第16話 途中休憩

「義仲様!レプリカさん達が!」

「くっ!図ったな小娘!」


 1000m程離れた場所で雷が落ちたような音が響く。牛若様が片手間であしらえる相手ではないにしても。レプリカさん達をフリーにしておいたのは失策だった。


 動揺した隙を突き、牛若は義仲を蹴り飛ばし、その反動で太刀の柄尻を巴に叩き込み包囲を抜ける。


「図ったなだと?図るに決まっておるだろうこの間抜け」


 前髪が汗で張り付いた額を拭いつつ、嘲笑ついでに息を整える。目立つ傷こそないものの、手練れ2人を自分に集中させる立ち回りをこなしてきたのは、少女の体力を削ぐのに十分な戦いだった。


「複製品どもはこれで使い物にならん。貴様はともかく巴のことは評価しているのでな、頭が空っぽな木偶とは言え、あれだけ数がいたのでは目障りだ、早々に処理させてもらった。

 形勢逆転だな、これで3対2だ」


「否定でございます」

「ん?どうした弁慶」


 北で仕掛けをした弁慶より通信が入る。


「増援でございます。その数確認できただけで60、こちらを包囲する形で接近中でございます」

「ふむ」


 眼前に、立ち上がった敵2体。そして先ほど仕掛けた数の3倍の敵が増援としてくると言う。それ程の転移を一度で行えたクソ虫の持つ八正が気になるが……。

 

牛若は、両腰に手をやりしばし頭を傾げる。


「よし、取りあえず逃げるぞ弁慶。仕切り直しだ」

「逃がすか下郎!」

「やかましい、ボウフラ」


 腰から戻した牛若の両手には拳銃が握られており、義仲と巴の顔面に照準が合わさっていた。

 マズルフラッシュが煌めき銃声が鳴り響く。しかし、不意を突いたその銃撃は、二人の眼前で見えない壁に阻まれていた。


「そう何度も食らいません!」


 障壁を展開した巴がそう叫ぶ。


「まぁそうなるな」


 牛若の足元で爆発が起こる。後方からの砲撃とみられるそれは、大量の茶色い土煙と白煙を眼前の2人へ投げ付けた。





 白煙に特殊な成分が含まれていたようで、障壁が白く濁って視界がそがれてしまう。そこを的に、弁慶さんの後方支援射撃が叩き込まれ足止めされているうちに、まんまと牛若様に逃げられてしまった。

 剣術を主とした正直なスタイルの義仲様と、速度に優れた万能型で、戦いを有利に進めるためには何でもやるスタイルでは、戦いの相性が悪い。私も力任せの戦闘スタイルなので、牛若様の小細工に翻弄されてしまう。

 私一人だったら小細工ごと力技でぶち抜く手もあるが、牛若様はそれも承知なので義仲様を盾にするような戦いをする。

 まぁ義仲様が劣っている訳ではなく、私達と牛若様の相性の問題だ。


「くそ、あの小娘はどこに行った」

「南下いたしました、あそこに見える建築物あたりに逃げ込んだのかと」


 川沿いに二つの塔を備えた西洋風の建築物が見て取れる。海の様な青い屋根と、大地の温かみを感じさせる赤い煉瓦で彩られた重厚な建物だ、宿泊施設だろうか。


「おのれ下種めが、罪なき民草を人質に場を凌ぐつもりか」

「そのようですね。あそこには人間が大勢いるようです。この人数では、ステルス処理し

たとしても、あそこに行っただけで騒ぎになる恐れがあります」


 まぁ、私たちの世界ではないので、現地人が騒ごうがどうしようが関係ないのだが……。


「ふっ、ならば決まっておろう。正々堂々我らの全力を叩きつけてやる!」


 中隊規模で3人を襲うのに、正々堂々もなにも無いのではないかと思いもしたが。そこはそれ、つい今しがたその3人に私たちの小隊が壊滅させられたのだ。これも戦場の習い、上から目線の後悔は勝利した後で幾らでもすればいい。今は気を抜かず事に当るのみだ。





