする前にチートプレイヤーを弾いていれば――と。

口調の方も若干変化しておりツンギレと言っても良いだろうか――。

今まではクールで貫いていたわけでなく、今回の出来事で我慢の限界だったのかもしれない。

 島風の言う事にも一理ある。ARゲームでは事前にARガジェットをチェックし、異常なツールやパーツ、アプリ、果ては偽ブランドのチェックまで行っていた。

さすがに偽ブランドのARガジェットは、確認されていないが――念には念を入れると言う所か。

ARゲーム自体が海外輸出を含めて注目されて入るのだが、軍事転用や海外の規格等の関係で輸出が困難と言う状態が続く。

国によってはゲームに対する風当たりが悪く、そうした国々では不買運動が起きかねない。



 日本としてもARゲームの経済効果等をアピールする為のイベントを用意しているのだが、ARゲーム運営側が政府主導のPRには苦言を呈している。

運営側としては政治家の票稼ぎやご機嫌とり等に悪用されるのを嫌っているのだろう。その為、ARゲームの運営方針は完全中立であり、利益独占も考えていない――と言う可能性が高い。

その証拠として、ARゲームに関するガイドラインには政治・宗教等への転用も禁止している。プロパガンダへの悪用禁止は書かれていない様に見えるのだが、そこには大きな落とし穴があった。

