お母様転生 ー異世界行ったら追って来たー
仲仁へび(旧:離久)
第1話 お母様が来た
大変な事が起きてしまった。
前代未聞。予想不可能。ありえない出来事だ。
それが起きたのは異世界に転生した俺が十歳になった時の、誕生日会の事だった。
僕……ではなく俺は、最近転校してきたばかりの、学校の同級生の少女が話しかけて来た内容に、心臓が飛び出るような思いをさせられていたのだった。
「今、なんて」
「だから言っただろう。ははは」
飾り付けられた広い部屋の中、豪華な料理の並べられたパーティー会場の端っこ、祝われ疲れていた俺はひっそり休んでいたのだが、そのつかの間の休息がいたいけな少女にひっくり返されるとは思わなかった。
その時までは。
「ん? 聞こえなかったのか? ならばもう一度だ」
眼の前にいる少女は、性別に見合わぬ口調で大きな笑い声を発した後、聞き逃した俺の為にと先程言った言葉を繰り返していく。
「私はお前のお母様だ。お前がトラックに轢かれて異世界に転生したらしいと神様が言ったので、追いかけてきてやったぞ! 地面に頭をこすりつけて心の底から「お母様万歳!」とありがたがると良い!」
な、
……な、
「……なあっ!」
なんじゃそりゃあぁぁぁ!!
驚きすぎて思考が停止した。
なので、別の事に脳みそを使おうと思う。
唐突だが、貴方様へ自己紹介を。
俺、レイモンド・グレイヒューズは転生者だ。
中世ヨーロッパ的なお決まりの異世界に、高層建築立ち並ぶ世界からトラックに撥ねられると言うお決まりの方法で、転生させられてしまった者だ。
そんな俺だが、とりたてて他の人間と比べて変わったところはない。
前世は父、母、自分と三人家族で共働きながらもまあちょっと変わっただけのごくごく一般的な家庭に育っていた。
他人よりほんの少し勉強が得意なだけで、目立つ特技もないし、強烈に人徳があるわけでもない。
重ねて転生した理由の方も簡素なもので、劇的な物語やらなにやらがあったわけでなく、ただの信号不注意で走行してきたトラックを避けきれなかっただけというもの。
この世界に転生してからの日々も、前とそんなに変わらずで、目立たず地味でもなくいたって普通。世界の危機を救う為に魔王を倒しに行ったり、まだ見ぬ光景を求めて冒険したりするわけでもない。少々裕福なだけの普通の生活を送っているだけ。転生先であるこの世界が、外国の中世的な場所なのでなおさらだろう。
全てが全て平凡。
けれど、平凡様万歳だ。
俺としては、そんな日々に不満などまったく持っていない。
それなりに満足していたくらいだ。
それなのに……それなのに。
「どうした息子!?」
景気よく声をかけてくる自称お母様を前に俺は思う。
なぜ来たし!?
「む、どうした息子よ。お母様の顔に何かついているかね? それともお手洗いに行きたくとも自分では手を上げづらいので、お母様に変わりに意思表示して欲しいと言う事だったりするのかね?」
違います。
隣に座ったちっさい同年代の母親……と主張する少女を見つめてひっそりとため息を吐き、文字を綴っていたノートに視線を落とす。
今は授業中。
ここは学び舎の初等部校舎、教室の中。
上げた視線の先では、教師が授業をしている。
いくら激しく現状に突っ込みを入れたくても、TPOをわきまえなければ他人の迷惑だ。
「何でもありません。授業に集中していてください」
「む、そうか。何かあったら遠慮なく言って良いのだぞ。お母様が存分に甘やかしつつ、厳しくしてやろう。そう、初めて自転車が乗れるようになるかならないかの、微妙な時期にそっと後ろで支えている手を放すようにな!」
大声放ってる時点でそっとじゃないんですが。
「そこ、静かにしなさい!」
「「すいません」」
だから集中してろと言ったでしょうが。
調子に乗った母親と共に謝り、中断してしまった授業の再開を促す。
気づかれないようにと、そっと盗み見た隣の少女の横顔は、それでも呑気なもので楽しそうなばかりだ。隣の席は空席だったはずなのに強引にやってきて、ずっとそんな。頭を抱えたくなった。
仮にこの少女が、前の世界での俺の母親だったとして、無視できない疑問があるのだ。
記憶にある母はもっとちゃんとしていた気がするのに。
『……、宿題は終わったのね。なら早く寝なさい』
冷静で、必要以上の事は喋らなくて、表情だってたぶんそんなに動いてなかった。
それなのに、横を見ればおかしなのが一人、だ。
「はぁ……」
まったくこの人はどうして、こんなおかしな性格になってしまったのだろうか。
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