「いやしかし、純粋に凄いな。なんだあの数は」

「あの複製品たちの中身はお粗末な物です、それにより転移にかかるコストを削減しているのではないでしょうか」

「それだと、例の100倍八正でも転移できるのか?いや実際に出来ているのだからそうなのだな。そうなるとますます気になるな、奴の首を切り落としたら機能が停止すると言う仕組みではないとよいが」


 ここはHTB、佐世保の片隅にあるヨーロッパの街並みを再現したテーマパークだ。初夏の力強い風が園内そこかしこに植えられた花の香りと子供たちのはしゃぎ声を運んでくる。 

 現在位置はその片隅の森の中、うじゃうじゃ湧いて来たアンドロイド軍団から逃れる形でここまでやって来た。

 しかしあれだ、いくら美人さんと言え。あれだけ大量にしかも無表情で迫って来られると、恐怖感しかわかない。

 隣で交わされる物騒な会話を聞き流しつつ、ずっと弁慶さんにしがみついていて、痛んだ腰を伸ばしながらそんな事を考えていると、伊勢さんが話しかけて来た。


「真一さんは、なかなか肝が据わってらっしゃいますね」


 伊勢さんの恰好は、黒の鎧姿。牛若のものよりシンプルで必要最小限と言った感じだ。


「いや俺は、ただぼーっとしてただけですよ。伊勢さんは何か出たり消えたりしてましたけど、あれって鎧の力とかなんですか?継信さんの鎧が火を放つみたいな」


 牛若の、『某が囮になるから木偶を減らせ』と言う極めてファジーな命令に従い、色々と暗躍したらしい伊勢さんにそう尋ねる。らしいと言うのは、このステルス無効ゴーグルを付けていても伊勢さんがその気になってくれないと、その姿が確認できなかったからだ。


「いえいえ、この鎧は標準仕様のものを軽量化しただけです。姿が消えたように見えたのは唯の体術ですよ」


 などと、何でも無い事の様にさらっとのたまうこのおじさん。科学の目を誤魔化す忍術って所なのだろうか、理解はできないが納得は出来るのでそれで良しとする。


「で、どうすんだ牛若」


 十数体のアンドロイドを封じられたものの、その3倍のおかわりが追加された。不意打ちとしてはいい戦果と言えなくもないが、以前として不利な状況には変わりない。


「まぁ基本は同じです」


 弁慶との会話を切り上げ、何ともなさそうに牛若はそう言った。


「こちらは寡兵ですからね。精々かき乱してやるだけです」

「かき乱すって、そう簡単に言うが。不意打ちを打ったばかりだぞ、警戒されているだろ」

「なに、敵の大半は案山子ばかりです。その様な組織において警戒を強めることはかえって動きが鈍くなるものです」

「でも、反応が鈍いだけで、攻撃力自体はオリジナルの巴さんとそう劣らないんだろ?」

「はい、ですから当たらなければよいだけの話です」


 おおぅ、なんだこいつの発言は。3倍速い人か何かか。


「けど、俺はここらで遠慮しとくぜ。流石にこれ以上一緒にいたら足手纏いが過ぎる」


 で、問題はどうやってここから逃げるかだ。こっちの世界のAIレベルですら顔認識はそこそこやってのける。俺一人で包囲を突っ切れるか、若しくはどこかに隠れているか。なんにしても牛若達の邪魔にならないようにしなければ。


