第4話 作戦会議
「まったく、毎度のことながら少しは考えてから行動してくださいであります」
「あー煩い煩い、結果良ければ全て良しだ、全くおぬしは済んだことでうだうだと」
「いいえ、全く済んでいません。現在進行形で大事案発生中であります」
「考えた上で考えることを放棄して直感に従ったのだ」
「そこで諦めるからいつまでたっても御屋形様に頭が上がらないのであります」
「兄上は関係ないではないか!兄上は!」
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー耳元で喧しい!」
「おお!主殿お目覚めで!」
「うがっ」
いきなり胸に飛び込んできた牛若に息をつめされられる。なんか知らんが、牛若は包帯でぐるぐる巻きの愉快なファッションをしている、何時もの通り気がふれているんだろう。
気が付けばここは俺の部屋、いつも通り特に変わった事のない部屋……、いや違う、何か知らないがエライ金髪ポニテ眼鏡美人が牛若の後ろに待機している。牛若も顔だけなら美少女の部類だがあいつはあくまで顔だけだ、口を開けば毒しか吐かねぇ悪鬼外道の性悪子狸だ。
だがこの美人さんは違う、唯の人間とはオーラが違う、なんだこの異常事態は、こんな美人さんをこんなゴミクズみたいな部屋に入れるのは犯罪じゃないのだろうか、ポリスマン的な何かに通報されてしまうんじゃないのか、前科者モノになってしまうのか俺は?示談で何とかならないのか?どこと交渉すればいいのか?国連か?代理人はどこに頼めばいいのか?そんな高度な英語力は持ってないぞ?
「……主殿、弁慶に見惚れるのは結構ですが、ほかに何かリアクションは無いのですか」
「?おう、牛若おはよう」
「…………」
「ところでこの美しい女性はなに?この世に存在してるの?CG?」
「…………」
「話が進まないので発言させていただきます」
「弁……よい許可する」
「ありがとうございます牛若様でございます。さて佐藤真一様、お初にお目にかかります。私は弁慶、源重工製重装アンドロイドG-M999弁慶でございます」
「アン?はぁ弁慶さん」
「はいお気軽に弁慶とお呼びください。我々の世界ではアンドロイドは順一級人権保有者と定義付けられています。異世界の人間である貴方にも一応一級人権が付与されることになっています、私より上ですねお喜びくださいでございます」
「はぁ」
「前置きはこの程度にしておきまして、先ずは我が主である牛若様のお命をお救い頂き、ありがとうございましたとお礼を申し上げるでございます」
「牛若の――――牛若!無事か!」
記憶が一気に戻る、流れ込んでくる、いや溢れ出してくる情報に溺れそうになる、だが覚えている、思い出した、あの時手を差しのばしてくる牛若の遠く後ろで白い影が地面から湧き上がり、手を砲身の様に変形させ牛若に狙いをつけ――――そこからどうした?初めて牛若から一本とれたような気がする。何も考えずに体が動いた感覚がある。そして――――そこからどうなった?
「ええ、全く無様なことに某は守るべき主殿にこの命を助けてもらうと言う失態を犯してしまいました」
牛若は泣きそうな、悔しそうな顔でそう言った。
「あー、まぁお前が無事ならそれでいいよ」
「いえ、そう言う訳にはいきません。某を助けるためご自分の命を投げ捨てるなど少しは考えてから行動してください」
「考えてと言われても――――って何て言った?」
「ですから、昆虫ではないのでせめて脊髄で思考を」
「そこじゃない、もう少し前、後脊髄では思考は出来ない」
「はぁご自分の命を投げ出す、ですか?」
「俺って死んだの?生きてるよ?」
自分の手を見る、ある。動かしてみる、動く。生きてる、OK。
「いいえ、間違いなく絶命していましたでございます」
美人さん、弁慶さんがコメントしてくる。後その語尾は癖なんだろうか、安易なキャラ付けは云々、あちらの世界の常識はどうなっているんだろう。
「私が現着した際には佐藤様の胸部中央に直径15㎝程度の貫通痕がございました。胸骨体、心臓、肺臓、胸椎と見事に消失しており、この弁慶見事なものだと感心していた次第でございました」
かかっていた布団を捲り胸部を確認する、シャツも何も着てなかったので観察は簡単だった。だが、そんな傷跡はなにも残っちゃいない、と言うかそんなもんどうしようもない、蘇生云々以前の話だ、胸郭スッカスカだ。
