エピソード2『ビスマルク始動』
ビスマルク始動その1
4月11日、その日は様々な動きがあった。
ARゲームの方でも賞金制度に関して調整を行うという趣旨の発表があり、それ以外にもネット上では炎上の火種になりそうな案件が存在している。
かつて解散したアイドルグループの楽曲を購入すると言う購買運動の再燃――それらの事件は、まるで第四の壁の先で起こっている事件を再現しているような気配さえ感じた。
【繰り返してはいけない。悪しき超有名アイドル商法を――それこそ広告会社や富裕層、アイドル投資家が無限の利益を得ると言う法則を】
【彼らにはデウス・エクス・マキナを持つ資格等ない。彼らは賢者の石を大量に量産し、日本経済を地獄絵図にしようとしている勢力――】
【超有名アイドルの芸能事務所こそ――国会を影で操る存在なのだ。彼らの行動を許しておくわけにはいかない】
一連のメッセージは、アカシックレコードにも記載されたメッセージである。しかし、これはフィクションの世界の出来事であり、この世界での出来事ではない。
それこそ、ARゲームの世界とリアルの世界を区別出来ないのと同義だ。結局は負の連鎖が繰り返されるだけなのか?
「ARゲームを守る為にも――不可侵領域が存在する事を証明しなくてはいけない。その舞台が、パワードミュージックなのよ」
大和朱音(やまと・あかね)、弱冠20歳と言う年齢でパワードミュージックの原案に関わった人物――彼女も過去にはARゲームのプレイヤーでもあったのである。
彼女が唐突にARゲームを開発する側に回った理由、それは明らかにはなっていない。
一部スタッフしか知らないという訳でも、ネット上で公開された訳でもなく――本当にトップシークレットになっており、その真相は本人にしか分からないのだ。
ネット上では偽の情報が拡散され、風評被害とも呼ばれた時期もあったのだが、それを彼女が気にする事はなかった。
4月12日午前9時55分、既にオープンしていたアンテナショップ前でやきそばパンを食べながら私服で待機していたのはアイオワだった。
今回はARゲームのアカウントを一時停止する為にショップに訪れていた。どのような事情で休止を決めたのかは、本人にしか分からないが。
「イースポーツ化か……」
アイオワが見ていた電光掲示板、そこにはARゲームのイースポーツ化に関する部分での細部調整案等が書かれており、そこには――。
【イースポーツ対応ARゲームは現段階で数種類に絞り込む。そこでのテストケース等を踏まえ、正式採用とする】
【ARFPS、ARTPS、ARサバゲ―、AR対戦格闘の一部タイトル、ARカードデュエルとARリズムゲームは2タイトルのみ――】
他にも様々な項目があるが、アイオワが気にしていたのは対応タイトルの部分だけである。
「自分がプレイした事のある作品は――対応しているのか。安易な賞金目当てプレイヤーが増えない事を祈りたいが」
アイオワは賞金に目がくらんで安易な気持ちでARゲームに参戦、更には違法ドーピングに手を出すかのように不正ツールやチートに手を染めると言う構図に頭を痛めていたのである。
賞金に関してはその金額が非常に安い物になっているのを、この段階のアイオワは気づかなかった。
実際、賞金の項目は未チェックというミスをしているからである。
「どちらにしても、賞金目当てであるならば――違う分野の方で楽な方法があれば、そちらへ移動するか」
しかし、ARゲームの敷居の高さやルールが厳しい箇所も、実は悪意あるネット炎上屋等が容易にプレイできないようにする為とも言われている。
そう言った事情もあり、アイオワは少し様子を見る事にした。
午前10時、アイオワはアンテナショップでARガジェットの一時停止を申請しようと書類をタブレット端末で打ち込む。
外付けキーボードで打ち込む訳ではないので、画面のタッチで手際よく書類を作っている。
「何か騒がしいが――」
書類を作っている途中、アイオワが超えのする方向を振り向くと数人の男性が言い争いをしている場面を目撃した。
「賞金が10万円以下? 今時、宝くじでも1億は出ると言うのに――」
「優勝賞金が10万と言う事だろう。上位に残りさえすれば、宝くじの当選割合よりは上になると思うが」
「もっと賞金を出せるのであれば、更に賞金をあげろと言う事だ。これでは競馬の方がマシに見える」
「ARゲームはギャンブルとは違う! そんな気持ちでプレイをされても、超有名アイドル勢力にネット炎上のネタに利用されるだけだ」
他にも色々と言っているのかもしれないが、アイオワが把握しているのは2人の男性がARゲームのイースポーツ化ではなく、賞金制度に関しての口論らしい。
そこでは10万円と言う話も出たのだが、アイオワには聞こえていなかったようだ。
午前10時5分、口論はさらにエスカレートし、遂には――。
「結局、超有名アイドルの芸能事務所とタイアップすれば――賞金額も上がると言う事じゃないのか?」
「ARゲームが特定芸能事務所のタイアップなどを禁止している事、知らない訳ではないだろう!」
遂には超有名アイドルの芸能事務所の名前を出しての口論になる。
これではネット炎上案件がリアルで行われているような物であり、結局は悲劇の連鎖とも言える繰り返しが繰り広げられる事にもなりかねない。
これにしびれを切らせたアイオワは、2人が遂に殴りかかろうとしていた場面で両者の拳を受け止めたのである。
「お前は――ARゲームのイースポーツ反対派か? いつから過激派組織に鞍替えしたのか」
アイオワは口論をしていた別の男性に関して顔を知っていた。
その正体は、ARゲームのイースポーツ化反対運動のメンバーだったのである。
ちなみに、賞金額に関して文句を言っていたのは単純にARゲームを知らない男性であり、競馬等よりも儲かるかどうか聞いていた所――今回の口論に発展したらしい。
もう片方の男性は、裏バイト感覚でARゲームを始めようと考えていた可能性も否定できないが――。
