怪物の恋
戸崎アカネ
怪物の独白
君が僕の姿を見たら、一体どうするだろう。叫び声をあげて逃げ出してしまうのだろうか。待ってくれと僕が懇願し、腕を掴めば何とか目の前にいる恐ろしい怪物から逃れようとするんだろうね。何故そんな悲しいことを言うのかって? それほどまでに、僕は恐ろしい姿をしているんだよ。
………君は、細い腕で醜い化け物を抱きしめてくれるのだろうか。僕は貴方のことをおぞましいとは思わないと、変わらず貴方のことを愛していると、囁いてくれるのだろうか。それが現実のものとなったのならば、それ以上の幸福はこの世界には存在しないだろう!
もし君が、僕の姿を忌み嫌い拒絶するようなことがあるのなら、僕は君に一生光が戻らなければいいのにという重いが一瞬でも頭を過ぎる。君の幸福を一番に願うと言いながら、僕は君の何よりの幸福をこの世で一番恐れているんだ。笑ってくれ。物を知らない怪物には、この矛盾した思いをどう整理すればいいのか分からない。
でも、これだけははっきりしているよ。僕が何より恐ろしく辛いのは、君からの愛を失うことだ。真綿で包み込まれながら、甘い砂糖菓子を口にするような、君から与えられる狂おしい程の愛を失ったら、僕はきっとその場に倒れ伏してもう二度と起き上がることはできないだろう。地獄の業火で体を焼かれるよりも、何よりもつらい仕打ちを受けたのだから。僕は君から愛を与えられることで生きながらえている。
ああ、でも、君から今以上の愛を感じたいと思ってしまう。君が僕の姿を見て、僕のことを認めてくれたのなら。醜い僕をそれでもなお愛してくれたのなら。僕はこれ以上ない程の愛を、この身に受け止めることが出来るのに!
君と出会ったのは、確か冬だった。木々が枯れ果て、寒さに震えて彷徨っていた僕が、村の家を訪ねては追い出され、罵倒され、石を投げられて。諦め半分にこの家が駄目なら、野宿をしようと決心して尋ねた家に君が居たんだ。
トントンとノックをして、
「誰かいませんか」
と僕が声をかけると、
「はい、何の御用でしょうか」
と答えて扉が開けられた。部屋から漏れ出すオレンジ色の灯りが自分の醜い身体を照らし出す。この姿に怯えられるのは構わない。醜い姿に少なからず同情して、一晩暖かい宿が得られればとこの時は思っていた。
「長旅の末、食料も尽き、途方に暮れていた所です。どうか、一晩の宿と、叶うのならば一欠けらのパンを恵んでくださらないでしょうか」
顔を俯かせて、醜い顔が見られないようにした。
「まあ、それはお気の毒に。粗末な家ではありますが、どうぞゆっくりお身体を休ませてくださいな。さ、寒いでしょうに早く家にお入りになって。簡単ですけれど夕食を用意しますわ」
僕の手を取って、ゆっくりと家の中へ入るように導いた。簡素な木の椅子に僕を腰かけさせると、
「少々お待ちになってくださいね」
と言って、夕食を用意してくれようとした。鍋一つ手に取るにしても、何やらぎこちない様子を見てはじめて、僕は君の目が不自由なことに気が付いた。そういえば、僕の腕に手を添えたときも、少し手のひらを宙に彷徨わせていた。間違っていたら申し訳ないが、と前置きしてからそれを問うと、困ったように笑いながらきゅっと小さな手を握りしめた。
「ええ、実は何とか明暗が分かる程度でして。勝手が分かるこの家で生活するのがやっとなんです。普段は姉さんが手伝ってくれるのですが、今は留守にしているので」
お待たせしてすいません、と謝りながら鍋に芋と菜をいれスープを作ろうとしていた君の隣に立った。君にとっては何より不幸なことだが、君の目が僕の姿を映さないおかげで、僕は何の後ろめたさも持たずに君の隣に立つことが出来た。
「手伝わせてください。料理は慣れないから、指示を出してくださいませんか」
初めは驚いていたようだが、料理が段々と出来上がってくるころには、次は火を弱めて、芋が煮えたか確認してくれ、等と遠慮なく僕に指示を飛ばしていた。これは、僕の愚かな自惚れかもしれないのだが、この時に既に僕と君は、自分たちでも気づかないうちに互いに心を許しあっていたんじゃないかと思うんだよ。
出来上がったスープはとてもおいしかった。今までまともな食事をとったことがなかったということも相まって、僕にはこの簡素なスープがこの世界に存在する中で一番素晴らしい料理なのだと疑わなかった。少し熱いスープが喉をつたって胃を温める。胃からじわじわと広がるように凍えた全身が熱を取り戻していくのを実感して思わず涙をこぼした。情けない姿を見せてしまったとどうしようもなく恥ずかしくなって顔を俯かせた。君は、俺のこの涙が見えないのだと思いだしたら、次は必死に嗚咽を隠した。平静を装って、おいしい、こんなに素晴らしい料理を食べたのは初めてだと、持ちうる限りの知識を使って最大限の賛辞を君に送っていたつもりだ。
君も嬉しそうに微笑んでいてくれたから、きっと伝わっていたと思うのだけれど、どうだろうか。
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