31話 好物

 眼前に広がる広大な大陸。


島と呼ぶにはあまりに大きすぎる。




「砂浜の人達は大丈夫でしょうか?」




「さぁなぁ……」




 イケメンはその雄大な景色よりも、砂浜に残してきた人たちのほうが心配らしい。


海水から水を得る方法や道具も残してきている。 それに短いが雨も良く降るから水はなんとかなるかな。 ギリギリだろうけど。


 食糧もココナッツや、磯では貝も取れるし頑張れば魚なども獲れる。


 問題は人数と、まとめ役か。




「向こうの心配より、自分の心配をしろ」




 機長やイケメンもそうだが、比較的行動力のあるやつもこちらに偏っている。


それに機長に対して否定的者や、現状を受け入れられず自棄になるような者もいまのところいない。


 いつまで持つのかわからないが、今のところはだ。




「……はい」




 それはイケメンのおかげも大きいだろう。


こいつが積極的に動き、皆をフォローしているから。


悩みを聞き解決しようと努力する、経験の無さも知識でカバーしている。 危ない部分もあるが周りの者たちもそんなイケメンをカバーするからなんとか成り立っている。




「水はどうにかなる……が、食料は足らない」




 俺一人でならともかく、この人数ではだ。


バナナや魚やカニなどだけでは、すぐに体調を崩してしまうだろう。


 今俺たちがすべき最優先は、健康管理だ。 救助が来るまで生き延びるために自らの健康を保つのだ。


 脱出の為の準備などは、あまり現実的ではないだろう。




「沢の向こう側に行ってみるかな」




 見渡す森は密度は濃く、木も背が高そうだ。


単純な食料探しだけでなく、この島への好奇心が俺を森の奥へと向かわせようとしているのかもしれない。


 海外の現地調査の仕事を始めた頃の、純粋な未知への好奇心が俺の心を揺さぶるのだ。






「……気をつけてくださいね?」




「おう」




 狼煙台の設置を済ませ拠点に帰ってきた。


ギャルやお嬢様は機長たちとバナナを取りに行くと言っていた。


 まだ陽は高いので軽く探索してくるとしよう。


沢へと向かおうとすると、イケメン君と。




「……ちゃんと帰ってきなさいよ!?」




 話を聞いていたポニテ眼鏡に見送られる。




「ま、待ってるから……!」




 ふむ、そんなに髪が傷んでいるのが気になるのか?


あぁ、痒いのかな?




「おう、あんまり掻くなよ? 禿げるぞ」




「――――」




 ポニテ眼鏡の騒音BGMをバックに、俺は沢の反対側に向かう。


熱帯の原生林を髣髴とさせるような、太い幹の木。 絡まる蔦植物や、足元や目線にはシダ系の植物が多い。


茶色い地面は腐葉土だろう。 独特のにおいを嗅ぎながら、大きく深呼吸をした。




「慎重に行こう……」




 怪我などしたら健康管理どころの話ではない。


小さな傷一つ負わずに帰る。 安全第一、ゆっくりでいい。




 森の中は密集する樹冠により薄暗い。


大きな木はフタバガキやイチジク系が多い。


 良く熟れたイチジク系の実。


剥けば肌色の果肉と果汁が滴る。




「甘い……!」




 プチプチと食感も楽しむ。 このプチプチしたのは実は花なのだが、美味だ。


おっさんはイチジクが大好きである。


これは甘さが控えめだが、自然の物としては最高だろう。




「もうこれだけでも、来たかいがあるなぁ」




 しかし、上手く進めない。


鬱蒼と茂る森は行く手を遮る。 特に危険なのが方向感覚だ。


 天然の目印――ランドマークとなるものが少ない。


俺は超感覚で方向を覚えているわけではなく、単にランドマークを記憶しているにすぎないのだ。 




「あれ、どっちだっけ……?」




 焦る。 見渡す限り同じ景色。


棘や針のある樹木を避け、足をとられそうになる蔦や根を回避して歩いているうちに迷った。 あまり奥に行かないからと、少々油断していた。 蒸し暑さと焦りで汗が大量に出てくる。




「落ち着け……」




 とりあえず、斜面を見て下るように進む。


まだそれほど離れていない。 いずれ沢へと出るはずだ。




「落ち着けっ……!」




 自分に言い聞かせるように、俺はゆっくりと、どこにいるかもわからない薄暗い森を彷徨い始める。 






◇◆◇






 湾曲した砂浜。


聞こえてくるのは海鳥の声と波の音、それに残った者達の口論が激しく続いていた。




「本気か……!?」




「当たり前だ! いつまでもこんなところで待ってるだけじゃダメだ。――死んじまうぞ!!」




 口論は二人の男を中心に行われた。


一人は金髪オールバック、ギャルの元カレ。 


 もう一人は機長を殴った男。


常にイライラして、長めの髪を掻き上げる仕草が癖のようだ。




「どこに向かって出発するんだ? ここがどこかもわからない、目印になるような物だってなにも……」




「ふん、これで同じ方角に向かえばいずれ辿り着く」




 男が取り出したのは手製のコンパス。


あまりにも簡単な作りであり、それがコンパスだと理解するのに沈黙が流れた。




「ちっ、時間の無駄だっ! 早く筏を完成させるぞ!!」 




 砂浜に残った一部の者達は筏造りを始めた。


この砂浜や海岸には全く漂着物が無いため、飛行機の残骸を使ったり、枯れ木を蔦などで縛り大型の筏を造り始めていた。




「はぁ……はぁ……」




 炎天下の作業。


大粒の汗が砂浜に落ちて消えていく。


移動させるのは大変だが、木陰で作ったり夜間などを利用する方が賢明かもしれない。




「無茶だ……」




 ギャルの元カレは呟く。


その言葉の意味は筏造りではなく、コバルトブルーの海へと航海することだろう。


 ギャルの元カレが呟くのも無理はない。 それは漂流することと変わらないのだから。




 しかし、時に決断することは重要だ。


助けが来ないと思ったなら、無理を承知で行くことも必要かもしれない。


 もちろん、万全の準備と計画を練った上でだが。




「くそっ……」




 悔し気な表情。 彼が何を言っても彼等には届かない。


いや、機長だろうがイケメンだろうが、誰が何を言ったところでダメだろう。 




 彼等には助けを求め航海することが正解であり、希望なのだ。


常なら彼らの行動をバカげたことだと思う者達も、筏造りや食料探しに協力している。




 そんな者達にも、都合の良い希望なのかもしれない。




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