HTB防衛少女

第11話 市長面談 1

 平財閥本社ビル重役執務室。高級なインテリアがセンス良く配置された重厚感あふれる広い室内では、一人の男が静かに机に向かっていた。

 年の頃は30前後、長い黒髪をオールバックで固め、細いメタルフレームの丸メガネを掛けている。眼鏡の奥に光る涼しげな眼差しは冷静さと冷酷さを映し出し、やや痩せ気味の体型も合わさって一種近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 ドアの向こうから騒がしい声が近づいて来たのを察した男は、ため息をつき仕事の手を止めた。


「おい!知盛(とものり)!源氏の奴らが好き勝手な事してるって話じゃねーか!」


 秘書と思われる女性の制止を無視し、一人の男がドアを乱暴に開けて入ってきた。その男も年頃は同じ位だが、印象は知盛と呼ばれた男とは正反対。髪は短く刈り込み、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体は力に満ち、大きく見開いた目からは熱が溢れている。


「じゃかぁしい、教経(のりつね)。貴様がおもちゃ担いで視察巡りしよる間に決まった話じゃ」


 知盛は腕を組みながら椅子に背を預け、さも面倒くさそうにそう言い放った。


「あぁ?誰が何を決めたっていんだ!?」


 少し前までは静謐に包まれていた執務室に再度怒声が響き渡る。


「俺がこう言うんじゃぞ、親父に決まっちょるじゃないか」


 知盛は椅子を軋めて組んだ腕を机に預けつつ、教経の眼を真っ直ぐに見返す。


「親父がか?」

「おうよ、平家の頭領、平清盛(たいらきよもり)その人よ」

「……親父が決めたんなら文句はねぇが」

「なんじゃ、不満そうじゃな教経」


 怒気を収め、少し首を傾げて腕を組む教経に、知盛はニヤリと口角を歪めながらそう言う。


「そう言う訳じゃねぇけどよ。

 ……親父は、この件に関しては源氏の奴らを好きに泳がせ過ぎじゃねーか?」

「この件ねぇ。奴ら……GENちゅーたか。んー、宗盛(むねもり)のオジキが決めた時はどうでもええかとほっちょいたが、今となっちゃ紛らわしいのぅ」

「んなこたどうでもいい。前線は基本源氏に任せっぱなしで、奴らの進攻が一息ついたと思ったら、牛若の小娘が異世界とやらに飛んでったと言う話じゃねーか」

「異世界やなく、平行世界っちゅー話じゃがな。まぁあんな訳の分からん奴ら相手にして無駄に消耗せんでええ話やないか」

「そりゃ確かにそうだがよ。けど、このまま源氏を好きにさせときゃ、これが片付いた後に

どれだけ差が空いちまうか分かんねぇぜ?」

「少しゃ、先の事考えられる様になったか。じゃが、親父はそれを込みで好きにさせとけっちゅー話じゃ。それにいっちゃん大事な八正の根っこは親父が握っとんのじゃ、源氏の奴らは何処まで行っても鈴の付いた猫じゃ」


 まぁそんな単純な話やないが、細いとこを今説明してもしょうがない。教経の売りは単純明快な突破力や。裏事覗いて腰が弱る様な、軟な忠誠を親父に抱いちょる男やないが、それでも泥を被れば勢いは落ちる。細事は儂の領分じゃ。

 その後、近況報告を兼ねた情報交換をして、仕事の邪魔だと教経を執務室から追い出した。





 テレビでは少しの時間も惜しむように、スーパー前で生じた不可解な事件について報道している。中には大学での事件も絡めて、一連の事件は近くを走る福智山断層が関係する地震の前兆によるものなどと言うコメントも出た。


「「「うーむ……」」」

 

 俺、牛若(うしわか)、継信(つぐのぶ)さんの人間組3人で頭を突き合わせる。残念ながら俺達では文珠菩薩の降臨は不可能で、只々云々唸るだけの不毛な時間が過ぎていった。


「いやー大将、やっぱり領分違いだぜ」

「そうさなぁー、切った張ったで片が付かない世界はなぁ」

「まぁ、俺も今まで縁が無い世界だからなぁ」

「「「うーん……」」」


 俺たちが頭を悩ましているのは、戦後処理と言うか情報工作と言うか、まぁ兎に角、政治を絡めた今後の話だ。分かり切っていたことだが、少人数での水際対策では限界がある。

 大学での件は、被害膨大だったが、世間と隔離された空間だったので何とか誤魔化せた。 住宅街での件は、日常空間だが被害が少なかったので誤魔化せた。

 そして今回の件は、被害大かつ大通りのど真ん中だ。危険性の高い怪我人は、屋島さんがナノマシン等の散布で、手当たり次第に治療していったので大丈夫だが、多数の事故車両はあの一瞬ではどうしようもない。


