39話 十日目:イケメンピンチ

 今日の朝も、体は悲鳴を上げていた。


頭がぼんやりとする。 起きたばかりなのに空腹を感じる。


 体調も最悪だ。




「っ……」




 手作りの木製ベットは硬く、疲れた体を癒すには柔らかさが足りていない。


日本の、家のフカフカベットが恋しい。 僕は固まった体をほぐしながら寝床から起き上がり、曇り空を見つめる。 深く深呼吸をすると、いつもの朝とは違う空気のにおいを感じた。 




「ふぅ……」




 近くで寝ている人たちを起こさないように、静かに寝床を離れる。


この数日ですっかりと日焼けした肌。 日焼けのしずらい体質にも関わらず、こんがりとした小麦色だ。 




「くぅ……!」




 今日の水汲み。


拠点から沢までの短い距離を歩いただけで、足の裏と、腿から腰にかけて痛みが走る。


 この数日間の疲労が溜まっているのだろう。




「無理はするなと言われたけど、水汲みぐらいはしないと……」




 足にマメができてしまった。 機長さんから無理はするなと言及されている。


皆が働いているなかで、ゆっくりと座っているのはいたたまれない。


 皆は僕を気づかい優しい言葉をかけてくれる。 けれどその優しさが余計に僕を焦らせる。




「よいしょ……。 あっ……れ……?」




 力が入らない。


バックに詰めたペットボトル。 空いていた物を十本ほど持ってきた。 水を入れたと言っても持てない、辛いと感じるような重さではない。 なのに、体が傾いた。




「うぅ……」




 沢から拠点まで半分といったところ。


たいした傾斜でもないはずの坂道が、心臓破りの坂のように僕をイジメる。


 


 元から体はあまり強くないんだ。


スポーツは得意だったけれど、最初だけ。 本気で打ち込んでいる人には絶対にかなわない。


バイト先の先輩にはよく『センス〇、ケガしやすい。 改造するしかないね!』と、からかわれていた。 




「あぁ、シフトに穴開けちゃったな……。 帰ったら、謝らないと……」




 きっと僕の代わりに先輩がシフトに駆り出されているに違いない。


頼りにならなそうだけど、頼りになる先輩を思い出し、ふと笑みがこぼれた。


 それと同時に、僕は力が入らず重力に従うように地面へと吸い寄せられた。




 僕の意識は真っ暗な世界に沈んでいく……。






◇◆◇






 僕は彼女をずっと好きだった。




「……僕と付き合ってくれませんか?」






 僕と彼女は同じ大学。 同じ学科。 けれど言葉を交わしたことは数えるほどだ。


同じ学科と言っても百人以上いるし、彼女のグループは大人しい女の子ばかりで僕たちとは少し距離があった。 でも大学生活の四年間、僕は彼女のことばかり考えていた。 できるだけ近くの席に座ったり、いつでもノートを貸せるように必要以上にカラフルな仕上がりの授業ノートを作ったり――それは【英斗ノート】と呼ばれ、テスト前は貸出予約ができるほどだったのだけど。 結局、優秀で真面目な彼女は【英斗ノート】を借りに来ることはなかったけれど……。






 きっかけは学園祭。 大学生活最後の秋に行われた学園行事。 これが最後のチャンスだと思った僕は、勇気を振り絞って彼女に近づく決心をした。 自分のことながら、少し遅すぎたなとも思う。 僕たちはサークルや委員会で一緒という訳でもなかった。 焦った僕は初めて友人に彼女の事を相談した。




『ぷっ。 やっとかよ? 任せとけって!』




 友人たちは笑って協力してくれた。 どうやらずっと気付いていたけど、僕が言い出すまで何も言わなかったらしい。




『段取りは完璧。 これほど楽な仕事はないよ?』


 


 これから僕は彼女に告白する。


セッティングしてくれた友人。 彼は一体何を言っているのか? 


僕は緊張してガチガチになり、今にも逃げだしたい衝動に駆られながら友人を睨みつけた。




『はは、気楽に行けよ。 いつもの【爽やか英斗フォー】でいけば問題ないよ』




 そのあだ名はやめて欲しい。




 告白の場所は、夕暮れ時の校舎の屋上だった。


僕たちの大学の校舎は丘の上にあり、屋上から見える景色はなかなかのものだ。


 たいていはそんな夕暮れ時の光景を眺めるカップルだったりと、誰かしらいるはずの今日の屋上は僕と彼女の二人だけだった。




「……来てくれて、ありがとう」




「……はい」




 今日の彼女は水色のワンピースに白のカーディガンと、いつも通りシンプルで落ち着いた服装だった。 あまりカジュアルな格好をしているところを見たことはない。 結構似合うとおもうのだけど。




「……」




 ジッと見つめすぎてしまった。 視線を逸らすように、彼女は俯いてしまう。


マズイ。こんな場所に呼び出してジロジロ見つめたら嫌がるに決まってるよね。


 不審者まったなしだよっ!




