国道防衛少女

第7話 日常襲来

「今朝未明発生した迷惑運転の容疑者が――」


 テレビでは最近流行りの迷惑運転についてのニュースを取り扱っている。個人的な感想としたらそう言う事をする人が増えたのではなく、ドライブレコーダーや監視カメラの普及によってそう言った事件を通報、検挙しやすくなっただけじゃないだろうか。


 清少納言の枕草子では現代と全く同じような愚痴が書かれているし、聖書や仏教の教えは現代でもすこぶる有効だ。つまり人間性と言うものは数千年たったぐらいじゃほとんど変わっていないと言うことだろう。

 まぁ何が言いたいかというと、異世界人であっても人間は人間だし、情報社会を甘く見てはいけないと言うことだ。


 ピーピーピーと口笛を吹きながら決して俺と視線を合わせようとしない牛若(うしわか)を見る。今朝の事だ、SNSには屋根から屋根へと、これが八艘跳びだと言わんばかりに軽やかに跳躍して移動する牛若の姿が撮影されていた。画像が遠かったり荒かったりで、特定は難しいだろうが。牛若の容姿を知っているご近所さんには遠からずばれてしまう事だろう。


「いやしかしですね主殿、某(それがし)は主殿の命の通り寄り道せずに最短ルートで買い出しに行っただけでして、決して徒歩でダラダラと行くのが面倒だったわけではございません」

「面倒だっただけだろうが!」

「はっはっはー」

「はぁー。まぁ済んじまったものは仕方がない。兎に角大学の件もあって最近はマスコミが近所をうろうろしてるんだ。なるべくこちらの世界の常識に合わせた行動をしてくれ」

「心得ました!」


 牛若は元気よく返事を返す。まぁビルの屋上とかを飛び回るパフォーマンスがあったはずだし、動画を見るに牛若だって全力で飛び回ったわけじゃないので、ギリギリこっちの世界の人類が発揮できる運動能力だ、ほっとけばそのうち収まるだろう。


「と言うわけで、弁慶(べんけい)さんは火消しを仕込まなくても大丈夫ですから」

「……佐藤(さとう)様、なぜ私にその様な事を仰るのでございますか」

「いや、やりかねないと思って」

「了解しました。今回はご忠言にしたがいますでございます」


 やはり、ほっとけば何か仕込むつもりだったらしい、不穏な気配を察知でき先手を打ててよかった。右手の傷みを消すのに左足をぶった切るような物騒な情報工作は危険すぎる。


 異世界人でも人間性はあまり変わらないが、常識には大きな隔たりがある……。





 さて、今回の盗撮、若しくは未確認飛行人物騒ぎの原因としては、買い出しジャンケンで牛若が負けたと言う単純な理由だ。だが、年中引きこもりニート生活を送っていると思っていた牛若だが、実は俺の護衛として影から見守っていたと言う、甲斐甲斐しい真似もしていたらしい。しかも弁慶さんの様な光学迷彩と言ったハード的な物でなく、体術とかそっち方面のソフト的なものでだ。


 言われるまで全く気付かなかったが、そこは天才だからと言うことらしい、俺の友達やらも全く気が付いていなかったので、これはもう単純に牛若スゲーと言う話だろう。牛若を容姿だけで評価すれば、遠目で見れば唯のちんちくりんの中高生と言ったところだが、近くでみれば中高生の前に『美少女』の冠が付き、立ち振る舞いを見たなら『カリスマ溢れる』の冠がおまけされる非常に目立つものだ。ただし、口を開けば毒しか吐かないので、被った冠二つに泥をぶっ掛けてしまうのが難点だが。



 友達の話が出たので事件の後話をすると、まず大学は例年より一足早い夏休みに入った、弁慶さんのサプライズも効いているので、後期の講義が予定通りに始まるかは分からないが兎に角はその予定だ。

 事件の際に意識不明となった人達だが、大多数が若くて体力ある大学生と言うことだったので、大半が日帰り健康診断レベルの通院で何とかなった。それでも数万人単位の事なので関係各所の苦労は想像を絶するが、お疲れ様ですありがとうございましたと言うしかない。


 そして大学において高齢や体力の無い方たちと言えば教授レベルの人達と言うことになるのだが、まぁ彼彼女らも一筋縄ではいかない妖怪ちっくな人達ばかりなので、病院から抜け出して目を輝かせながら現場検証に交じっている人達もいたそうだ。

 結果としては、被害者数は壮大なれど重傷者はほとんどなしと言う所に着地することが出来た。そしてその流れでスケジュールを消化するために甘々な前期試験が行われたことは多くの学生を歓喜させる結果となった。