 表に出たのは今回で2件目だが、変な噂は彼方此方で山のように出て来ている。行政に協力を求めようとしても、真実が世間に流れる噂よりも突拍子が無いとこなので説明に困る。

 それに一言に協力と言っても、具体的にどうしてもらえばいいのか。GENに対抗するには牛若達と八正が必要となるので、主として事後処理の協力になる。まぁ、人命が掛かっている話なので対応してくれることは可能だろう。だが、問題はそれに纏わる政治的なあれこれだ。


 何を言おうと、無許可で人の庭でドンパチやっているには変わりがないので、このけじめをどうつけるか難しい所だ。牛若達の推論では俺たちの世界に原因があるのだが、そんな事『お前たちがGENを持ち込んだのでは?』の一言でぐちゃぐちゃになることは確実だ。

 俺の個人的見解ではこいつ等はそんなに面倒くさいことしないと言えるが、些細な口実の下に軍事力を派遣し最終的に支配下に置くなんてことは、こちらの世界でも有史以来繰り返されてきた事だ。技術的な問題で一度に次元跳躍出来るのは極々少人数と言っても、それを裏付けられないのでは決定打とはならない。


 本来こう言った面倒くさい裏方仕事を担当するのは梶原さんと言う人だったのだが、残念ながら次元跳躍中の事故で鬼籍に入ってしまった。こうして戦闘以外は残念な男女と、ごく平凡な小市民の俺で、今まで避けていた事態に目を向けているのだが……。





「随分と難航されているでございますね」


 コトリと冷やし飴を置きながら弁慶(べんけい)さんがそう尋ねて来た。脳が痺れる様な水飴のクドイ甘さと、ピリリと喉を刺激する生姜の辛さが、疲れた頭に心地よい。


「うむ!やはり主殿!取りあえず吶喊して見ましょうぞ!」

「あーうー」


 もう考えるのを放棄して賛成したくなってくるが、あっちは段取り根回しで勝負が決まる世界だろうし、交渉するより手が出る方が早いこいつを行かせたら、どれだけ不利な契約を結んでくるか分かったものじゃない。


「……しかし、来たのがお前らでよかったな」

「ふぉえ?何ですか藪から棒に」


 ポツリと漏らしたつぶやきに、牛若が素っ頓狂な返事を返してくる。


「実際お前たち位の力があれば、こんなにこそこそしなくても好き放題できるんじゃないか?」

「まぁ否定はしませんが」

「だろう?ならやってきたのが話が通じてこっちの立場を慮ってくれるお前たちみたいなやつでよかったよ」

「ふぇっ⁉えふぇふぇふぇ」


 おお凄い。久しぶりにプラス評価して見たら、気味が悪い軟体動物みたいになった。


「はっはー。まぁそれは半分正解って所だな」

「ん?どういう事継信さん?」

「まぁ、俺らも蛮族って訳じゃねぇからな。仁義を通せる所じゃそうするさ。だがそれは善意だけで行う訳じゃない」

「そうだな」

「おうよ。そんで裏側としては、そっちの方が楽だからだな」

「自分に制約を掛けるほうが楽?」

「そんな難しい話じゃねぇがな。強かろうが何だろうが、こっちの世界じゃ俺たちは余所者だ、ある程度の摩擦は仕方ないとしても、全面的に敵対しちまったらクソ面倒くさいってだけだよ」

「それを黙らせるだけの戦力差はあるだろ?」

「短期の任務だったら勿論アリだがな。今回の様なはっきりしない任務ならば、地域の皆さんのご協力は大事ってことよ。衣食住はこっちの世界に頼っている訳だしな」


 まぁそれもそうだ、考えてみれば当たり前の話だ。彼らはバックアップなしに異郷で活動している身、それもごく少人数でだ。こっちの世界の住民がいくら弱いと言っても世界全てを敵に回すのに利益があるとはとてもじゃないが言えない。アリが像を殺すことは可能だ。


「けどまぁ、此処でグチグチやってても仕方がないのは確かか。お前たちが異世界から来たってのは、その常識外れの技術力を見せたら嫌でも納得してくれるだろうし。先ずは一当り行ってみるってのもアリだよな」


 そうでしょう、そうでしょうとブンブンと頭を振る牛若。さてそうするとどうしようか、勿論市長にコネなんぞないので、電話一本入れた後「突撃隣の市長室」と言わんばかりに吶喊して見る事になるのか?


