第10話 マッドサイエンティスト
ハカセはそこそこのおっさんだった。
分厚い科学図鑑のあいだにファッション誌を隠しながら俺の目の前を通りすぎようとしている。
てか、なぜファッション誌だとわかったか? それは図鑑の上からおもいっきりタイトルがハミっていたからだ。
ファッション誌とサイズがかなり違うために図鑑で隠してるはずの本はヤリすぎホットドッグのように飛びだしていた。
俺が盗み見た表紙のタイトル『メンズサイエンス』。
なかなかシャレた雑誌を読んでるじゃねーか!!
表紙の下にもいくつか短めの文章がある。
【理科を理解せよ】……だと。
こ、これも小比井の仕業なのか? 俺はつぎのコピーにも視線を向けた。
【目指せ!! ワンランク上のマッドサイエンティスト】
そこにつづく言葉もある、【ちょいワル博士へステップアップ】
な、なにぃ!?
“ちょいワル”だと、こ、この言葉まだ息があったのか? い、いや、これは志後さんの仕事だ。
や、やつら6-4-3のダブルプレーか!!
ハカセはやっと寮長に気づいたようだった。
「あっ寮長くん。これ見てよ」
寮長くん? もう寮長って名前が「寮長」になってんのか? ハカセは図鑑を道端に――どーん。と放り捨てると雑誌を広げて見せた。
ず、図鑑をぶん投げた。
カモフラージュする気もなくなったか? ふだんは難しい本読んでますアピールはもういいってことか。
ほんとはイケてる雑誌読んでるのバレるてるけど。
「これこれ。今月の読者博士に載ったんだよ」
ど、読者博士だと!?
読モ的なやつか。
俺も脇から雑誌をチラっとのぞき、ハカセの黒く
”
「これハカセなの?」
「そうそう。ついにやったよ。長年の努力がついに実ったんだよ」
ハカセは『メンズサイエンス』の裏に挟んであったクリアファイルをとった。
ファイルの中にはノートの切れ端があってそこには何重にも丸で囲まれたメモがあった。
■本格的マッド感の出しかた。
・白衣にケチャップ落としその周りに
・さらに隠し味で墨汁を一滴、これが“ドス”さの秘訣。
ほほ~墨汁をたすことでドス黒くなるのか? この裏技ってふつうは知らないな。
ハカセがマッドを目指すための努力が垣間見えた。
「たくさん研究したからね!!」
ハカセは寮長にメモをかざしたあとに雑誌の中の自分を指さした。
ダメージ白衣をはおったハカセがポーズをとっていた。
そこに編集者の一言コメントも添えられている。
「編集者コメント:マッドに憧れる中二ハカセ
中二ハカセってマッドサイエンティストに憧れる中二病のことか? だが、俺は満面の笑みを浮かべたハカセよりも心を持っていかれたのは右ページそのものだった。
憧れのマッドサイエンティストトップ
かなりバイブスがヤベー
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・返り血白衣 3980円
・ヒビ入りフラスコ 5本セット SALE 1980円
※主人公と争ったダメージを完全再現!!
当店だからできる緻密なヒビをぜひあなたの手でおたしかめください。
・ヴィンテージ フラスコ 1本 2万5000円
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さ、さすがは、ヴィンテージちょー高けー!!
プロにしか違いはわからないんだろうな? 持ったときのグリップ感が違うのかもしれない。
あるいは俺のような素人でも新しい物質を生みだせるとか?
さらに、もうひとつ注意書きがある。
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※ヴィンテージだからだせる実験結果。
ふつうのフラスコとは結果が違います。
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な、な、なんと!?
ヴィンテージと一般フラスコとで結果が違うのか、違ったらダメだろ!!
ギターじゃねーんだし。
理科の授業どうすんだよ? 製薬会社とかヤベーだろ。
俺が物品を満喫し終わったところでハカセはつぎのページをめくった。
おっ!?
特集記事も気になる。
そこには動画サイトにアップされた謎の動画を静止画にしたものがレイアウトされていた。
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『ついに発見!!!! この漆黒の液体を見よ』
十年間洗わずに薬品をつぎ足しつぎ足ししてきた幻のアンティークフラスコが発見される。
有名動画サイトで総再生回数2000000000000を突破。
――これ実在してたんだ。のコメントも続々。
再生回数を抜かれた有名アーティストも「黒い液体で僕が真っ青。新しい科学反応だね」とコメントを残すほど話題の動画だ。
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も、もはや冥界と通がってんじゃね!?
いずれホムンクルスの領域いきそうだな。
「ハカセは“ブルータスお前もか?”ってペンネームで論文を書いてて『マラソン大会で、一緒に走ろうねっていいながら、人はなぜこうも簡単に友を裏切るのか?』ってのが有名なんだよ」
寮長が情報をくれた。
「超納得!! さすがハカセ」
初対面でハカセと呼び捨てにしてしまったけど、ハカセは照れつつも会釈してくれた。
「ハカセ。紹介しておくね。今日から寮に入る朝比奈くん」
「あっ、どうも朝比奈です。よろしくお願いします」
「ど、どうも」
腰の低い良い人だ。
「最近の著書なら『洋画の科学者は意外と武闘派』って本も五万部売れてるんだよ」
ス、スマッシュヒットしてる!!
なにげにベストセラー。
小比井よりはできる人間だ間違いなく。
「それも納得です!!」
「頑張ってたもんね。ハカセ?」
寮長のほうが誇らしげだった。
「えっ、へへ」
ハカセがまた照れ笑いしてる。
いや~控えめな人だ。
「ハカセの最終目標はバッチバチに火花散る研究所で最後のボタンを押すことだからね」
「マジっすか?」
か、完璧なマッドサイエンティストじゃねーか!?
さ、最後のボタンって……。
崩壊していく研究所で高笑いしながら爆発してくあのシーンを目指してるのか……けどハカセの心は優しそうだ……高笑いできるかな~?
でもハカセのよくわからん破滅の美学が見えた。
――おまえは本当にマッドでいいのか? なぜ
――けど……。
――おまえならできる
――でも……。
――”けど”も”でも”もない。男なら目指すんだ!! マッドじゃなく。バッドサイエンティストを!!
――はい。師匠ぉ!!
――MADのMよりもBADのBのほうが並びは上だ!! 目指せぇぇバッド!ォォ!
――はい。師匠!!
「こんな声が薄っすい壁の家からよく聞こえてたな~」
師匠って誰? 寮長はしみじみ思いを馳せてるけど、家の造りを軽くディスっていた。
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