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堀川さんは馴染みの酒屋でバイトをしていた。その店で酒を卸してもらっているから、下の名前は知らなくても、彼女の二年間は良く知っている。初めて見た時はまだもう少し幼さが残っていたように思うけど、目力と気持ちの強さだけは変わっていない。
やってやるぞ、といつだって目の奥に炎が揺れていた。
『お金が必要なんだ』
ある時どうして酒屋なんて重労働のバイトをしているのかと訊くと、彼女はそう言った。水商売は可愛くない自分には絶対に無理だし、ここは時給もいいから、と。他にも深夜の工事現場か、引っ越しのバイトを掛け持ちしていると言った。
『どうしてそこまで?』
高校を卒業したばかりのうら若き乙女が、汗水流しておしゃれもせずにがむしゃらに働いている。どうしてそこまで頑張るのか、訊いてみたかった。すると彼女はあっけらかんと答えたのだ。
『私、歌手になりたいから。だから、お金が沢山必要なんだ』
『歌手に?』
『うん。プロになったら歌手以外に仕事は出来ないでしょ? だから今のうちに沢山お金を貯めておいて、プロになれた時に心配が無いようにしておきたいから』
ちゃんとバイト以外に歌手になるための行動もしているよ、と言った彼女はその辺の同世代の子とは全然違う表情をしていた。
覚悟を決めた。
そういった表情だ。俺も十八でこの世界に入ったが、彼女ほどの表情をしていただろうか。
本気で歌手になりたい。だからこそ遠回りをしてでも今は準備をしている。夢があるからこそ、しっかり現実を見て行動している。俺はそんな彼女をただ素直に尊敬した。
「おめでとう」
彼女が沢山デモテープを送っていたことも、オーデションを受けていたことも、ストリートライブをしていたことも、お節介な店長のおかげで全部知っている。言ってないけど、店長と一緒に歌う彼女をライブハウスへ見に行ったこともある。
「堀川さんよく頑張ったね」
「えぇ~そんなことないし」
「そんなことあるよ。頑張ったよ。おめでとう」
彼女は一瞬だけ眉根を寄せると、今まで一度も見たことのない、安心した笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、私頑張ったよ」
彼女が画面の向こうで歌う姿が頭を過ぎる。どうか頑張り屋の彼女の夢が、叶いますように。彼女の努力が報われますように。
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