第18話 発見



『姫さん、下だ! やっぱり奴らですぜ!』  

 駆け付けた侵入者の声と顔はすでに頭上のはるか高く、壁に取り付けられた簡易的な魔導灯の明かりでは輪郭もはっきりと見えないほどで。


『ちっ』

 という世界共通の感情表現の音も、斜めに取り付けられた光の中を下へ下へと滑っていく動く床の速度には到底追いつけない様だった。


 が。


『……あれだね』


 状況を把握するや否や赤髪が顎をしゃくったのを、ディンは見逃さなかった。暗い谷に生まれ、深い森で育った彼は相当に夜目が効く。光と風と湖が輝き、夜には魔導灯が美しく街を照らし上げる風光明媚なピスタティアの元王女にはとても見ることができなかった細顎が示した先や、かすかな舌打ですら彼の鋭敏な感覚は捉えていた。


「ふう、危なかったですね。こんなに早く追いつかれるなんて」


 ほっと息をついた相棒の様子と、暗がりの先で目の高さにまでせり上がってくる通路の出口を見比べ『あれか』と頷いたディンは。


「だな。もうちょっと遅かったら、あの女の出鱈目な術を食らってたかもしれねえ」

「!? はっ、た、確かに! いえでもまさかこんな狭い場所でそんな事をしたらこの床ごと木っ端みじんじゃないですか、私達が!」

「はっ、さすがに木っ端とはいかねえだろうけど、こんだけとんずらこいてるからな。逃げる獲物の足を止めるのは狩の基本だろ?」


 いたずらっぽく笑う彼に、パルムはむうと己の頬の感触を確かめながら。


「仕方がありません。不法侵入者に暴力的に追いかかけられたら、逃げるのが人間の本能です。ましてや我々も勝手に侵入しているという自覚はありますし」

「はは。しかも奴らは冒険家ってわけじゃねえみたいだしな。一緒になるのもされるのも勘弁だ」


 そうですね、と頷きあった二人の足元がガクンと揺れて、床が薄い暗闇の中で止まる。

 それとほとんど同時に、別の駆動音が辺りに響き始め。


「ディ、ディンさん! 壁! 壁が!」


 パルムが指さしたその方向で、まさにギギギギ……と古い扉がきしむような音を立てながら壁一面がぎこちなく動き出し、長いツタに覆われた空が姿を現し始めた。


 そして。


「……パルム、見ろ」


 広い部屋だ。何もないがらんどうのかび臭い部屋の真ん中。壁が割れ、差し込み始めた光の中に、整然と。


「……魚……か?」


 空に向かって顔を突き上げるようにして。細長くて、丸い、流線型のような。


「……確かに。でも本物は……鳥に近い印象です」


 川を泳ぐ模型についていたヒレよりもはるかに大きな翼を左右に重ねた不思議な造形物の群れが、永い眠りから目覚めた宝石のようにきらきらと輝き出しているのが見えた。

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