花言葉

夏艸 春賀

朗読台本

 俺は君の事が好きだ。

 肩より少し長い艶のある黒髪に気の強そうな目付きで整った顔、高嶺たかねの花と言うなら確実に君だろう。冷たい印象から一転いってん、話しかけると良く通る心地の良い声と人懐っこい笑顔で答えてくれた。その笑顔のとりこになった。

 高校一年の春に恋だと自覚してから目で追う様になり、夏休みの前に告白すると見事に玉砕ぎょくさい。それでも諦めきれなかった俺は何とか携帯の番号を聞き出した。休みの間、一緒に勉強しようだとか、二人で遊びたいだとか、毎日の様に連絡しても結局二人きりで過ごせたのは夏休み最後の日だけ。

 秋と冬も色々とイベントごとに誘いをかけてはみるものの困った様な笑顔で断る君ばかりで、成功率はかなり低かった。二年になっても三年になっても同じ。二人きりで過ごせる日付も内容も同じだった。

卒業式の当日、俺はもう一度告白すると君はほんの少し躊躇ためらった後、常々つねづね見ていた困った様な笑顔で言った。


「良いわ。貴方と恋人になるから。だから……全く、泣かないでよ、もう」


 素っ気なかった君の了承の言葉に思わず俺は涙腺が弛んだらしい。決壊したダムの様に涙が止まらない。そんな俺を見る君の笑顔は、もう困ってはいなかった。




 君と付き合う様になってから一年でほぼ同棲状態となっていた。

 正しくは、実家暮らしだった俺が一人暮らしの君の家に転がり込み、今日だけだから、明日は部屋探すからとダラダラ居座り続けた結果なのだが。

 一緒に過ごし始めて約半年、木枯らしが吹いて寒くなり始めた頃から、部屋の片隅にスノードロップの鉢植えが置かれていた。花の少ない冬場に白く可愛らしい花を見せてくれるその鉢植えを、俺は大事にしていた。


「貴方、その子と付き合ってるみたいよ?」


 なんて言いながら笑う君は、一年前より大人びて。何処か吹っ切れた様にも見えた。出逢った頃よりも綺麗になっていた。




 それからまた一年。同棲状態になった頃から毎朝君の淹れた珈琲で目覚める。俺が淹れた物よりも数段に美味い。何かコツがあるのかと尋ねてみた。


「秘密の隠し味を入れてるもの。貴方にしか効かないの」


 なんて言いながら頬を染めていた。所謂いわゆる愛情と言うもののたぐいだと思った。

 そんなある日、俺はバイト中に倒れた。原因は睡眠不足。最近は夢見が悪く、寝付いても直ぐに起きてしまう事が増えていた所為だろう。この日から俺はバイトを休みがちになっていった。

 夜中にうなされているのを聞いた事があると君は言う。起きるとどんな夢を見ていたのか、直ぐに忘れてしまうけれど。兎に角バイト先には迷惑が掛かってしまうからと辞めざるを得なくなる程の睡魔と虚無感に襲われる事が多くなった。

 ふと目に付いた鉢植え。その小さな鉢植えの小さな白い花は、去年見たより綺麗に見えた。


 それから二年。

 珈琲を飲む回数が増える代わりに、俺の体調は良い時の方が少なくなっていた。それでも入院する程では無いだろうと、君の部屋で一人在宅仕事をしていた。

 君は日に日に綺麗になっていった。まるで俺の生気でも吸い取っているかの様に。夢見が悪いのも相変わらず。寝ないで過ごす日も多くなった。

 ある日。俺は仕事の最中に瞼を閉じるとそのまま寝入ってしまった。

 ああ、又あの夢を見てしまうのか。あの夢。━━そう、君が笑って俺の首をゆるゆると絞める夢。そして最後に必ずこう言う。


『アンタ、しぶといわね……もう二年よ。いい加減「逝けば良いのに』」


 息苦しさに目を開く。

 夢と、現実が、重なる。君が、今まで見たどんな笑顔よりも綺麗な顔で、俺の息の根を止めていた。

 スノードロップが咲いている。そう言えば鉢植えが置かれた頃に一度調べた事がある。花言葉は────……




【あなたの死を望んでいます】





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花言葉 夏艸 春賀 @jps_cy729

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る