傷者と片田舎

@gasara

第1話三者面談

「いっらしゃいませぇ」

扉を弱弱しく開ける老婆に対してこの仕事を始めて何千回目になるかわからない台詞を投げかける。

やる気のない声が小さな店の中に少し響いて消えていく。扉を開けたときに一瞬入ってくる春風が少しばかり気持ちいい。扉が閉まりきるとまた生ぬるい空気が閑散とした店内を包み込む。

抑えきれない欠伸を噛殺すが閉じきれない口の間からスルスルと流れていく。彼が立っているレジの場所から見える景色は一面田んぼといくばくかの民家、それに少し大きめの精神病院である。春になり陽気になったとはいえ所々溶けきれていない雪が方々に横たわっており、雪解け水がアスファルトを濡らしている。だがこの町をぐるりと囲んでいる山々の頂きは未だに雪で化粧をしている。

「帰りてぇ…」

つい愚痴が出てしまう。あと一週間もすればお役御免になるおでんが目の前でしつこい程にぐつぐつと煮えている。この北海道の片田舎の本当に片隅にあるこのコンビニでは客などはほとんど来ない。国道に面してるせいか金曜日、土曜日は隣町に遊びに行く若者で多少ごった返す。が、平日は御覧の有様である。唯一常連となってるのは今店に入ってきた老婆、通称”おばば”である。おばばは来店すると軽く2時間は店内にいつく。顔は多少男よりであるが老けるほどに男女の境目が無くなってくると誰かが言っていた。ただ身に着けている着物は素人目から見ても良いものだといえる。話したことはないがかなりの変人なのはひしひしと伝わってくる。というのもおばばは店内に居つく間は一定のポジションに地蔵のように留まり何やら訳のわからないことを延々と呟いているのだ。

「宇宙人と交信でもしてるんか?」

誰に聞くでもなく問いかける。

「なに?またおばば来てるん?ほんま変人やな~」

バックヤードの扉を少し開けそこからメガネをかけた髪がぼさぼさの女性が顔を出す。

「なんでそんな嫌そうな顔をするんすか?ていうか変人て言うならアネさんだって似たようなもんでしょ?」

ぼさぼさ頭は渾身の力を目に込めて睨み返す。力み過ぎてほぼ白目になっているのが何とも言えない。この人こそ通称”アネさん”、姉御肌だがらアネさんだと思われがちだが苗字が姉田なのでアネさんなのである。ちなみに名前は妹背子(もせこ)である。この珍妙な名前の由来は妹をいつでもおぶっているようなそんな面倒見の良い子に育ってほしいという親の願望かららしいがアネさんは一人っ子である。会話の端々から推測するに彼女は30は超えてると思われるので今から妹が生まれるのは絶望的である。そもそも親も何故妹ありきの名前を付けてしまったのだろうか?冷静に考えると巷で流行りのDQNネームより破壊力は上である。

破壊力といえば北朝鮮情勢は大丈夫なのであろうか?この前も北海道上空をミサイルが通過したという。俺はまだ携帯を持っていないのでJアラートは鳴っていないのだが近所から『うおおぉぉん』と聞こえてきたのはおぼろげながら覚えている。ちなみにまだ携帯を持っていないというのは俺が日本に帰ってきてからまだ時間が経っておらず買う暇がなかったためである。どこから帰ってきたかといえば昨今のヨーロッパ難民問題の原因を作り、俺が生まれた平成元年にはベルリンの壁崩壊で東西統一を成したドイツである、名物はビールとソーセージと世間には広く知れ渡っているがシュニッツェルや白アスパラガスなども良い。名所としてはノイシュバンシュタイン城などが良くあげられるが、ウィースバーデンやバーデン・バーデンなどの保養地も捨てがたい。ドイツの北に位置するハンブルグはかの有名なバンド”ビートルズ”がその名を使って活動し始めた最初の地としてファンには知れ渡り、当時活動していたクラブ”カイザーケラー”は現在もライブハウスとして賑わいを見せている。

