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「はぁ」
ロックグラスの氷と共に大きなため息が零れた。入っていたのは琥珀色のブランデー。つまみはチョコレート。でも皿の上に置かれたチョコは追加注文から一つも減っていない。
追加をしたのは、サリナさんが一人になってからだ。
「大きなため息ですね」
正面に立って言うと、サリナさんは視線を一瞬だけ合わせてすぐに下におろした。
「マスター、これホントにブランデー? アイスティーじゃないよね?」
「ブランデーですよ」
「だよねー、味はブランデーなのよね」
でもさ、と続けるサリナさんは、今まで見た中で一番
「ぜんっぜん酔えないのよね」
儚げだった。
「サリナさんはもともとお強いですから」
「強いかな」
「そう思いますよ」
サリナさんは、この近くのビジネス街で働くOLさんだ。確かベンチャー企業でユニバーサルデザインのものを作っているとか。
いつも先ほど帰ったアイハさんと一緒に来店されていて、一人で飲んでいるのは今日が初めてだ。
飲むスタイルはいつもロックだ。
「強くないよ、あたし。お酒で何度も失敗しているし」
「おや、そうなんですか?」
「あたしだって人間だもん、そりゃそんな時もあるよ」
サリナさんは元気が良くてよく笑う人。うふふ、じゃなくて、はっはっは、って感じの。気さくで気取ってなくて、友達思いで、きちんと目を見て話せる人、そんな印象だった。
「だから全然、強くないんだよ」
そう言ったサリナさんの顔が深く俯く。俺はその綺麗なつむじをただ見つめた。
「仕事だって失敗するし、メイクだっていつまで経っても上手くならないし、ファッションセンスないし、素直になれないし、怖がりだし、バカだし・・・」
小さく肩が揺れた気がした。それでもただ、言葉を待った。
「弱いんだ、あたし。怖がりで何にも出来ない。弱虫なんだ」
その後に続いた言葉は、ジャズの音に紛れて聞こえなかった。
「サリナさんはお強いですよ」
「・・・え?」
「弱い方なら、こんな所で一人で飲んでいません。弱くないのです、優しいのです」
「優しい?」
やっと視線を合わしてくれたサリナさんに、目を細めて口を開いた。
「サリナさんのその優しさは、強さなのです」
「強さ?」
「どうかご自分を褒めてください。あなたはとても強い人ですよ」
『また来てもいいですか? 一人ででも』
サリナさんはそう言い残して扉を閉めた。最後にはにかんだ笑顔を見せて。
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