「悔しいなぁ……」


 ぼんやりと霞んだ視界の中、波に揺られながら薄緑の月を眺めている。

 周囲の生き物に生命いのち献上けんじょうさせているが、うつわの再生にはとうてい足りない。

 白い髪のともだちは、微笑ほほえみを浮かべ、赤い目でわたしの顔をのぞき込んでいる。


「楽しかったよ。でもまだ今はその時じゃない」


 うなづくともだち。


「わたしが全力じゃなかったの、分かってるよね?」 


 わたしの負け惜しみに、苦笑を返してくる。

 またきっと相手をしてあげる。いまはおやすみ。

 そう言って、彼女はわたしのまぶたに口づけた。


 虹色の光柱と共に去るともだちを、寂しさとともに見送った。

 少し疲れた。もうそろそろ眠らないと、おかあさんに叱られる。

 あの微笑ほほえみに迎えられる目覚めなら、数千年になるかもしれない眠りも悪くない。


 じゃあまたね。あなたはわたしの大切な――



         §§



 疲れ果てた身体を引きずり、明け方の浜辺を一人歩いて行く。

 どこへ行けば良いのかは解らない。

 それでも、俺は立ち止まる訳にはいかない。


 打ち上げられた流木に、ひょろ長い一人の若い男が座っている。

 同じ匂い。こいつも眷属けんぞくか。


義妹いもうとが世話になってたみたいだね」

「あぁん?」


 男の言うのが誰かを悟り、わずかに反応を返す。

 だが、いまさら俺がこの男と話すことなど何もない。


「彼女と教え子の行く末を見届けたかったけれど、人である身には大それた望みだね」

ひとだぁ? 大人しくしてりゃ、あんたも人間ひと並以上に生きられるだろうが?」


 汐入しおいりは騒がしくなったが、同輩どうはいなら夜刀浦やとうらに向かうなり、齢を重ねてイハ=ンスレイに潜るなりすればいい。相手をするのも面倒だ。口を開かなかった俺に構わず、男は独り続ける。


「ただ長く生きたい訳じゃない。僕は人として知りたかっただけだよ。人であることを捨ててしまったら、恐らく知りたいという僕のこの気持ちも変わってしまう」

「俺の知ったことか。あんたの好きにすればいいだろ?」 


 素っ気ない俺の返答に、男は苦笑を浮かべる。


「あんまりスマートじゃないが、最後はこれの世話にならないといけないのかな」


 男は手の中で銃をもてあそんでいる。

 ああ。この男は、同じ気持ちを分け合えると思って俺に話しかけたのか。

 だが俺は、あんたと違って諦めるつもりはない。


 立ち去る俺の背後で銃声が響く。男が何を狙って撃ったのか、首尾よく目的を果たしたのかなどまるで興味は無い。

 振り返らずただ歩き続ける。


 郁海いくみの眠る寝所しんじょまで、ルルイエのなぎさまでは、人の身を捨ててもなお遠い。


END.1




https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884676949

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