地球防衛少女
まさひろ
大学防衛少女
第1話 少女との出会い
「人類は滅亡するッ!」
日も暮れて、街灯の灯りが頼りなく夜道を照らす大学からの帰り道、ハラハラと桜吹雪が舞い散る暗いその道で、これ見よがしに大仰なポーズを決める少女にそう言われた人類に、いったいどういった行動がとれるだろうか……。
「お先しつれいしまーす」
俺は
俺が所属している部活動は、少林寺拳法部。マイナーと言っていいかメジャーと言っていいか微妙な武道だが。映画や漫画で高ぶっていた古武術や中国拳法への熱を満たしてくれるのがそこだったと言う話。少林寺拳法と少林拳の違いとか古武術の定義とか色々あるが、打撃、間接両方扱い、指導体系もシステム化されている少林寺拳法はピッタリだった。
もともと獣医学科に入ったのも、ただ動物が好きだからと言うふんわりした理由だし。大学で武道を始めたのもカッコいいからと言うふんわりとした理由からだ。
仁義礼智信厳勇の言葉は武術漫画で知ったが、それを生かすことなく、人生の分岐点をフワフワとその場その場の感情で選んで来た。
「佐藤君帰るの?じゃあ途中まで一緒にいきましょうか」
「ヒューヒュー!
「部長?小学生以下の煽りはやめてくださいね?次回の乱捕りでは徹底的に金的を狙いますから」
「やーめーてーよー!真一!お前も謝って!早く!」
「自業自得です、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
部長に穏やかな笑顔で死刑宣告したのは、クラスメイトの
「部長のアレはセクハラ行為としてもいいんじゃないかしら」
「あーははは。まぁお手柔らかに」
「なんの為にファールカップつけてるのよ、手加減はするけど全力で狙うわよ」
スパンと素振りをする彼女、付けていても痛いものは痛いので地獄である。まぁ金的は、少林寺拳法では率先して狙うべき急所の一つなのでルール違反ではないのだが……南無。
「けどまぁ2年になったからと言って、特に変化はないねぇ」
「まぁ専門が増えた位よね、ゼミが始まるまではこんなものでしょう。佐藤君にはその間に最低でも二段にはなって貰わないとね」
「あー、程々にお願いします」
「センスはいい方だから期待してるわよ。同期はみんなそこまで行ってもらうのが最低限の目標だから」
まぁスケジュール的には問題ないが、彼女の期待は何なんだろう。あまり誉められ慣れていない、平凡な人生を送ってきたものとしては、多少肩にのしかかるものがある。特に彼女はクラスの中でも割と美人なカテゴリに入るので尚更だ。
「まぁ精々頑張りますわ。特に愉快なイベントの予定が今後の学生生活に入ってるって訳でもないしな」
「うーん、多少覇気のない返事だけど、普段の態度から良しとしましょう。佐藤君は根が真面目だからね」
「へいへい、そんじゃまー。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願い致します」
そう言って彼女と別れて暗い夜道を一人歩く。その時は今まで通りの平凡な毎日が、これからもずっと続いていくものと思っていた
「人類は滅亡するッ!」
なんだろう、後ろを振り向いて見るがそこには誰もいない。もしかしなくても俺にそう言っているんだろうか。街灯をスポットライト代わりに少女が立つと言うシチュエーションは、幽霊にありがちと言うべき所だが。こんなにテンションと自己主張の激しい幽霊は居ないだろうから、単なる酔っ払いか、頭が別次元な人か。まぁ…………春やしな。
そう思いながら、視線をやや上方に固定し全力で目を反らしつつ彼女の隣をすり抜けた。
「話は聞かせてもらったぞキバヤシ!人類は滅亡するッ!!」
「キバヤシじゃねーよ!キバヤシはボケ担当だ!!」
つい反射的に突っ込んでしまうと、ニヤニヤと上目使いで笑っている女と至近距離で目が合ってしまった。ついでに言うとMMRは基本的にみんなボケ担当だった。
「まーまーまーまー、少し話を聞いてくださいよー、いやホントに人類のピンチなんですって」