「貴様はアイオワだと――」
いつものウィッグをしていなかったのだが、それでも反対派の人物はアイオワだと分かったのは――彼女がARガジェットを持ったままこの場に現れたからのようだ。
そして、反対派の人物が持っていたガジェットにアイオワが現れた事を知らせるメッセージが表示され、そこで分かったのである。
「よりにもよってアイオワだと――ここは引き上げるしかないか」
反対派の人物だけでなく、周囲の男性や口論相手も姿を消した。どうやら、一連の行為はサクラ――と言うよりもやらせに近い物だったようである。
彼らのやり口を見て、アイオワはARゲームを汚すのはマナーを守らないプレイヤーの方であるとも考えざるを得なくなった。
その後、反対派のサクラを行っていた人物に関してはARガーディアンが検挙したという速報が拡散し、大きな騒動になる事はなかった。
しかし、これは一部のマスコミやテレビ局、芸能事務所等に炎上案件を握られたくない為の先手打ちとも言われており、その真相は不明のまま。
ネット上でも議論がされているのだが――第3者が見ても平行線をたどっているのが分かる程に、ネタ切れと言う可能性も否定できない。
挙句の果てには、この世界が『超有名アイドル以外は有名ではない世界』とまで言い出す始末であり――。
「検挙のニュースが大きく取り上げられないのは、何か意図があるのか?」
ある場所でARバイザーを操作していた飛龍丸(ひりゅうまる)は、早速例のニュースを目撃する事になった。
しかし、その内容は本当に起きた事なのか――疑問が残るような内容である。
更に言えば、記事の内容もWeb小説サイトの二次創作物でありそうな会話文だけの作品と似ているかもしれない。
それを踏まえると――何もかもがおかしいと飛龍丸は考えた。
「運営側が大きく報道される前に火消しをする一方で、一部勢力はネットを炎上させたがっている」
飛龍丸の懸念、それは別の場所で的中する事になるのだが――。
4月12日、アンテナショップでは昨日までのフィーバーが嘘みたいな状況になっていた。
パワードミュージックの一角だけ、何故か客足が鈍いのである。
ゲームのエントリー自体は無料に近いが、ARゲームの場合はガジェットやインナースーツ等の準備が必要だ。
それらをレンタルする事も可能だが、継続プレイとなるとレンタルよりもガジェットの購入が手っ取り早くもなるだろう。
それに加えて、プレイする為の敷居の高さなども敬遠される原因になっているのかもしれない。
一方で、イースポーツに対応したARゲーム、それも賞金制度が導入されている作品はうなぎ昇りという勢いで登録者数を増やしている。
賞金制度を導入したからと言って、ARゲーム自体の敷居が低くなったと考えるのは浅はかであるのは言うまでもないだろう。
中にはARゲームよりも別のイースポーツやギャンブルの方が稼げると言いだすような勢力もおり、賛否両論となっていたからだ。
こうした状況を見て、一部勢力は――。
【今の内にARゲームに批判的な記事を書けばアクセス数を簡単に上げられる】
【逆にこの件を利用してアイドルグループの解散を撤回させる】
【超有名アイドルの方がコンテンツ的にはおいしい商売である】
こうした考えを抱き、まとめサイトや炎上サイトでARゲーム批判をあおり、超有名アイドルが神コンテンツであると拡散する。
結局は過去に行われていた事件を全く学習していない――そう思わせる展開になっていたのだ。
この状況を端的に表現すれば、ARゲームに対する罵詈雑言――と言うべきか。
それが単純にまとめサイトだけであれば、おそらくは『全く学習していない』という言葉は使われない。その言葉を使う事には理由があるからだ。
【マスコミがまとめサイトを運営し、超有名アイドルの芸能事務所からわいろを受け取り、神コンテンツとしてタダ乗り宣伝を行う――つぶやきサイトは、何時しか戦場となった】
【その戦場では死者が出る事はないのだが――書き込みを見て悲しむ者、激怒して報復を仕掛ける者――様々な人種がいる】
【広がって行く悲しみの連鎖は、経済にバブル崩壊以上の衝撃を生み出す事になる。一時的なロストとは比べ物にならないだろう】
【つぶやきサイトを使わなければ問題がない――と思われるが、これをマスコミが報道すれば、嫌でも知る事になる。回避手段は緊急事態でも映画やアニメ等で平常運転するあのテレビ局だけだろうか】
【これを繰り返すという事は――】
これはあるFPSゲームのテンプレを改変した嘘字幕シリーズの一文だが、これこそがこの世界における超有名アイドルの現状である。
第四の壁の先の芸能事務所がこの状況を知るはずもない。メタ発言を使用すれば、それだけ週刊誌などからたたかれる可能性も高いだろうか。
そして、こうした発言が周囲の読者等が影響を及ぼしている訳でもない。この世界だけで完結している現状である――と考えている人間も多かった。
「いつしか、アカシックレコードはフィクションと言われているはずが――予言者と言われる時代になった」
一連の炎上系とは全く無関係のまとめ記事を見て、ふと物哀しい目をしていたのは天津風(あまつかぜ)いのりである。
彼女の場合、ネットは自分が装着しているARバイザーで閲覧する為、周囲がどのようなサイトを見ているのかを把握するのは不可能だ。
「この世界の出来事はこの世界だけで完結しているはず――第四の壁という概念自体はあり得ない」
そして、天津風はインナースーツを用意し、パワードミュージックへのログイン準備を始めていた。
スーツの準備が完了後、天津風がタブレット端末に出現したエンターをタッチする事で、瞬時にARアーマーが装着されていく。
《データ照合完了……エントリーを開始します》
天津風のARバイザーにはエントリー開始のメッセージが表示されており、あとはエントリーを待つだけである。
乱入される可能性はゼロではないが、一応警戒する必要性はあるだろうか?