実は遠回しにプロパガンダと言う単語を使わない書き方でプロパガンダへの使用を禁止していたのである。

これが分かったのは、アカシックレコードなどで情報をチェックし、ガイドラインを調べていたビスマルクを含めて一握りなのは確定だろう。

そのガイドラインを細かく決めた人物、それは――。

「あの連中――何を想定して、ここまでのガイドラインを考えたのか」

 改めてタブレット端末でガイドラインの項目を確認していたのは、様々な場所を見て回っている比叡(ひえい)アスカだ。

様々な場所を巡っているのは、スタンプラリー的な理由ではない。それは――アカシックレコードに由来する。

「何としても、あの真実を問いたださないと」

 比叡がARゲームに対して訴えたい事、それは一種のぼっちプレイを推奨するような環境やネット炎上を恐れて様々な部分を縛っている箇所だった。

それらを解放し、ARゲームとしても本当の自由を与える事――そう思うようになっていったのである。



 午前11時58分、ネット上が若干ざわつき始めたのが、このタイミングである。

草加市の外でも同様のニュースが流れた事が、理由の一つだろう。足立区内が特につぶやきの流れが顕著だった。

あの段階でテロップが表示されたのは埼玉ローカルではなく、あくまでも全国ネットだったからだ。

速報後は続報が発表されていないのだが、不祥事という単語は草加市内と市外でリアクションが異なっている。

これに関しては、ARゲームの認知度的な問題もあるかもしれないが――ケースバイケースと言った方が早いのかもしれない。

【不祥事? 超有名アイドルファンによる株式市場の操作が問題視されたのか?】

【株式ではない。株式だったらFX投資等も問題になっているはずだ。それを踏まえると、違う案件ではないか?】

【CDチャート操作? スクープ系週刊誌と組んでの虚偽記事でライバル潰しの工作? それとも――】

【あの芸能事務所ならば、海外の紛争を終わらせられるだけの資金力を持っている。賢者の石も――】

【しかし、あの芸能事務所は海外の大企業と比べても、あっさり吸収されるだけだ。世界進出は無駄だと思うが】

 こちらは草加市の外でつぶやかれている一連のタイムラインである。

株式市場操作の一件も解決と表向きには発表されているが、他の勢力も同じような事をしているのでは――と考えられているらしい。

しかし、ファンタジーで使われるような単語であるはずの賢者の石がトレンドに入っている事に関しては、違和感を覚える光景だろう。

実際は超有名アイドル商法の例えとして賢者の石と言う単語が使われているらしい。

現状の超有名アイドル商法を考えると、ある意味でも間違ってはいないのだろうが――。

【不祥事? まさか――】

【違法ARガジェットのバイヤーが逮捕されたニュースは稀に報道されるが】

【チートアプリやツールの存在はARゲームが出来た当時から問題視され、賞金制度やイースポーツ化はチート排除を加速化させている気配も――】

【チート排除を掲げたとしても、完全排除は無理だろう。おそらく、非公式や違法性が高い物、偽ブランドのARガジェットと言った物を排除するのが目的か?】

【海外から偽ブランドが輸入される事はないのだが――将来的には可能性があるのかもしれない】

 草加市では、今回の芸能事務所の不祥事をARゲーム絡みと考えていた。

草加市以外でもARゲームは稼働しているが、こうした話題になるのは町おこしに利用している草加市ならではだろう。

なお、この一連のタイムラインはアカシックレコードのコピペやアフィリエイトサイトへの誘導も疑われた。

最終的には、拡散している場所を踏まえても偽物ではないと判断されたのだが。



 午前11時59分、今回のニュースの衝撃は海外にも飛び火していた。

海外ではARゲームが稼働していないのだが、その独自のシステムはVRゲームよりも話題性があり、次期ブレイク候補として度々ニュースにもなる。

ゲームでは最先端に近いアメリカでもARゲームに注目しているクリエイターはゼロではなく、それだけ日本限定である事にもったいないと言及する人物も出る位。

ARゲームの誕生経緯、それを踏まえると海外では運用できない理由もあるのかもしれないが――それでも彼らはARゲームを求めたのである。

【ARゲームという技術、アレが日本限定であるのは非常にもったいない】

 このつぶやきコメントはアメリカの大手メーカーのスタッフによる物であり、その反響も非常に大きい。

日本でも一部ではARゲームの存在に否定的な意見もあるだけに、ここまで注目される事に疑問を持つ者もいた。

【日本では、近年になってリアルのスポーツよりもARゲームやイースポーツ、アニメ分野にかじ取りをしている傾向がある。もしかすると――】

 こちらは海外勢によるコメントではないのだが、同じように話題となっていたつぶやきでもある。

【リアルスポーツのラフプレーやファンによるモラルハザード等が国際スポーツ大会の辞退と言うニュースに発展し、遂にはコンテンツ流通をメインにしたクールジャパンを求めるようになった】

【今の日本は超有名アイドルと言う高級ブランドをゴリ押ししようと言う政府の後ろ盾を得た芸能事務所――それに対抗しようと言う勢力の全面戦争と言う印象が高い】

【いずれ、海外で日本のアイドルをベースとしたアイドルが現れても、それを偽ブランドとして規制すると言う展開になりかねない。それが特定芸能事務所に投資するアイドル投資家の問題行動と言えるのかもしれないだろうな】