「そういうのは間に合ってます」
「おお!流石は主殿、もう準備は万端、いつでも某を迎え入れる体制ですとな!」
「誰が主だ!断る、聞かない、邪魔だ、消えろ」
そう言い捨て、早足で歩く。なんでこんなきっつい電波にからまれにゃならんのだ。そういう話はマガジン編集部か、国連にでも行ってくれ。お勧めは近所の大学病院の精神科だ。なんで俺はこいつに気付いた時点で回れ右しなかったのか。
「まーまーまーまー」
くそ、足の速い女だ。俺より頭一つ分小さいくせに余裕でついて来やがる。
「くそったれ!」
こうなったら恥も外聞もない、早足なんて生ぬるいことをしてる場合じゃない。俺はアパートまで全力でダッシュした。
「ぜはっはっはっはっはっ…………」
これでも、体力は人並み以上にあるはずだが、教科書満載のカバンを抱えての全力ダッシュは少々こたえる。
「ははぁー、主殿はなかなかぼろい、いや風情あふれるお部屋にお住みなんですねぇ」
「なん……だと……」
脇腹を抱えながら年季の入った玄関にカギを差し込んで居ると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「まーまーまーまー、遠いところよくいらっしゃいました、狭い部屋ですがどうぞお上がりください」
「うる、さい、俺の、部屋、だ」
部屋を特定されてしまった以上、奴を撒くために走り回る気力も体力も意味もなく。背後から離れないこの女を、なし崩し的に部屋に上げることになってしまった。
「おやおや主殿は随分とお疲れのご様子、何か冷たいものでもお出しください」
奴はそう言いくさると、勝手知ったる他人の家とばかりにちゃぶ台に座って俺を待つ。俺は水道水を数杯がぶ飲みし息を整える。
どうしよう、奴を無視して家を出ていこうか。いやそれとも警察に電話すべきか。
「あーるーじーどーのー!某にお茶と茶菓子をお出しくださいー!」
このクソガキは、ちゃぶ台をドンドンと叩きながら、意味不明な言葉を発する。こいつは何なんだろう、意味が分からない、こいつが喋ってるのは日本語なんだろうか?実は日本語にすごく良く似た別の言語を発しているのではないのか?
「おー茶!おー菓子!おー茶!おー菓子!むーあんまり意地悪すると。某、暇に任せて主殿のお部屋で家探し始めちゃうかもしれませんよー」
「くそったれ!!!」
台所にステンレスへの打撃音が空しく響いた。
ドンと水道水を二つ、お茶受けは割れ煎餅、以上。奴はあからさまに不服そうな顔をしているが知った事か。
改めてじっくりと観察する、年の頃は10代半ば?顔だちはまぁ美少女と言って差し支えないだろう、しっかりとした意思を感じる太めの眉に、やや釣り目がちで切れ長な目は長い睫毛も相まって宝塚スターの様だ。ベクトルは美綴と同じだが、パーツの精度と配置はこの少女の方に軍配が上がると言った所。しかし、ころころと変わる表情が幼さを強調し人懐っこい子犬の様な印象を与える。
バリバリと食いカスを散らしながらでもその評価なので、大人しく黙っていればさぞかしとは思うが……くそ顔面偏差値が高い奴は敵だ。
服装はデニムのホットパンツに、Tシャツ、スカジャン。ヤンキー匂が漂うファッションだが、長く艶のある黒髪を高級そうな漆塗の黄金蒔絵螺鈿のかんざしでサイドテールにまとめておりそれを緩和している。まぁ女のファッションなんかよく分からんが。
「―バリ―、んー、―バリ―、なんですかー、―バリ―、主殿ー、―バリボリ―」
「やかましい、口にモノ入れてしゃべるな」
「んっ―――なんですかー、さっきから某の事じろじろ見て。某が美少女なのはわかりますが、お手付き一回に付き爪一枚ですよー」
わーお、なにそれ怖い。男が被害者のDVもあるんですよー、っていうか普通に傷害罪だ。
「あっでも安心してください。某か弱い乙女なので、一息に剥ぐなんて手荒な事は出来ません。包丁か鋸を使って優しくグリグリっと剥がせていただきますね♪」
何それ怖い。一言一言でナチュラルにSAN値削ってくるんですけど、新手の神話生物か何か何だろうか。
「あー、ごほんッ!!まぁ話を聞くだけは聞いてやる。それがすんだらとっとと帰れ」
「ふぅ、まったく主殿はせっかちですねぇ、まぁ時は金也とも言いますし。どーしても話を聞きたいと言うのなら、渋々ながら話して差し上げましょう」
細かい事には突っ込まない、突っ込まないぞー、頑張れ俺。
「コホン―――――いいですか―――――人類は滅亡するッ!!」
「それは何度も聞いた、その次だ」
「はー、これだからご主人は、会話のわびさびが分かってない」
「そ、の、つ、ぎ、だ」
「はいはい、あーあのですね、実は私異世界人なんですよ。某の世界はこんな石器時代に毛が生えたような世界とは10段違いで科学技術が発展していまして、特に時空間制御には1000倍の開きがありますね、移動手段として単距離ワープが利用されている世界です。まぁ流石に誰でも直ぐお手軽に利用できると言う訳ではありませんがね、そんなに規制が緩かったら、テロテロテロの大祭りになっちゃいますから。あっ話がそれましたね元に戻します、えーそれで有り余る技術力を集結してとちょっとした問題解決の為に、この度平行世界への偵察もとい視察を行うことになりましてね。そのちょっとした問題ってのがちょっと面倒な問題でして、化け物、怪物、現象、まーともかく訳の分からん奴らが暴れ回ってたのですよ。本国、この場合は本星?本世界?での問題は一旦は解決したんですが、研究の結果、こっちの世界にその原因がありそうだと言うことになりまして。毒を食らわば皿までと言いますか、臭い匂いは元からと言いますか、兎に角根っこから徹底的に調査、可能ならば撲滅しようと言う事になりました。それで本国でも天才と名高い某に白羽の矢が立ったしだいでございまして――」
「長い長い長い長い!!」
「えー、主殿が喋れって言ってきたんじゃないですかー」
「3行で」
「化け物
退治に
来ました」
くっっそ、この電波娘、どうすればいいんだ。
「ふーーーーーーーー」
水道水を一口。いい、分からないことは分からない、この電波娘の中では理論が成立してるんだろうが、俺にとっちゃ未知数はXとして自分の知ってる方程式にぶち込むしかない。いやそもそも理解する必要があるのか疑問だが。
「OK、OK。要するにお前は化け物が闊歩していた世界出身で。その世界での戦いは収まったけど、それの原因がこの世界にあるかもしれない、そんでそいつをほっとけば地球が危ないから協力しろと言うことだな」
「おお!クリプトスポリジウムレベルの脳しか持たない主殿にしては呑み込みがお早い!」
「クリプトに脳はねぇよ!いや違う!そんな事はどうでもいい、いや良くないが……なんで俺なの?あとなんで主殿って呼称なの?」
「ふむ、所詮はその程度の理解力でしたか。やはりカンピロバクター程度の知性ですねぇ」
あからさまにガッカリして、ため息まじりにそう言うクソガキ。あと微生物は、数億年レベルで生存してきた、ある意味最強の生物の一種だ、知性のパラメーターだけで優劣を測るんじゃねぇ。
「はぁー、面倒くさいけど、説明して差し上げますよ。先ほど言った通り、某の世界では次元跳躍技術は実用化されました。しかし、細心の準備と注意を怠ると色々と厄介なことになります。
まぁその厄介ごとって言うのが、その移動者一人で済むのなら、さよならバイバイ御勝手にと言うところなのですが。下手するとタイムパラドックスを引き起こし、移動先の世界の時空列が乱れて、ある朝目が覚めたら爬虫人類さんこんにちわとか言う状況になっちゃいます。
そして最悪の場合は次元融合や対消滅などを引き起こして我々の世界とこっちの世界が綺麗さっぱりなかったことになってしまう可能性もあると言われています」
電波娘は今までにない、と言うか初めて見せる真面目な顔で丁寧に説明する。
「…………ふむ、続けてくれ」
「はい、そこでその危険性を最小限にするために我々が考案した方法が超次元アンカーの打ち込みです。それを起点として跳躍装置のメインコンピューターと移動者の端末で絶えず観測し安全域に留まる様に調節を行っているのです」
電波娘はそう言ってサイドポニーを纏めているかんざしを指さした。すると、かんざしがカシャカシャと展開し、青白い燐光を放ついかにもSFチックなパーツが隙間から見えた。
「これがメインの端末でサブ端末は他にもいくつかあるんですけどねー」
どうだ、とばかりに無い胸を張りかんざしを見せつけてくるが……。まぁ、えらい金掛かってそうなコスプレグッズですねぇと言った感想しか抱けない。
「んー、まぁその流れでいくと、俺がその超次元アンカーとやらに引っかかったと?」
そう言うと、ハトが9mm弾くらったような顔をしてこっちを見つめる電波女。うーん率直に言ってぶん殴りたい。
「ええ!そうなんですよ!いや正直こんなパッとしない、科学技術がゆとり仕様な世界の、これまたパッとしない冴えない殿方がアンカーだと聞かされた時には、上司をぶん殴ってやろうかと思いましたが、1Å位は見どころあるじゃないですか!いやーローキック一発で済ませて正解だったかもしれません!」
「結局一発いれてんじゃねぇか!」
「まぁまぁ、些細な事です。えーっとそれで話の続きですが、そんなわけでアンカーとなるモノ――此度は主殿の様に人間だったわけですが――そのアンカーは次元跳躍に非常に大切なモノなので、最大限の敬意と注意をもってあたらなければならないのです。これは化け物討伐と同じく、いやそれ以上に重要なことと言ってもいいでしょう」
「ふーむ、しかし俺はアンカーなんぞになった覚えはないのだが、当確メールも召集令状も貰った覚えはないぞ?」
「地球時間で5年前の10月12日、それが第一次審査です」
「はっ?」
「第一次審査をクリアしたのは1954億3450万4671個体。それから100の審査を経、私との相性が最もよかったのが主殿なのです。個体差はありますが、アンカーに選ばれたモノは定期的に軽い頭痛や、微弱な静電気反応等、何らかのごく僅かな外部刺激を受け取っているはずです。もちろん直ちに健康に害はないのでご安心ください」
いや、満点笑顔でそんなこと言われても、全くご安心できないのだが。それにそんな些細なモノ一々覚えてねぇよ。
「ん?でもそれが確かなら時系列が合わねぇだろう。そんなにご丁寧に地球に定期検査する前にとっと化けもんの巣穴見つけとけよ」
そう言うと、電波娘はフッと鼻で笑ってこっちを見下した。
「まぁ3次元以上を観測できない原始人には分からないかもしれませんが、我々の技術なら時間逆行しデータ収集するなぞごく普通の手段です」
ふむ、まぁこっちでも疫学調査や考古学などで過去にさかのぼってデータ収集する手法は一般的だから、考え方としては分かる。まぁやっていることは、健康診断に行ったら過去5年分の採血をその場で行うようなものだと思うが。
「と、言う訳で。これからご主人は地球を滅亡の危機から救う某の手足となって働くのです!」
「よし、分かった!じゃあ頑張れよ!」
ちゃぶ台を挟み、お互い満面の笑みで対峙する。
「なに聞いていたですか!某は地球の危機を救いに来た救世主ですよ!主殿は某の衣食住の世話をし、快適な救世主ライフを提供する義務があるんですよ!」
「速攻言ってることが違うじゃねーか!それに俺は話を聞いたら帰れと言っただろうがこの電波娘!」
「だーれが、電波娘ですか!某はわざわざ次元の壁を越えてまでこの世界を防衛に来た火力と武力の正義の味方ですよ!」
「そんなもん信じられるか!ってか火力と武力って力ばっかりかよ!」
「なーに言ってるんですか!そのコロナウイルスレベルの脳味噌には気泡しか詰まってないんですか!?地球滅亡の危機なんですよ!!」
「さっきから人を病原微生物扱いしてんじゃねぇよ!しかも徐々にサイズが小さくなってきてるし!普通系統図は上がってくるもんだろ!」
「あーはいはい、分かりましたよ。じゃぁ有鈎条虫ってことにしてやりますよ。よかったですねー、多細胞生物の仲間入りですよー」
「OK、分かった。表に出ろ。拳でケリをつけようじゃないか」