「ネット炎上をビジネスにしようというまとめサイトの管理人などは言語道断だが――超有名アイドルの芸能事務所のコマとなり下がったネット住民も同罪とは思わないのか」
天津風はふと思う。昨今のネットを炎上させればもうかる的なビジネス理論が拡散しているという噂――それに対して非常事態であると。
そうした情報が拡散されるだけでも、一部勢力を有利にするだけだと思わないのか?
「ネット炎上によって、超有名アイドルファン以外を狩ることが勝利条件のデスゲームへと発展すれば――日本は壊滅的ダメージを受ける」
このつぶやきが他に聞こえる事はない。ARメットのミュートシステムを使用しており、外部に声が聞こえる事がなければ――他の人間が拡散出来る手段もなかった。
「ARゲームはゲームであり続ける事が必要なのだ。ゲーマーの血が騒ぐような――」
そして、天津風は出撃する。彼女が望むゲームを――超有名アイドル等の干渉を一切受けないようなフィールドを作る為に。
「ここまでARゲームにおせっかいを焼くのは――どうしてだろうな」
天津風は改めて思う。自分が好きなARゲームだから――その環境を良くする為に活動するのは当たり前だ。
そして、運営へ意見を投下したとしてもそれが即時反映されるとは考えにくいのは当然だが、それ以上にネット炎上や一部勢力の行動が更に――というのも日常茶飯事と化している。
そうした世界だからこそ、天津風はやむなくARガジェットを手に悪しき勢力を駆逐していく事を決めた。
このような強行手段は基本的に歓迎されないのだが、状況が状況だけに止める手段が存在しない。
それも、ARゲームのフィールド内で展開されている以上は――。
4月13日午前9時40分、アイオワは別のアンテナショップへ足を運んでいた。
昨日のアンテナショップはパワードミュージックが未対応と言うのもあるが――様子見と言うのが大きい。
他のタイトルでも同様の対応なのだが、ゲーム自体が未設置のアンテナショップでも事前登録やアカウント作成は可能である。
これは、そこまで遠出を出来ないプレイヤーに対する配慮とも言えるのだが、それ以上に他の理由があるのだろう。
「エントリーだけならば問題はないが、ガジェット等を揃えるのは規模の大きいショップの方が早い――」
彼女が足を運んだアンテナショップは谷塚駅より徒歩10分程度の距離だが、その規模はかなりの物だったのである。
高層ビルとまではいかないが、規模としてはショッピングモールと言っても過言ではない。
ここまで行くのに、アイオワはバスを利用したが――道が分かれば徒歩でも行く事が出来るだろう。
「それにしても、このアンテナショップは他と規模が違うように思える」
アンテナショップの場合、スーパー位の規模があればゲームの筺体などを設置する訳ではないので、エントリー手続き等はこれで足りる。
総合デパート位の規模だとARゲームのエントリーだけでなく小規模のARゲームであれば設置もされているレベルだ。
それがショッピングモールとなれば、ARサバゲ等であればフィールドレンタルなども可能、かなりのARゲームをフォローしていると言っても過言ではない。
中には一見するとARゲームとは関係ないような書店やフードコート、果てはマッサージ専門店まで――。
この店舗は最近オープンしたばかりと言う訳ではないのだが、谷塚駅近辺でARゲームを多く扱っていると言えば、このアンテナショップを指名するユーザーは非常に多いのだ。
「その昔、VRとARの区別がつかなかったというユーザーがいたという時期もあったが――それが嘘のような変わりようだ」
アイオワは、過去にVEとARの区別がつかなかった時期を思い出した。
VRゴーグルやVRゲームに特需が出た時期、ARゲームも一部で存在はしている。
しかし、ユーザーがどのような違いがあるのかと言われても突っ込めない事態が発生した。
端的に説明してどちらも同じと言う人物もいたのだが――それは説明放棄と取られてもおかしくはない状態と同種である。
「今でこそ、VRが仮想現実、ARが拡張現実であって――別物であるという認識もあると言うが」
こうした見分け方が出来ていなかったのは、Web小説でVRMMOを取り扱っている小説が多く出回った時に――。
そんな事を考えていたアイオワだが、歩いている内に目的の場所に到着した。
「パワードミュージック専門の――ショップ」
看板がある訳ではないのだが、スペースの入り口には『パワードミュージック専門』と電光掲示板に書かれている。
しかし、待機していると思われる客の数を見ると――パワードミュージックのエントリーをする為に集まっているような人数ではない。
行列が出来ている訳ではないが、20人前後が開店を待っているような気配だった。
エントリーに関して言えば、昨日と今日は落ち着いているという話をネット上で確認している。ネット上での受付も今日から始まったのも混雑緩和に貢献しているらしい。
午前10時、ショッピングモール自体は午前9時30分にはオープンしていたのだが、一部店舗は午前10時からだった。
アイオワが辿り着いたパワードミュージックのアンテナショップも、エントリー業務自体は午前9時50分から事前受付をしている。
しかし、実際にエントリー業務が始まるのは午前10時と言う事らしい。
ガジェットの購入なども午前10時と言う事で、アイオワが来た段階では透明なシャッターでスペースが閉じられた状態だった。
「いらっしゃいませ」
アイオワが目の前にしている受付には男性スタッフが待機していた。
その後、アイオワはパワードミュージックの事前登録を行った事を報告する。
そして、アイオワは朝の内にエントリーしたアカウントデータをARガジェットごと提出した。
