メリーぼっちナイト!
宮崎笑子
メリーぼっちナイト!
私たち、別れたほうがお互いのためだと思うの。
そんな、しおらしい飾り言葉付きででふられた。クリスマスイヴのことだった。別れたほうがお互いのため……と言葉を脳内で反芻する。お互いの、ため?
ふざけるな!
ふざけるな!
ふざけるな!
「お前のためになるだけだろうが!」
そんなに、プレゼントが大して値の張らないブランドのネックレスだったことが嫌だったのか。アレか、翌日仕事仲間に自慢するのにちょっとパンチが足りないとかいうアレか。プレゼントはしっかりもらっておきながら!
俺は絶世の美男子というわけじゃない。いい企業に勤めていい給料をもらっているわけでもない。だから別に驕るつもりはない。
ただ、な。
お前だって絶世の美女というわけじゃないしそもそも正社員ですらないじゃねえか。
俺の給料考えたらそんな、名の知れたブランドの指輪が買えないことくらい、分かりそうなもんだが。それすら分からないほどお前は馬鹿なのか、それともそれを知っててなお俺に高価なプレゼントを求めるのか。
というか俺へのプレゼントは謎のこけし型入れ子人形だったくせに(これの正式名称を俺は知らん)、いい御身分にもほどがある。
そして今日、ほんとうなら彼女と性夜を散々楽しんだあとホテルの一室で目覚めているはずが、俺は無駄に使った有休をどう消化しようか悩んでいるのだった。
彼女のために貴重な有休を割いたというのにこのざまだ。フラれた理由が理由なだけにまったく納得もいかないまま、俺は一睡もできず爛々とした目ん玉を持て余してコンビニに昼飯調達に向かった。
「あ」
「あっ」
そうして訪れた近所のコンビニで、俺は絶対に顔を合わせたくない奴と出くわしたのであった。
◆
当てが外れた。まさかの落選とかどういうことなの。
彼氏もいないクリスマス、あたしは働く気満々だった。一夜限りの派遣のバイト、超、超高給。それなりに倍率が高いことは知っていたけど、まさか落ちるなんて思ってもいなかった。
だってあたしは、自慢じゃないけど怪我で休職するまでトラックの運ちゃんとしてブイブイ言わしてたわけで、そこらへんの女よりキャリアは積んでる自信があった。
年明けからトラック運転を再開させる予定だったあたしはそのバイトで、なまった体を慣らしておこうと思っていたわけだ。
深夜から明朝にかけてトナカイと空駆けずり回るだけで云万円もらえるなんて、こんないい条件ほかに見たことあるか、いやない。
知ってた? サンタは派遣のバイト、しかも日給バカ高い。一人の外国人おじいちゃんじゃまかなえない分を、各国の可愛い女の子たちが手伝ってあげるという仕組み。
もちろん、実際にプレゼントを配り歩いているわけではない。バイトのサンタたちは、幸せの種を届けるだけだ。欲しいゲームソフトやリカちゃん人形は親にねだってくださいね。
トナカイを統御するのはけっこう疲れるらしいし募集要項に「体力に自信のある方」という旨も記載してあった。だからあたしが落ちるはずがなかったのに。
「信じられない……」
がっぽり稼いで年末年始は豪華なご飯を、とか思っていただけに、失望感は半端じゃない。
失意の中コンビニに置いてあるバイト誌を眺め、今からでも募集している年内のバイトを模索していると、背後から声がかかった。
「あ」
振り返る。
「あっ」
◆
この、俺の隣で肉まんにはふはふと息をつきながらむしゃぶりついているのは、腐り切った腐れ縁の
トラックの運転手とかいう俺からすれば危険極まりない職業についていたが、先日しょうもない何かで怪我をして休職中だ。
長い髪の毛が、マフラーに巻かれて後頭部辺りでもふっとしているのは文句なしに胸キュン要素なんだがいかんせん相手がコイツではな……。
「あっ、
「いい。それくらいおごる」
「いや、悪いし」
「お前今金欠だろ」
「労災下りてんだよ馬鹿にすんな」
詠美がポケットをごそごそとあさる。おい、もしかしてポケットに現ナマ入ってんのか。おっさんかよお前。
「あー。今百円ないわ……」
「ポケットに小銭入ってるお前のがないわ……」
「てか、芳也さあ、こんなクリスマスの朝っぱらから地元のコンビニとか何事? 彼女は?」
「……」
きたきた。
察しろよ、ボケが。
苦虫を百匹ほど噛み潰したような俺の顔を見て、詠美がまずい、という顔をする。
「もしかして禁句だった? フラれたとか?」
「……その口を縫い付けてやろうか……」
「わ、ごめん。図星だと思わなくて」
あけっぴろげにいろいろ言い過ぎだろ! 傷心を、ぐりぐり抉った挙句に塩塗りたくって火であぶられてる気分なんだが! 美味しくいただけちゃうだろうが!
