帰り支度

海 潤航

帰り支度

「今年はこのバラ達は、咲かないのかね」


「そうねー。残念だわ。他の花も元気がないね」


「もしかしたら、肥料が良くないのかもしれないな。明日ホームセンターの田中さんに聞いてみるよ」


老夫婦は、家の庭で静かに話し合っていた。





「博士、世界中から妙な報告が続々と入っています」


「ほう」


世界植物研究所の助手は博士に言った。


「世界中の植物の生育が、年々下がっているということです。やはり地球温暖化のせいでしょうか」


「それはあるまい。今の地球の大気の成分のうち二酸化炭素の割合は0.03%である。温暖化などと騒いでいるが0.04%程度になったと騒いでいるだけだ。植物にとって一番元気になれるのは、炭酸ガスが30から40%という結果が実験室では出ているんだ。今の地球上の植物たちにしてみれば、食糧不足で苦しんでいる状態である」


「そうなんですか。それなら何が原因なんでしょうか」


「さっぱり、わからん」


うーんと、博士と助手は考え込んでしまった。






「所長、最近星の瞬きが強くなってきたようなのですが、何が原因なんでしょうか」


日本天文台の研究員は所長と話している。


「そうだな、まあ星は無限といっていいほどあるし、宇宙の重力の変化も考えられるしな。それよりも、太陽光線に関して、僅かな揺らぎのようなものが観測されている。太陽の黒点のせいだと思われるがこっちの方が心配だな」





「いいか。ここは試験に出るぞ。光合成という働きをもう一度復習する。光合成とは光のエネルギーにより生物が二酸化炭素を同化して有機化合物を生成する過程だ」


講師はカツカツと黒板に要点と説明を書いた。


「地球の酸素を多く含む現在の空気は、光合成のおかげで出来たと考えられている。まったく植物は偉いよな。植物ってのは34億年も前にすで存在していたらしい。恐竜は2億万年前、人間にいたっては400万年くらい前だからすごい。明日試験だから、ここだけは覚えとけよ」





沖縄のとうもろこし畑で、兄弟が話している。


「兄貴、年々とうもろこしの収穫が、だんだん少しづつ落ちているよ。まあほんの少しだから、そんなに心配しなくていいと思うんだけど」


「そうだな。だけど不思議なのは、種をまいても芽が出てこないものが増えてきたのがわからないな」


「兄貴、大丈夫さー。この沖縄のきれいな自然が、俺たちを守ってくれるさ」


弟は大きく深呼吸をした。






植物たちは、感じていた。


太陽からの光と、はるかな星の光が伝えている事を。


植物は光だけで生きている。


動物たちにはわからないが、植物は地球上に誕生してきた時から、宇宙と交信し続けてきた。



光には不思議な性質がある。それは光は波であると同時に粒子なのだ。その理由を人間は永久にわからないだろう。


光の波は植物が生きるために必要な力を、光の粒子は宇宙と連絡する為に使われている。


そして光は、ビックバン以来、宇宙中に広がっていき、宇宙意思を植物たちに届け続けていたのだ。



地球は消滅してしまう。


宇宙に戻る準備をしなさい。



動物種には感じ取れない通信手段で、伝えてきている。


燦々と降り注ぐ太陽光線


きらめく天空の星の光


それらの通信を、葉を広げ花を咲かせながら植物たちは受信していた。



その通信の始まりは、100年ほど前からだろうか。少しづつ、途切れ途切れだが確実に伝わっていく。そして、地球上の全植物は出発の為の準備を始めだした。宇宙を旅できる頑丈な種子となって、地球が滅亡する時を待っているのだ。


あと50年か100年後かわからないが、地球は滅亡する。


隕石か太陽の黒点のせいかわからないが、宇宙意思は宇宙生物である地球の植物たちに、未来を伝えていたのだ。しかし地球上の動物たちはその事を知らない。





公園のサクラの下で、幼稚園児たちは騒いでいる。


突然風が吹き、花びらが園児たちの頭上を舞う。


「先生、花びらは何故散るの」


ちいさな女の子が先生に尋ねる。


「そうねー、この花びらはみんなに何か話しかけようとしているかもしれないわね」


先生はニコニコしながら答えた。




風に舞った1枚のサクラの花びらが、小さな女の子の額に張り付いた。


「あれっ先生、この花びら、さようならって言ってるよ」


そう先生に言おうとしたが、先生は帰り支度のためみんなのほうに歩いていっていた。


「サクラさん、さようなら」


小さな女の子も先生のほうへ駆け出した。


少女の額に張り付いていた花びらは額から剥がれ、再び空に舞い上がっていった。



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