「アカウントの確認をいたしますので、しばらくお待ちください」
なお、ARガジェットに関してはパワードミュージックようではなく、本来であれば返却する予定だったガジェットであったのだが、特に問題なくエントリーは出来たようだ。
「データの確認は出来ました。ARインナースーツ等は既に持っているようですので、特にこちらで用意――」
男性スタッフの話を聞き、アイオワは何か疑問に思った。確か、パワードミュージックには楽器に該当するARウェポンがあったはずである。
「ARウェポンは――?」
アイオワの唐突な一言を聞き、スタッフの方も目が点になる。
しばらくして、男性スタッフは席を離れ、裏の方にあるデータベースに接続して詳細を確認していた。
アイオワの方も事前に動画などをチェックし、ARウェポンが存在するのは確認済み。
それを踏まえた上での発言だったが、周囲は若干ざわついているように見える。
「確認が出来ました。あれはARガジェットですね。ARウェポンとはシステムが若干違います。同じような物ですが――」
男性スタッフの説明を聞き、逆にアイオワの方が目が点になる。
どうやら、他のARゲームとパワードミュージックでは類似ジャンルの違いもあって、用意するガジェットが違う事も気づかなかった。
ARガジェットであれば全機種共通なのではないか――と考えていたアイオワには、別の意味でも衝撃的な事実を突きつけられたような気配だったのである。
4月13日午前10時10分、アイオワは男性スタッフが見本として持参したARガジェットを品定めしていた。
その形状はリズムゲームのコントローラにも類似しているようにも思える。
DJのターンテーブルや鍵盤等が加えられたデザインは、あの作品を連想させるような――そう言った気配も感じ取っていた。
ARガジェットに共通したモニター部分は、そのまま存在するが――AR対戦格闘やARFPSで使う様なガジェットとは違いすぎる。
腕に装着するタイプとメット一体型タイプ、手持ちタイプの3種類が大きく存在するARガジェットだが、その中でもARリズムゲームでは使用する作品によってガジェットデザインが異なるのだ。
まるで、現実世界のリズムゲームでコントローラが違うのと同じ現象が、ARゲームでも起こっていると言ってもいい。
それでも種類が1機種につき1パターン存在し、それが無数に――と言う訳ではないが、唯一の救いだろう。
類似のARゲームであれば、ガジェットは共通して使用出来るARFPSAR格闘等と同じパターンになっていた。
「ARガジェットは基本的に汎用システムを使っているので、特定ガジェットだけ使用不能と言う事はありませんが――」
男性スタッフは所持しているARガジェットでプレイする事自体は可能であると助言する。
しかし、その一方で彼は――。
「ARリズムゲーム、それもパワードミュージックを含めた特定作品ではARリズムゲーム用のコントローラを使うプレイヤーが多いのも事実です」
どうやら、キー入力のタイミング等が汎用のARガジェットとARリズムゲーム専用で微妙に違うのだと言うらしい。
汎用ARガジェットでもプレイに関しては問題ない一方、ARリズムゲームで専用ガジェットを使うプレイヤーと言うのは後を絶たない――との事。
ARガジェットを複数持つのは特に禁止されていないが――アカウントに関しては複数所持が禁止されている。
実際、ARFPS専用とARTPS専用でガジェットを所持するビスマルクの様な前例も存在していた。
禁止されているのは、あくまでも違法ガジェットやチート行為、不正ツールの使用、複数アカウント所持等のケースに限定される。
特に複数アカウントやチート行為はイースポーツ化と共に強化されている傾向だ。
「ARガジェットは5000円程の値段がすると言う話を聞いた事がある。このガジェットはテスト品を譲ってもらった物だが――」
アイオワが男性スタッフに見せた銃型の特殊形状ガジェット、それは過去にARゲームのロケテストで使用していた物である。
男性スタッフはアイオワのガジェットを見て驚きの声をあげるのだが、それ以外の反応は薄かった。
「このガジェットでしたら、値段は――」
男性スタッフが電卓を持参し、そこで打ち込んだ値段を見てアイオワは驚きのあまりに声が出なかった。
【¥4500】
その値段は税込みで4500円である。インナースーツを所持済、アカウントも既に持っている事もあっての値段らしい。
インナースーツはレンタルと言う選択肢もあるが、大抵は購入と言うケースが多いらしい。こちらの値段はサイズによって異なるが、Mサイズで1000円辺りである。
アカウントに関しては自分で登録をする場合は無料だが、アンテナショップでエントリー依頼をすると500円かかるらしい。
これらの値段は全て税込なので、特に高いと感じるかどうかはプレイヤーにゆだねられる。お試しプレイであれば、スーツレンタルを利用すれば問題はないが――。
「現金の持ち合わせがないから、支払いはこっちでお願い」
アイオワが取りだしたのは、先ほどのARガジェットではなく、小型の端末を思わせるプレートである。
それを受け取った男性スタッフは、手慣れた動きで受付テーブルの隣にあったスマホの充電器を思わせる装置にプレートを差しこむ。
【4500ARPを消費して、ガジェットを購入します。よろしいですか?】
小型端末に表示されたメッセージ、それは電子マネーの表示だった。どうやら、ARゲームをプレイするのは現金以外にも電子マネーがあるらしい。
メッセージの指示に従い、アイオワは『YES』のボタンをタッチしてガジェットを購入する。
「これも時代の流れって事かな」