「うーん、市長に合うにはどういうルートで行けばベストなのか……」

「牛若様佐藤(さとう)様、一つよろしいでございますでしょうか」


 すると、これまで『アンドロイドの身なので戦闘以外の作戦立案には一歩引かせて頂きます』とお茶くみに徹していた弁慶さんが挙手をしてきた。


「市長へのコネクションでしたら、美綴(みつづり)様を御頼りになるのは如何でございますか」

「ふぉえ?美綴がなんで?」


 確かに彼女はここが地元だったが、もしかして親父さんが市長の後援会とかやってる人なのか?


「私の調べたデータでは、美綴さまの御父上が現在の市長と言うことになってございます」

「ほぇ!?」





「なんだ弁慶、それを早く言わぬか。全く無駄な時間を過ごしたものよ」


 牛若がこれでもう解決の目途は経ったとばかりに、笑いながらバシバシと弁慶さんの背を叩く。うーん、美綴の家について特に話したことなかったから気づかなかったが、弁慶さんがそう言うのならそうなんだろう。彼女にかかればこっちの世界の情報セキュリティなぞ無いも同じだ。


「だけど、無関係の彼女をこっちのドンパチに巻き込んじゃっていいのか?」


 彼女に仲介してもらうには、ある程度はこっちの事情を明らかにしなくてはならない。彼女は聡明だから、あまり突拍子もない条件は出してこないとは思うが……。


「えっ?なにー?恋バナに変わったのー?混ぜて混ぜてー」


 ウジウジしてると、変なのが、食いついて来た。


「変わってません、屋島(やしま)さんは大人しくワイドショー見ていてください」

「いーじゃん、いーじゃん。要するに、真ちゃんに少なからず好意を抱いてる彼女をだしに政治工作を行おうって言うのねー。わーお、真ちゃんド外道+ド畜生=女の敵ー」

「ばっやっやめろ!てめぇ!俺と美綴はそんな関係じゃねぇよ!」

「えー、でも好きでもない男の部屋に何度も通って来ないと思うけどー」

「連れと一緒だっただろ、好意があったとしてもクラスメートとしてのそれだ!」

「い、ま、は、それに留まっていると、お姉さんはそう譲歩してもいいけどー?」


 くっそこの女、俺を弄って遊んでいるだけとは分かっちゃいても、絶妙のタイミングと言葉で的確に俺を攻めてくるのでつい相手をしてしまう。


「い、ま、は!大事な話中故、脱線はソレまでにして頂きます」


 屋島さんの弄りにヒートアップしていた間に牛若が入り込み、グイと物理的に距離を取らされる。

 好意と言えばこいつの反応も何だか……。

 お気に入りのおもちゃを取られた程度の思い何だろうが、俺と屋島さんが絡んでいると妙に邪魔をしてくる。

 逆に俺が牛若に抱いている感情はなんだろう、牛若は確かに美少女だ、それは否定しない。だがこいつは16で俺が20だからどうしても妹的な感覚がドーンと立つ。

 弁慶さんが来る前こいつと2人暮らしをしていた間も、極々最初のころはドキドキしていたものだが、その感覚も速攻で薄れた。だってこいつ平気で下着姿でうろついたりするもんだから、男として意識されていないのがまるわかりだったからなぁ。





「まぁ主殿のお近くにいるとなれば、必然我らと、そして奴らとの距離も近くなると言う事。ならば美綴殿の安全の為にも、ある程度の事情を知って頂くのは決して損ではない事かと」


 決は出た。取りあえず、美綴に親父さんを紹介してもらう方向で動くことにした。名目としては「一連の不可解な事態について善意の第三者として重大な報告がある」と言うこととした。うん、胡散臭いことこの上ない。





「いやー。美綴嬢に置かれましてはますますお美しく」

「何それ、キモイ」


 北九州の中心部、小倉の某マンションの一室に美綴の実家があった。おかしい、こんなテンションで訪問する予定ではなかった気がするが、牛若達と付き合っているうちに常識が少しずれてきている様だ。