俺が最初住んでいたハイデルベルグは学生街として―

「なあ、なあて!」

遥か彼方を見つめていた目をそのまま声のする方へと向ける。

「なんや、”雉も鳴かずんば撃たれまいに”みたいな顔し腐りやがって!それになんで北朝鮮の話から携帯の話になっていってそこからドイツの話になんねん!しかもほぼ観光案内やないかい!話の曲がりくねり方がえげつないやろ!JFK暗殺したときのオズワルドの弾丸か!」

「流石はアネさん関西人ですね~、突っ込みのキレが違う」

適当に流しながら後ろの煙草棚に背を預けながら変わり映えのない田舎道をだるそうに見つめていた。

「上ちゃん、そういうとこやで」

どこからか持ってきたピーナッツをバリバリと食べながら人差し指をキッとこちらに向けている。

――まさか商品棚からかっぱらってきたんじゃないだろうな。

一抹の不安が頭をよぎったが、そこまで深く考えるほどの賃金は貰っていないため頭の片隅に追いやった。

「そういえばアネさん関西のどこに住んでたんすか?」

「大阪」

素っ気なく返されたことに若干の苛立ちを覚えたがきつい関西弁とアネさんの性格を鑑みるとなるほどと心の中で手を打った。

「なんで北国のしかもこんな糞田舎に来たんですか?北海道に来るにしても札幌とか函館とかもっとチョイスがあったでしょ?」

「結婚する予定の男がな、この町に住んでるらしいから会いに来たんよ。そしたらなそいつ今東京にいるとかぬかし腐りやがってな、ほんで―」

「ちょちょ、ちょっと待って!まず結婚する予定の男がこの町に住んでるらしいってなんですか!?らしいって!」

「それがなメールでしかやり取りしてなくて詳しいことようわからんかってん。一回写メ送ってもらったけどそれも実は別人のやったっちゅうのも後々わかるんやけどな」

上ちゃんと呼ばれた彼は後ろの棚に背を預けたままがっくりと肩を落としうなだれ頭を抱えた。

「ん?どしたん?具合悪いんか?」

「いや、ちょっとめまいが…、アネさんってそんな爆発的行動力の持ち主でしたっけ?

っていうか、メールから関係が始まるのは全然ありだと思いますけど、色々と段階があるでしょ!?一度会って、お互い気に入ればデートして、それでこの人だと思ったら親に挨拶行ってって手順を踏んでいかないと」

「私な、まどろっこしいの嫌いやねん。そりゃ上ちゃんの言ってることが真っ当やっちゅうのはようわかんねん。ただな~、関西から離れたかってん」

思わぬ返答に上ちゃんは思わず頭を上げ見開いた眼でアネさんを見る。

「何かあったんですか?もしかしてやばい事に手だして大阪居られなくなったとか?」

「アホか!そんなんちゃうわ!まぁ~、親がな…、子離れ出来てないんゆうか、自分らが敷いたレールの上でおとなしくさせたいっていうのがあってな。自分の所有してるマンションに住まわせたり、何の取り柄もない私をわざわざ自分の会社の要職にしたりな。そりゃ私かって自分の会社のポジションや身分相応の人間になろうと努力しとったけど、頑張れば頑張るほど空回りっちゅうか、陰口とか叩かれるようになってな~。そういうのがついに爆発してしまってん。ぶっちゃけその男のことも実際はそういうしがらみから抜け出す口実だったってわけや」

あまりにも壮絶なカミングアウトに上ちゃんは開いた口が塞がらなくなっていた。その隙をアネさんが見逃すはずがなく、売り物なのか私物なのかわからないピーナッツを素早い投球で彼の口へと投げ入れた。

入りどころが悪かったらしくものすごい勢いで30秒間ほど咳き込んだ後、一回えずいてやっと落ち着いた。おばばが心配そうに薄目でこちらを見つめているのが何故かツボに入りまた咽返しそうになるのを気合で止めながら再びアネさんに向き合う。

「はぁ、し、死ぬかと思った~、てかなにするんすか!?アネさん!というかですね、今話聞いてて思ったんですけど、アネさんの家って結構裕福だったりします?親のマンションとか親が経営している会社とか割と凄いフレーズが出てきましたが」

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