電子マネーで支払うゲームと言うのは一部で存在はしていたが、ここまで発展するとはアイオワの方も驚くしかなかった。
技術の進歩は、ARゲームだけでなくさまざまな作品で技術革新とも言えるような新技術やシステムを生み出している。
午前10時20分、昨日の一件が引き金になったのかは不明だが、ネット上ではARゲームのイースポーツ化に反対する動きが出始めていた。
その理由の一つは賞金額の少なさだったが、それ以上に理由として挙げられたのは――。
【今回の炎上騒ぎに便乗し、アフィリエイト系まとめサイト等で解散したアイドルグループのCD購買運動が起こっている】
【やはり、犯人はアイドル投資家だったのか?】
【あるいは、アイドル投資家と見せかけて潰しあいを演出しようとしている可能性もある】
【おそらくは夢小説勢やフジョシ勢だろうな】
【しかし、夢小説勢は超有名アイドルの夢小説を送りつけたことで――】
【それは別の勢力が送りつけただけだろう。アイドル投資家がブランドイメージを傷つけている勢力を魔女狩りする為に】
【だとすれば、今回のARゲームに対しての行動は明らかにとばっちりじゃないのか?】
【あるいは、風評被害で超有名アイドルを神コンテンツにしようと言う動きかもしれない】
つぶやきサイト上は、炎上に近い状態にまでなっている。その原因は何時ものと言わんばかりのまとめサイト等の煽り記事だろう。
どのような内容が書かれていたのかは記事の方が削除されていて確認をする事が出来ないのだが――。
「なるほど――そう言う事なのね」
タイムラインやまとめサイトを調べていたのは、天津風(あまつかぜ)いのりである。
彼女は既に別所で行動をしているのだが、その合間に情報収集をしていた。何故、彼女はネット炎上に関係するような記事ばかりを調べているのか。
「何故に人は、炎上マーケティングと言う物をしたがるのか。そして、チート認定されている超有名アイドル商法を放置するのか」
天津風は炎上マーケティングが、いわゆるチートである事を認識していた。だからこそ、不正をしてまで利益を上げようと言う考え方には理解に苦しんでいる。
炎上マーケティングその物を政府で禁止に出来ればよいのだが、それに全く触れないという事は――。
午前10時25分、アンテナショップから出たアイオワの前に姿を見せたのは――昨日とは違うイースポーツ反対派の人物だった。
反対派と言っても、昨日の人物と無関係な訳ではなく、同一の組織に所属しているのは間違いないだろう。
昨日の人物が報復に来ると思っただけに、アイオワの方も若干呆れているようだが。
余談ではあるが、昨日の人物はアイオワに素顔を見られたから姿を見せていない――という訳ではない。
「貴様がアイオワか――」
サングラスで素顔を隠し、服装も背広と言うよりはマフィア等を連想するような服――明らかに敵意むき出しである。
それに加え、周囲の客は別のエリアへと避難しているという位には、彼らの行動が周囲に恐怖を与えているのかがよく分かるだろう。
しかし、埼玉県内にリアルマフィアと言われるような職業は完全に排除されている。
今は彼らの位置に存在するのが、過激思想のアイドル投資家やフジョシ勢力と言ったような存在だった。
「何か因縁を付けられるような事でもあったかしら? リアルマフィアなんて、絶滅危惧種――」
「我々はリアルマフィアではない! 超有名アイドルの芸能事務所と組んでコンテンツ流通を妨害しているような連中とは関係ない」
彼らがリアルマフィアとは違うと言うが、アイオワは若干信用できないでいた。
リアルマフィアとは、俗にいうジャパニーズマフィアである。
他の都道府県では普通にネット上でも問題なく使われているが、埼玉県内では何故か使われていない。
ネット上でもその単語が検閲されると言う訳ではないのだが、警察もつぶやきサイトを閲覧している事もあって最低でも埼玉県内ではリアルマフィアと言うようになった。
裏事情に関しては、向こうも知っているし――当然のことだが、アイオワも知っている。
「誰が芸能事務所とリアルマフィアが絡んでいるという――二流週刊誌以下の夢小説みたいな妄言を信じると言うの?」
向こうが芸能事務所と関係ないと言った為か、咄嗟にアイオワはある事件を否定する。
その言葉を聞いてかは知らないが、周囲にいた黒服のモブがハンドガンをアイオワに向けるが、これはARFPSで使用するハンドガンであり、実弾を撃つタイプではない。
「こちらもお前が言う様な夢小説と言う発言を信じる気はない。それこそ、ヴィジュアル系バンドや実況者等の夢小説を書いている連中の妄言だ!」
次の瞬間、サングラスの人物も周囲のモブと同じハンドガンを構え、引き金を引いた。
しかし、その銃から銃弾が放たれる事はなかったのである。何故かと言うと――。
【フィールド外戦闘を確認しました】
モブ連中の装着しているサングラスにはARバイザーで使われるシステムが搭載されており、そこに警告メッセージが表示された。
アイオワはARガジェットを構える行動もしていなければ、ARウェポンも持っていない。つまり、アイオワは丸腰状態だったのである。
それが影響し、丸腰のARゲームプレイヤーを攻撃しようと言う彼らの行動は、警告に相当すると判断されたようだ。
「ここは戦闘禁止フィールドだ。仮にそれを何らかの手段で解除したとしても――丸腰のARプレーヤーに攻撃を仕掛けようとすれば、警告メッセージが出る」
完全にアイオワのペースになっていた。向こうが作戦ミスで銃を構えた段階で、勝負は決まっていたのだろう。
「こうなったら――これで勝負だ!」
サングラスの人物が指差した先にあるのは、パワードミュージックのアンテナショップだった。
