第5話 大学防衛少女

「スットプ!もういいから下ろして!」

「良くないでございます。安全が確認されるまで下りないでくださいでございます」

「おっおう」


 大学敷地内の外れ、人目につかないところで弁慶さんの腕の中から周囲を見る。弁慶さんは戦装束を纏っており、ゴツイ背嚢も背負っているので勿論お姫様抱っこだ。光学迷彩とやらも展開できるらしく、人目にはつかなかったはずだ。


 唯、それ故に、見えない何かが一般道を高速で移動していたと言う結果のみが残り、すれ違った何人かの腰を抜かさしていた。単なる突風と思ってくれればいいが、愉快な都市伝説として残ったらどうしたものか。

 まぁそんなものだから、恥ずかしい云々どころではなく、振り落とされないように必死でしがみ付いていた。超怖かった。


「弁慶、どこだ」


 こちらも戦装束を身に纏った牛若が問いかける。牛若のそれは赤と黒を主としたパワードスーツと言った感じだ。全身タイツのSFチックなインナーに大鎧風な装甲を装着している。小柄と言うか小娘に過ぎない牛若が大仰な装備を身に纏っているのに、それほど違和感がないのは、本人の堂々とした立ち振る舞いにあるのだろう。


「北東500m、あの建築物の奥でございます」

「中央講堂前の広場か、大学のど真ん中だな」

「どうしますか牛若様、もう少し近づくでございますか」

「いやここで展開しよう。この場は八正の制限時間を気にするより、敵の罠に気を配るべきだ」

「罠、でございますか」

「ああ、囮待ち伏せ何でも使うぞ、某が失態をさらしたのも奴が最後に空蝉を使ったからだからな。もう一度言っておく、奴らを今までの力押しだけの獣と考えるな、敵は老獪な兵として想定せよ」

「了解でございます」


 静寂な構内に緊迫した空気が流れる。そう静かなのだ、平日の真昼間、それも昼飯時にも関わらず構内には人っ子一人見当たらない。今の構内に何人いるかわかない、1000や2000じゃ収まらない、万単位の人間がいるはずだが、人影どころか声一つ聞こえてこない。


「おい牛若、ヤバイのは十分わかる。それでこれからどうするんだ」


 弁慶さんにお姫様抱っこされたまま牛若に問いかける。恰好が付かないことこの上ないが気にしている場合でもない。すると牛若はものすごい笑顔でこう言ってきた。


「はい!ここからが主殿の出番です!」


 なんだろう、もの凄く悪い予感がする。


「牛若様、敵が動き出しましたでございます」


 弁慶さんの警告に二人して講堂に目を向ける。


「えっ?」


 俺は驚愕の声を。


「ほう」


 牛若は不敵な笑みを。


 講堂は下から上まで一点の隙もなく真っ黒な影に覆われていた。いや講堂だけでない、その他の校舎も全て黒一色に染まっていた。雲一つない晴天にも関わらずその周囲だけ墨でも垂らしたかのように一面の黒、黒、黒。しかもその黒は凄まじい速度でこちらに迫っている。


「くはははは、長話に待ちきれなくなったようだ。あるいは当てが外れたので飽和攻撃に出たか?だがいい、それでいい、化生は化生らしく己が力に酔えばいい!行くぞ弁慶!」

「了解でございます、牛若様」


 そう言うと弁慶さんは俺のひざ下に回していた右手をするりと抜き、そのまま俺の右わきに回した。自然俺は羽交い絞めをされている格好になる。


「……は?」


「それでは行きます主殿!正見、正思惟――」


 牛若が俺の胸に掌を当てて呪文だか何だかを唱え始める。


「はっえ?何?」

「佐藤様落ち着きくださいでございます。これが失敗するとお手上げ状態、先の見えないお引越し生活が待っているでございます」


「正語、正業――」


 何か胸が熱い、熱い、牛若の呪文が進むにつれドンドン熱くなってくる。


「いや熱いって!なにこれ大丈夫なのコレ!?」

「勿論分かりませんでございます。なにしろ前例のない事ですので、上手くいくことをお祈り下さいございます」


「正命、正精進――」


 やばい、影が猛烈な勢いで加速してくる。


「分かった!何でもいいから早く!ヤバイ!」

「不思議なことに作業は順調に進行中でございます、初回なので時間が掛かるのは我慢してください」


「正念、正定――」


 熱い。いやそれだけじゃない、胸の中から光が溢れてくる!