「いやぁ、そんなん言われてもきれいなもんみたいですよお姉さん」
ぺちぺちと胸を叩きながら、弁慶さんにそういい返す。
「事実です、記録映像はございますので後ほどゆっくりご覧になって下さいでございます。佐藤様の風通しがすこぶる良くなったその後、牛若様の奇行もとい機転によりなんやかんやあって欠損部位の復元、おまけに全身各所の負傷部位も漏れなく修復もなされましたでございます」
「は?なんやかんやって何?」
「なんやかんやは、なんやかんやでございます。具体的な手段としてはこの世界では二つとない希少な装置を犠牲にしやがってと言ったことなのですが、正直私にも分析不能でございます」
そう言って弁慶さんは牛若の頭部を指さした。ああそう言えば無い、牛若ご自慢の演算装置とやらが無くなっている。それを言われて牛若は照れくさそうな顔をしているが、そのリアクションが正しいのかどうか、今の俺には判断できない。後、コメントの端々に見られる慇懃無礼さと言うか傍若無人さはあちらの世界の文化なのだろう、そう思うことにする。
「つまり、次元跳躍とかの要である演算装置を消費して胸の穴を埋めたと?」
「はい、ご理解が早く何よりでございます」
表情を一切変えず、ずっと俺の目を見て話をしていた弁慶さんが、射抜くような視線を俺の胸に合わせる。その青く燃える炎の様な視線だけで胸が抉られそうに――――
「って熱い!実際に熱い!」
「ああ、失礼いたしました。ついスキャンに熱がこもり過ぎましたでございます。それにしても不思議な事です、佐藤様の胸部は完璧に復元されておりまして、肺臓も心臓も問題なく稼働しております、ですけどそこに重なる様に演算装置が存在しておりますでございます」
「は?」
「要するに、訳が分かりませんでございます。現状ではこれ以上の分析は難しいかとおもわれますが、演算装置はただ単に浪費されたわけではなく、現在も佐藤様の胸部に存在しているものと思われます。心臓を摘出すれば取り戻すことも可能かもしれませんので許可を頂けますでございましょうか」
「頂けるわけねーだろうが!」
「そうですか、残念でございます」
ついつい反射的につっこんでしまったが、弁慶さんは相変わらず無表情でこっちを見ている。
「はっはっはー、どうだ弁慶。某の勘は正鵠を得ていたろう。演算装置を生かしつつも主殿の命も無事お救いできた、あの時点では最良の選択肢だったと言うことだ」
牛若が満面の笑みでそう言い張る、俺的には命が助かってよかったのだが……まぁそもそも死んだ実感もないが、あちらさんの感覚で言えばどの程度なのだろう。うん演算装置の価値も、なぜこの世界に来たのかも、何と戦っているのかもさっぱり分からんから答えが出ない。
「そう言えば牛若、あの化け物はどうなったんだ?」
「あー、それはー」
「逃がしましたでございます。正確には演算装置を蘇生処置に利用したため八正跳が解除された為でございます」
「――――ヤバイやん!」
ガバリと布団を剥ぎ取り立ち上がる。お約束と言うか何というかそこには女性二人の前に全裸で立つ男が一人いた。
「なんだよ馬鹿野郎、少しはリアクションしろよ馬鹿野郎、野郎の全裸イベントなんかいらねぇんだよ馬鹿野郎」
グダグダと布団に包まりべそをかく佐藤様を見て牛若様は爆笑している。アンドロイドの私にそんな事を期待されても正直困るのだが。
そもそもここへ来て早々ボロ布の様になっていた衣類をはぎ取り、全身を直視でチェックするように指示されたのは牛若様だし、その後の看護をしたのも私だ。牛若様は牛若様で消耗した体力を回復する必要があったので、病人二人を仲良く並んで寝かしつかせていた次第だ。
まぁこれまでの会話で佐藤様の人となりは概ね把握できた。評価としては間の抜けた善人。平和な世界で共にあるには心安らぐであろうが、戦場で背中を預けるには値しないと言ったところだ。だがまぁ平和なこちらの世界で学生をやっていると言うことを考慮すれば我々と比べ多分に呑気なのはしょうがない所だろう。可もなく不可もなくと言いたいところだが、戦に臨んでは冷酷無比な牛若様の判断を誤らせたのは大幅な減点だ。このまま共に行動するとなると、矯正もしくは排除が必要となるが、さてはてでございます。
