第30話 森の中

「次々と、追い込みが掛かると思っていましたが、そうでもないようですね」


 2回目の通信もうまくいった、新規プロトコルのダウンロードは再開され、これが完了するまで見逃してくれれば万々歳なのだが。


「お久しぶりでございます、牛若様」


 そこに、会いたくて会いたくない客人が現れた。


「ほう、忠信覚悟は出来たようだな」


 牛若はさらりと抜刀する。それに対し、現れた忠信さんと吉野さんはどちらも非武装、と言うか覚悟を示した白装束であった。頬は少しやつれている、離れたのはたった数日だが、費やした苦悩の時間を感じ取れた。


「覚悟でございますか、それならば等の昔から済まして在ります」

「ほう?それ程以前から裏切っておったと?」

「いえ、私がこの計画を伊勢様より伺ったのは、こちらへ出立する少し前でございます」

「何?では何のことだ?」

「私が、牛若様に忠義を示したのは、私が貴方様に出会った時からでございます。人々から天才だと忌み嫌われ、特別扱いと言う名のしいたげを受けてなお、寸とも揺るがぬ高潔な魂に出会った時から、私の命は貴方様の為に使うと決めておりました」

「…………、主殿こやつは何を言っておるので?」


 シリアス全開で、思いの丈をぶつけてくる忠信さんに本気で困惑する牛若、駄目だこいつ早く何とかしないと。

 まぁぶっちゃけ一目惚れの類の話に、武士の忠義が加わって、色々とこじれていると思うが、それは俺が言う事ではないだろう。


「うぅむ……よく分からんが、分かった。それはそれでよい、ではなぜ裏切った!」


 あっ、こいつ訳分からんまま、強引に話を進めやがった!とは思うがそれは俺もぜひ聞きたい話だ。

牛若を裏切るだけでなく、大勢の罪なき犠牲者を出してまで、なぜ彼は裏切りの道を選んだのか。それは、この世界の住人として聞く義務と権利がある話だ。


「……、勿論包み隠さずお教えいたします。私がその事に気が付いたのはこの吉野のおかげです」


 そう言われた吉野さんは静かに首を垂れる。


「彼女がデータを整理していて気が付いたのです。牛若様もご存知の通り我々の星は酷い状況にあります。えぇ、こちらの世界に来て改めて認識いたしました。大気は濁り、川は枯れ、海は腐る、どれもこれも我ら人間が招いた結果です。

 真一様、こちらの世界でも公害問題が世の話題になった時代があったと聞き及んでおります」

「あぁ、時代があったと言うか、現代進行形の話だよ。日本は落ち着いたが、隣の国では絶好調で増大中だ」

「はい、文明の進歩とはそう言ったものです。ですが、こちらの世界では環境悪化にブレーキを掛けることが出来た、では出来なかったら?若しくは環境を復元することに技術を発揮するのではなく、悪化した世界でも生存していくことに技術を発揮する世界で有ったら?」


 ……それはあれだ、SF映画で見るようなスチームパンクの世界だろうか。常に強酸性雨が降り注ぎ、有毒ガスで汚染された大気がまん延するような。牛若達の世界はそんな世界なのだ。


「現在、御屋形様は必至で環境浄化に取り組んでおられます、ですが、吉野の試算では人類が生存している間に晴れの日を見ることは敵いません」

「忠信さん、あんたはそんな世界に絶望したってのか?」

「それも、勿論ございます。ですが、その試算の奥にはもっと恐ろしい結果が隠れていたのです」



 焼け野原となった博多の街、そこでは平家の協力もあり、再建が急ピッチで進められた。そこでは、この世界の住人からすれば、魔法と見間違うようなテクノロジーがお披露目されていた。船と見間違うような巨大なドローンが音も無く上空を横切ったと思えば、そこから蜂の巣をつついたように、小型のドローンが飛び出していき、瓦礫の山のあちこちに飛び込んでいき、被災者の遺体を発見していく。