「ク、クリスマスにいちゃつくカップルは凄惨な末路を辿ればいいと思うの……」
「なんのフォローにもなってないからな」
「う」
だいたい、肉まん頬張りながら言われても全然共感できないからな。
◆
「で、お前は朝っぱらからコンビニで何してたん」
芳也が、苦々しい顔でそう聞いた。
なんだか芳也は、あたしに苦手意識を持っている節があるような気がする。小さいころよくケンカして、口でも手でも勝てなかったからだろうか?
別に嫌われているというわけでもなさそうなので放置であるが。
「いや……バイト探してた」
「バイト? お前なんか、クリスマス前後に割りのいいバイトがとか言ってなかった?」
「外れたんだよ!」
思い出しただけで悔しい。なんであたしがあのバイト外れてクリスマスにぼっちなのよ!
……そう、クリスマスにバイトを入れたほんとうの理由は、あまりに寂しいからだ。彼氏なし、友達との予定もなし、仕事もなし……ありえない!
せめてトナカイと馴れ合おうとか不純な動機だったから落ちたのかしら……純粋に金儲けを目的にしていればよかったのかしら……。
「なんのバイト?」
芳也が、あんまんをはふはふしながら聞いてくる。芳也は昔っから甘党で、カルピスを原液と水を一対一という驚異の割合で飲める。たぶんコイツ原液もいける、とあたしはひそかに思っている。
「サンタ」
「は?」
「だから、サンタ!」
「……キャンギャル的な?」
「違うよ。ガチサンタ」
「いや、意味分からん」
ぽけっとした顔をしている芳也にバイトの詳細を説明していると、彼の顔がだんだん歪んできた。なんだ。
「……サンタもクソもあったもんじゃねえ……」
「可愛い女の子が幸せ届けるんだよ? こんな夢のある話ないよ?」
「派遣のバイトって時点で夢も何もねーんだよ!」
芳也って意味分からないな。
◆
最悪だ。彼女にフラれてその上ささやかな夢までぶち壊された。サンタが日雇いの派遣バイトだと?
ってか、だいたい。
「お前みたいな筋肉ゴリラ女に幸せ運ばれてガキどもが喜ぶかっつーの」
「あ?」
あ、に濁点をつけたように凄まれて、俺はとりあえず明後日の方向を向く。
詠美とケンカしてろくなことになったことがないのは実証済みだ。これ以上刺激しないに限る。
「貧弱チャラ男の芳也くんにそんなこと言われたくないんですけど」
「一言余計だわ! 俺はチャラ男じゃない!」
たしかに身長は女子にしては高身長の詠美とさほど変わらないし、たぶん俺のほうが体重は軽いだろう。ただ、チャラ男って部分は全力で否定したい。
別にチャラくないだろ。たしかに学生時代は髪の色で遊んだり女の子と遊んだりもしたけど? 香水はブルガリプールオムとか調子乗ってつけてたけど? サークルはテニサーとは名ばかりの飲みサーだったけど?
