空想団地

ちとり

第1話 307号室

喉が渇く。

昨日読んだ教科書を何の気なしに破る。

「あ、」

鋭い痛みに思わず声を漏らす。

人差し指に赤い血が滲み、そのまま指の付け根へと垂れていく。

紙で指を切るのは何回目だろうか。

もしかしたら刃物で切った回数よりも多いかもしれない。

破った頁も残った頁も、私にとっては必要のないものになる。

教科書は、静かに泣く。

真夏の室内は三十度を超え、頬を伝う汗に嫌悪感を抱く。

嗚呼、明日は燃えるゴミの日だ。

人差し指をぺろりと舐めてから、絆創膏を探そうと立ち上がる。

眩暈。立ち眩み。

私の血脈は、ぐるりと逆流するかのように重力に抗う。

猛暑の中、地球が溶けてなくなってしまう、なんてことは到底起こるはずもなく。

生きていると実感出来ても出来なくても、地球の回転は止まらない。

気付かないうちに血は止まっていて、態々教科書を破る手を止めることはなかったと心の中で拗ねる。

膝を落とし、また破く。

すいへーりーべーぼくのふね。

ありをりはべり、いまそかり。

次はどの教科書にしようかな。

首を傾げて考え込んでいると、玄関のチャイムが鳴った。

おかしいな、うちのチャイム壊れてたはずなのに。

不思議に思いながらも、もしかしたら宇宙人の来客かもと心躍らせる。

今日は暑いから、冷たい麦茶を用意してあげよう。

ドアノブを回し、笑顔を纏う。

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。」

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