 美綴に話を持ち掛けて散々胡散臭がられたものの、何とか親父さんに話を通してもらう事に成功。すると週末が偶々開いていると言うことであれよあれよと言う間に自宅へ訪問する流れになった。正直あの胡散臭い名目だけで市長まで話が通るとは思わなかったが、娘への信頼がとても厚いのだろう。

 と言う訳で、突如決まった市長宅訪問は俺と牛若弁慶さんの3人で行くことになった。俺は入学式以来のスーツに袖を通し、2人も吊るしのものだがフォーマルな衣装を着てもらった。残り2人はいざと言う時の留守番だ。





 失礼の無いように予約した時間より前に来たが、親父さんに先客が入っていると言うことで、美綴の部屋に通される。市長に休日もくそもないらしい、まったくお忙しい事だ。それにしても美綴、その凍えるような視線は場所によっちゃ金が取れるレベルですぜ。


「あら、けっこういい男じゃない。よろしくね佐藤君、私が里美の母小百合(さゆり)よ、あなたの事は里美(さとみ)からよーく伺っているわ、今日はお待たせしちゃってごめんなさいね」


 部屋に通されると同時に、見知らぬ人がお茶を片手に入室する。市長婦人と言う割にさばさばとした気風のいい女性だ。美綴の母と言うのがよく分かる気持ちのいい人だ。


「もう、お母さんいいってば」


 少し顔を赤らめた美綴がそう言うも。


「あーら、里美ったら照れちゃって。ごめんね佐藤君いつもこんな愛想のない子の面倒を見てもらって」

「もう!」


 わいわいと親子の会話に当てられる、仲良きことは美しきかな。


「それで、その2人をご紹介いただけるかしら?」


 来た、此処でどの程度事情を明かすか悩むに悩んだ。その決断を美綴の親父さんにブン投げる事も考えたが、やはり仲介してくれた美綴にも筋を通すべきと決断した。

 姿勢を正す。今までの事、牛若と出会ってからの事をざっとではあるが説明する。牛若達が平行世界からの来訪者であること、その世界は正体不明の敵に襲われたこと、その敵の反応を追いこの世界に来たこと、現在までこの世界で3体の敵を討伐したこと、今後事態がどう転ぶか分からないので協力を求めたいと言う事。

 始めはどう切り出そうか悩んで悩んで悩みぬいたが、一度口火を切ってしまえば腹は決まった。訴えたいことは唯一つ「犠牲を出さないために協力を願う」それだけだ。幸いなことに現在まで死者は一人も出ていない。だがいずれ限界は来る、その事態を何とかしたい、それだけだ。


「美綴殿には、今まで身分を偽り申し訳ございませんでした」


 俺の隣に座っていた2人が頭を下げる。戦場以外ではめったに聞くことが出来ない、超レアな牛若の真面目声だ。慌てて俺も頭を下げる。



「えっ?あっ?何?」


 変な人達だとは思った、あからさまに怪しい人達だと思った。何度も探ろうと思ったけどそんな技術も伝手も無いし、下手に言いふらしても迷惑がかかると思い、もやもやとした気持ちを抱える事しか出来なかった。

 荒唐無稽、奇妙奇天烈。佐藤君の目は本気だが、ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし、いきなり平行世界とか言われても、納得なんかできる訳がない。


「それで、話は終わりなの」


 混乱まじりの少し震えた声で美綴はそう言ってきた。やはり俺の説得スキルじゃこの程度だったらしいが、これも予定通り。次のステップとして、弁慶さんのビックリドッキリメカで、取りあえずはこの世界の常識にはない技術を目にしてもらおう。


「あら里美、私はあなたを、人の本気を笑うような娘に育てた覚えはないわよ」


 弁慶さんに合図を送ろうと思っていた時に、美綴の後ろから声がかかった。


「えっ?いやお母さん、そんなつもりじゃないけど……。けど、明らかにおかしいじゃない佐藤君絶対この2人に騙されてるって!」

「娘はそう言っているけど、貴方たちから反論はある?」


 美綴のおばさんは、混乱した娘の声なぞ柳に風と受け流し、話の矛先を牛若達に向けてくる。


「主……佐藤殿のお世話になって数か月、某達も多少はこちらの世界の常識について学ばせていただきました。

こちらの常識に照らし合わせれば、荒唐無稽な物であることは百も承知ですが、我らの身上については、先程の話通りでございます」


 おばさんの鷹のような視線を真っ向から受け止め、平然と言い返す牛若。流石に牛若は鉄火場に成れている、今回は美綴相手だったので俺が前に出たが、次からは変わって貰おうそうしよう。お天道様に顔向けできない事はしていない筈なのに、さっきから胃が痛くてしょうがない。