「まぁそれなら大丈夫だとおもいますよ。あのクソ雑魚ナメクジは無駄に潔癖症ですからね、非戦闘員を巻き込む戦いはしないとの噂です」

「俺を見つけてもスルーしてくれるって事か?いくらなんでもそりゃ間抜けすぎだろ」

「いえ、正確には巻き込まないと言った所でしょうか。某が何故このような人気の多い場所に逃げ込んできたのだとお思いですか?」

「……人間の盾?」

「はっはっは、あながち間違いでもございませんが、正確には違います」

「いやいやそこは明確に否定しとけよ」

「そうですね――」


 と、牛若が言葉を続けようとした時に、景色が歪む。もうすっかり慣れてしまったこの感触は――


「八正空間!」


 主殿が答え終わるのと、空間が展開し終わるのは同時だった。その後、我らを囲むように奴らが展開する。ふむ、少々読みが外れたか。


「はっはっは!どうした小娘!こんな所で縮こまって!観念して首を垂れる気になったか!」

「そんな事はどうでもいい。それより貴様、主殿も招待してくれたのだな。随分と気前が良いじゃないか」

「ん?なんだ、そこの小僧もついて来たのか。貴様らしか招待した覚えはなかったのだがな。まぁこの八正は高出力と言う話だし、細かい調整が聞かぬのもしょうがありまい」

「……まぁ、主殿に凱旋の姿を見せるか、勝利の瞬間を見せるかの違いだ大した違いではあるまいよ」


 本来、八正は虚数次元に引きこもるGENを引きずり出す為に開発されたものだ。八正空間を展開すれば、GENは強制的に巻き込むことは出来るが、それ以外の同行者は展開者が任意で設定できる。

 また、展開者以外の八正所持者も、すでに展開している空間に自由に出入り出来る事は確認されている。

 そうでなかったら、あのゴミ虫1人を拉致して3人で一方的に凹るのが手っ取り早かったのだが。

 

 牛若は柄も無く頭を使いすぎだ、とばかりにコキコキと首を鳴らし義仲に確認する。


「ところで貴様、さっきから八正、八正と煩いがそのご自慢の八正とやらは何処にしまっているのだ?」

「はっ、はは、はっはっはっは!馬鹿め!貴様の目は節穴か!」


 義仲はそう言い、煌めく鎧を纏った胸を張り大笑いする。


「なんだと?」


 牛若が怪訝な顔をしてそう言った時。


「申し訳ございません牛若様。反応が大きすぎて特定が絞れませんでしたが、今の言葉で分かりました」

「ほう」

「義仲様が纏っている大鎧の胸部装甲、あれ全てが演算装置八正でございます」

「…………このクソ虫が!貴様なぜ先にそれを言わん!散々攻撃を当ててしまったではないか!」


 牛若の理不尽な激昂に焦りつつも、義仲は切り返す。


「やっ、喧しい!なぜ私が懇切丁寧に貴様に説明してやらねばならぬ!そんな事よりもこれで我々の技術力が分かっただろう。もはや源平の世ではない、これからはこの私が世界を導くのだ!」


 戯けが、使い捨ての駒だと言うのは承知だろうに。いや本気でそう思い込んでしまっているのかもしれん、馬鹿だからな。

 それにしても、技術屋でないのでアレの真価は分からぬが、回収するは必至。まぁ源氏の備品と言う訳でないので、叩き切ってしまっても、ネジの一本でも持ち帰れれば兄上のお役に立てるだろう。


「それでは、主殿多少予定が変わりました。最後までお付き合い――おや?」


 取りあえず聞きたいことは聞いたので、主殿の方を横目で見ると、弁慶に抱きかかえられ眠っておられた。いやはや全く肝の太いお方だ、この牛若も見習いたいものである。


「……おい、小娘。貴様の主とやらはこちらの世界の住人なのだよな、こちらの世界の住人は寝ると光るのか?」


 ふむ、確かに胸元から発光しておられる、元気がよくて何よりだ。


「どうだ!恐れ入ったか!」




 小娘が胸を張りそう答える。なんだ?この世界の人間は皆そうなのか?夜は電灯要らずなのか?事前の説明では物理法則やらは、大した差異はないはずと言われていたが、人間の遺伝子には大きな違いがあるのだろうか。うぅむ、私はこのような珍妙な人間たちを導かなければならんのか。


「って、ええい!もういい、これ以上貴様らと付き合っていると頭がおかしくなる!加減なぞ期待せんことだな!覚悟は良いか小娘!」

「ふっ、こちらの台詞だゴミ」


 牛若はそう言い、横で眠る真一の頭を一撫でするが。


「おや」


 牛若の手が真一の頭に触れた瞬間、光は強くなり、それが収まった後に真一の姿は弁慶の腕の中から掻き消えていた。


「なっ!?消えだと!どこに行った!」


 あの小僧の退室を許した覚えはない。そもそもこの空間に扉が開いた気配もない。どういうことだ?先ほどの発光現象と言い、この世界の人間の生態はどうなっているのだ?もしかすると民間人の振りをした透破だったのか?

 小娘の方を見ると、手首を見ながら何かに納得したように独りで頷いている。もういい、決着をつけてから考えよう。

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