【日本が超有名アイドルにこだわる理由は何だ? 国際スポーツ大会等でも必ずと言っていいほどに抱き合わせ商法的にタイアップを付ける理由は――】

【超有名アイドルが売れれば、政府は莫大な利益を得る事になる。それによって、さまざまな政治活動等の資金を賄っていると言ってもいい】

【つまり、日本は超有名アイドルが支配する国家だと?】

【実際、災害対策も超有名アイドルが売れた事による利益で運用しているという話だ。ポスターに起用されていたりするのは、そう言う理由もあるのかもしれない】

【要約すると、超有名アイドルはチートだと言う事か?】

【ARゲーム運営が超有名アイドルの芸能事務所を、不正ツールと同義みたいな認識をしているのは――この為か】

 海外では、日本が超有名アイドルの利益だけで国を動かしているようなレッテル貼りがされており、それが思わぬ波紋を呼んでいる。

しかし、国内では海外の反応は全くのスルーをされているのが、現状と言えるのかもしれない。

これらの発言に耳を傾けていない訳ではないのだが、大抵がまとめサイトの炎上マーケティング的な誘導等の認識をしているのが現状だろう。

それに加えて、海外勢はARゲーム目当てで観光客が日本に奪われているという現実にも直面しており、この発言は人気の裏返しと分析する者もいる。

こうした海外勢の発言に視野を向ける事になるであろう事件は――これよりも先の話となる。



 午前12時、明石零(あかし・ぜろ)、島風朱音(しまかぜ・あかね)のバトルは3曲目に突入しようとしている。

結局、2曲目は島風の圧勝だったが――他のプレイヤーが乱入する事もなく、今回は無事に終わったと言ってもいい。

しかし、2曲目ではジャンルがクラシックアレンジだった事もあり、島風は予想外とも言えるニアミスをしてしまう。

それを明石はチャンスとして生かす事はあえてせず、冷静にコースを走って行く流れとなるのだが――島風に敗北する事となった。

「本当に初心者? その動きは、どう考えても別のARゲームをプレイした経験者の動きよ」

 島風は明石の動きを見て、チート使いのプレイヤーとは180度は違うであろう動きに疑問を持つ。

それに加え、パワードミュージックでは初見プレイなのかもしれないが、別のARゲームをプレイしている可能性も――と。

「まっ、別に喋りたくないなら――それでも構わないけど」

 明石は島風の疑問に答える事はなかった。ただ、無言を貫いている。緊張で無言なのか、集中しているのかは分からない。

ただし、息づかい的には若干つかれている可能性はあるのだが――島風は、それに気付いていないようでもあった。

「あのブレード――かなりの切れ味みたいだけど、攻撃力はリズムゲームには関係ないわよ」

 島風の言う事も一理ある。あくまでも出現する白い壁の様なオブジェクトはリズムに合わせ、タイミング良くタッチすればいいだけ。

真っ二つにしたり、粉々に破壊するような必要性はない。唯一、攻撃力が関係するとすればプレイヤーを妨害する為に攻撃を仕掛ける場合だ。

ただし、そのルールに関してはローカルルール扱いになっており、現在のパワードミュージックでは公式化されていない。



 同刻、2人のレース中継を見て何かを思う人物がいた。それは、アンテナショップで観戦していたビスマルクである。

2人の動きは互角にも見えるのだが、プレイ回数的には島風の方が有利。しかし、明石の方もそれに見劣りしない程のスキルを見せていた。

明石は本当の力を隠しているのでは――とネット上では詮索するユーザーもいるのだが、大体はパワードミュージックのデータを見て判断する為、特に詮索をするギャラリーは少なかったのである。

