第二十五章 ……マジかよ

 一日かけて作戦の詳細な打ち合わせをしたあと、俺達グリー傭兵団とシュトラ傭兵団は駐留地に戻る準備を整え、草原で向かい合っていた。

 両団長が、張りつけたような笑顔で握手を交わしている。


「では予定通りに落ち合おう、グリー傭兵団の団長よ――ヘマするんじゃないぞ、デカブツ」

「ああ、お互い幸運を祈ろうぜ、シュトラ傭兵団の団長――てめえこそな、脳筋」


 ……何なんだこの人たち。一言挑発を挟まないと、まともに会話できないんじゃないか?


 最後までケンカ腰な態度を崩さない団長たちをあきれながら見ていると、ギルさんが俺の方を向き話しかけてきた。


「おいエルストとやら。お前には今回大きな借りが出来たな。今は協力関係だがもし次に、戦場で会いまみえるようなことがあれば覚悟しろ。今度は私が、絶対に勝つ」


 ……ギルさんがすげえギラギラした目で見てくる。目、血走ってるんだけど……。


 この人団長の言うとおり、インテリ風な見た目に反してかなりの激情型だな。目をつけられたことに関しては、はっきり言って恐怖しかない。


「……味方にケンカを売るのはやめてください、ギル団長。ごめんなさい、エルストさん。この人の手綱はしっかり握っておきますので、安心してくださいね。サラさんもどうかお元気で」

「うん、アメリアさんも元気でね!」


 いつの間にか、サラとアメリアさんが仲良くなっていた。

「サラ、アメリアさんと仲良くなったんだな?」

「うん、人間の女の人に会うのは初めてだったけど、すっごくいい人だったよ!」


 確かに、アメリアさんはいい人だよな。

 ギルさんのことでフォローもしてくれたし、この人が言うと説得力が違う。

 どうか、猛獣の手綱を放さないようお願いします……。


「ふん、分かっている。協力関係にあるうちは手を出したりしないさ、今はな……。

 ――ああそうだグリート、お前に伝えておきたいことがあったんだ」


 ……ってなんだよ、今はって……。

 

 なにやら不気味な発言をするギルさんは気軽に、俺にとっては青天の霹靂のような、まるで意識の外からぶん殴られるようなその言葉を、発した――。



「――今回の戦争、オーレス国は助っ人として〝魔王を倒した勇者パーティ〟の力を借りている。今は正規兵の駐留地にいるんだが、一応伝えておこうと思ってな」

「勇者パーティだぁあ!? なんでそんな大物が、オーレス側に加担してんだよ!」

「さあな、それなりの伝手があったんだろう、オーレス国もなかなかやる」


 

 ――息が、上手く吸えない。

 手足が震え、背中にイヤな汗が流れる。

 目の前が暗くなり、思わず顔を押さえうつむいた俺を、隣にいたサラが覗き込んでくる。


「エルスト、どうかした……えええっ!!? だっ、だいじょうぶエルスト!? なんだか顔が真っ青だし、汗が……た、滝みたいに流れてるよ!!?」 

「……いや、大丈夫。だいじょうぶ、だから……」


 うそだ。全然大丈夫じゃない。

 勇者パーティって……まさか。 


 鼓動が早鐘を打つ。動悸がおさまらない。

 そうこうしているうちにギルさんが、決定的な一言を口にした――。


「勇者パーティのうちの二人だが、〝勇者〟クロス・ディライトと〝剣鬼〟グレイ・ハーネットだ。個人としては、間違いなく大陸最強戦力の二人だな。可能な限り接触は避けたいところだが――」


「…………フウ」


 バタンッ。


 俺は、意識を保っていられずぶっ倒れた。


「えええええええ!!? エルストどうしたの!? エルスト~~~~……――」


 意識が暗くなるなか、最後までサラの声が耳に響いていた――。









 ――克服したと思っていたが、そんな甘いものじゃなかったらしい。


 ゆっくり目をあけ真っ青な空を視界に映しながら、俺はだいぶ落ち着いた心持ちでそんなことを考えていた。

 どれくらい気を失っていたかは分からないが、寝て起きたら気持ちはかなり落ち着いたようだ。ショックでぶっ倒れ、気絶した甲斐があった。


 俺はそのまま仰向けに横たわった状態でしばらくボーっとしていたのだが、ふと、頭の後ろになにか柔らかい感触があることに気付いた。同時に、誰かが真上から覗き込んでくる。これは……。


「……サラ、か」

「あっ、おはよ~エルスト! いきなり倒れるからびっくりしたよ。頭痛くない?」


 ……どうやら俺は、サラに膝枕してもらっているようだ。気絶した甲斐があった。


 団長たちは、いないのか? 

 周りを見渡しても草原が広がるばかりで、俺達の他には人っ子ひとりいない。近くで乗ってきた馬が、のんびりと草をんでいるくらいだ。


「サラ、団長たちは……」

「あ、団長さん達ならエルストのことを私に任せて、先に帰っちゃったよ。エルストは本当にただ気絶しただけみたいだったし、目が覚めたら連れ帰ってきてくれって。アメリアさんたちも、あのあとすぐに帰っちゃったし」


 ……別に心配してほしいわけじゃないが、もうちょっとこう、気遣いとかなんかないのか……。

 ま、団長たちもいきなり俺が倒れて訳が分からなかっただろうし、こんなもんか。


「悪いサラ、心配かけたな。ありがとう、もう大丈夫だから」

「……本当にびっくりしたよ。顔色悪いし、急にどうしちゃったんだろうと思って……。なにかあったの?」

「…………」


 俺もまさか、グレイの名前を聞くだけでぶっ倒れるほどショックを受けるとは思ってもいなかった。


(最近はサラと触れ合っていても女性に対する拒否反応が出なかったし、トラウマもだいぶ薄れてきたと思っていたんだけど……)


 そんな簡単な話でもなかったようだ。



 ――でも、そうか。あいつがこの近くにいるのか。


 グレイが近くにいる。そう考えるだけで、俺の頭をいろんなことが駆け巡った。

 

 会いたいのか。話したいのか。逃げたいのか。怒りたいのか。


 よく分からない。よく分からないが確かなのは、グレイは今敵方にいて、国の側についている以上、今回の作戦の障害になるかもしれないということだ。



(うわああぁぁぁあ、まじかよおおおぉぉぉぉ……)


 幼馴染みであるとか、トラウマの件は抜きにしても、あいつだけは敵に回したくなった……。

 絶対に厄介な敵になる。思わず額に手を当てうめいてしまった。


 そんな俺をサラが、心配そうにのぞきこんでくる。

 

「……エルスト、どんな事情があるか分からないけど、わたしでよかったら話くらい聞くよ」

「…………それは――」



 ――俺はいままで、経験を誰かに話したことはなかった。グリー傭兵団の仲間にだって、誰にだって話すつもりもなかった。……あいつら笑いそうだしな。


 だが、なぜかサラには、俺の内心をポツポツとこぼしてしまっていた。


 もしかすると、見渡す限りのだだっ広い草原に二人だけという状況が、俺の心を開放的にしていたのかもしれない。普段だったら絶対言わなかったと思う。しくった。

 


 ――しばらくして語り終えたあと、すっきりはしたがそれと同じくらい、あ~あやっちまったなと、俺は感じていた――。

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