 それが終われば、地上では巨大な重機が瓦礫の山を瞬く間に崩し、気が付けば整地まで終わっていると言う始末。


 医療の力は言うまでもない、被災者はついでとばかりに、それまであった持病すらまとめてきれいさっぱり治されて帰っていく。噂を聞きつけた慮外者が無料で治療してもらえると思いこっそりと紛れ込むことも多々あった。もっともそれらの人間は例外なく叩き出されていて、異常と言える識別能力もアピールすることとなっていた。

 政府の試算では、瓦礫の撤去が完了するまで数年はかかると言われていたが、1週間も掛からずに完了してしまった。





「改めまして、今回はご協力いただき誠に感謝申し上げます」


 全被災者の遺体の回収と整地が終了した記念に。政府首脳と平知盛の共同会見が多数の記者を招いて大々的に行われた日の夜。総理大臣と副総理は改めて平家の旗艦を訪れていた。


「なに、儂らの世界のモンが掛けた災厄の尻拭いですわ。こっちこそ、大きな迷惑をかけてしまってからに、改めて追悼の意を表意させて頂きます」


「いえいえ、そうおっしゃって頂ければ、何よりご遺族の方のお慰めになるかと思います」

「まぁうち等の世界でも、義を見てせざるは勇無きなりっち言葉はありましてな、精々が出来る事を、出来るもんがやっただけですわ」

「それが、我々の技術では困難な事でしたので、皆さまの御力で数多くの貴い命が救われました」


 知盛は、退屈な会話におくびも見せず、話を合わせて繋いでいく。何を言いたいのか、何を探りたいのか、何を引き出したいのか、手に取る様に分かる。まぁそれはお互い様だろう。

 まったく権力者と言うのは、世界を跨いだとしても変わりない。責任と利益の間に挟まれた生き物だ。もちろん、自分も含めてだが。


「それで、今後の事なのですが」


 長い時候の挨拶が終わり、本題に入る。昼の会見では『復興のための全面的な支援は怠らない』と言ったのでそれを詰める話だろう。


「えぇ、勿論。全面的な支援をお約束しますよ」

「それが、お恥ずかしい事に、私たちの貧困な想像力では、その全面的と言うビジョンが今一見えてこないのですよ」

「そうですか。そちらが都市計画の地図を一枚下されば、寸分たがわず、それ以上のものを作って見せますよ」


 誇張は無い。そんな事、ごく簡単な事だ。ただまぁ聞きたいのはそこじゃないだろう。『只より高い物はない』と言う言葉は両の世界で共通のようだから。


「それはもう」

「もうやめようや、総理。ここにはデマを生きがいとしているマスコミ連中もはいっちゃいねぇ。そうだろ?知盛さん」

「あぁ、勿論。情報屋に手を焼くことも共通のわずらわしさのようじゃね」

「そう言う事。ここからは腹割ってはなしましょう、幸いあちらさんもそっちのが好きらしい」

「あぁ、余計な言葉は時間の無駄じゃ、切り出してくれて助かるよ」


 こうして、話し合いが正式に始まった。


「そんじゃ、単刀直入に聞くが、そちらは何処まで噛んでるんだ?」


 さん、と首相が少し青ざめて副総理を問いただす。成るほど、予定より強めに突っ込んだらしい。中々いいと、知盛は思う。当てずっぽうや勘が半分以上だろうが、なかなかどうして思い切りが良い。少し清盛(おやじ)と似たタイプだ、だがまぁ親父に比べれば貫目が足りてない。

