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 キィの視線でポケットの中の護符ごふに気付く。

 ほとんど無意識のまま、化物の顔を目掛けてアンダースローで放ったそれが水柱に飲み込まれると、水はようやく物理法則を思い出したかのようにばしゃりと崩れた。


 本当に効いた!?

 勢いが止まらず路面に叩き付けられた化物は、いやらしいほど人間めいた顔に困惑の表情を浮かべている。


 開放されたユリカが、き込みながら水を吐き出しているのが見えた。

 無事を確認し安堵あんどするわたしに、人の顔を持つ水獣がって来る。


 水から追い出せたとはいえ、成人男性より大きな体躯たいくを持つ化物にかなうはずがない。逃げ出そうにも腰が抜けてしまったのか、へたり込んだ私はもどかしいほど緩慢かんまんに後ずさることしかできない。

 にたりと笑うそれの鰭脚ひれあしが、私の脚をつかまえる寸前。


 不意に動きを止めた化物は振り返る。その下半身は、見えない何かにかに飲み込まれるように消えている。不気味な唸り声を上げ必死に抵抗するも、アスファルトに爪痕だけを残し、化物は見えない何かに飲み込まれながら消えた。


「あら、あなたがキィのお気に入り?」

「うえ? あぁ??」


 橋の方から歩み寄ってきた人影が声を掛ける。

 巫女装束に身を包んだ女性が、興味深げに私を眺めている。 

 化物に迫られる恐怖と、人面のそれが見せた、恐怖に満ちた最期の表情に当てられていた私は、反応が出来ない。


 濡れた様な黒髪に、切れ長の瞳。襟元が大きく開き、豊満な胸元がのぞいている。

 見た事のない顔だ。少なくとも水天宮すいてんぐうには、こんなハレンチな着こなしをする巫女はいない。

 拘束着の少女が、無言のまま私と巫女姿の女の間に割って入った。


「キィ?」


 守ってくれてるつもりなのかな?

 ぼんやりとしたままの彼女は、私の問いに答えをくれそうもない。

 巫女は苦笑して見せると、付いてらっしゃいときびすを返した。


「立てる?」

「な……なんとか」


 青ざめた表情のユリカは、よろめきながらも立ちあがる。まれた足の傷は深そうだが、歩けないほどではない様子だ。肩を貸し巫女の後を追う私の後ろを、キィも黙って付いてきた。


 橋のたもとで待っていたのは、宗也さんだけではなかった。

 黒皮の上下に身を固めた、長身の黒人男性。アフロヘアーで指や胸元には金の装飾が光り、夜だというのにサングラスで目元を隠している。


「このコが先生の妹さんデスカ?」


 劇画か!? 妹違うし!!


 口笛と共に両の人差し指でわたしを指し示す黒人。宗也さんは気弱げに笑って見せるだけで訂正しない。

 宗也さんの車のほかに、黒塗りの大型ワゴン車が3台まっている。巫女に黒人に文学青年と違和感の半端ない集団だが、異様な物々しさは伝わってくる。

 車に応急手当の道具も用意してあるらしく、急ぎユリカの手当てを頼んだ。


「ここから見物してマシタよ。ヴァンイップでしたカ? あんなモノまで連れ込んデ、拝島サンも少々はしゃぎ過ぎデスネ!」

神智研しんちけん陀厳教団だごんきょうだん。関わる全てを手玉にとって、十年越しで思い通りの盤面を見る事がれば、はしゃぎたくもなでしょうよ。もっとも、王手チェックメイトをかける前にクィーンをおさえられてちゃ世話無いけど」


 巫女のべったりと絡みつく様な視線が薄気味悪い。会話の主題は明らかにわたしだとわかるのに、蚊帳かやの外なのが不満で宗也にさん説明を求める。


「どういうことですか? 宗也さんはどこまで知ってるの?」

「もう気付いているだろうけど、拝島さんのやろうとしている事は危険だ。止めなきゃならない。君が今夜の祭祀さいしに参加するつもりがないと、決心していてくれると話が早いんだけど……」


 宗谷さんの態度は、この期に及んでもどこか煮え切らない。


「君の友人の治療をしなければならないし、保護を求めるなら道々事態を説明する。でも、君に行動を無理強いするつもりは無い」

「だから、その前に説明を――」

「まだるっこしいわね」


 巫女が冷笑を浮かべる。見えない何かがるような気配を感じ、あわてて振り返るも、そこには暗い夜道だけが続いている。


たまき、ここは先生のやり方を尊重しマショう。彼女の協力を得ラレないと、このミッションの成功確率が格段に低くなりマス」

「キィは? この子はどうなるの?」


 無関心なまま立ち尽くしているキィが気にかかる。さっきは少し口を開いたのだから、意思表示はできるはずだ。この子もずいぶん危険な目に合っている。せっかく安全な所まで来れたのに、気遣いされている様子がまるで見えない。


「キィの出番はこれからだよ。に来たがったのは、彼女自身だからね」



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884680997

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