つまり、パワードミュージックで勝負をしようと言うのである。
4月13日午前10時35分、先ほどのアンテナショップの外にあるARゲーム専用のコース――そこには100人以上のギャラリーが既に集まっている。
ここで行われるのはパワードミュージックであると何処で聞きつけたのか不明だが、物好き達が数人規模で集まってきた。
その後、ギャラリー専用エリアに空席が減る程の客が駆けつけた結果――100人以上の観客が集まっていたという。
「これは予想外だったと言うべきなのか――」
先にスタート地点へ姿を見せたのは、ホワイトのARアーマーにリズムゲームのコントローラを思わせるようなナックル、ARメットの両耳にはアンテナ――。
これがパワードミュージック初体験となるアイオワだった。
装備の方は先ほどのアンテナショップで購入した物であり、ナックルに関してはAR対戦格闘もプレイしていた名残と思われる。
ただし、こちらのガジェットにはアガートラームの様な特殊効果は存在しないと思われるのだが――それを判断するのはアイオワではない。
「チュートリアルの方は確認したが、正直な事を言うと――不安要素の方が高い」
アイオワの方は冷静なのだが――チュートリアルをチェックしたからと言って、上手くプレイ出来る可能性はない。
一方で、ARアーマーの耐久度を踏まえれば、大事故と言えるような物は起きにくいだろうが――事故が全く起こらないという保証もない。
アーケードゲームの場合ならば筺体破壊等の行為をすれば、出入り禁止になるだろう。
しかし、ARゲームの場合は建造物を破壊すれば大損害のレベルを超えるかもしれない。
パワードミュージックでは建造物破壊等によるボーナスは存在せず、壊せるオブジェクトも出現する白いノーツと呼ばれる物体に限定される。
つまり、ノーツ以外を破壊する事は物理的に不可能であり、仮に壊せたとしたら不正ガジェットを使っていると判明してしまうのだ。
「単純に走るだけなのか? それならば、ARゲームでなくてもマラソンや駅伝の方が――」
「パワードミュージックの凄い所は、単純に走るだけではない所だ。見れば分かる」
観客の中にはパワードミュージックを全く知らない人物もいるのだが、それでも普通に説明するよりは『見れば分かる』で納得してしまう。
ネット上でもパワードミュージックのルールやシステムなどを説明するよりは、チュートリアルではなく先に有名プレイヤーの動画を見た方が早いと言う人もいる。
それ位にパワードミュージックは説明よりも体感する方が早いという意見が多数を占めていた。
確かに、それも楽しみ方の一つかもしれないが――逆に未プレイのユーザーがプレイしたような気持ちで実況者等を絡めた夢小説等を書くのではないか、という懸念もある。
実際問題でブラウザゲームでは、そのような事例が出ており、中には商業一次創作のみを認めている作品も出た位だ。
ARゲームでも、有名プレイヤーを題材にした夢小説が同人誌即売会や小説サイトで検索すれば多数出てくるという問題も抱えている。
こうした勢力の影響で、炎上マーケティング等の単語が生まれたとされており、一種の風評被害もあるのだが――真相は不明だった。
【ここの所、新人プレイヤー同士のバトルが続くな】
【有名プレイヤーばかりがピックアップされるとは限らないだろう。あまりにも無双が続けば飽きられる】
【あの解散したアイドルグループみたいに――?】
【始まりがあれば何とやら、だ。向こうの場合は芸能事務所側の戦略ミスがスキャンダルにつながり――自爆したと言うべきか】
【しかし、これで芸能事務所がA社だけになるとは考えにくいが】
【噂によれば、B社は国際スポーツ大会の日本開催で莫大な資金を提供した噂がある。週刊誌がソースではない以上、作り話と切り捨てられない】
【最近の週刊誌のスキャンダル報道は芸能事務所A社から原稿料をもらい、彼らの筋書き通りに書いているだけに過ぎない】
【そのバイトをしているのがフジョシ勢や夢小説勢と言う話もネット上で浮上している位だ】
ネット上でも、様々な話が飛び交っているが――大抵の人間は真相を確かめることはせず、大手のまとめサイト等の意見をそのまま鵜呑みにしてしまう。
そういったネット住民が増えた事で、炎上マーケティングが過熱していった事情もあるのだが――。
しかし、一連のタイムラインを追いながらARゲームをプレイ出来る程、アイオワに余裕と言う物はないだろう。
逆に、こうした行動自体が歩きスマホ等と同系列に見られてしまい、ARゲームが炎上するという事態に――とも考えられる。
「ここまで来ると、言葉にも出来ないか――」
別の場所で一連のまとめを見ていたのは、ある場所へと向かっていた天津風(あまつかぜ)いのりである。
彼女にとって、ARゲームは自分が一番輝けるであろう場所の為か、一部勢力のタダ乗り宣伝や超有名アイドルの広告塔として利用されるのが我慢できないでいた。
その不満を爆発させ、複数勢力を無差別に駆逐するのは簡単だろうが――そんな事をしても、悲しみの連鎖を生み出すだけであり、根本的な解決にはならないだろう。
それを百も承知の上での一言なのかもしれない。
1分後、相手の方も姿を見せた。こちらはブラックのARアーマーにガジェット、インナーもブラックである。
しかし、彼が何かを喋るような事はなかった。これに関してはアイオワも違和感を持ったが、向こうの話を聞いてストレスをためるよりはマシと考えた。
ギャラリーの方も相手が無言と言う事に何か変だという印象は持ったが、特に違和感は感じなかった。逆に実況勢を初めとしたプレイヤーよりは、ゲームに集中出来るという事だろうか?