「いいわよ!百歩譲って貴方たちがそう思っている事は認めたとしても、それは貴方たちの勝手な妄想でしょ!そんな事に私たちを突き合わせないで!」


 牛若とおばさんが通じ合いそうになったのに危機感を抱いたのか、美綴が牛若にそう食って掛かった。


「妄想ですか、では証拠をお見せすれば納得していただきますか?」


 牛若が平静にそう返し、美綴が言葉に詰まる。今の牛若は半分ほど戦闘モードに入っている、かたぎの美綴がその状態の牛若と相対するのはかなりプレッシャーが掛かるだろう。逃げ出さないだけでも賞賛ものだ。


「そうね、とても興味はあるけど、一旦この辺にしてもらいましょうか」

「お母さん」

「牛若さんのその眼力、唯の女子大生にはちょっと酷よね。佐藤君はもうちょっと手加減してあげて」

「あっ、いえ済みません」


 となぜか俺に矛先が向かう、ペットの管理責任とかそう言った話だろうか。


「では、美綴市長に話を通して貰えるのでしょうか」


 とんとん拍子で話が進んだので疑問に思っていたが、これは市長に合うまでの事前面接だったのだろう。まぁ美綴がどこまで噛んでるのかは知らないが、おばさんはそのつもりだった可能性が高い。しかしこの感触から行けば一次面接は無事通過と言った所だろう。


「その前にちょっと聞きたいのだけど、この段取りは佐藤君が組んだことなの」


 む、終わったと思ったらロスタイムがあったらしい。最後まで気を抜かずに行かねば。


「皆と考えましたが、決定したのは僕です。今回は美綴さんを通して市長を紹介して頂くので、牛若を市長の前に連れていくまでは僕の責任で事に当ることにしました」


「ふーーむ」


 おばさんは腕を組んで考え込む。


「20いやおまけして25点ってとこね」


 おば……え?


「あのーそれは何点満点なのでしょうか」

「えっ?勿論100点満点中よ」


「えっ!お母さん!」


 と、さっきまでは否定的だった美綴がクレームを入れる。だがそんな事より俺がまず第一に行ったことは隣で座る牛若の手を握ることだった。


「?主殿如何したのですか?」


 おやおかしい、道が途絶え実力行使に出る牛若の先手を取ったつもりだったのだが。実力行使どころかやや緊張を解いている節もある。


「あっちゃー、佐藤君それはないわー。5点に減点ね」


 と、つないだ手を見て可愛らしく微笑むおばさん。


「えっ!いやこれは違います!ちょっとこいつの手綱を締めなおすつもりで!」

「あらー、そんな危ない子をウチの旦那に合わせるつもりだったのー?」


 ニヤニヤと笑いながらおばさんはそう語る。いや違う、違わないけど違うんだ。


「こらこら、若者をあまり虐めるものではないよ小百合さん」


 おばさんの口撃と美綴の視撃に耐えつつも、なんとか言い訳を続ける俺に助け船がドアを開けて入ってきた。


「いつも里美がお世話になっているようだね。始めまして、私が里美の父の浩一(こういち)です。今日は里美の父ではなく市長としての私に面会に来たと言うことでいいのかな」


 ドアを開けて現れたのは白髪交じりの髪をオールバックで纏めた男性だった。カジュアルな室内着だが清潔感があり背筋もピシッと伸びている。黒縁眼鏡の奥から覗く眼光は知性と包容力に溢れており、見るものに安心感を感じさせる。政治に疎い俺でもテレビやポスターで幾度も見た、この100万都市を纏める市長その人だった。

 いや、苗字が同じだからって聞いてなきゃ意識すらしねーよ、などと思っていたら繋いでいた牛若の手に力が入る。何事かと不思議に思いきや、その答えは市長の後ろから続いて来た人物に有った。


「いやー、牛若様。奇遇ですね、伊勢義盛(いせよしもり)ここに参上いたしました」


 現れたその人物は年代や髪型こそ市長と同じだが、それ以外はまるで真逆。やせ形の猫背を安っぽいスーツで覆っており、糸のような細めは覇気が無く、ちょっと目を離せばあっさりと視界から消えてしまいそうな存在感のない男だった。


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