その時、別の場所で
雑務
港区の端、西区をすぐ後ろに背負った状況で、わんわんヒーローの三人は慌ただしく奔走していた。警察の特務部隊という名の『使いっ走り』である彼女らは、今行われている港区のイービルを主とする暴力集団の大規模殲滅作戦、の手伝いをしていた。
「うりゃあ!」
「へぶっ」
オブレイナが回し蹴りで暴徒を蹴散らす。ここにいるのは巨大イービル勢力、クラッシュでもフェアでもない、あぶれ者たちだ。港区にはいたるところにイービルや犯罪者、その予備軍などが多く点在する。その中でも危険な輩が集団となっていて、それをたった今排除している。そうすれば他のフリーな悪漢たちは自らに火の粉が掛からないように逃げようとする。これを警官と、わんわんヒーローが対処するのだ。
「いやあ!」
「んぎゃあ」
「クレインくーん、そっちに行きましたよー」
「デットさん、どっち……、あれか! やあ!」
それぞれがばらばらに、不審な者をふん縛る。単に避難しているだけの無辜な者も紛れているが、大体はぱっと見てわかる、わかりやすい者達である。なにせ近寄れば勝手に暴れるのだから、脛に傷があるのだろう。警察手帳を見せれば顔色が変わる。手が空いたのでデットがしゃがみ込んで息を吐く。見た目こそ大きく、強そうに見えるが頭脳派である彼には辛い仕事だ。
「ああ、早く帰りたい」
「もう少し、頑張りましょう」
「さっきも聞きましたよ……」
「へやあ!」
「むびゃ」
気の抜けるような掛け声と、悲鳴。マヌケな声の主はわんわんヒーローの隊長、オブレイナその人だ。いつも毅然とした、大人の女性である彼女には見合わない、幼稚な姿は彼女の能力に由来する。肉体の強化に応じて知能が下がる、段階で言えば今は五段階のニ。下から二つ目なのだが、それでも思考は単純なものになる。
最大に上げれば最早獣、最も軽いので箸が転げてもおかしい年頃といったところか。なので二段階は少女、それもギリギリ二桁、まだおままごとを楽しめる頃合い。仕事のことを覚えていても、幼稚さは否めない。
「やったー! 二十人目だー!」
「はいはい、すごいすごい」
デットの心のこもらぬ賞賛。聞こえているかも怪しい音量で、彼の悲哀が篭っている。オブレイナは戦闘中の自分を、やるかたないと割り切っている。それでも普段はもう少し気を張っているものだが、今はやけくそ気味なのも相まって、いつにも増して幼児退行が進む。無能力者の暴漢など、彼ら特務部隊が相手をするようなレベルではない。武器を持っていようが、能力者との差は埋めるには至らない。増しては百戦錬磨のオブレイナ、モチベーションはガタ落ち、考えを放棄した。ここまで負荷を上げる必要はないのだが、無心で戦うには辛いのだろう。それを尻目にクレインがデットに話しかける。
「ここいらのは概ね倒しましたかね」
「そうですね、後は担当の警官たちに引き渡して、帰るとしましょう」
「現実逃避は止めましょう、次に向いますよ」
これ見よがしにデットはため息を吐いてみせるが、クレインは見ぬふりで流す。そこにオブレイナが戻ってきた、クレインが応対する。
「終わったよ―」
「お疲れ様です、隊長。はいこれ」
「わ! 飴だ――」
懐から出したキャンディを、オブレイナの手に渡すその瞬間、デットが指を鳴らす。するとポカンとしたオブレイナがはっとする。
「――ああ、終わったか」
「お帰りなさい」
「次の現場ですって、私は帰っても――」
「「だめだ(です)」」
「はあー……」
彼女を正気に返すのはデットの仕事だ、放って置いてもそのうち戻るのだが、今は急ぐのでこうしたのだ。オブレイナは嫌い、羞恥を堪えているが眉がヒク付いている。笑えば殺されかねない中、クレインは必死で堪えていた。
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