逃亡

お見合いで結婚することになった。毎日がときめかない。「彼」の時は、会わない日でも毎日が新鮮だったのに。

だからまだ彼とは呼べない結婚相手は、私に婚約指輪を嵌める。頭を流れるのは、KinKi Kids「ガラスの少年」。

この指輪で未来を売り渡す私は、悲しい存在なのだろうか。浮かぶ、責めるような瞳。

結婚相手が未来を疑わない笑顔を私に向けて去っていく。私の心の揺らぎに気付かないで。

指輪を取り外す。これを、川に放り投げたらどうなるのだろうか、と夢想する。

でも、それは……、今一人ですることじゃない。「彼」が迎えに来てから吹っ切れた笑顔で成し遂げたい。

そう、「彼」は、映画「卒業」のシーンのごとく式場から私を連れ去っていくのではないか?

憧れの花嫁逃亡。

式の打ち合わせも、「彼」とだったらどれほどわくわくする計画になっただろう!

「彼」の趣味なら、もっととんでもない大仕掛けでもサマになっただろう!

と、上の空だった。でも、「彼」の役割はこの式を壊すことなのだ。

結婚相手は私の隣で、プランナーと私の顔を交互に伺いながら、無難な選択をしていく。

うん、もしーー私がいなくなったら、この美人のプランナーさんに慰められるうちに恋仲になればいいんじゃないかな。

お幸せにね。

……そして、結婚式当日。「彼」が迎えに来る気配はなかった。招待客の祝福ムードにかき消されたのかもしれない。

挙式前、挙式とライスシャワー、入場、再入場の間毎に写真を撮られて思った以上に慌ただしく過ごすことになった。

控え室でカラードレスを脱いで(脱がされて)、食事が運ばれてきて、ようやく一息つく。

「やっと落ち着いたね」

と、声がかかる。向かいの席には「旦那」がいた。その呼び方が一番しっくり来た。結婚相手は「彼」になることがないまま、「旦那」になっていた。

今日は……今日から、私の指にあるのは結婚指輪。石の無い指輪だけどそのシンプルさが美しい。

ふと、窓の外を見た。「元彼」が教会の門から「私」の手を引っ張って連れ出しているところが見えた。

私の服装はドレス姿ではなく「元彼」との最後のデートで着ていたのと同じものだ。

あの「私」は私の「未練」なんだろうな、とぼんやり思いながら心の中で小さく手を振った。

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