 さて、話が長くなって申し訳ないがもう一点だけ続けされてもらおう。大学生の夏休みとなれば、深山幽谷の専門課程まで行けばゼミだ就活だと忙しく、初心な一般過程段階ではパーリーピーポーとして我が世の春を謳歌すると言ったところだ。まぁ俺はまだ6年制の獣医学部の2回生なので一応後者に属するのだが、日ごろ牛馬豚の排泄物や血と臓物の中で勉学に励む連中にとって、俗にいうパーリーピーポーな方々とは異なり、多少落ち着いたテンションで過ごすことが多い。


 まぁ単に俺がそうなのでそう言った連中とつるむ機会が多いだけなのかもしれないが。ともかくそう言った連中がつるんで遊ぶと言えば外資系のド派手なテーマパーク、煌めく砂浜、ディープなバイブスが響くシャギーなクラブと言った自分でも何を言っているのかよく分からない、おしゃれスポットではなく。ある意味小学生のノリで行われる自宅でのゲーム大会、映画鑑賞、どこまで値段を切り詰めるかに挑戦するような宅飲がメインとなる。


 と、言う訳で。アポなぞ上品な事もなく唐突に玄関のチャイムが鳴り響いてきた。





「おーい磯野(いその)ー野球しようぜー」

「いえ、当家は磯野ではござい――」

「ちょーーーーっステイ、弁慶さんステイ!」


 牛若と何時もの無駄話をしていたので対応に遅れてしまった。ドアの向こうからのざわめきが聞こえてくる。いやまぁ以前俺が寝込んでいる時に弁慶さんが対応してしまったらしいので今更感は多分にあるのだが……。

 牛若については以前従妹と言ったのでそれで押し通すとして。弁慶さんはどうしよう、APP18オーバーの金髪眼鏡美人だ、どう考えても築30年のボロアパートにはふさわしくない。


「そう言えば、弁慶さんは以前来客対応した時にどう自己紹介したんです?」

「ご安心ください佐藤様、この身が戦闘用アンドロイドと言うことは触れずに。ただ牛若様の従者であると言う事しか説明していませんでございます」


 よし、OK、大丈夫。俺の親戚にメイドさんを雇うようなブルジョアジーが発生したが、実際こいつらは超が付くブルジョアなので大丈夫だ、何が大丈夫か分からないが大丈夫だ。この設定を元に、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変にふるまうことにしよう。ただし、牛若に俺の事を主様と呼ぶなと言うことは、厳命しておく。


「ああ、すまん待たせたな」


 出来うる限り爽やかな笑顔を取り繕いドアを開けると、そこには怒りと妬みと嫉妬と様々な感情を織り交ぜた非常に趣深い顔をした我が盟友たちがいた。


「あー、こっちの眼鏡が野島(のじま)で、茶髪が山本(やまもと)、そんでショートの彼女が美綴(みつづり)――」

「ああどうも牛若さん弁慶さんお久しぶりでございます!先日は佐藤君が床にふせっていたこともあり碌なご挨拶もできませんで大変申し訳ございませんでした。僕は佐藤君の一番の親友である野島と言うものです!」

「いやいや、私こそが佐藤君の一番の親友である山本でございます。佐藤君とは共に勉学や人脈構築において互いを高め合う仲で、この国の今後を憂い一昼夜語り明かすことも稀ではなく」


 人が紹介してやろうと言うのにそれを押しのけ、ギャースギャースととびっきりの美人を目の前に醜い足の引っ張り合いをする馬鹿男2人。野島のそれは、弁慶さんに面喰ってそそくさと退散しただけだろうし、山本のは過去問、合コン、ゲーム大会の言い換えだ。


「私は美綴と言います、佐藤君とはクラスメートで部活仲間でもあります」


 そんなバカ達とは対照的に、落ち着いて挨拶をする美綴がいた。





「そうですか、何時もお兄様がお世話になっております。それでは私も改めてご挨拶をさせていただきます。私は源牛若、お兄様とは遠い親戚でして、このたびご縁があってこの国に遊学に来た次第でございます」

「はっはっはーそうなんだよー、いやー牛若とは小さい頃は何度か遊んだものでなー」


 近日の荒事で精神力が鍛えられていなかったら、首がねじ切れるほどの勢いで牛若をガン見しただろう。正に鈴の音の様な声でおしとやかに、しかし軽やかに自己紹介をしてのける牛若。どこからどう見ても、いいとこのお嬢様が偶の下界で自由気ままに羽を伸ばしてるようにしか見えない。


 着ているものも普段の自堕落ジャージ姿でなく、清潔感のあるカジュアルなパンツルックなのがそれを後押ししている。俺が買ってきた量販店の安物なのに、着る人が違えば一流ブランドのそれに見えるのは腹が立つほどだ。


