42話 ポルチーニの香り

 俺は田中一郎、童貞だ。




「お願いします、田中さん。 あなたしかいないんです……!」




 そんな俺が美人のCA様に頼みごとをされて、果たして断れようか?




――否! 




 不可能である。




「……分かりました! この田中にお任せください!!」




 新たな試練の始まり。


前回の試練を乗り越えた報酬は大きかった。


キャバクラにも行ったことの無い俺は、女性陣に囲まれチヤホヤされ完全に有頂天だった。 本当はおっさんが倒したイノシシもどきも自分の手柄にしてしまったしな。


 


「僕も、行きます」




 不思議とまったく疑われなかった。


なんだろう、ひょっとしたら、おっさんと同じ人種と思われてしまったのかもしれない。




「ふん。 お前、足を怪我しているんだろう? 足手まといだ、大人しくしてるんだな!」




 イケメン野郎め、目ざとくアピールしようとしやがって。


お前が同行したら、全部お前の手柄になっちまうだろうが!




「……はい。 ありがとうございます」




「くふふ!」




 砂浜の様子を見に行き、美人CA様の好感度アップ。


それに砂浜の連中からも感謝されちゃうだろうなぁ?


 くふふ! エロそうなギャルもいたし、俺もおっさんみたいにアレされてあんなことまでされちゃうかも!?




「よし! イケメン以外の野郎どもは、俺についてこい!!」




 砂浜までの道なんて一度行ったし、おっさんと行った森に比べれば楽勝だろう?


サクっと行って感謝されて帰ってこよう。




「……なんだこいつ?」




「誰?」




「さあ……本当に大丈夫か?」




 モブどもなら荷物持ちについてきても問題あるまい。


美人CA様の試練クエスト。 水とバナナを持ち砂浜へ向かい、砂浜の現状確認をしてきて欲しいというもの。 いわゆるお使いクエストだな。 はは、楽勝ですよ。




「ぬふふ。 バナナのお礼に俺のバナナも……くふふ!」




 考えただけで笑いがとまらない。




「ダメかもしれない……」




 気力の漲った俺は、水もバナナも重さを感じない足どりで歩き出す。


俺はかつてないほどに、何の根拠もない自信に満ちていた。






◇◆◇






 尻か、胸か。




「あんっ! 掴んじゃダメですぅ!!」




 そこに答えなんてないと思う。




「仕方ないだろ?」




 ピンク女、亜理紗は背が低い。


少し高い段差を乗り越えさせるため、濡れたスカート越しに尻を持ち上げる。


 安定させるため両手で鷲掴み。 肉に沈む手の感触は、つい力が入ってしまう。




「んッ、んんッッ! 山ピーの、えっちいい!!」




 服がずれて半尻に。 ローライズだと思えば問題あるまい。


登りきると四つん這いでこちらに尻を向けている。 ふんわりとしたスカートで判りづらいが結構いい尻だ。 ムチっとした桃尻。 痩せ気味のお嬢様は尻は細いし、ギャルはほどよい丸尻だ。