「是則八正道、苦滅道諦、聖道をもって中道を行く、秘伝八正跳!」


 呪文が終わる、凄まじい力が胸の中から溢れる、それだけじゃない、胸の中から世界が溢れる、体の中が裏返る、胸に開いた光の穴から世界が生まれる、俺は八つの世界となり、それが八つに分かれること八回、認識なぞ出来る訳がないはずだがそれだけは不思議に認識できる。思考も認識も手放した万華鏡の中、その中心を貫く光の柱を基点に世界は無限に広がっていく。

 そして収束、世界は反転しながら収束を始める、無限に分裂した世界は光の柱に還っていく。



『…………』

「ん?主殿は何処に?」

「牛若様、そんな事より八正跳は無事成功したようでございます」


 世界はモノトーンに置き換わり、先ほどまで面として迫っていた黒い影は、立体感を持った無数の白い異形の人影となって襲い掛かってくる。その数は数千はくだらない。


「うむ!では薙ぎ払え弁慶!」

「了解でございます。弁慶七つ道具が一つ攻城兵器大槌、広域破壊モード展開でございます」


 弁慶の背嚢が光ると同時に上空に大槌が出現する。それは形としては大槌だがサイズは規格外、全長は10m、打撃面である口に至っては直径2mはある超大型の品物だった。


「衝撃拡散領域設定完了、打擲でございます」


 弁慶の手が振り下ろされると同時に宙に待機していた大槌も振り下ろされる。

 破壊音。鼓膜が破れかねない程の激音とともに、地面が敵陣の方角へ槍衾の様に隆起し敵を串刺しにする、それと同時に雷を纏った衝撃波が同方向へと拡散し、眼前に迫っていた敵の半数が吹き飛んだ。


「傀儡の強度は同程度でございますね」


 弁慶はそう言いながら、ガシャンとカートリッジを放出し攻撃準備を整えた大槌を再び宙に構える。


「ああ、だが運用法と言う点では注意が必要だ」

「了解でございます。過去のデータですと損害度外視で間髪入れずに追撃に来ていましたが、今回は射程圏外に留まっているでございます」

「まったくだ、これが人なら臆していると思うところだが……ところで主殿はどこだ?」

「不明でございます。気休め程度の敵味方識別は作動しておりますので、諸共吹き飛ばしている訳ではないと希望的判断はいたしますでございますが――――

ところで牛若様、その腕輪はなんでございましょう。赤糸威にその様なパーツは無かったと記憶してございますが」

「んっ?確かに……なんだこれは?某いつの間にこのような物装備していたのだ?」



 意識がぼんやりと覚醒していく。

 なんだこれは……

 夢……?

 ゲーム……?

 牛若と弁慶さんがいる……

 牛若はアサルトライフルを乱射している、弁慶さんは宙に浮いた4~5mはあるバカでかい熊手みたいなのを操っている。

 360度ぐるりと例の白い化け物に囲まれているが、無双ゲームの様なものだ。雑魚連中など全く脅威とせずにただひたすらに群がる敵を気持ちよさそうに薙ぎ払っている。

 俺はそれを、俯瞰的に観察している。

 やはりゲームだろう、牛若達に意識を集中すれば体力バーの様なものも見れる、二人ともまったく減っていない綺麗な緑色だ。視界の端で何か数字が減ってきている、このステージの残り時間?

 敵陣の奥で動きが見える、白い化け物が幾つか、十数体集まって組体操の様なものをしている、何だあれは?バリスタ?そっちに注意を向けるとチャージ時間の様なものも把握できる。アレは、ヤバイんじゃないのか?


『おい、牛若、奥でなんか準備してる。バリスタみたいな、当たったらヤバイぞあれ』

「ん?弁慶何か言ったか?」

「否定しますでございます」


 雲霞のごとく攻め寄せる敵を薙ぎ払う、片手に銃、片手に刀を持ち弁慶が撃ち漏らした敵を迎撃するが数が多すぎる。これだけ数が多くては弁慶の探索もうまく働かない、分かるのは辺り一面敵ばかりと言うことだけだ。


『おいヤバイって!奥!あーっと、お前から見て左!9時の方向!デカイのが来るぞ!』

「弁慶!貴様の左奥!大筒!対処!」

「ッ!了解でございます。鉄熊手出力全開」


 櫛の内側から放出されているビームの出力を最大にし、それが外側に向かうよう調整し地面に斜めになる様に突き刺し壁とする。

 直後、轟音が響き、鉄熊手が大きく撓み、重力制御を行っている両手に衝撃が走る。


「熊手!やり返せ!」

「了解でございます」


 着弾のショックで火花を散らしている鉄熊手を刺突モードに切り替え射撃点へ放出。敵の射撃で射線は綺麗なものだ、その奥には巨大なバリスタの様なものが噴煙に隠れて見える。