 その問いに、知盛は口角を上げこう答えた。


「それを聞いてどうするんじゃ?今外に出しとる発表が、ウチの今の立場じゃ」

「あぁ、そうだろうがよ。それでも、あまりにもタイミングが良すぎたもんで下種の勘繰りってやつだ」


 知盛さん申し訳ない。と首相は口先こそ誤っているものの。その目は既に冷静さを取り戻している。狸めと、知盛は思う。計算に多少違いは出たものの、姿勢は変えずそのまま突っ込むことに決めたようだ。2人足せば親父の足元には及ぶかもしれん、いやソレは考えすぎかと自重する。最近、自分にここまで突っ込んで聞いて来る敵は久しいので、どうやら自分も少し舞い上がっているようだ。


 彼にとって、いや平家の住人にとって平清盛と言う存在は狂信に値する存在だ。勿論時には反論もする、知盛などは口論などしょっちゅうだ。だが、そんな次元とは違う高みで彼は清盛に命を預けている。


「はっ、知るかいよ。儂らは儂らが出来る最速で救援に来たに過ぎない、それだけよ」


 そう、救援だ、救援の計画なのだ。


「そいつは、感謝するぜ。じゃぁ話を進めよう。我々としてその救援を何時までも唯で受け取るには少々心苦しいんだ、あんたたちは何を望んでるんだ?」

「何も?といいたいとこじゃが、折角の問いじゃ、希望を述べよう。そうじゃな、博多の整備が終わるまでの間、儂らの住民が暮らす土地がほしい、と言った所か。流石にこの船だけじゃ手狭になってきてのう」

「ほう、あんた一日でこれをおったてて自由に住んでるじゃねぇか、ドンドン作ってくのはどうだ?」


 海は、グレーだが、陸は認めないと言う事か。まぁ当然だ。領海の占拠と国土の占拠ではインパクトが違う。だが、知った事ではない。なにせ……。


「いやいや、それじゃ、そちらに迷惑が掛かる。それでは、博多湾が船で埋まってしまう」

「なんだと?」

「最終的に、うち等が用意する人手は関係者含めて数十万に達するといっとんじゃ」

「不可能だ!それだけの人間を新たに迎え入れる余裕はわが国にはない!」

「かかか、大丈夫じゃ。土地なら仰山あまっちょる、そうさな例えば、おい!資料もってこい」


 知盛が声を掛けると、隣室から出て来たのは何時もの秘書長でなく、くたびれた中年男性であった。


「……あんたは」

「はは、お久しぶりでございます。私この度正式に平家に鞍替えをしました、伊勢義盛(いせよしもり)と申します」


 彼は、いつもの様に、そう弱弱しく挨拶をしたのであった。





「おう、ご苦労さん。そうじゃな、こいつとあんた等は馴染みじゃったな、無駄な紹介が省けてえぇわ。じゃぁ無駄でない紹介でもしとくとするが。

 こいつはな、ずっと前から儂ら平家のもんじゃ。所謂スパイっちゅー訳じゃの、こいつが源氏の計画を知らせてくれたおかげで救援に来れたんじゃ」


 その言葉に伊勢は微かにうなずき、資料を机に並べる。


「こちらが、日本国内の無人地帯です、土地の大きさでいえば北海道に勝るところはございませんが、陸続きの場所に大量の余所者が流入しては、要らぬいさかいが生じましょう、ですので私は、こちらをお勧めいたします」


