スターゲイザー
明日葉叶
第1話 星降る夜に
月明かりもない暗闇。みんなが寝静まる時間に僕は今日も観測用の道具と暖かいコーヒーが入った水筒を鞄に積めて夜の街に繰り出す。
幼いころからそうだった。
なぜ人は死ぬのか?
人は誕生してどこに向かうのか?
それは僕らより遥か太古に存在していた、宇宙に答えがあるのかもしれない。
観測場所なら山とか完全に光のな居場所、なんなら月の明かりさえないようなところがいい。何億光年もの先の微かな光はとても繊細だ。
家からさほど離れていない私立病院の駐車場が現在の主な観測場所だ。今日は朧月。暗闇の深淵に砂粒のような細やかな光。そこで年に一度の天体ショーが開催される。
カストルとポルックスは仲のいい双子の兄弟だ。戦に破れた兄を想い、自らの命の半分を兄に捧げたのだ。僕はあの日、兄さんに何かしてあげられたのだろうか。
病院の屋上から流れる一筋の流れ星にシャッターを切るときだった。黒い人影のようなものが衣服の裾を風になびかせて、フェンスの外から夜空を見上げているのが視界に入った。
僕は知っていた。婦長さんがかけ忘れる人気のない非常口を。
僕は知っていた。この時間帯なら看護師の人数が手薄になって安易に屋上へ抜けれることを。
僕は知っていた。この時間帯。屋上にいるやつが一体どんなやつか。
「ねぇ」
はたはたと薄着のパジャマを靡かせた彼女はちらりとこちらを見た。僕のか細い声が聞こえたらしい。
「死ぬの?」
「あなたには関係ないでしょ?!」
あの時のまんまだ。お前には関係ない。そういって兄貴も視界から風に流されるように消えた。
「重い病気なの?」
フェンスを飛び越える。
「来ないで」
「兄貴もさ、こんないい天気な日にさ。君と同じ事をしたよ」
一歩寄ると、パジャマ姿の彼女は一歩下がる。
「そんなに死にたいの?」
「私はもう、嫌なの!苦しい重いしかしない治療も、出来物触るような目で私を見る親も。もう、やりたいことはやりつくした。目標もない。ほっといて」
「宇宙にはさ、毎日驚くほどの量の隕石が飛び交ってるんだ。月のクレーターもそう。星の軌道だって隕石が衝突して変わる場合もある。恐竜の絶命の話。分かるよね?」
慎重にさらに距離を縮める。
「直径20キロの隕石が地球に飛来したら、巨大津波が街を襲い、巻き上がる粉塵が太陽光を遮断して、たくさんの人が死ぬ」
「来ないで」
「もしかしたら、それは今日なのかもしれない」
さっと月にかかった朧が流れて、彼女の艶やかな髪を写し出す。
「上を見なよ、ふたご座流星群だ。本当は誰しも死ぬ確率なんて一緒なのかもしれない」
幾筋の光の矢が夜空に斜線を描き、消える。
彼女は見ていた。深淵に泳ぐ光を。生まれて初めて雪を見る子供見たいに、真っ直ぐ。
その表情に見とれた訳ではない、予想以上に強く前に踏み込みすぎたのだ。
コンクリートを叩く足音に彼女は足元を外し、僕は手を握った。
「いずれ死ぬのはわかってるんだからさ、そんな物は神様にでも任せようよ?それに」
片足でバランスをとり、宙に浮く彼女をそのまま引き寄せる。
「案外綺麗でしょ?一生涯観測していれば自分だけの星が見つかるらしいよ」
僕らはそのまま空から降り注ぐほうき星を眺め続けた。
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