「あの明石と言う人物――まさか?」

 明石と言うプレイヤーネームは複数存在するのだが、パワードミュージックでは初プレイと言う事で新人プレイヤーか――と錯覚する所だった。

仮に明石零だとしたら、それはそれでビッグネームが来た事になる。それだけの人物なのに、この静かな反応の方が意外だったのだ。

知っているのがビスマルクだけではないのは確かだが、ARガジェット等の違いで明石だと気付かなかったと言うべきか。



 同刻、別所で弁当を購入後、レース中継ではなく録画で様子を確認していたのは大和朱音(やまと・あかね)だった。

その別所とはアンテナショップではなく、ARゲームを観戦可能な観戦スペースありのレストランである。

このような店舗は一部で試験的に行われていたが、草加市内ではARゲームを町おこしにしようと言う事で増えているようだ。

「あの時のニュースが本当だとすれば、一つの事件は終わると言う事だが――」

 大和の言うニュースとは、アイドルグループの解散報道――数分前のテロップ速報だ。

しかし、それで本当に終わったとは大和は思っていない。別勢力の仕掛けた罠と言う解釈も可能だったからである。

「それでも、あのシナリオ通りに進めようと言う連中がいるとすれば、これは序の口にすぎないのか」

 これはトカゲのしっぽ切りに似たような事例である事は間違いない――そう大和は感じていた。

アカシックレコードを何人が目撃し、そこに書かれた事例を何人が信じるのか――それは調べて見ないと分からないだろう。

大和の外見は、白衣を着ているとはいえ――ロリ巨乳と言われてもおかしくない。

しかし、それでも周囲がスルーしているのには、色々と理由がある。しかし、その真相はネタバレと言う名の規制で詳細不明だ。

「どちらにしても、あの勢力は何をしようとしているのか――」

 本格的に調べないと犯人は特定できないかもしれないが、一部勢力が自分達を目立たせる為だけにARゲームを炎上――。

つまり、炎上マーケティングを展開しようと言うのだ。ネット炎上自体は過去に何度か繰り返されているが。

 ネット上の平和な光景を【日常】とするのであれば、超有名アイドル投資家等によるネット炎上は【非日常】と言える。

それに加えて、ネット炎上に対してARゲームという空間で炎上勢力を物理的に倒していく――その様子を【新日常】と定義するネットユーザーも現れていた。

「新日常のフィールドとして――ARゲームが脚光を浴びるのも、こちらとしては違うと言うべきなのだが」

 大和はため息交じりにつぶやくのだが、彼女の気持ちを理解してARガジェットを扱う人物がいるのか――。

そして、最初の【敵】が倒れた事を察知し、【新たな勢力】がARゲームへと視線を向けていた。

「純粋にゲームを楽しめる環境を日常と仮定すると、ネット炎上に巻き込まれて正常な運営が出来ていない現状を――」

 大和の過程は、ある意味でも当たっていると言ってもよかった。

ネット炎上や風評被害、さまざまな荒らしによって運営終了に追い込まれる――それが非日常と言えるのは間違いないだろう。



 10分後、あるつぶやきのタイムラインがネット上を騒がしていた。

【超有名アイドルと言う時代遅れのマーケティングを行う勢力は、退場してもらわないと困る】

【ネットを炎上させ、マッチポンプ的にファンを増やしていくような方式は時代遅れなのだ】

【今度は、我々が新たなるマーケティングを提案する】

【聖地巡礼、地方とタッグを組んだコンテンツ――それに、我々が提案するのは、新たな可能性】

【アンチや○○厨と言う単語でさえ、我々にとっては登録商標に見える。そうした単語を扱う事自体、終わりにすべきなのだ】

【おそらく、連中は我々が扱いそうな単語を登録商標にして、そこから使用料を――】

【超有名アイドルは、自分達の元に全世界の金を集めれば戦争を終わらせる事が出来るとも断言している】

【アカシックレコード、何としても――】

 これらが全てアカシックレコードのコピペなのかどうかは、定かではない。果たして、真実は何処にあるのか?

しかし、具体的な単語も出ている関係もあって――犯人を探るのに有効なヒントなのは間違いないだろうか。

「このタイムラインさえも、まとめサイト等の用意したトラップと言う可能性は否定できない――」

 大和はタイムラインの単語を見て、新たな勢力とは別の勢力がなりすましをしている可能性を考えていた。

実際、偽物と疑うユーザーが今回のまとめを掲載したサイトに関して批判する書き込みをしていたのも――証拠と言えるかもしれない。

「しかし、厨に代表されるようなARゲームではタブーとされる単語を使う連中――?」

 ふと大和は思う。アイドル投資家の一部にも厨やアンチの様なタブーとされる単語をネット上でつぶやく人間はいる。

つまり、そうした連中から絞り込めば犯人を見つける事も可能なのでは――と。



 午前12時30分、アンテナショップでは様々な動画が配信され、注目を集めている所である。

今日に限っては、AR格ゲーやARTPS、ARリズムゲーム等でもスーパープレイが目立ち、ある意味でも収穫の多い展開なのかもしれない。

その中でも、パワードミュージックのプレイもスーパーには及ばないが、好プレイと評価する者が多い。

「誰もが最初からスーパープレイヤーと言う訳ではない。その過程を忘れ、最初から最強だと思いこむような勢力が現れたのが、全ての原因と言う可能性も――」

 大和朱音(やまと・あかね)は最初から超人が現れたりするような現象を認めてはいなかった。

それこそ、WEB小説の異世界転生、異世界転移などにあるようなチート等を横行させる可能性があったからである。

大和がARゲームのガイドラインを色々と調整し、悪質なチートプレイヤー等を容易に発見できるようにしたのは、この為なのかもしれない。

 パワードミュージックで注目されていた動画は色々とあり、数日前に行われた物でも譜面研究やスーパープレイの参考で視聴される場合が多い。

しかし、スーパープレイ動画は一般受けと言うよりはマニア向けであり、一般が視聴しているのは作業用BGM集や音ゲーMADの様な物がメインらしいが――。

譜面研究はプレイヤー向けの動画である一方で、どう考えても――と思うのは人それぞれだろう。

その中でも安定した再生数を記録しているのは初心者講座である。

一見して需要がないように見えるのだが、パワードミュージックではシステムが難解と言う事もあり――ある程度のユーザーを獲得できる動画でもあった。

公式でも初心者向けの動画を配信しているのだが、そちらでは分かりにくい人向けと言うべきだろう。

ARゲームでは、特に推理物等のARゲーム開発を規制している関係もあり、生中継や実況中継の配信、プレイ動画の投稿に制限はかけられていないのが特徴だ。

アカシックレコード内では一部ジャンルで規制されているともあったが、その事例であるRPGやADVなどと言った謎解き要素のあるARゲームがない事もあり、特に問題にはなっていない。

「何処を攻撃対象にするつもりなのか――あの連中は」

 大和は動画サイトの動画で再生数が急激に伸びているような動画を探すが、特にヒントとなるような物は存在しなかった。

やはり、動画サイトと炎上勢力は関係ないのだろうか?