「それでは、私もご挨拶を。私は弁慶、牛若様の付き人でございます」


 弁慶さんはいつも通り、白シャツに黒のロングスカート姿で、無機質な視線と口調で淡々と挨拶をする。まぁアンドロイドなので平常運転だ。


 2人の挨拶に馬鹿2人は鼻の下をびろんびろん伸ばし熱に浮かされたように見入っている。残りの1人もさっきまでの仏頂面を緩め見惚れている。


 馬鹿2人が最初からフルスロットルなおかげで、わいわいがやがやと話が弾む。牛若はネットサーフィンでため込んだ知識を下地に、秘密はいい女のアクセントとばかりに、馬鹿2人をころころと手中で転がす。弁慶さんは主に美綴の相手だ、普段から強い女を目指すと公言している様な彼女だから、クールビューティで出来る女っぽい弁慶さんに、興味が行くのは当然だろう。まぁ彼女が一番出来るのは広域破壊なのだが……。

 牛若が予想以上に完璧に猫を被っているので、不安の種は弁慶さんだったが、どう見ても西洋人な外見を利用し、口数少ない片言外人さんキャラで通すことに成功した。





 話の流れでゲームをすることになり、テレビ画面には4人対戦レースゲームが映っている。当初はお嬢様に接待プレイでもするつもりだった馬鹿2人の目論見は開始10秒で木端微塵に砕け散り、基本的に牛若がぶっちぎりで独走している。接待プレイから絶対王女牛若への下剋上へと主旨替わりした燃える馬鹿2人が指定席をとっており、残りの席に美綴とたまに俺が交代で座り、弁慶さんはそれを見守っていると言う構図が出来上がっていた。



「おい牛若、そろそろ親父さんとの約束の時間じゃないのか」

「――、あらそうですわね。それでは皆様本日は楽しいひと時を送らせていただき誠にありがとうございました。父の仕事の都合なので何時まで居られるか分かりませんが、またお会いできる時を楽しみにお待ちしていますわ」


 あはうへ、とズボンが擦り切れるんじゃないかと思うほどの勢いで手の汗を拭きとってから牛若・弁慶さんと握手をする馬鹿2人と、多少打ち解けて挨拶をかわす美綴。最後は俺が3人それぞれのスマホで記念撮影をしてやって解散することになった。


 弁慶さんはアンドロイドだが、温度・硬度変化可能な特殊人工皮膚で全身をカバーしているらしいので、握手程度じゃ判別不明なので大丈夫だろう。ただ、体重は非武装状態でも100kg以上あるので必要以上のスキンシップではボロが出る恐れがある。この3人の中で危険なのは、勿論俺と同じ少林寺拳法部に所属している美綴だが、握手ついでにやんちゃを仕掛けるようなマナー違反はしていなかったようだし、何とかボロを出さずに過ごせただろう。


 と言うか、今回もっとも不自然だったのは俺だった。牛若は完璧に猫を被り、弁慶さんは最低限の口数に止め続け、相手の好奇心を上手くコントロールしていたが、俺は必要以上に心配性になり、結果挙動不審さが溢れ逆に牛若にフォローしてもらう事もあった。





「いやすまん、正直お前を侮っていた」

「はっはっはー、某天才ですから。潜入工作も手慣れたものですし、話芸をもって情報を引き出すことも必要スキルですよ」


 来客が帰り、速攻で何時ものジャージ姿に着替えた牛若が胡坐をかきながらそう答える。


「報告でございます、佐藤様のご友人達は真っ直ぐ大通りに出ましたが、以降の追跡はいかが致しますでございますか」

「ああさっきから何をしているのかと思ったら、ドローンでチェックしてたんですね。弁慶さんありがとうございます、あいつ等は俺と同じく基本無害な学生なんで大丈夫ですよ」

「了解でございます」


 さっきまで正座したまま、眼鏡を薄緑に光らせて何をしているのかと思ったら、あいつ等の追跡調査を行っていたらしい。弁慶さんらしい慎重さだ。


「そう言えば佐藤様は獣医学を学んでいるのでございますね」

「んー、まぁそうです。けど別に親が獣医ってわけじゃなく。唯の動物好きが高じてと言ったところですよ」

「それに美綴様が仰るには武術もかなりの腕前だと言うことでございますか」

「お世辞ですよお世辞。所詮大学から始めた初心者だし、同期の中じゃ多少覚えが早い程度のもんです。先輩にも、それこそガキの頃からなんやかんややってる美綴にももちろん敵いません。そもそもこっちの世界のトップ格闘家でも弁慶さんたちの前じゃ子供みたいなもんでしょう」