着替えて人心地。その後話を聞くにどうやらあの日から3日経っているそうだ。その間周囲に仕掛けた検査機からの反応は無し。爆撃を受けたようになったあの通路は現実世界での影響はなし。敵の手にかかった多数の犠牲者は存在するも、生命に深刻なダメージを受けた人は無し、被害の規模からガス漏れ等が疑われていると言うことだ。後、授業に出てこないし連絡も通じない事を心配して俺のアパートを訪ねてきた級友が居たそうだが弁慶さんが丁寧に対応してくれたそうだ、そう・ふぁっきん・しっと。
まぁ今はこっちに集中しよう。乗り掛かった舟を食らわば皿までだ。情報収集は弁慶さんに一任するとして――ああ、そう言えばあの人、人じゃなかった、アンドロイドだった。あまりにも人外過ぎる美人っぷりはそのせいでもあるのだろうAPP18は楽勝だ、平静を取り戻した今では直視するのもされるのも正直しんどい。
「それでは改めまして自己紹介を致しましょう。某はご近所トラブルから国家間戦争まで万争い解決します任せて安心源警備保障の特別捜査員、源牛若でございます」
「私は牛若様のサポートを任されております源重工製重装アンドロイドG-M999弁慶でございます。携帯食料から攻城兵器まで999種の携帯品の運用を行い、事案解決に安全安心の万能サポートをご提供可能でございます」
そう言って名刺を渡してくる異世界人二人。ヤバイ、なまじ日本語が通じてしまうため何を言ってるのか、かえって分からない。向こうの世界の日本はどんなワンダーランドになっているのだろう。まぁ平行世界への移動技術なんてファンタジーやメルヘンな技術持ってる世界なんで、こちらの常識と著しく異なるのは仕方のないことなんだろう。
改めて、二つの世界の常識についてのすり合わせに手間取っている俺をしり目に、牛若は説明の続きを始めた。
「奴らはGENと呼称されています」
「GEN?」
「ええ、正確には、暗獣:gloomy enemyを省略してGENです。まぁ最初に発見した平財閥の馬鹿息子が、我が源コンツェルンへの嫌がらせとしてつけた名前なんで特に深い意味はありません」
はははと笑う牛若、GENとは『源』とも当てられるが『元』とも当てられる。
「……、GENって元、元寇?モンゴルとか対馬で発見されたの?」
「ああ、こちらの世界ではそう言ったものがあったそうですね。確かに発見されたのは大陸の奥部でしたが、奴らは知っての通り騎馬民族などではなく、意思疎通も叶わぬ正体不明の怪物です。
正直生物なのか非生物なのかもわかっておりません。分かっているのは、こちらからでは手の届かない虚数空間から、現実空間へ一方的に害をなしてくる影の様な存在と言うことだけです」
まぁ分かっちゃいたが、元寇とは無関係と言うことだ。単語レベルでは共通点が見つけられるが、あくまで別世界の出来事なので相同性の様なものは無いと。まぁ元寇なんざ源じゃなくてその後の北条の時代の出来事だから時系列もバラバラだ。
そうなるとこの牛若はこちらの世界の牛若の様な悲運の最期を迎えなくて済むのだろうか。
主殿が、物憂げな顔で某を見る、こちらの世界の出来事と似たような単語が出てきたので思うことがあるのだろう、全く気の抜けたお方だ。こちらの世界の詳細についてはこの部屋にあった情報端末である程度は調べた。
なるほど確かにこちらの世界の某は波乱万丈の生涯を生き、最後はお尋ねものとして自害をし、さらし首になったそうだ。その最後に何を思ったのかは、こちらの世界の某のもので、余人が想像してどうなるものでもない。某とこちらの世界の某はあくまで別人、あり得た可能性の一つでしかないので、同一視して考えられても某にはどうしようもない。
「全く、お人よしですねぇ主殿は。某は某それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
そう言って牛若は柔らかく笑いかける。くそ考えが顔に出ていたか、精進が足りない、と思っていたら奴はこう付け足した。
「それにこちらの世界の某も幸運な事です、仇敵を片っ端から打ち首にしても御咎めなしの世界なぞ何とうらやましい事か」
はっはっはと笑う狂女、なんだろう笑えばいいのかどうすればいいのかリアクションに困るコメントはやめてほしい。
「ご自制ください牛若様。佐藤様がドン引いているでございます」
