港区探索 わんわん・ヒーロー編

人探し

 雑多に物が散らばる空間に、けたたましい音が鳴り響く。クレインは発生源である、古風な黒電話の受話器を手に取る。


「――もしもし」


 この電話も、部屋にある変わった品、珍妙な置物や敷物。オリエンタルな呪物――正体の分からぬ奇妙な頭蓋やアクセサリ――にも見えるものから、不気味な人形。これらは全て、デットの趣味により集められたものである。オブレイナも多くは言わないが、時折邪魔そうに愚痴を吐く、しかしデットは意に介さずむしろ増える一方であり、それらに集る埃の掃除がクレインの主な仕事となっている。

 少年のイービル――連続殺人を犯した元学生の――との一件以降、一月が経過したが、その間にわんわんヒーロー(警察内部に作られた、凶悪犯に対処するための部署で面子は隊長のオブレイナ、デット、新人のクレインの三人のみ)がこなした仕事は僅か二つ。しかもその一つはイービルの手によって破壊された建物のゴミ処理で、文字通りごみ処理施設だった場所に現れたイービルが従業員もろとも殺害したための後処理、という、頼む相手を間違っているとしか言えないもので、結局クレインがちまちまと燃やして回る羽目になった。相手にしたイービルも難敵ではあったが、理由の殆どが相手の能力。特定の相手を魅了する力を持つ男のイービルで、力は弱いものの、その外見、整った容姿は“効き”を良くし、彼を守ろうとする“男性”を無力化する面倒が付きまわった。それを無力化――物理的に黙らせ、イービルを取り押さえた。ストレスの溜まったオブレイナがイービルをボコボコにし、それを止める際にクレインが負傷するという、意味の分からぬ出来事もあった。

 オブレイナの能力は肉体強化なのだが、それは『理性を削り爆発的な力を得る』というもので、加減を間違えると見境なしに暴れるというリスク付きである。だが普通であれば躊躇うような能力をオブレイナはお構いなしに振るい、周囲の建物等に被害が及ぶのだが、後始末はデットとクレインに任せている。彼女はかつて警察のエリート組に属していたらしいが、その性格が仇となり閑職に追いやられたという。そしてほぼ自主的に仕事を放棄し、今の部署を作り上げたという。デットがクレインに話した内容には、上層部の弱みを握っていたオブレイナが無理を押し通したとも噂されているようだ。

 クレインが電話の対応をしている間、デットはソファに寝転がりながら携帯端末を弄り、オブレイナは趣味のクロスワードに勤しんでいる。やがてクレインが電話相手に別れを告げ、受話器を置いた。


「なんの電話だったんだ」

「仕事の依頼ですよ」

「そりゃ珍しい」


 オブレイナが尋ねるが、デットは寝転がりながら相槌を打つ。


「内容は?」

「なんでも、不審な失踪が相次いでいるとか」

「ははあ、よくあるやつですなあ」

「なんだ、また人探しか」


 仕事が来たことで、少し声のトーンが上がったオブレイナだが、中身を聞くことでまたテンションが戻った。デットは変わらず、端末から目を離そうともしない。


「ただ……」

「……面倒事か」

「よくあるやつですなあ」


 オブレイナの言う通り、ここに来る仕事など面倒事しかない。つまりデットが口にするよくあること、なのだ。


「場所がですね、“港区”に集中しているとか」

「――よし、断りの電話を」

「残念、今は仕事が立て込んでましてなあ」


 立ち上がり電話を手にするオブレイナ、デットはどこが忙しいのか、動く気配もない。


「諦めてください、それに断れるわけ無いでしょう」


 現実逃避する上司を諌めるクレイン。転属して一月だが、すでにこの立場が板についている。

 センチナル市屈指の危険スポット港区。それがわんわんヒーローの、今回の現場だ。

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