 午前12時35分、アンテナショップより若干離れたフードコートにいた明石零(あかし・ぜろ)、彼女はタブレット端末で動画を見ていた。

動画の音声は耳に装着しているARバイザーのヘッドフォンに流れており、特に騒音で迷惑になっている訳ではない。

それに加えて、耳に負担をかけないようにボリュームも若干下げている。その状態で視聴していた動画、それは先ほどの自分がプレイしていたパワードミュージックだった。

明石自身は無口で動画を見ているのだが、テーブルにはコーヒーとメンチカツ入りのカレーパン、チョコホイップサンド、やきそばパンがトレーに置かれている。

 1曲目の時は、全く出来ていない動きだったのは間違いない。それこそ、悪い一例とツッコミが入りそうな程の。

それでも、危険なアクロバットには走らなかったので何とか――と言える。下手に危険なプレイに走っていれば、勲章を入手出来ずに演奏失敗もあり得ただろう。

序盤はチェーンソーブレードを目の前に出現した白い壁に向かって振りかざしているだけであり、リズムには全く乗っていない。チュートリアルで何度も失敗した事を学習していなかった。

一方の相手プレイヤーは、チートを使っていたプレイヤーは適当に動いただけでパーフェクト判定だったのも――不正プレイと認識された理由だろうか。

島風朱音(しまかぜ・あかね)は、上手くブースターユニットやARガジェットの二丁拳銃を使いこなしている印象だった。

パーフェクト判定の連続と言う訳ではないが、壁に弾丸が命中した際のエフェクトはパーフェクトの連続、途中でグッド判定になったりはしたが、今後が途切れる事はなかったのである。

あれだけの動きをしたと言うのに、汗一つないように見えるのは――インナースーツにそう言った機能があるのかもしれない。

「やはり、まだ経験不足と言う事なのか――?」

 2曲目は自分でもそこそこの成果だったかもしれない。それでも、ボーダーラインぎりぎりであり――勝ったと言えるものではなかった。

その傾向は3曲目も変わらない。結局、自分はギャラリーの期待に添えられるような反応を得る事は出来なかったのだ。

それこそ、まだプレイ経験が浅いと言えるのかもしれない。無敗で勝ち続ける事は――ARゲームでは不可能の領域なのか、とも考えている。

ゴールした際、スーツでも脱いで裸を見せて視線を――と言うのは不可能であり、そんなリアクションでもしたらネットが炎上するだろう。

不正プレイも炎上の原因だが、プレイヤーのモラル低下等も炎上の原因となる。ARゲームに必要なのは、ルールが存在するからこそ輝くプレイ――とネット上では言われていた。