「観測はまだ飛ばせんか!」

「不可能です。迎撃されるでございます。それより先ほどの警告は」

「知らん!どっかから主殿の声が聞こえてきた!」


 そう言い銃を構える、奴は雑魚で組細工まで作ってきた、まったく――――

 ん?身元不明の腕輪が光を放っている――――


「主殿?」

『うおっ!牛若顔が近い!顔が!』


 いきなり眼前に牛若の顔が現れた、戦闘画面に牛若のドアップのレイヤーが被って表示されている。


「おい弁慶!いたぞ!主殿は某の腕輪になっておられる!」

「……気がふれるのは戦闘が終わってからにして下さいでございます」

「はっはっは、いやまったく殊勝な主殿だ。どうやら某と一心同体となって戦いたいと仰るようだ」

『はっ?何言ってんだ牛わ――』


 すとんと何かが嵌る、すんなりと理解できた、理由も原理も知った事じゃないが、俺は腕輪となって牛若の右手首に嵌っている。今の俺は確かに牛若の腕輪だ、だがそれだけではない、俺はこの世界、このモノトーンの世界でもある。


 世界であると言っても何が出来ると言う訳ではない、地面を陥没させたり、校舎を変形合体させたり、化け物たちを消し去ったりは出来ない。ただ観測することは出来る、ゲームの画面を見ているように全体を俯瞰して見ることが出来る、気になる箇所を意識するとズームしてデータを見ることが出来る。ただ、データと言っても細かいことは分からない、数値や名称が分かると言う訳でなく、大まかな流れや力の大小が分かる程度だ。


「驚愕でございます。確かにその腕輪から佐藤様の生体パターンを確認したでございます」


 弁慶さんが重機関銃を乱射しながら、全く平常通りの口調でそう言う。


「はっはっはー、いやー主殿がそんなにも某の事を大事に思っていたとは」


 牛若が上機嫌で銃を打ち太刀を振るう。言いたいことは多々あるが先ずはこれだ。


『牛若!さっきの奴また来るぞ!今度は正面4方向!1・2・10・11!』


「承知!弁慶正面だ突破する!」

「了解でございます」


 牛若が銃を投げ捨て太刀を振るう、衝撃波が敵を薙ぎ払いそこへ突貫。轟音と共に斜め上方へ飛び上がった弁慶さんが牛若の頭上から両手の重機関銃を掃射し道を開く。後方で爆音。牛若が穴を開け、弁慶さんがそれを広げる。突貫、突貫、突貫。


『牛若!違う罠だ!正面奥にボスはいるが妙な反応も多数!多分ヤバイ!』

「委細承知!逃げ口に罠を仕掛けるは戦の常道!弁慶!」

「了解でございます、大槌オーバーチャージ完了済み、残弾一斉放出でございます」


 バチバチと火花を立てる、見るからにヤバそうな状態のこれまた馬鹿みたいにデカイ大槌が上空に出現する。


「一切合財吹き飛べでございます」


 音すら消える一撃。MAP兵器と言うよりMAP破壊兵器とでも言うべき威力が振るわれる。敵はもとより、地面まで深くえぐれ講堂に至る道全てが粉砕される。衝撃波と飛散した瓦礫が襲い掛かり講堂と周囲の校舎にも甚大な被害が生じる。


「主殿!首魁は!」


 猫の様に地に付していた牛若が全面への警戒を解かずに問いかける。


『あー、ちょっと待て』


 地形の大きく変わった構内を見る、現時点で敵影は弁慶さんの重機関銃の餌食となっている後ろの敵しかいない。前面は全て消し飛んだ――


『いやいる!クレーターの中央後方!死にかけだが反応がある!』


 瓦礫の影に隠れるように、薄らとボスの反応がある、体力ゲージはミリ残り、息も絶え絶えと言った感じだが、確かにまだ生存している。

 敵の動向を見逃すまいと注視していると変化があった。残存している全ての雑魚敵がボスの方向へ移動し集結して――


『ヤバイ牛――』


 俺が注意を促そうとする途中だった、既にクレーターの半ばまで駆け下りていた牛若は手にした太刀を矢の様な勢いで投擲、それは吸い込まれるように敵の中心へと突き刺さっていた。

 胸を穿たれた敵は苦悶の呻きも怨嗟の声も上げる事無く、ただ静かにサラサラと崩壊していった。ボスに集合しおそらくは吸収、合体しようとしていた雑魚敵たちも、それと同時に崩壊、周囲一面は雪景色に覆われた。



「主殿」

『――ああ、大丈夫だ、この世界にお前ら以外の生命は存在してない』


 取りこぼしが無いように念入りに確認する、弁慶さんと俺との2重チェックだ。この静寂に包まれた世界には二人しか存在していない。

 謎は多々ある。と言うか分からない事ばかりだ。それに現実世界では全校生徒及び教職員の一斉意識不明事件と言うことになってしまい、暫くはマスコミを騒がせることになるだろう。けどまぁ取りあえずは事件解決だ。

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