決して俺はチャラくない!
「……そんだけ要素あってチャラくないって言いきれるあんたすげーよ」
「いやほんとチャラくないからね」
「その伊達眼鏡もチャラいんだよね……」
「これはっ……流行りのブルーライトカット効果が……」
「今必要?」
「ぐっ……」
痛いところをどすどすごすごす突いてくる女だなほんとうに。
ああチャラいよ、俺はチャラいよ。認めたよ。正直女の子大好きだしね!
「で?」
「は?」
で? と詠美に聞かれ、俺は思わず聞き返す。何が、で?
「なんでフラれたの?」
まだその話続いてたのか。俺の中では永久に終わらせたいんだが。
◆
芳也が重い口を開いた。
「俺の安月給知ってるだろ」
「は? ああ、まあ……噂には」
「噂ってなに」
「芳也ママから、うちのお母さん経由であたしに入ってくるよ」
あたしは実家住まいじゃないけど、わりと近所で一人暮らしをしている。芳也も同じだ。とりあえず家を出たいけど、都会に住む勇気なんかないし結局この町が落ち着く、という同じ穴のムジナ。
「で、その安月給で、大したクリスマスプレゼントが買えると思う?」
「いや……あたしアクセサリの値段相場は知らないんだわ……」
「とにかく……察せよ」
「クリスマスプレゼントが不満で別れを切り出された?」
「……おう」
芳也が苦々しい顔をしているけど、たぶん、それ違う。
「芳也、それ口実だよ」
「……」
「あ、もしかして分かってた?」
「……お前はつくづく、傷心を鋭角から狙ってくるな」
「ごめん」
芳也はたぶん、プレゼントのせいにして彼女のそういう高慢ちきな性格のせいにしないと、プライドを保てないんだろうな。
ほかに男ができたとか、自分が愛想を尽かされたんだとか、そういう理由は認めたくないのだ。
まあ、あたしもプライドだけはエベレスト級に高いから、気持ちは分かる。
「まっ。気にすんな!」
「うるせえ……」
おお、けっこうマジで沈んでる。あたしは、とりあえず昔のよしみで救いの手を差し伸べてあげることにした。へこんでいる芳也が、あんまんの最後の一かけらを口に放り込んだ。
◆
少し沈黙があって、やがて詠美が言った。
「うち来る?」
「あ?」
「酒飲もうよ。あたしも、夢破れたわけだし。バイト今から探してももうしょうがないし」
「……」
詠美はあっけらかんとした顔で、いたって普通にそう言った。かと思えば、俺の返答待ちの時間が暇なのかスマホをいじりだした。
……いくら腐れ縁と言ってもだな。一応お前は筋肉ゴリラとは言え女なわけで、俺は言わずもがなチャラ男であって。そういうことを踏まえて言ってるならそれなりの覚悟はできているんだろうな、だいたいどんだけ腐り切った縁でも密室で男女二人になったら何が起こるか分からないんだぞ、そういうのはタイミングだチャラ男が言ってんだから間違いない…………。
「よし、コンビニ戻るぞ」
「ん?」
「酒を買い込む」
「ああ」
「オールナイトノンストップだ」
「まだ朝だよ」
スマホの画面を見ながら、詠美は適当な返事をする。
くるっと二人で来た道を引き返し、コンビニに舞い戻る。カゴに酒をごろごろ入れて、おつまみも入れる。詠美があとからついてきて、相変わらずスマホをいじりつつも抜け目なくチー鱈をカゴに入れた。
会計を済ませて外に出ると、ぼんやり曇った空からちらほらと雪の破片が落ちてきていた。
「おい、ホワイトクリスマスだぞ」
「こんな日にあたしたちはぼっち同士酒をあおるのね……」
「言うな。むなしくなる」
でも、言うほどむなしい感じでもない気が、した。
クリスマスの朝の町は少しだけぼんやりと、もやが立ち込めていた。
20131216
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