 正しく大人と子供、実際にはそれ以上の基礎スペックの差があるだろう。ドラゴンをクエストするRPGのキャラが、魔界を舞台にしたやり込みSRPGと背比べするようなものだ。いやそこまでの差はないが桁が2つ3つ違うのは確かだ。


「いえいえ、そこまで己を卑下する必要はないですよ主殿」

「そう言われてもねぇ」

「まぁ身体能力が虫けらレベルなのは事実ですが、そこは一寸の虫にも五分の魂。戦場での肝の座り具合は平和な世界の学生にしては目を見張るものがありますよ」


 きらきらと輝く目でそう言う牛若を軽く流す。そう言われても実際俺は大したことない平凡な人間だ。全力で馬鹿をやれると言う点では野島・山本の方が上だし、確固たる目標を持っていると言う点では美綴の足元にも及ばない。


 顔もお頭も平凡だし、多少テストが得意だったから獣医学部に入れたがそれだけだ。おかげで血や内臓は見慣れたと言う事はあるが、それと戦いとは別物だ。戦場での肝の座りと言っても、あの時、牛若を救った時は無我夢中どころか無意識での出来事だった。


 だが、もし考える時間が十分にあったとしても同じことをしたと言う確信はある。

 それは熱い義侠心とか、尊い自己犠牲心など高尚なものではない。単純に自己評価の低さに基づいた冷めた損得勘定の話だ、別段ドラマチックなトラウマ話は持っていない、ごく普通の家庭環境で育った上でのこの性格なので、ただ単に生まれついてそう言うものだったと言うだけの話だ。



「いやーそれにしてすっっっっっっっっげえ美人だったな!」

「はっはっは、そうだろうそうだろう、この俺に感謝したまえ!」

「てめーは関係ねえだろうがこのバカ!」

「あー?俺が依然あいつの家の様子を見に行かなきゃ奴はあの天使二人を隠したままだったんだぞ!」

「あーそうだな、佐藤が悪い、奴が諸悪の根源だ」

「ああそうだな、奴には心臓が爆発する呪いをかけておこう」

「はぁー、あんたたちはほんと元気ねぇ」

「あっなんだ美綴、お前だってホイホイと付いてきたじゃねーか」

「まぁ私はね、部長から最近部活に出て来てないから様子見てこいって頼まれてたしね。ついでよついで」

「「はへー、ほふーん、あそーう?」」

「突きと蹴りどっちがお好み?」

「「済みませんでした」」


 まったくこの2人は終始鼻の下伸ばしっぱなしで当てにならなかった。まぁ私も好き好んで人のゴシップを暴いて回る趣味は無いので、普段ならそこまで突っ込むことは無いのだが……。


「けど凄い美人だったよねー2人とも」

「ああ全くその通りだ!俺は断然牛若ちゃん派だがね!彼女こそは正しくこの世に舞い降りたフェアリー!白く淡く可憐で儚くそれでいてころころ変わる表情は正に1000万ドルの万華鏡!46億年に1人の守ってあげたい系美少女だ!!」

「かー野島、てめぇは分かっちゃいない。確かに牛若ちゃんは可愛い。それは否定しない。例え神が否定しても俺だけは賛同しよう。だが、だが、だがやはり弁慶さんだ!あれこそ奇跡!あの造形美!完璧とは成長の余地が無いのではない、成長する必要が無いのだ!それでいて片言日本語のギャップも完備!おお神よ貴方はこれ以上何を望むのか!」


 馬鹿2人が熱く語る、そう確かに美人だった、女の私から見てもひたすら見惚れるしかない。嫉妬心すら湧きやしない。だからこそ不自然。牛若さんのお父さんの仕事の都合で来日し、羽を伸ばすと言うことで親戚の佐藤君の家に度々お世話になっていると言う話だったが。牛若と弁慶なんて明らかな偽名としか思えない。


 んーやっぱりあの2人は気になる。名前や浮世離れした美貌もそうだが、立ち振る舞いにも隙が無い。護身術を嗜んでいると言われたがそんなレベルだろうか。私は子供のころから空手を中心に武術を嗜み、見識を広めるため大学じゃ少林寺拳法をやっているが、あれほど隙の無い立ち振る舞いは、師範代レベルでもなかなか見れたモノじゃない……。


 まぁだと言って、いい意味でも悪い意味でも平凡で、人がいいことが最大の売りでしかない佐藤君を誑し込んだところで、彼女たちに何のメリットがあるか想像もつかないが……。


「まぁ、もしもの時は多少のフォローはしてやりましょうか」


 尽きることない馬鹿話を繰り広げる2人を尻目に、私は佐藤君のアパート方向に向けそう呟いた。

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