「既に向こうは曲指定済みか――」
アイオワがARメットでステータスを確認すると、そこには既に楽曲を指定済、スタート待ちと言う状態になっていた。
相手の方は既にスタート位置についている為、アイオワの方もスタート位置に。
【LV7】
「レベル7――?」
アイオワは楽曲タイトルよりもレベル表記の方に目が向いた。
リズムゲームの場合、難易度設定と言えばレベル表記と別にBSC(かんたん)、ADV(ふつう)、EXT(むずかしい)という表記が多い為だ。
レベルに関しては譜面のレベル表記として使用され、最大10や最大12辺りが標準で使われている。しかし、パワードミュージックの場合は単純に数字表記だけなのだ。
数字表記と言っても、数字の色は黄色で書かれており、何となくだがADVと同じ感覚だろうと言うのは分かる。
リズムゲームのレベル表記を知らないプレイヤーにとっては、混乱する可能性が高い表記かもしれないが。
「とにかく、相手がそれ位のレベルであればクリアできるという目安と見るべきか――」
アイオワが警戒していたのは相手プレイヤーのレベルが不明である事――その為、レベル7をクリアできる実力を持っていると考えていた。
「レベル7とは大きく出たが――大丈夫なのか?」
「パワードミュージックのレベルは15段階、最大で15ではなく12+++と言う話だ」
「それなら、12で片づければ――」
「それをやれば、難易度詐欺という事になるだろう。リズムゲームの場合は難易度調整が他のジャンルよりも非常に難しいと聞く」
「格闘ゲームなら、対人戦も含めて?」
「そうなるだろうな。しかし、音楽ゲームは対戦という要素もあるが――基本的には譜面難易度に左右されやすい。そこが格ゲー等とは違うのかもしれない」
ギャラリーの方も相手がレベル7を選曲した事には驚きの声を挙げているようだ。
アイオワが難易度の感覚を掴んでいない事もあり、彼女は難易度3を選んだのだが――。
【LV3】
「向こうはレベル3を選んだようだな」
「スコア狙いなのか、それとも初心者なのか?」
「実際、向こうは初プレイらしい。それに対してレベル7を選曲するなんて――」
「リズムゲームで初心者狩りと言う概念はないが、これはどう考えても勝負にならないだろう」
周囲のギャラリーはアイオワがレベル3を選んだ事に対しても驚いていた。
ギャラリーにはパワードミュージックのステータス表示がされていても、それを読み解くには実際にプレイしている事が必要となる。
あるいは公式ホームページをチェックすれば、ステータス画面の見方は載っているので、そこからもチェックする事は可能だろう。
しかし、ゲーム観戦にも公式ホームページへ誘導するような考え方は――ユーザーに優しいと言えるかどうか、その辺りの賛否も分かれている。
午前10時37分、まもなくスタートと言う気配だが、相手は何も話さない為、どのようなタイミングで始めればいいのか分からない。
アイオワの方もどうやってスタートすればいいのかチュートリアルでも完全把握していない事もあり、若干戸惑っている。
【ARガジェットの光っているボタンを押せば、スタートのカウントダウンが始まる】
アイオワのARメットのバイザー部分にショートメッセージが唐突に表示された。
メッセージ主は不明となっている為、誰なのかは分からない。完全に外部の人間なのか、運営によるサポートなのか――判断に迷う。
【スタートのカウントダウンが始まってからでは楽曲のキャンセルは出来ない。楽曲の選曲時間切れの場合は、どちらにしてもキャンセルは不可能だ】
次のショートメッセージを確認し、選曲時間が残っているのかを確認すると、選曲時間が0になっていた。
つまり、これ以降はキャンセル不能と言う事になる。
【次に対戦相手を待つ事になる。おそらく、自分を含めて2名だろうから――】
次に送られたメッセージは途中で送信されており、メッセージが途切れている。
『乱入者が現れました。3名でレースを行います』
インフォメーションメッセージと思われるアナウンスがアイオワの耳付近に流れる。丁度、この位置はARメット用のスピーカーがある。
要するにヘッドフォンである。リズムゲームでは爆音でプレイ中の楽曲が聞こえないという展開になる事を回避する為、ARバイザーにはヘッドフォン装備が必須となっていた。
これらを踏まえると、他のARゲームで使用しないようなオプションでも――ARリズムゲームでは必要と言う事なのかもしれない。
「このタイミングで乱入者なんて――?」
アイオワが乱入者反応のあった背後を振り向くと、そこには北欧神話を思わせるようなアーマーデザインのプレイヤーがいた。
そのデザインや装備を見ると、どう考えてもパワードミュージックではなくARサバゲやARTPSなどのジャンル違いと思う様な装備もある。
実際、肩の連装砲や背中のレールガン等は、そちらで使う物に近い。しかし、この人物もリズムゲームのコントローラのデザインをしたロングライフルを持っていた。
このロングライフルは、アイオワが使用しているガジェットとは少し形状が異なり、ポップなカラーリングと5つのボタンが特徴的な物――。
「面白そうなレースね――」
グリーンのセミロングヘアーの女性、彼女が右手に持っていたARメットを被り、レースへと乱入したのである。
『乱入者が現れました。最大人数10名でレースを行います』
彼女がビスマルクと言う事はアイオワが気づいていないのは当然だが、それ以上に向こうが8人という多勢で乱入したという事実にもこの段階で気づかなかった。
4月13日午前10時38分、アイオワと相手プレイヤーの対決は、唐突な乱入者の出現で10人のフルマッチで行われる事になった。
これによって楽曲に関しては選び直しとなり、改めてレースのスタートも仕切り直しとなる。
「1対1じゃなかったのか?」
「フルマッチは逆に見物だが――これでは水を差されたと言っても過言ではない」
「一体、どうなるのか?」
「あの構図だとモブ7人を1名が連れてきた構図に見えるが」
「違うな。実際は、1名の乱入と同時に7人が同タイミングで乱入したと見るべきだ」
「つまり、相手プレイヤーは8人のモブプレイヤーと組んで1名を潰そうとしたと言うのか?」
「そんな集団暴行みたいな展開――許されるのか?」
「FPSやアクション系だと八百長を誘発するとして禁止事項だが――パワードミュージックでは特に禁止されていないらしい」
