刺客
その後、幾人かに話を聞いたレナード。今は情報を整理するために港近くの公園にいる。公園では寒風が吹く中でも子供たちが元気に遊んでいるが、それを尻目にレナードは思考を巡らせる。質問を浴びせた何人かにはやや“厳し目”な聞き方をしたのだが、結果は芳しくなかった。というよりも軍の側には感じられる緊張感というものが、その辺のゴロツキには見られない。噂には聞いているがそこまで気にしていない、“なんとでもなる”とでも言いたげな呑気さがあった。これがなにを意味しているのか、そこまでは掴めなかったが、逆に何者かの思惑を感じずにはいられないレナード。
(あいつ……)
先ほど出会った、コーダーを思い浮かべる。軽い態度の裏に、強かな思慮深さを忍ばせる、そうレナードの勘が囁いている。この事態にも、なにがしかのリアクションを示す、すでに動いている可能性もある。それにコーダーはイービルだ。レナードにはそれが判別できるのだが、コーダーに関しては少し懸念、わかりかねるところがあった。イービルにあるまじき落ち着き、傾いているのではないそういう性格本性なのだ。今までに見ないタイプにレナードは良くない兆候を感じている。
(そうなったらそうなっただ。俺には関係のない――)
また事のついでにダストについて尋ねたのだが、どれも要領を得ない。そこらの小さな犯罪グループ、そういう認識なのだが、具体的なことは誰一人知らなかった。弱小グループ、新興の集団。それだけのことで納得もできるのだが、レナードには引っかかるものがあった。そうして思案を巡らせていると、近づく影が一つ。
「順調かい、断罪人の旦那」
「……人違いでは」
「あはは、似合わないぜ、その口調。それに脱サラの設定はちょーっと無理があるんじゃない」
リーゼントヘアの男。珍しい黄緑の瞳はコンタクトレンズだろうか。朱色のダウンジャケットにジャージーズボン。唇や耳に丸いピアスを開けている若者。話しぶりではずっとレナードを監視していたようだが、レナード自身見られている感覚はあったものの特定できなかったのだが、まさか自ら姿を晒すとは。
「おっと、そう身構えないで、ただ殺しに来た“だけ”だから」
斜に構え、見下すような視線でレナードに笑いかける。軽い口調で死刑宣告をしたが冗談の類には思えない。レナードは黙って様子を伺うが、やがて口を開く。
「何の用だ」
「ボケてんのか? 今言ったじゃあん」
「どこの差し金だ」
「お、わかる? けど教えなーい」
嘲るような態度だが、レナードの眉は微動だにしない。それを見てつまらなげに顔を歪める男。
「俺も遊びに来たわけじゃないからいいけど、……それじゃあ早速始めようか」
そう言うと男はレナードに前蹴りを放つ。愚直な攻撃ではあるが、レナードが反撃する前に足を引き距離を取りステップを踏む。喧嘩慣れしているようで、格闘技経験もありそうだ。レナードはちらりと公園の子供たちに目を向けるが、すでにいない。この住んでいるのだ、子供であってもこういうことには慣れている。
すぐに目を戻すが男がいない。見逃すような真似はしていないはずだが、何処にも見えない。緊張を解かずに構えるレナード。だが不意に後ろから風を切る感覚、咄嗟に腕を出す。鈍い衝撃で弾かれるが、倒れるほどではない。襲ってきたのは男の拳。
「ひょえー、流石、噂通りだね」
「……転移か」
いわゆる“ワープ”。
「ご明察、俺も調べてるからね。これなら旦那の力は関係ないっしょ」
「そうだな」
レナードが能力を無効化出来るのは自身をターゲットにしたもののみ。それであれば炎であっても防げるが、空間に干渉する転移能力には効果を発揮しない。
「ってことは、だ。今の旦那はただちょっと強いおっさんって訳だ」
「……」
男の言葉は事実だが、レナードに焦りの色はない。迷わず腰からリボルバーを抜いて速射する。しかし読んでいたのか、男の姿は掻き消え弾丸は空を切る。それと同時に横から蹴りが飛んできて、今度はレナードの横腹に食い込んだ。少し飛ばされるが、威力から察するに基礎身体能力は然程高くない。徒手でやりあえばレナードに分がある。しかしそれは容易ではない、レナードが男を掴みさえすれば能力を無効化出来るが、それとわかっている男は簡単には襲わず、フェイントを混じえながら攻撃を繰り返す。
「ほらほら、どうする、黙って死ぬかい、それとも逃げる? まあ逃がす気無いけどさ、はっはは」
男は勢いに乗り、煽りる言葉にも強気が滲む。だがそれが隙を産んだか、レナードの勘が勝ったか。レナードの右側に現れた男の回し蹴りを伏せて躱し、先の尖った重しの付いたワイヤーを放つと男の足を掠めた。ズボンが避けるが直撃とはいかない、男は距離を取ると苦痛に顔を歪めた。
「痛っ……ってえな、畜生」
「戦い慣れているようだが、頭の方は残念な出来だな、お前」
「ああ?」
怒気の篭った男の声。
「飛ぶ位置がワンパターンなんだよ、右左右ってな。読むのも簡単だ」
「そういうことはな、まともに当ててから言えってんだ」
「出来るさ」
「ああそうかよ」
レナードの後方に飛んだ男だが、レナードは見もせずに前に逃れ、後方に銃を放つ。一瞬早く男が気づき、転移して躱す。
「ほらな」
「くっ……、ならよ」
男の姿が消えたと思った直後、レナードの目の前に現れた。腕を顔の前に構え、防御の姿勢を取るレナードだが、攻撃は来ず左側。これも読んでいたレナードが防御するが、男の子節が当たった瞬間に体に鈍い痛みが奔る。
「スタンガンか」
「特別製さ、能力者だろうがただじゃ済まねえ。もう一撃、耐えられるかな?」
そういった対能力者の武器の話は聞いているが、そこまでの威力を備えて尚、袖の中に仕込めるだけの大きさ、それはレナードをして初めて見るものだった。それを知り、男のバックの存在が気になるレナード。この時初めて、レナードは男を“真剣に”相手する気になった。
「ならその前に仕留めるだけだ、聞きたいことも出来た」
「やってみろよ!」
レナードの後ろに飛び、またすぐに右。前後左右に揺さぶりをかけた最後、男が消えた。何処にもいない、否、上だ。少し反応が遅いレナード、スタンガンのダメージも残っており、地面を転がって辛うじて躱す。態勢が崩れたところにトドメと男が迫る。
「おらよ、これで――」
「――終わりだな」
男の目の前に地面。反応も出来ずに体を打ちつけた。レナードが放っていたワイヤーは近くのベンチに巻き付き、それを引くことで足を掛けた。
「ぐがっ、げっ」
「はい、お終い」
男が立ち上がる前に、レナードが胸を踏みつける。こうなっては男の能力は使えない。
「さて、じゃあ先ずはなにを……」
「そうは、いくかよ、俺はこれでも“ダスト”の――」
「な……」
聞き捨てならない言葉を吐いた後、男が何かを噛む仕草をし、それからパタリと首が落ちた。なにか毒物を口に含んでいたようで、すでに事切れている。
「随分周到、こいつも自害するような奴にも見えなかったが」
新たな疑念、後味の悪いものを残しレナードは公園を去る。戦争の開始は、もう近くに迫っている。
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