 予想外の人物の登場に首相たちが口を挟めずにいる間、伊勢が指し示した場所は。


「瀬戸内海?」

「ああそうじゃ、ここら辺の無人島を纏めて買い占める、それでどうじゃ?」

「買い占めるっていっても、この島を全部合わせてもとてもそんな大人数が暮らしていける訳はないぜ。難民キャンプでも作るってなら話は別だがね」

「かかっ、難民キャンプとは言い例えじゃ。じゃが儂らもそんな窮屈な暮らしをするつもりはない、そんな事しとけばいずれ不満が出るに決まっとるしな。

 なぁ、あんたらも儂らの土木技術はここ最近いやっちゅーほどみたじゃろ?じゃが、儂らの能力はあんなもんじゃない。儂らの計画ではここに広大な土地を作る予定じゃ」

「埋め立てるつもりか?」

「いいや、そうじゃない。そうしたら環境が激変してしまう。そこを最小限に抑えるために、儂らは島自体を土台に柱を立ち上げ、空中大陸を作る予定じゃ」


 大陸は大きく出過ぎじゃがな、と知盛は笑う。


「そんな、あり得ない」

「何がじゃ?儂らなら出来る事を出来ると、言っちょるだけじゃ。国内法の問題か?それなら変えればいい、民意の問題か?それならば餌をぶら下げればいい」

「餌?」

「おうとも。儂らも海賊じゃない、そんな事を唯でよこせとは言わん。そうさな、伊勢よお前が出した利益はなんじゃったか?」

「そうですね、大小いろいろありますが、大きいのは核融合技術ですかね」

「ははっ!」


 知盛の笑みに、総理らは押し黙る。彼らは国益の為に源氏の行動に目を瞑る約束をしていたのだ。


「伊勢がそうなら、儂は手付金に海底資源採取技術でもやろうかの。この国の庭先には幾らでも資源が埋まっちょろう。これさえあれば一気に資源国じゃ」

「ばかな、そんな事をしたら各国が黙っちゃいない!」

「かかっ!そしたらどうなる?軍事力で脅してくるか?最終兵器が高々核兵器の国がか?そんなもんからは余裕で守っちゃる。食糧輸入が途絶えるか?長くても1年我慢してもらえれば溢れんばかりの食物を机に積み上げよう。エネルギーが途絶えるか?今すぐに途絶えても満足いく暮らしを約束しよう」

「……なんだ、あんたらの目標は何なんだ?そうやって技術の高みから我々を笑いに来たのか?」

「いや違う、断じて違う。正直に言おう。先ほど難民キャンプと言う単語が出たが、アレは正鵠を得ている。そうじゃな、儂らの星は――」



「――私たちの星の寿命が近いのです」

「…………は?」


 星の寿命?そんなはずはない、高々人間程度がいくら世界を汚そうと、精々、今の生態系の大部分が絶滅する程度。それでも地球は元気に回るはずだ。


「真一様は医学の徒で有らせられるようですので常在菌の働きはご存知でしょうか」

「まぁ医学は医学でも獣医の方だけど……って常在菌が重篤な病気を防いでるって話か?」

「さようでございます。では星が罹る病気とは?」

「そんなもん、俺は地質学者じゃ……GEN?」

「我々の計算では」


 星の病気?星の病気?それならば説明がつくと言うのか?そんなもん想像が出来ん。だが、忠信さんの目は本気だ。それに冗談半分であれほどの事をしでかすような人ではないだろう。じゃあ彼はその病にかかった星から逃げ出す――

 気が付いた、何故平家が現れたのか、彼らは。自分たちの世界を捨て、こちらの世界に移住するためにやって来たのだ。


「話は終わりか?忠信」

「はい、終わりでございます。私の首級を平にお届けください、悪いようには扱わない契約です」

「はっ!貴様の首級が判子替わりか!あの男のやりそうな陰湿な手口よ」


 そう言って、牛若は――


「ちょっ――」


 俺が止める間もなく、太刀を一閃した。


 はらりと髪が落ち、血が流れる。


 忠信さんは、立ち尽くす。


 血が、ダラダラと。


「牛若様、何故」


 忠信さんは、右耳があったはずの場所から血を流しつつ、立ち尽くしていた。


「貴様がやった事に比べれば大甘だがな。忠信、貴様出家せよ、右の髪とついでに耳は某が丸めておいた、残りは貴様が剃髪しろ。そして貴様の起こした罪と貴様が殺めた者たちを弔うまで決して死ぬことは許さん」


 牛若にそう言われると、忠信さんはがくりと膝を落とし、嗚咽を上げた。

吉野さんは只々黙って頭を下げ続けていた。

 その声(おもい)は風に紛れて、静かに森の中に運ばれていった。

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