時計と笑顔
壁に時計をかけない主義なので、代わりにダリの曲がった時計の絵を壁に飾る。
少しは時間を気にしなくて良いゆったりした空気になるだろうか。
ダリは日本人ではないのだから「溶ける時計」という親父ギャグでこういった絵を描いていたわけではないだろう。
しかし時間を計測するかっちりした存在がだらしなくぐにゃっとしている世界観は、とても愉快だ。
思い起こすのは黒い就活スーツに身を包んだ美人のあの娘が僕に見せた、可愛いとは言えない奇妙な笑顔。
美人、というのは後から気付いた。それだけ僕はあの娘の変顔に一目惚れしたのだ。
気に入ってから更に相手が美人と気付いたから、得をした。
僕は喫茶店を営んでおり、リンゴパイ材料のリンゴを坂道で落とすという漫画チックなトラブルを起こし、
彼女は一つ拾ってくれただけであとはおかしな顔で爆笑していた。
水を飲ませて落ち着かせてから、彼女が就活中であるという話を聞いた。
……彼女が面接全部落ちて、うちにアルバイトのウエイトレスとして入って、
そうしてそうして……いつか、僕と夫婦で店を切り盛りしていく。
そんな妄想が浮かぶ。
「あっ、いけない!」
彼女はポケットからスマホ……ではなく懐中時計を取り出した。このずらし方も好ましい。
華奢な手にそぐわないゴツいデザインなのもいいね。
「もしかしてこれから面接だったり?」
親身になって一緒に心配してあげる。
「いえ、もうすぐ……彼氏と駅前のカフェでデートなんです」
彼女は非の打ち所の無い美しい微笑みを浮かべた。
僕の恋は、そこで終わった。
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