30話 狼煙台
茹でか、揚げかと言えば、おっさんはやっぱり揚げが好き。
「んんっ! 香ばしくて、美味しいぃ〜〜!」
「はふ……意外と、美味しいですね」
威嚇ポーズで素揚げにされた小さなカニ。
味付けは塩のみだが、野性的なスパイスが効いている。
小さいながら濃厚な味だ。
「エビウマッ」
長い手の部分が香ばしくて最高だ。 捨てる人の気持ちがわからんね。
元気だったぶん身もプリプリ。
まぁ生きたまま素揚げにしたら、めちゃくちゃ暴れて危険だったが。
「ふむふむ……? 素朴な甘み……焼き栗みたいだな」
蒲の根の部分を焼いて食べてみる。
硬いのでほぐして食べてみた。 ほんのりとした甘さがデンプン味なのだろうか。
「ふぅ……」
食後のレモングラスティーでまったりしていると、何人かがやってくる。
あまりいい予感はしないね。
「ちょっといいかな? 頼みがある」
安定の機長。
それと数人の男たちから美女二人を侍らす俺に嫉妬の視線が向けられる。
(ドヤァ!!)
まぁ気のせいかもしれないが。
◇◆◇
なんなのかしら、あれは?
「だいぶ体の使い方が上手くなったな」
「は、はい! ありがとうございます!!」
おっさんに尻を叩かれて嬉し気な英斗君。
「目の毒だわ……」
千春が来なくてよかった。
あの子はガチだから、鼻血をだして脳内スケッチに明け暮れたに違いないわ。
今朝だって危なかったもの。
「この辺が見晴らしがよくていいんじゃないか?」
「そうですね。 ではここに狼煙台を作りましょう」
船や飛行機が通りかかったときに備えて、狼煙の準備をする。
砂浜から水場に向かう途中の山頂。 狼煙を上げる為の準備をするの。
「三つ設置して欲しいとのことでしたね」
「ああ」
狼煙を三つ上げれば救難信号になるみたい。
「三つだと分かるように、少し離した方が良さそうね」
各自三か所に分かれて焚き火用のカマドと小さな小屋を作る。
ほんとうに簡単な作りの物。 薪を濡らさないように地面から離して屋根を付ければいいの。
「煙の出る物も探しておくか」
「……そうね」
何故かおっさんと二人で作業をすることに。
この男。 私のトイレを覗いたのに、何事もなかったかのように話しかけてくる。
(なんかムカつくわ……)
おっさんのくれた風邪薬と苦い飲み薬のおかげか、お腹の調子は戻った。
まぁ、そこだけは感謝しているけど。
作業をしながら、少しだけおっさんを観察してみた。
「ほら、そこはしっかりとな」
「おっけ」
黒髪短髪の中肉中背。 でも背は少し高め? 顔は……まぁ、あれよね。 怖いというか、目の隈が酷いのが印象を悪くしているのかな。 顔立ちはそこまで悪くないのよね。
「それは触るな、カブレるぞ?」
「え、マジ!?」
視野が広い。 周りを気にしてさりげなく注意とアドバイスをしている。
それほど筋肉質に見えないが、束ねた薪をまとめて持ち上げてもふらついたりしない。
(あ……)
盛り上がる背中の筋肉。 隠れマッチョなのかな?
「ん、どうした? 調子悪いのか?」
「なんでもないわ!」
デリカシーの無い男は嫌い。 でも無精ひげは嫌いじゃない。
おっさんと呼ばれているけど、実際歳はそれほど高くないんじゃないかしら?
「あなたって歳は?」
「ん? 三十だが?」
同い年じゃない……。 じゃぁなに? 私もおばさんてこと?
はぁ……。 ほんと嫌になるわ。 新人の女に少し強く言えば、更年期ですか? みたいな返しが帰って来るし。 もちろんそのあと泣くまで虐めるけれど。
「仕事一筋なんですね! 憧れます!!」
なんて言ってた後輩も、さっさと同僚と結婚して寿退社していくし。
去り際にやっぱり女は結婚しないとですよ、なんて囁いていくし。
もちろんその後、そいつの合コン武勇伝を旦那に暴露してやったけれど。
「ふぅ……」
「ほら、水分をちゃんと取れよ」
爽やかな匂い。
おっさんの癖にいい匂い。
背が高いから近づかれると、少しどきっとする。
「……ありがと」
「おう」
似ているわ。
私の好きなゲーム。
『太刀受無双恋乱舞』に出てくる虎徹様に。
背が高く短髪。 特徴的な目の下の大きな隈。 ワイルドな無精ひげ。
言葉は悪いけど仲間思いで優しく皆を導くの。
「こんな感じでしょうか?」
「おぉ、いいんじゃないか?」
おっさんが虎徹様なら英斗君は則宗君かしら?
虎徹様ルート最大の難関なのよね。 まぁ最高なのは二人とも落として三Pで――。
「――きゃ!?」
視界が飛んだ。
落ちていた枝を取ろうと地面を見ていたはずなのに、空を見てる。
「だからそれはカブレるって、言ったろ?」
子供を持ち上げるかのように、おっさんは私の体に腕を回して持ち上げる。
「ば、バカっ! ど、どこ触ってるのよ!!」
「ん? あ、ああ、すまん」
なによ? 私の貧乳じゃ触ったのもわからないっての!?
「だからっ、デリカシーの無い男は嫌いなの!!」
やっぱり似てないわ。
だって、虎徹様は貧乳好きだもの!
ズレた眼鏡をかけなおし、私はゆっくりと深呼吸をした。
(あぁ……。 早く帰って『太刀受無双恋乱舞』を一日中やりたいわ……)
現実逃避で結構。
結婚なんて無縁だもの。
結んでいた飾りゴムを外す。 髪をガシガシと梳かす。 傷んでる。 無理もないかな、日差しが強いしろくなトリートメントがないしね。
「なによ……?」
おっさんの視線を感じた。
「似合ってたのに、もったいないな」
「は?」
「ポニテ。 似合ってるよ」
おっさんの言葉に心臓は跳ね、息が止まった。
急に変な事を言わないで。 私はおっさんに顔を向けられなくて、背中越しに髪を撫でた。
「い、傷んじゃうから。 ずっと縛っておくと……」
「あぁ、なるほど。 じゃ良い物あるから、後でマッサージしてやろうか?」
何を言ってるのよ、このおっさん。
そんな簡単に三十路女が髪をマッサージなんてさせるわけないじゃない。
「……お願い、しちゃおっかな?」
「おう。 じゃ、後で来いよ」
「うん……」
私は何を言ってるんだろう。
これはきっと暑さのせいだ。
背中を向けていて、よかった。
今にも湯気のでそうな真っ赤な顔を見られて誤解されなくて、よかった。
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