 揉みごたえがあるのはやはり桃尻だろう。




「大丈夫か?」




「ふえぇ……。 山ピーに弄ばれちゃいました……」




 ちょっとだけ揉んでしまっただけじゃないか。


男は女の桃尻に抗えない、不可抗力だ。




「ほら、急ぐぞ? 雨が降ってきても嫌だしな」




 尻を揉みに来たわけじゃないのだ。


上流の探索がメインである。


 今日は風が無く沢の側でも少し蒸し暑い。


水の流れの音はいつもと変わらない。 沢登りをするときはどうしても変化に敏感になる。




「ここは泳ぐしかないな」




 斜め滝の前は前回も泳いだ。 周りを崖で囲まれており、迂回するには少し時間が掛かり過ぎる。


 濡れた岩肌は滑り易く危ない。 




「足つくです?」




「あー、たぶんな?」




 俺の胸下ぐらいまではあったかもしれない。


亜理紗だと場所によってはつかないかもしれないな。




「はにゃああ!? 溺れるですぅ!!」




 幅が狭まり水の流れも強い。 どうやら足がつかなかったらしい亜理紗を助ける。




「ほら、しっかり掴まってろよ?」




 亜理紗を背中に抱っこしてバックパックは前に背負う。


浮袋としても使える。 まぁ足はつくので無くても問題ないが。




「はふぅ……。 山ピーの大っきくてあったかいですぅ……」




 背筋の話だよ? 童貞じゃあるまいし、背中につく胸の感触だけで大きくなったりしません。 さっきのお返しか、背中を揉んでくる亜理紗。 くすぐったい。


 難所が続くので背負ったまま登っていく。


崖に掛かる太い木の根を手すりに使い、足場の悪さをカバーする。




「ふぅ……。 少し休憩しよう」




「はいですぅ……」




 沢の曲道。


幅が広くなり少し水流も緩やかだ。


 荷物を降ろし休憩する。


日差しは曇っていて強くないが、蒸し暑く汗を掻きやすい。 しっかりと水分補給をしよう。




「そういえば、塩、ありがとな」




「ふぇっ? ……はいなのです」




「はは、昼食にするか」




 驚いたように照れた亜理紗。


本当に助かっている。 おっさん分隊で移動した時だって、もし塩が無ければ男同士で汗を舐めあうという苦行に迫られたかもしれない。 いや、ないか。




 岩壁の間から湧き出る水を発見。


葉筒を作り差し込み水を汲みやすくする。


 インドでも腹を下さないくらい、おっさんは耐性があるので生でも平気だろう。




「うん、いいね」




 飲んで味を確かめるが問題ない。


昼食用に火をおこすから、煮沸してもいいけど。


 曇っているのできりもみ式で火起こしを行う。


火きり杵と火起こし板はすでに作ってある。 丸いくぼみとV字の切れ込みを入れた板と真っすぐにした木の棒だ。 しっかりと乾燥させ、出来るだけ同じ木から作る方がいい。 




「あれ、どこ行った?」




 気付いたら亜理紗がいない。


トイレかな? 子供じゃないしすぐ帰って来るかな。


 


 とりあえず放置で火起こし。


この原始的なアイテムでの火起こしには姿勢が重要だ。


 火きり杵にしっかりと体重を掛け、板がずれないようにしっかりと固定する。


穴の中に砂を入れ摩擦を上げるのも有だ。 最初はゆっくりと木の板を温め、火種から焦げた臭いがしてきたら一気に速度を上げる。 溜まった火種のほうから煙が出てくればそれをヤシの繊維の中に移して息を吹きかける。




「サゴを焼いて蜂蜜を塗ろう。 イチジクも適当に切って挟めば完璧だな」




 主食のある安心感。 危険もある森だが、リスクを冒す価値はあるかな。




「山ピー! 食料……とってきたでありますっ!!」


  


 帰ってきた亜理紗から突き出された食材。 


果たしてこれはリスクを冒す価値はあるのだろうか?




「キノコか……」




 綺麗なキノコだ。 虫に食われた様子もない。 まぁ開いて見たらスカスカの場合もあるが。 問題は人が食べられるかどうかだ。




「食べられるですよぉ?」




「ふむ……」




 見た目はイグチっぽい。


肉厚のしっかりとしたカサの裏はスポンジ状になっている。


 独特の豊かなナッツの香りは、まるでポルチーニのようだ。




「……食べないですか?」




 しょんぼり、といった感じ。


おーけー。 俺の命、お前に預けようじゃないか。


 キノコを人に勧めることは俺でもしない。 野生のキノコを百パーセント見分けることは出来ないからな。 気候の変化や発生時期などで姿が変わることもある。




「肉炒めでいいか?」




「はいです!」




 食べると決めたら疑わない。


信じる者は救われるのだ、まぁそのほうが美味しいからだけど。


 イノシシもどきのお肉と一緒にキノコ炒めにしよう。 肉も早く食べないとだし。


最後の晩餐になるかもしれないしね!






◇◆◇






 また、亜理紗がいない。




「亜理紗、見なかった?」




「知らないわよ?」




「そう言えば、川の方に行くの見ましたよー」




 教えてくれたオカッパ頭の女性に感謝し、沢に向かう。


朝から見かけていない。 いつもの癖だろう。 好奇心に負けてどこかでフラフラと何かを追いかけまわしているに違いない。




「うーん……」




 水辺から沢に来たが、亜理紗の姿はなかった。




「下ったのか、上ったのかなぁ……」




 気まぐれで移動する人間を探すのは大変だ。


GPSでもあればいいのに。 




「とりあえず、下ってみるか……」




 バナナの林で綺麗な虫を見つけて喜んでた。


また行っているかもしれない。 見つけたら怒らなきゃ、一人で勝手に行動するなってね。




「男どもがちょうどいなくてよかった」




 あの子は男に対する危機感が少ない。


最初だって変なおっさんに森に連れ込まれてたし。




「あぁ、お腹空いたなぁ……」




 きっと亜理紗もお腹を空かせてる。


早く見つけて一緒にご飯を食べよう。




 さっき貰ったパンのような物とお肉を大事にしまい、私はどこに向かったのか分からない親友を探し始めた。


 結局、この日はこの後に見つかることはなかったのだけど。


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