Nitoro-nightmare(ナイトロ・ナイトメア)
「ここは……?」
フライトジャケットを肩にかけ、DoomはDearを連れて船内を歩いた。見慣れぬ船は非常に広い。Doomは足を止めた。どこからかばたばたと騒がしい音が近づいてくる。
「客だ! ナイト! やっぱりあれ船だったんだ! ほら、人間だ!!」
「あの、その、こ、こんにちわ。ええと、どちら様?」
長い黒髪の女二人はそういってそれぞれにDoomを、その後ろのDearを見た。Doomは被っていた帽子のつばを少し上げ、礼とした。
「Doomという。こちらはDear。この船があんまりけったいな速度で飛んでいるので、興味があって挨拶に」
「ふうん? 私ナイトメア! こっちがインターフェースのナイト。私たちの船に追いつくなんてすごいのね! ねねね、そのジャケットカワイイ! どうなってるの!?」
「えっちょっと、待て! 何をする、ちょっと、やめろ」
巨大なエンブレムの軍帽をかぶった女は興味津々でDoomに掴みかかった。そうして、少し驚いたように目を見開く。
「キミ、重いね……! 後ろのハッチから放り出したら反作用ですっごいスピードでそう! アハハ、ジョーダンだよ! 決まってんじゃん!」
目を白黒させるDoomをみて、ナイトメアは豪快に笑った。船主と似た容姿を持つインターフェースはおろおろとその肩にすがりつく。
「ね、ねえ、メア、メアったら、やめてよぉ」
「Doomにあまりべたべたしないでください」
Doomに抱きついていたナイトメアをDearとナイトはそれぞれに引きはがした。神経質に指先を弄るDoomとは反対に、ナイトメアは陽気に言った。
「キミ、気に入った! お茶でも飲んでく? 何にもないけど!」
Doomの持ち込んだチョコレートケーキを食べながら、ナイトメアとDoom、ナイトとDearの四人はテーブルを囲んでいた。
「キミは、女の子かな? なあんてね! そうしてると本当みたいだ! アハハ、カワイイカワイイ」
黒髪の女船主の言葉にDoomはフォークを取り落した。顔を紅潮させ、椅子を蹴るようにして立ち上がる。
「やめろ! なんだ、カワイイって、俺のどこが女に見えるっていうんだ! 俺は……!」
インターフェースの視線に、はた、と気がついて、振り上げかけた握り拳をDoomはゆっくり降ろした。前髪を掴み、恥じ入るように腰を下ろした。
「……すまない、無礼を許してくれ」
振り上げられていた拳を真正面から見ていたはずのナイトメアは、三人が硬直しているのをこれ幸いと、皿の上のケーキを掴んで自分の口に続けざまに投げ込んだ。
「ああ、気にするな。同好の士だろう! スピードが出せるやつに悪い奴はいないからな」
「か、寛容な対応痛み入る」
聞いているのかいないのか、曖昧な返事をしてナイトメアはケーキを放り込み続ける。その様子にDoomは大いに戸惑った。沈黙が支配する部屋の中、ナイトメアがケーキを咀嚼する音だけが響く。Dearが場を繋ぐようにフォローを入れた。
「あまり容姿について言わないであげてください、ナイトメア。Doomはいつもこうなんです」
「……誰のせいだと思ってるんだ、Dear!」
Doomは手の甲でDearの肩を叩いた。心配そうに見遣るナイトとは裏腹に、ケーキの皿から顔を上げたナイトメアはけらけらと笑った。
「キミたち、仲が良いんだな!」
特別に船内を見せてあげよう、とナイトメアが叫び、Doomはナイトメアに半ば引きずられるようにして船内を歩いていた。
「私たちはここで、速度の限界を追及しているの。闇夜を貫く黒の弾丸、『ナイトロ・ナイトメア』とは私の事よ!」
Doomはからからと笑う黒髪の女を見た。軍服を模した硬そうなコート、帽子のつばのおおきなエンブレムはその目と同じようにぎらぎらと光を反射する。自分と同じように手袋をした手をまじまじと見て、Doomはなぜか、痩せている、と思った。
「ところでこの船、どうやって飛んでいるんだ? この大きさの船をこの速度で航行させるのは骨だろう。慣性があるからそう簡単に動きもしない。というか地上からどうやってここまで運んだんだ?」
「? 多分キミの船と一緒だよ? 大きな船だから広い場所が要ったけど」
「メテオは見た目より軽い船だ。もしかして、この船、肉抜きしてあったりするのか?」
「しないしない! やだなー、この大きさで肉抜きなんかしたら発射の時に潰れちゃうじゃん! 強めのエンジン使ってんの! キミは?」
「メテオに載っているのは『パイライト』だ。flashlight/Mercury社のロケットエンジンだが……あれ一台でこんな速度が出るものなのか? いや、そもそもどのグレードのモデルを使ってるんだ。この船、造船はどこだ?」
「キミのあのちっちゃな船、パイライト載ってんの! ヤバいね! あー、造船がどこかは知らない。軍用の型落ちだから。ああ、で、エンジンね。何年か前に出た限定受注生産のロケットエンジン覚えてる? 倒産前の最後のやつ」
Doomは眉をひそめ、訂正した。
「倒産じゃない、吸収合併だ。それで、あの”スケアリー”モンスターエンジンがなんだ……まさかあの『壊れ性能』載せたのか? あんな値の張るもの、よく買えたな、プレミア十倍だろ」
合併前最後の年にMercury社の出した実験的高出力エンジン、『Silver Bullet』がその名の通り銀の弾丸となることはなかった。Mercuryと刻まれたチタンプレートの特殊デザイン記念ロゴエンブレムが、その後、世に出ることは終ぞなかった。Mercury社は年を越すことはなく、今はflashlight/Mercuryと名を変えて軍用エンジンを作っている。
「費用対効果はバッチリだったし、市販品買ってすむなら安いものよ。それに後追いで買ったわけじゃないから。やっぱツインエンジンはロマンよね。船が重いと安定していいわ」
「待て、今なんて言った? 買占めが発生して発表三日で受注が終了したんだろ? そのエンジンがふたつも?」
「五つよ」
Doomは絶句した。
「買い占めてたのあんたか!」
「良い船でしょ。手をかけたのよ」
広い船内をぐるっと見渡し、呆れ半分、Doomは肩をすくめた。
「…………全くだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます