戎甲のストラティオテスAppendiX

ささはらゆき

設定編

設定編(世界・国家)

1.国家編

【古帝国】

かつて大陸全土を支配した世界帝国。

もともとは西方の小国にすぎなかったが、周辺の諸国家を次々に併呑。長らく敵対関係にあった共和制国家との戦争に勝利し、大陸西方の統一を成し遂げる。

その後、太祖皇帝の指揮のもとで大陸東方への進出を開始し、数度に渡る遠征の末に東方全域を支配下に置く。

有史以来初となる大陸統一を実現したことを契機に、西方の一地域に由来していた従来の国号を破棄。以後は単に『帝国インペリウム』とだけ称するようになる。

大陸統一から80年ほどが経過した頃、当時の興祖皇帝(*1)が元老院と有力諸侯によって東方に追放される事件が発生する。興祖皇帝はのちに東方で挙兵し、独自の王朝――『東』の帝国を樹立する。

ここに古帝国は東西に分裂し、世界帝国としての栄光は一世紀あまりで終焉を迎えた。

分裂から千年が経った今も、東西両帝国はみずからを古帝国の正統な後継者であると称している。


【『東』】

大陸東方を支配する巨大帝国。本編の主な舞台。

広大な国土は二十四の州に分かれ、帝都イストザントを含めて二十五の行政区画が存在する。政治的には皇帝を中心とする中央集権体制が敷かれているが、実際は皇帝の諮問機関である元老院や皇后及びその外戚も大きな発言力を有している。

かつて諸侯によって興祖皇帝が追放された苦い経験から、臣下が権力を持つことは厳しく制限されている。官僚制度が発達した背景にもそういった事情がある。


皇帝を筆頭とする西方人は人口の一割にも満たない。

彼らは『東』の支配階層だが、その中にもヒエラルキーが存在する。興祖皇帝とともに東方に配流された者の子孫が厚遇される一方、近年『西』から移住してきた層に対する風当たりが厳しいのはその最たる例である。


【『西』】

大陸西方の総称。

あえて帝国と呼ばないのは、その実情が諸侯による連合国家であるため。

なかでもプラニトゥーデ・ソルジェンテ・ヴァルトブルクの三氏族(*2)は西方全土を三分する大勢力である。三氏族は在地の豪族とのあいだに封建的主従関係を結び、もともとは皇帝が所有していた荘園を簒奪することで莫大な権益を手にしている。

一応『西』の皇帝も今なお存在しているが、その領地と権力は『東』とは比べ物にならないほど小さい。各地の有力諸侯に官職を与え、彼らの領地支配の正当性を担保するためだけに存続を許されていると言っても過言ではない。

長らく諸侯による戦国時代が続いているため国土は荒れ果て、文化や科学技術を始めとする多くの分野で『東』に遅れを取っている。

数少ない例外は兵器や戦術といった戦争関連技術である。戎狄の襲来まで長らく太平の世が続いた『東』がいまだに古帝国時代の戦術から脱却出来ていないのに対して、『西』はより洗練された新時代の戦術論が形成されつつある。

兵器においてもやはり古色蒼然とした『東』に比べ、『西』は実戦向けの改良が施された新式武器(*3)が次々に登場している。


【大陸】

本編の舞台。

面積はユーラシア大陸とアフリカ大陸を合わせたよりやや狭い程度。

『東』と『西』の間には広大な海があり、船で数週間ほどかかる。陸路ではさらに数ヶ月を要する上、険しい山々や砂漠が広がっているため無事にたどり着ける保証はない。

大陸の西側に住む人々は「西方人」、東側に住む人々はおおまかに「東方人」と呼ばれるが、実際はどちらも多種多様な人種が存在している。

かつて大陸の東方にはさまざまな国家が存在し、それぞれ特徴を持った多彩な文化が花開いていた。

古帝国の東方進出と、それに伴う現地民の西方化によって文化の均一化が進み、今では大陸東方における独自文化はほぼ失われている。


2.組織編

【アエミリウス朝】

現在の『東』に君臨する政権の名称。

興祖皇帝による国家樹立以来、『東』の王朝は何度か交代している。

いずれの王朝も興祖皇帝、引いては『帝国』の始祖である太祖皇帝の系譜に連なっているものの、その実態は血で血を洗う骨肉の争いの連続であった。繰り返される革命劇は、広大な国家においては畢竟コップの中の嵐にすぎず、西方人による支配という『東』の骨幹を動揺させることはついになかった。完成された官僚制度は王朝が代替わりしようと問題なく稼働し続け、それは軍においていっそう顕著だった。(*4)

アエミリウス朝は『東』におけるハつ目の王朝であり、現在までに七人の皇帝が即位している。

アエミリウス家はもともと興祖皇帝の五男を祖とする大貴族であり、軍人を多く輩出した家系だった。

アエミリウス朝の創設は本編から二百年ほど前に遡る。当時のアエミリウス家当主クラウディウスは有能な将軍として名を馳せた人物だった。彼は辺境の反乱を鎮圧した後、凱旋に見せかけて帝都へと攻め入った。そして本家筋にあたる皇帝とその一族をことごとく処刑し、自ら皇帝に即位したのだった。

一族の名前の最後にはそれぞれの出自を示す名がつけられる。とくに「シグトゥス」は嫡流を、「マルディウス」は傍流を意味している。


【中央軍】

『東』の正規軍。

帝都イストザント周辺の防衛を主任務とする。親衛隊や帝都駐屯軍も中央軍の一部である。

高級将校から一兵卒に至るまで、人員のほぼすべてが西方人によって占められているのが最大の特徴である。給与や装備品は辺境軍に比べるとかなり優遇されており、その待遇に見合うだけの高い練度を誇る。

もともと中央軍と辺境軍という区分は存在しなかったが、二百年ほど前に実施された軍制改革によって明確な線引が行われた。時の皇帝は軍備縮小による財政健全化を掲げていたが、それはあくまで建前にすぎず、実際は西方人のためだけの軍隊を創出することが目的であった。それは中央軍がもともと存在していた親衛隊を増強する形で発足したことからも明らかである。

辺境軍とは指揮系統も軍組織も別個だが、人材の交換は行われている。中央軍から辺境軍への出向は左遷と見做されており、出世コースを外れた将校が一定の官位昇進と引き換えに地方へと流されるのが通例である。逆に辺境軍の有望な人材が中央軍に引き抜かれる例もごくわずかだが存在している。それも西方人だけに限った話であり、東方人はどれほど有能であろうと決して中央軍に迎えられることはない。

帝都周辺の諸州では警察としての役目も担っている。


【辺境軍】

『東』のもうひとつの正規軍。

帝都周辺の守備を担当する中央軍に対して、こちらは主に辺境の守備を担う。

中央軍が西方人だけで構成されているのに対して、こちらは西方人と東方人の混成軍である。東方人でも基準を満たせば将校に登用される可能性があり、なかには将軍にまでのぼりつめた者もいる。もっとも、全体を見渡せばそういった例は少数であり、西方人の将校と東方人の兵士が部隊編成の基本である。

地方在住の西方人で軍人を志す者は、家族ぐるみで帝都周辺に転居しないかぎり辺境軍に志願することになる。これはつねに一定数の将校を確保するための方策であり、両親が地方に留まったまま息子が中央軍に志願することは認められていない。地方の西方人に地主層が多いことを考慮すれば、選択の自由は存在しないのが実情である。

一般の兵士に関しては、農村部の長男以外の男子が大半を占めている。この時代、軍に入ることは、跡継ぎ以外の男子が家を出て生計を立てる数少ない道であった。辺境軍は地方における警察や消防、郵便、公共インフラの建設といった広範な業務を担っていたことから、軍としては来る者は拒まずの姿勢を取っていたことも彼らには好都合だった。

戎狄との戦いには北方辺境に駐屯する辺境軍が投入され、多くの犠牲を出した。


【海軍】

区分の上では辺境軍に属しているが、その実態はそう単純なものではない。

『東』は長大な海岸線をもち、領海もきわめて広範囲に及んでいる。当然、海上警備を担う海軍も相応に巨大な組織とならざるをえない。海を隔てた『西』を仮想敵としている関係もあり、海軍に対しては優先的に予算分配が行われてきた経緯がある。

組織的には辺境軍の一部でありながら、装備や将校の待遇はほぼ中央軍に準じているのはそのためだ。成立の順序を考えれば、むしろ中央軍こそ皇帝を警護する「陸の海軍」として創設されたと言った方が適切だろう。建国から長らく臨海都市パラエスティウムに首都が置かれていたこともあり、海軍は自らをして皇帝の親衛隊に任じていた。その根底には興祖皇帝の挙兵に真っ先に同調し、『東』の建国を支えたのは自分たちであるという強烈な自負があったことは言うまでもない。やがて首都がイストザントに移され、中央軍が創設された後も、海軍は辺境軍とは別個の組織として振る舞い続けている。辺境軍と同一視されることは海軍軍人にとって何よりの屈辱であり、とくに西方人の将校にとっては到底許しがたい侮辱とされる。

いまや『東』の海軍が保有する艦艇はおよそ三万隻あまり、大型の楼船や兵船だけでも五千隻を超える。これはまさしく有史以来空前の規模であり、西方で最大・最強の水軍を有するプラニトゥーデ家でさえ、戦力はその十分の一以下にすぎない。質・量ともに世界最強と呼ぶべき『東』の海軍だが、その一方で老朽化した艦船や港湾設備の更新には多大な費用を必要とし、長年に渡って国家財政を逼迫しているのも事実である。

海軍の職務は海上警備だけにとどまらず、各地の港湾や島嶼部における治安維持や郵便業務、果ては土木工事にまで及ぶ。軍とは言うものの、その実態はあくまで巨大な行政機関なのである。もっとも、これに関しては海軍の領域に辺境軍が立ち入ることを嫌うあまり、際限なく職務を増やしていったという側面もある。編成の上では純然たる戦闘部隊とこれらのは区別されており、海軍内のヒエラルキーを形成する要因となっている。


【元老院】

皇帝の諮問機関であり、『帝国』における最高意思決定機関の一つ。

古帝国時代から設置されていた由緒ある組織だが、『西』では諸侯の台頭によって自然消滅したため、現在は『東』にのみ存在する。

六十六名の元老院議員に、元老院議長を加えた計六十七名を定員とする。戦時や帝位が空白となった場合には増員されることもあるが、あくまで非常措置であり、実際に運用された例はこれまでの『東』の歴史においてたった三度しかない。任期は終身だが、高齢や病気の場合はみずから後継者を指名する(*5)ことで辞職が可能。

皇帝イグナティウスの実弟であるデキムスが元老院議長を長年務めていたことからも分かるように、元老院議員は皇族やそれに準ずる名門貴族の出身者に限られる。言うまでもなく彼らはすべて西方人であり、被支配階層である東方人が元老院議員に選ばれることは絶対にない。

元老院と他の行政組織との決定的な違いは、皇帝との対立が容認されているという点である。皇帝の手足である諸官庁や軍とは異なり、元老院はいわば皇帝の第二の脳だからだ。皇帝があきらかに誤った政策を実施しようとしている場合は口を極めて諫止し、皇帝も元老院の賛同を得ずして政治を行うことはない。「諫言不罰の原則」は、元老院議員がもつさまざまな権利のなかでも最も著名なものとして知られている。議員は議場における演説において、どれほど苛烈な表現を用いて皇帝を批判しても処罰されることはない。

両者が相互に牽制し、場合によっては激しく対立することで、『東』は絶対的な中央集権国家としては比較的健全な政策決定過程プロセスを確立している。

アレクシオスらが在籍する騎士庁ストラテギオンは元老院の下部組織として位置づけられている。


3.その他の世界設定

ディナル

『東』で最も多く流通している通貨。

材質は銀と銅の合金である。各時代ごとに銀と銅の比率にはばらつきが存在するが、アエミリウス朝三代皇帝アンゲロプロスの御世に鋳造されたものは特に銀の含有量が多いことで知られている。

帝都の屋台で売っている羊肉入り包子パンは一個80銭。標準的な役人の月給は三万銭。



【注釈】

*1:『東』における名称。『西』ではこの皇帝は即位の事実を取り消され、歴代皇帝にも数えられていない。西方では以後の『東』の皇帝はすべて帝位僭称者とされる。無論これは東方から見た『西』の皇帝も同じである。


*2:いずれも古帝国時代から続く西方きっての名門。興祖皇帝の東方追放も当時の三家の当主たちが中心となって画策したもの。


*3:特に鉄砲の進化は著しい。『東』では「鉄火箭」と呼ばれる原始的な火縄銃から進歩していないのに対して、『西』ではすでにホイールロック式銃が部分的に実用化されつつある。


*4:軍事力は少数民族マイノリティにすぎない西方人が圧倒的多数の東方人を支配する主因であり、軍の動揺や分裂は取りも直さず国家の崩壊を意味した。軍上層部も西方人によって占められている以上、自分たちの足場を危うくする行動は努めて憚られたのである。


*5:制度上は現役議員による推挙という形式を取るが、実際は世襲制である。自分の血縁者以外を指名することはありえない。臣下が権力を持つことが厳しく制限されている『東』において、元老院は例外的に残された門閥貴族の聖域である。

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