「むぅ?何がダメと言うのか。何かと突っかかって来る平財閥の者どもを物理的になで斬りにしても御咎めなしなのだぞ」
「その点について同意しないこともありませんが、我らの世界でそのような事を口にすれば物理的に星が割れます。社会のルールに沿ったうえでお好きなように争いください。よその芝生は青く見えると言うのは、人間が人間である限り全世界共通のルールでございます」
「分かっている、分かっている。ちょっとした源氏ジョークだ」
……源氏ジョーク笑い辛ぇよ。
本題からそれるが、話に出て気になったので、源氏と平家について聞いてみる事にした。弁慶さんの解説によると、あちらの世界での源氏は世界的大企業源コンツェルンとして政治経済軍事について地球規模での莫大な力を有しており、同じく平家も平財閥として同規模のスケールで存在しており商売敵として大小さまざまなトラブルを抱えてると言うことだ。
ちなみに源氏の統領は牛若の実兄頼朝で、数年前に若くして逝去した父義朝の後を継いだとのこと。平家については清盛が現役バリバリの統領として活躍中。注意すべきは武の教経と知の知盛、この二人が平家の両輪として凄まじい勢いで頭角を現していると言うことだ。
つまるところ戦の部隊が世界規模でルールが現代基準の資本主義とはなっているが、主要登場人物はこちらの世界と同じらしい。
「さてそれでは話をGEN対策に戻しましょう、弁慶頼む」
話が長くなったので途中で休憩をはさんだ後、牛若がそう切り出した。ちゃぶ台の上では弁慶さんが入れてくれたお茶が、香ばしくも清々しい香りをたてている。ティーパックの緑茶なのに、いれる人が違うだけでどうしてこうも違いが出るのか不思議ではある。
「了解しました牛若様でございます」
弁慶さんがそう言って話を引き継ぐ。
「GENを取り逃してから現在まで、新たな被害は未確認でございます。これまでのデータからは、損傷を負った場合虚数空間の奥底に逃げ潜む習性が確認されてございます。この場合の移動距離は現実空間、正確には八正跳で作られた中道世界と同地点の座標より半径5km程度の範囲でございます。虚数空間の深部に逃げ延びたGENを補足することは極めて困難で現在では有効な対策は確立されておりませんでございます。
また、逃走したGENは平均して一週間前後で再活動することが確認されてございます。その際の出現範囲も先ほどと同様でございます。と言うより虚数空間内を探知する方法が確立されておりませんので、GENが現実世界へ影響を与えられる状態を浅部、お互いに手出しできない状態を深部と定義している現状でございます。
現在、過去のデータに基づいた探査装置の配置、並びに現地行政機関及び情報機関に対するハッキングを用いて、情報収集を行っております。
まぁこれらはあくまで過去のデータを基に算出したものなので、今回出現した変異個体にどれだけ適応されるかやってみないと分からないと言うところでございます」
しれず拍手が漏れる。流石はアンドロイド、よくもまあこんな長台詞を一気に喋れるものだ。まぁそれは置いといてGENとやらについてある程度わかった。つまりは正体不明だが対応法については多少のノウハウがあると言ったところだ。
「ふむ、では暫くは待ちの一手と言うことか。けど次現れたらどうやって倒すんだ?演算装置はもう使えないんだろ?」
「ふっふーん、それについてはこの牛若にお任せを」
牛若が上機嫌で返事をしてくる。正直いやな予感しかしない。
「ああ、そう言えばお前の体調は回復したのか?見たところ包帯まみれだが」
「ええ、源印の回復薬Gを飲んだので大丈夫です。今なら素手でも遅れをとりません」
楽勝ですと言いズババンとシャドーをやる。まぁ感じ取れたのは風の音だけで何をしてるか全く分からなかったが。ともかくウチのボロアパートで爆風を発生させるのはやめてほしいです。
「えーっと、それじゃー」
と、言いかけたところで弁慶さんの眼鏡が光る。同時に牛若の表情が腑抜けたモノから戦士のそれに代わる。
「弁慶」
「はい牛若様、予定より早いですがGENの出現を確認しました。出現地点は――」
やっぱり出たのか!しかし早い、いや間に合ってよかったと考えるべきか。ともかく出現地点は――
「って、そこ俺の学校じゃねぇか!!」
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