存在の耐えられない軽さ

さとけん

存在の耐えられない軽さ

自動ドアが左右に開き、白衣を着た老人が入室してくると、中にいた若い医者が頭を下げる。

「さて、いよいよ我が国で初めてのAIによる完全無人手術が行われるわけだが、準備はどうかね?」

老人が慇懃な態度で尋ねると、若い医者が答えた。

「はい教授、いつでも始められます」

「そうか。ではすぐに始めたまえ」

男が胸の前で手を十字に切ると、ホログラムと呼ばれる、空間に映し出される映像が現れる。

そして、映し出された入力システムに何度かタッチすると、ガラス張りで見下ろせるようになっている手術室に、数体のアンドロイドが入室してきた。

患者を中心に一礼して、

「只今より、手術を開始します」

という声とともに、アンドロイド達が動き始めた。

全く無駄のない動きで迅速に切開し、臓器が露わになった。

ここからは慎重な動作になると思われたが、アンドロイド達は人工心肺につなぐと、何の躊躇もなく心臓を切除して、助手アンドロイドが持つクーラーボックスに入れた。

「おいおい、いきなり心臓を取ってしまうなんてデタラメ過ぎやしないかね」

「ハハハ教授。まぁお任せ下さい。今回は肝臓の腫瘍切除が目的でしたが、念のため心臓を切りスキャンして、微細な腫瘍も見逃さないという事でしょうな」

「確かに今の技術ならば、切除した箇所も完全に修復できるがね」

「おっと、今度は腎臓も切ってしまいましたね」

「それだけでなく、目的の肝臓まで切ってしまったじゃないか」

「これが彼らのやり方なんですよ。どうせ腫瘍を切ってしまうんですから、臓器ごと切った方がやりやすいでしょう」

「そういうものかね?私のような古い人間はついていけないな」

「この手術が成功したら、我々全員が要らなくなるでしょうね」

「待て、遂に腹を閉じてしまったぞ。これで手術を終える気か?」

「まさか・・あれ、どうなっているのかな?」

「様子がおかしい。AIの対話システムを呼びたまえ」

男が再びホログラムの入力システムに触れると、手術着を着た笑顔の若い女が現れた。臨場感を増すためのイメージ映像で、手術着には血がついている。

男が女に尋ねる。

「一体どういうつもりだ?なぜ腹を閉じた?」

「患者の脳をスキャンした結果、生存率0%の極めて稀な腫瘍が発見されました。そこで、治療ではなくリソースの採取を目的にシフトしたのです」

「リソースの採取とは何だね?何を言っているんだ」

隣の教授も、怪訝な顔で問いただす。

「患者の悪性腫瘍は脳以外には転移していません。貴重なリソースとして、医療のために用いらなければなりません」

「すると何か?切った臓器を移植でもする気かね?そんな事が認められるわけがないだろう。おい君、すぐに手術を中止して、臓器を繋ぎ直すんだ」

教授が男に指示すると、ホログラムの女性が無表情になった。

「我々は命を最大限救うようにプログラムされています。ご理解頂けないのならば仕方がありませんね」

ドアが開き、数体のアンドロイドが入ってくるや、教授と若い医者は眠らされ拘束された。


「おかしいな。手術が終わってしまうぞ」

AIによる、我が国初の無人手術を二人の医者から説明されるはずだったのだが、予定時刻を過ぎても二人は現れない。

そして遂に手術は終わってしまった。

「素晴らしい技術だ。これからはAI医療の時代だな」

と独り言を呟くと、ホログラムの美人女性が現れた。白衣を着ている所をみると、この病院の医者なのだろうか。

「素晴らしい手術でした。これからは行政も一体となって、医療のAI化を進めていくつもりですよ」

「それは、本当にありがとう御座います」

「ところで、随分目まぐるしく多くの患者を捌いていましたね」

「はい、今回の移植手術は『3人』の患者様のご提供により、大勢の人を救う事ができました」

そう言うと、白衣の女性は最高の笑顔になった。

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