悶々と
レナードとの邂逅から進むこと一週間、ダイは焦燥の中にあった。学校では今尚、実技少なに机上での勉学が続いていた。ヒーローの在り方や、状況判断なども大事だと理解しているが、それも実技の中で学んでいけば良いのではないか。疑念が渦巻いていく中で、それを口にするのはダイ一人だった。他の生徒達と話すと、実習を望む声はあれど今の授業の必要性を言うものばかり。それらには実戦への恐怖が垣間見え、ダイは心の中で悪態をついていた。それでヒーローになるつもりか、今目の前にイービルが現れれば逃げ出すのか。つい数日前の自分がそうであったが、次はない、あのまま助けがなくては死んでいたかも知れない。イービルの危険を改めて、身を以て知ったダイはその思いを強くしていた。その辺りを理解しているテツも時期尚早、ゆっくりと成長すべきだとダイに説いた。講師陣にも食って掛かったが、丁寧に説得され、渋々引き下がらざるを得なかった。
そうして悶々としていたが、ついに体を動かす、基礎トレーニングから一歩踏み込んだ授業が行われていた。武器を持たず、能力も使わずに組手で戦闘訓練を行う。三分一本で、次々と相手が変わっていく。ダイは文句を言うが、ここはヒーロー養成所、市井の学校とは違いその訓練は強度が高い。成長期特有の回復の速さも見込んで、限界ギリギリまで追い込むメニューも段々と増えていく。これは小手調べ、これから始まる訓練の過酷さの、一端を垣間見るための入門編である。
初めてそのことを知った生徒たちは面を食らったように、過酷な訓練を熟す。しかし授業時間の半ばにも関わらず、疲弊を訴え動きが鈍るものが続出している。教師のミルクルは元々小さな声を、精一杯張り上げて喝を入れる。
「――そんなんじゃ、戦場では死んでしまうよ……。本当に動けない、その時まで諦めることは許されない、それがヒーローさ……」
今までの授業では優しく教えていたミルクルも、ここに来て態度が一変。スパルタの様相を呈している。本来こういう男ではあるのだが、それを知らぬ生徒たちは驚きと、過酷な授業内容から顔を青くしていた。だがそういう生徒たちが多い――例年のことではあるが――中で、一際、気を吐いている者がいた。ダイだ。待ちに待った授業、それも想像以上に堪える内容。今の相手をしている生徒が、完全に圧倒され、眼の端には涙さえ浮かんでいる。
「ちょ、ま……、少しは手加減してくれよ!」
「それを、イービルに言ってみろよ」
懇願を受け入れず、足払いからの脇固め。直ぐに相手はタップし、立ち上がるダイ。ミルクルが近づいて来る。
「良い気合だ……、けれどこれはあくまでも授業。あまり熱を入れすぎる、冷静さを欠いてはいけないよ」
「けど、実戦を意識して……」
「そうだね、だけれど今、彼のタップが少しでも遅れていたら、怪我をしていただろうね、それもあまり良くない……」
その言葉を聞いて、対戦相手を見ると、座り込んで腕を抑えていた。熱中するあまり、力加減を誤ったらしい。
「あ、ごめん……」
「ヒーローに欠かせない要素、思考の明瞭さ。いつ何時でも平常心、大事なことだよ」
「はい……」
「授業態度は素晴らしい、あまり落ち込まないように、彼も少し集中を欠いていたようだしね」
「え」
矛先が向くとは思っていなかった、ダイの相手が驚きの声を出す。
「疲れているのはみんな同じ、そこでなにが出来るのか。それを常に考えるように」
「……はい」
「うん、じゃあ追加メニュー、組手を三本追加、相手は僕がするから」
「へ」
「さあ行くよ」
「ま、待って――」
引きずられていく彼を見送っているダイ。講師直々のトレーニングは羨ましいが、実力の近い相手も大切である。ダイのことで一時止まっていた授業が再開された。そしてその分長引き、ミルクルが根性論に熱いことを、足腰が立たなくなってから、生徒たちは学んでいった。
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