「あ、あの……えっと……」




 真っ白。


考えていたセリフは、全て頭から抜けてしまった。 夕焼けのように僕は頬を染め、しどろもどろに百面相をしていた。




「……クス。 英斗君でも、そんな顔するんですね?」




「……!」




 初めて名前を呼ばれた気がする。 いや、会話したのも数回しかないけれど。


 夕陽に照らされる彼女、屋上に吹く風は彼女の黒くて艶やかな髪を揺らす。


片手で髪を押さえながら、彼女は優しく微笑んだ。




「……僕と付き合ってくれませんか?」




 彼女の笑顔を見ていたら、自然と呟いていた。


なんの飾り気も無い、ありふれた告白の言葉。




「……はい」




 答えてくれた彼女の言葉もシンプルだった。


けれどそれ以上に必要な言葉なんて、僕には無かった。






◇◆◇






 暗闇から僕の意識は徐々に戻って来る。


だれかの手が僕の頬を撫でている。 ヒンヤリとした何かを塗っているようだ。




「う……」




 ぼやける視界。 


僕はベットに寝かされているようだ。 僕のベットとは違い凄く柔らかい。


 爽やかなイイ匂いもする。 


僕は力の入らない体を無理矢理に起こす。




「起き上がらなくていい。 まだあまり無理をするな」




 撫でていた手は離れ、男の人の声がした。


誰の声だったろう。 とても安心する優しい声。


 この声なら優しさを向けられても、僕は焦ることはない気がする。




「まったく。 ちゃんと食事を取れよ? バランスが重要だぞ」




 視界が戻ると僕を看病していてくれた人物が分かった。




「……山田さん! 戻ってたんですね!!」




「あぁ、帰り道で倒れてるお前を見つけて焦ったぞ?」




 起き上がろうとする僕を手で制し、山田さんは半分にしたココナッツの殻を持ってきた。


そのココナッツの器からは湯気が立ち、凄く美味しそうな匂いがしている。




――ゴク。




 僕の喉は自然となる。


体がそれを求めているのが分かる。 失礼だと分かりながらもそのココナッツの器から目が離せない。




「過労、寝不足、栄養不足、それに貧血かな。 一応体も調べたが、毒虫にやられたような跡はなかった。 体調管理は最優先事項だぞ? 他人を気づかう前に自分の体を気づかえ。 ……それが出来てからだ」




 山田さんはココナッツの器とスプーンを渡しながら、一気に捲し立てた。


その言葉には少し棘がある。 怒っているようだった。




「……はい」




 受け取った僕は、涙を我慢できなかった。


それは自分が情けなくて、悔しくて、でもそれ以上になぜか嬉しくて。


 受け取ったスープは少し塩辛い。


でもそれだけじゃない。 




「美味しい……!」




 ゴロっとした赤黒いモノを口に含んだ。


ホロホロと柔らかくて甘く、不思議な旨味がある。


 というよりもこれはお肉?




「山田さん、コレ?」




「あぁ、レバーだ。 ちゃんと熱を通してあるからな、安心しろ?」




 一瞬、僕が寝ている間に助けが来たのか? そんな風に思うけれど、視界に入って来る森はそんことはないのだと気づかされる。




「ほら、ちゃんと飲め」




 一口飲むごとに僕の体は芯からポカポカしてくる。


レモンの風味に、どこか馴染みのある辛みが鼻腔を突く。


 シャキシャキした白いものも食感を楽しめ甘みもあって美味しい。


レバーらしいお肉は格別で、はしたなくも具の空になったスープを掬ってしまう。


 こんなに美味しいスープは初めてかもしれない。 涙も鼻を啜るのも気にせず、僕はスープを飲み干す。




 それほどまでに僕は、感動していた。




「ぷはっ!」




「はは、大丈夫そうだな?」




 息も荒く惚ける僕に山田さんは笑う。


その笑みは、かつて友達に相談した時に見たものと似ていた。




「……はいっ!」




 なんだか少しだけ軽くなったような気がした。






 物陰から二人を覗く者が二人。




「英斗君……」




「よかったね。 イケメン君、大丈夫そうで」




「はい……!」




 おっさんの帰りと同時に運び込まれたイケメン君。


そんなイケメン君を見て動転してしまったお嬢様は、治療の邪魔だとおっさんに追い出されていた。




「しかし、あのイケメン君の表情……」




 心からイケメン君の無事を喜ぶお嬢様とは別に、もちろんギャルも助かったことに文句があるわけではない、当然よかったと思っている。




――だがしかし。




「ほら、おかわりだぞ」




「わぁ! ありがとうございます!!」




 おっさんが妙に優しい。


それにイケメン君もあんなに目を輝かせて……。




「くぅ……! 考えすぎよね? あれは、ただの友情。 そう、男同士のただの友情……だよね?」




 なんとなく不安になるギャルだった。






 その頃、イケメンに興味のない田中一郎は。




「凄ぉい、田中君! イノシシ、狩ってきちゃったの!?」




「田中さん、カッコいいです!!」




「わぁ、これも食べ物ですか? パンみたいなもの?? 凄いっっ!!」




 おっさんから機長たちに分配してくるように頼まれた田中一郎は、女性陣に囲まれていた。 その中には憧れのCA様達エンジェルズの姿も。




「ハハハ! 楽勝っすよぉ? 俺に掛かればイノシシなんて目じゃないっす!! こう、バッッと避けて、どっかーんと一発っすよぉーー!!!!」




 手柄を自分のモノにしていた。


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