カードゲームアニメでも『ルールを守って、楽しくバトル』的な注意分が出る作品もあるので、ルールを守った上で魅せプレイを出来るプレイヤーは尊敬される。



 午前12時40分、草加駅のホーム、そこでは予想外の人物が遭遇戦を展開しようとしていたのである。

片方はスーパーヒーローを思わせるアーマー、それに特殊型バックパック――その姿こそ、ネット上でも有名なリズムゲームヒロイン・アマツだった。

「リズムゲームヒロイン・アマツ――噂には聞いているが、お前の実力もこちらには到底及ばない」

 もう片方は、メイド服にARアーマーが装着されたようなデザイン――それに頭部全体を覆う様なARメットを装備している。

一見するとアマツとも似ているのだが、実際にはアマツとは全く違う外見なのかもしれない。

その正体は飛龍丸(ひりゅうまる)だったのだが――アマツは飛龍丸の事に気付いていなかった。

「こちらとそっくりのアーマーと言う事は――こちらを真似ている?」

 アマツが驚いたのは、自分と似たようなアーマーを装備している飛龍丸のカスタマイズと言える。

しかし、飛龍丸のガジェットはアンテナショップのリストにもないような非売品系列の可能性も高く――下手に動けないでいた。

あるいはロケテストプレイヤーに貸し出される試作型、あるいは市場に出回らないような特殊なチートではないガジェットとも考えられる。

「ARゲームはVRゲームの世界とは違う。興味本位でプレイすれば――」

「そんな事は、貴女に言われなくても分かってる! 覚悟は――事前登録の段階で決めていた!」

 2人はそれぞれの武器を展開し、別の駅ホームへと飛び移る。その速さは忍者を思わせるような速度だ。

ARバイザーをしていない一般市民でも、この忍者を思わせる速度の2人には驚くしかなかった程に――常識を逸脱していたのである。

まるで、忍者物の特撮の撮影をしているのでは――と考える位に。

駅の線路上に電車は止まっていなかったので、間違っても電車に轢かれると言う事はない。そんな事になれば大参事は避けられないからだ。

しかし、ARゲームでは危険なプレイを禁止している。その証拠として――。

《警告》

 2人のARバイザーにはインフォメーションメッセージが流れていた。

この警告はサッカーなどで言うイエローカードに該当するもので、ゲージが一定を超えるとレッドカード扱いとしてARガジェットが強制停止する。

強制停止すればARバイザーの機能は安全装置以外が動かなくなるのは確実だ。

そして、ARウェポンやガジェット機能がロックされ、ARゲームへの参戦も一定期間不可能になるだろう。

これは日向(ひゅうが)イオナが受けている凍結とは異なり、解除するのにかなりの手間がかかる。

更には休止期間も長いので、下手をすれば――ゲームへの参加も長期間不可能になるのは避けられない。



 午前12時45分、1番線から電車が通過する感触を2人は感じた。

そして、電車に気を取られていたアマツだったが、飛龍丸の方が逆に深入りをしすぎたらしく――。

「ARゲーマーがやってはいけない事――それは、上級者になれば分かる事だろう」

 アマツの使用していたARガジェットはアンカーアームの様な物で、それが会話途中で投げつけていたブーメランを受け止めていたのだ。

何故、アマツがアンカーアームを起動したのか――それは、飛龍丸のわずかな反応ミスが大参事を生み出そうとしていた事にある。

それを止める為にも、彼女はARガジェットの能力に賭けたのである。

「迂闊――こちらに、慢心があったのか」

 アマツのアンカーアームが飛龍丸のブーメランを受け止めた理由、それは電車に命中する恐れがあったからだ。

ブーメランの挙動を飛龍丸が読み間違えた事が、今回のミスを生み出したと言ってもいい。

一歩間違えれば、ブーメランは電車を真っ二つにしていた所である。本来であればCG映像のARウェポンでは電車が真っ二つになる事もないのだが――。

しばらくして、飛龍丸に警告アラームが鳴り響き、彼女のARガジェットが強制停止し、アーマーの能力は失われた。

それによってメイド服姿の女性が姿を見せる事になったのだが――髪型は黒のセミロング、前髪はおかっぱと言う訳ではないが、その髪型はメカクレと言っていい。

メイド服は所々が破れているが、その隙間から肌が見える事はなく、ARゲーム用の黒いインナースーツが見える程度。

彼女の目つきは恥ずかしい姿を見られた事による物ではなく、アマツに対する対抗心と言う物が向けられている気配だった。

「お前は――ガーディアンの飛龍丸、なのか」

 アマツは正体を見せた女性の姿を見て、目の前の人物が飛龍丸であると理解した。

彼女がガーディアンを生み出したのは、都市伝説クラスの話としても有名であり――。

「まさか、あの飛龍丸と言うのか?」

「そんな馬鹿な!?」

「信じられん――」

 逆に草加駅で一部始終を見ていた電車内の乗客、駅のホームにいるギャラリーの方が驚いていた。

いっそ、メイド服も切り裂いて欲しかったと思うギャラリーもいるのだが、そこまですればアマツの方もレッドカードになるだろう。

「アマツ――お前の様な事情を知らないような勢力が、我々のフィールドを荒らすのはコンテンツ業界としても許される事ではない!」

 飛龍丸は傷が付いている訳ではないのだが、右手で左目を当てて負け台詞と共に駅のエレベーター方面へと姿を消す。

この場合、スモーク等を展開して姿を消すような物だが――この辺りは乗客などに配慮したのだろう。

「こっちだって、超有名アイドルの無法行為を許す訳には――」

 アマツこと天津風(あまつかぜ)いのりも、飛龍丸の意見には同意している。

聖地巡礼等のルールを知らずに『そのスポットが話題になっている』だけで訪れるようなミーハーやネット炎上勢力がやっている事――。

それを天津風は認めようとしていなかった。それを超有名アイドル投資家等の炎上狙いの行動とすれば、どれだけ気が楽になるというのか。

「それに、コンテンツ流通問題を考えているのはあなただけじゃない――」

 天津風は、飛龍丸の気持ちを少し察したのである。

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