「あー、じゃあついでにコンビニでプリン買ってきてください、300円クラスのでいいですよー」
「ふ、ざ、け、る、な」
奴の肩を掴もうと手を伸ばす――
「あれ?」
重力が無くなり景色が回る――
「あだだだだだだだ!!!!!」
気が付くとうつ伏せになり、腕を背中側にねじり挙げられていた。
「ふっふっー、某初めに言いましたよね。お手付き一回で生爪一枚だと」
「あだだだだだ!ギブ!ギブアップ!!」
開いている手で床――じゃないベッドを叩く。そういえば間接決められ投げられている(と思う)時に一切の衝撃を感じなかった。道院長とか美綴レベルだと自分が何をされたか分からないうちに投げ飛ばされていることがある。こいつはそのレベルいやソレ以上の達人だ。平面の道場ならまだしも障害物だらけのこの部屋で、それらに一切かすることなく俺をベッドまで投げ飛ばしやがった。
「ふっふーん♪いいでしょう、いい声が聞けたことだし、お手付き前だったことも加味して今回は不問にしてあげましょう♪」
逆技が解かれ、俺の背中から体重の重みが消える。俺が起き上った時には奴は既にさっきまでいたちゃぶ台の向こう側で正座をしていた。
「くっ、これで勝ったと思うなよ」
肩をさすりながら、体面に座る。
「いいか、電波娘。てめぇが何を企んでるのかさっぱり分からねぇし、何一つ信頼出来ることはねぇ。ただまぁ時間が時間だ、今日一日だけは泊めてやるから、明日の日の出とともに即座に家に帰るんだな」
電波娘はニコニコと笑いながらこっちを見ていた。
と言うわけで、今日の話し合い?は終了した、客布団なんて贅沢品は無いのでクッションを枕に床で眠ってもらうことにした、まぁそこで眠るのは俺になったわけだが……。
風呂場からシャワーの音が聞こえる、奴はまったくの無警戒で鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。おまけにまったくの手ぶらで来てやがったので。着替えは俺のジャージに俺のTシャツ&ボクサーブリーフだ。羞恥心とか倫理観とかは次元跳躍の際においてきたのだろうか?
しかし、この年で(まぁ実際は何歳か知らんが)あの柔法の腕前だ、おそらく幼少期からかなりの訓練を積んできているんだろう。少林寺拳法かどうかは知らんが、どこかの道場の師範の娘の可能性が高い。
現代の日本で一子相伝の暗殺拳の使い手なんてものはいないだろうから、ごく普通の道場の娘なら、ごく普通の教育を受け、ごく普通の倫理観を持っている……はずだ。
個人的経験から言えば実力者ほど、自分の拳の威力を知っているから、より慎重で温和な人が多い。戦後の混乱期じゃあるまいし、有段者が拳を振るったと言うだけで警察の目が厳しくなると言う現実的問題もある。
その点この電波娘の腕は俺なんかより数段上だし、おそらく、いや確実に美綴より上だろう。正直に言うと上過ぎて何処まで差があるのか分からないほどだ。
だったら、この電波っぷりは計算の上で、なんかの事情で家出中と言う可能性が高い。
もちろん最悪の場合、天性のドSで美人局やら、狂言痴漢みたく誘拐されたと通報されたくなきゃ誠意を見せろなんて言い出すかもしれない。しかし、帰宅途中の大さわぎを、ご近所の皆さんが聞いてくれているはずなので、一方的な展開にはならないだろう、だと思う、だといいなぁ。
ともかく今日はもう疲れた、もう寝よう。願わくば今日の事は夢で明日からまた普通の生活が送れますように。
「ああ、そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
ファーストコンタクトから数時間、電気を消してお休みを言う前にやっと気が付いた。
「はい、某は
「おうお休み。そんじゃ牛若、日の出とともに家にかえるんだな」
……牛若?偽名にしては妙なチョイスだな。そう思いながら俺は瞼を閉じた。
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