町外れの郷土資料館には、小学校の社会科の授業で一度行ったことがある。昔の漁具ぎょぐや郷土史の資料が収められているが、正直何度も足を運びたいような場所でもない。


「やあ、来てくれたんだ」


 宗也そうやさんは資料室を借りて書き物をしていたらしい。シャツのそでをまくり眼鏡を掛けている。

 ここに来てしまったのは、気弱そうな彼がなんとなく放っておけなかったからだ。案の定、神社の関係者からの聞き取りも失敗に終わったらしい。


「みんな忙しそうでね」


 そう苦笑いを浮かべるが、拝島はいじま伯父や宮司ぐうじ相手では、時間があったとしても成果があったかは疑わしい。


 とりあえず、自分が参加してきたここ数年の様子を話して聞かせる。関係者としてではなく、地元の者としての話だから、わたしでなくても話してあげられる内容だろうけど。


 肝心の今年に入ってからの事は、わたし自身が本宮ほんみやのでの祭祀さいしを詳しく教えられていないため話せることが無い。覚えた祝詞のりとをいくつかそらんじてみせた。


「ああ、それはちょっと面白いね。浜辺での奉納ほうのうは豊漁祈願、海へ感謝の捧げ物をしているように見えるけど、祝詞は祖霊それいうやまううものに近い。摂社せっしゃに祭られていたのはシオイリヒメだったと思うけど、ナミウタヒメって聞かないな。妹神だったかな?」


 何だか楽しそうに話しているところ申し訳ないが、わたしにはよく解らない。


「宮司が秘宮ひめみやから拝島はいじまに変わったとき、付け足されたのかも」


 去年の夏、おばあちゃんが海に出掛けたまま失踪した後、ずいぶん揉めたのは覚えている。祭祀がどうこうではなく、相続で揉めていたのだと思っていたが。代々宮司の家系だった秘宮ではなく、傍流ぼうりゅうの拝島を無理筋でしたのが、元来よそ者の拝島伯父だから無理もない。


 なにそれ詳しくと食い付かれたが、これ以上詳しい話など知るはずもない。代わりに、わたしからおこもりについてどんなものか聞いてみた。


「そうだな……大人が揃って帰って来た祖霊を慰めるという名目で、夜通し酒盛りって所だと思うけど……」

「やっぱり?」


 大人だけで何か美味しいものを食べているに違いないという想像は当たっていたようだ。


「ただね、豊穣ほうじょうとの関連付けで、夜這よばいだとか乱交だとかの可能性もある」


 あんまり子供にする話じゃないけどねと、悪気のない顔で言ってのける。

 わたしの笑みが引きつっているのに気付いてか、宗也さんは慌てて「今時はそんなのありえないけどね」と付け足した。


 妻帯さいたいしていない拝島伯父が女性に不自由しているという話は聞かない。むしろ逆の噂はよく耳にする。わたしをどうこうしたいというのなら、回りくどく祭祀にかこつけずに、やしなわれている弱みに付け込むだろう。それはそれでぞっとしない話だけど。

 ただ、宮司のほうは……。


「おこもりは保留にできるようなら、出ないほうが良いかもしれないね。何か相談があったらここに連絡して。何か力になれるかもしれない」


 不安にさせた事に恐縮きょうしゅくしてか。携帯番号をひかえたメモを渡してくれる。


「僕はここに滞在しているから、覚えておいて」



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884678844

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