雨ひと粒ふる
@worldendwaltz
第1話
5年ぶりにごめんねを言えたのに、その5分後に、彼女はあっけなく死んでしまった。
しょうこ、という女の子だった。
どういう漢字を充てるのかも知らないうちに、知るすべをなくしてしまった。
その瞳は最後までわたしを見ていた。
まちでいちばん高いビルから飛んで、…飛ぶなんていうけど、それは一瞬のことで、当然のように、嘲笑うみたいに重力に引っ張られて、落ちた。
わたしは重力に対して苛立った。
しょうこをバカにしないでほしかった。
まるで彼女を待っていたかのように、その日の屋上には鍵がかかっていなかった。
示し合わせたように、彼女のいう最高の天気で、夜から雨が降った。
迎い入れるように、雨は彼女の何もかもを押し流していった。私だけが異物だった。
そこに佇み、見届けて、こんな物語みたいな彼女を見届けて、物語ならば何かをするんだろうけど、なにも思い浮かばなかった。
直感どころか、勘という勘は全て止まっていたし、感情という感情がぜんぶ死んでいた。
この中途半端な物語に取り残された身としては、まだ続きが、私には役割がある気がして、どうしたらいい、と亡骸の彼女に聞いてみたが、そのくちびるからは、雨が伝うのみだった。
この時初めて、わたしは本当にひとりぼっちになったんだと、はっきり分かった。
雨の降り終えた夜は静かに明けて、朝陽が満ちていく。相変わらず動くものは他になく、
と思いかけて急に藪から細長いものが、首めがけて飛んできた。
「や、やぶからぼう!」
「へびですけど」
やけにひんやりして柔らかいのはそういうわけか…。
「へびですけど、お話伺ってもよろしい?」
「い、いいけど」
思わず言い淀む。日本語が怪しくて忘れちゃいそうだけど、突いてもいない藪から蛇が飛び出したうえに、
首にそれは乗っているし、ていねいにわたしの話を聞いてくれるそうだ。
ならば一度ここで話をまとめておくのも賢いかもしれない。
なんと理由が2つもある。
ひとつ、わたしの知る限り、蛇は賢いいきものなのだ。人を唆して楽園を追放させるくらい。
ふたつ、長いものには巻かれろ。
その二つの言葉が、どう考えても責任の所在を求められそうにないその二つが、私には賢い証拠に思えてならなくて、わたしはそのつめたくて柔らかい、たったいま初めて会ったばかりの蛇に、とつとつと話し始めた。
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