周囲のギャラリーも唐突な乱入者には驚く。しかし、それとは別にさらりと衝撃的な発言も飛び出していたのである。
その衝撃発言とは、ビスマルクと7人のモブに接点がないという事だ。ビスマルクも周囲のモブに関しては面識が全くない。
「このレースをややこしくするな――」
ビスマルクの方は、自分が乱入した事でモブの7人が乱入したと考えていたが――実は、最初から8人で乱入しようと計画されていたらしいのである。
実際、ビスマルクの乱入は相手プレイヤーの想定外であり、1名が乱入からはじかれた事も計画が狂っていることの証明だった。
ビスマルクは自分目当てと考えている部分もあるが、向こうは最初からアイオワ狙いである。
『こちらの想定外とも言える人物が乱入してきた』
『しかし、ビスマルクはアイオワを味方とは認識していないようだ。マーカーの色もアイオワとビスマルクでは違う色になっている』
『これは逆にチャンスと見るべきか? ビスマルクに便乗しているように装えば――』
『それをやれば、逆に怪しまれる。ここは計画通りに進めるべきだろう』
『計画? アイオワを潰す事か?』
『アイオワを潰せば、別のARゲームで報復も考えられる。八百長で向こうに1位を取らせればいい』
『それだと計画と違うように思えるが――』
モブ7人の方は最初に指示されていた計画とは違う計画も考えていた。
それは、アイオワに1位を取らせて八百長を仕組まれていたとネット上で書きこむ事である。
これがうまくいけばARゲームは風評被害で評判を落とし、超有名アイドルへお金を消費してくれると考えていた。
つまり、彼らは超有名アイドルを神コンテンツにしようと言う勢力のメンバーであると――。
同刻、このレースを見学していた人物がいた。それは、サングラスに普段と違う私服でお忍びであると偽装している長門(ながと)クリスである。
彼女としてはARゲームのイースポーツ化には反対はしていない。それが時代の流れと言うのであれば。
しかし、1ジャンルだけで勝ち抜く事も難しくなっている為、比較的に強豪プレイヤーが少ないARゲームがないか探していたのだ。
「アレが――ビスマルクか」
タブレット端末部分を取り外したARガジェットでプレイヤーデータを確認すると、そこにはビスマルクのデータが表示されているのだが――。
「プレイ回数は――3回!?」
長門も思わず驚きを隠せないでいた。何と、ビスマルクはパワードミュージックを初めて3回という始めたてとも言うべき状態なのだ。
それなのに、彼女のレベルは5と言う展開には驚きを隠せない。一体、どのようなレベル稼ぎをしたのか。
「パワードミュージックのレベル表記は、RPGで言う様なレベルとは違う。クリア可能な譜面レベルの平均値と言うべきか」
長門の隣に姿を見せたのは、メイド服にARメットで素顔を隠した天津風(あまつかぜ)いのりだった。
彼女もレースに関しては見物する予定はなかったのだが、ビスマルクの姿を発見して見学しようと考えたのである。
「最大レベルで、どの位だ?」
「最大で15――ARFPSやARTPS、それに別のARゲームで1万を超えるようなレベルも設定されている作品からすると、インフレはしていないだろう」
「15?」
「リズムゲームであれば、段位認定と言う物や称号をレベル代わりにしている物もある。RPGと同じ認識でレベルを計算していると、周囲から冷たい目で見られる可能性が高い」
長門はタンブラーに入ったアイスコーヒーを飲みながら観戦をしているのに対し、天津風はメットをしている関係で何も口にしていない。
ARゲームでは観戦スタイルは自由であり、飲食をしながらの観戦も可能だ。中には自前で実況をしてしまう人間もいるようだが。
「パワードミュージックがリズムゲームであって、リズムゲームではないと言われる理由を知っているか?」
天津風の質問に対し、長門は答えられずにいる。普通に楽器を演奏するようなゲームとは違う位の認識しかないからだ。
「リアルでは道路交通法等の関係で出来ないようなパフォーマンスを、ARゲームと言うフィールドで可能にした物がパワードミュージック――という答えでも、100点ではないがな」
天津風が長門に見せたのは、パワードミュージックの公式サイトを表示したタブレット端末だ。
他にもパワードミュージックのルールなども書かれており、ここを読めばある程度は把握できる仕組みになっている。
「取扱説明書を読まないでゲームに挑もうとすれば――大怪我をしかねないだろう」
「ARゲームでマニュアルを読まないでプレイするジャンルなんて、せいぜい脱衣麻雀やアダルト系カードゲーム、それに古代ARゲームをモチーフにした物――」
「それでも、最低限のガイドラインを読ませるジャンルがあるのは当然存在する。それさえチェックすれば問題ないと思いこみ――怪我をする人間だっている」
「フィールド外の交通事故か――」
長門も天津風の話を聞き、大体は察する事が出来た。ARゲームフィールド外で起こるような不測の事態、交通事故――その部類である。
ARゲームはゲーセンにあるようなビデオゲーム等とは大きく違う。体感型ゲームでも怪我をするようなプレイを禁止する作品もある。
しかし、ARゲームはそれ以上に大怪我をする可能性――それも病院へお世話になるようなレベルで存在していた。
「デスゲームは禁止しているが、ARゲームで起こる不測の事態までは完全フォローできない。それが起きないようにするのが――ARガジェットの人命保護システム」
天津風は、ふとつぶやくのだが――それを長門が聞いていたのかは定かではない。
一方、今回のレースに乱入したプレイヤーを見て不安を感じている勢力がいた。
それはARゲームガーディアンのメンバー、彼らは超有名アイドルファンがCD購入の宣伝活動でARゲームを利用しているという情報を得ていたからである。
過去にも同じような事例は何度も報告されているのだが、その度に改善する事を告知し、調整案を出してきた。
しかし、その調整案が出された後でも同じような事が繰り返されていたのである。
結局は調整案とは名ばかりのもので、芸能事務所の怒りを買わないようにしているだけなのでは――とも。
その段階で何者かの細工がされていた可能性も否定できないのだが、当時は調整案が出された事、それによって数週間は安定した事で裏を灯篭とはしなかったのかもしれない。
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