秘密組織

 クレインは西地区の古い雑居ビルの前にいた。五階建てで、一回部分には安い居酒屋があり、昼の今は閉まっている。用があるのは三階、酔っぱらいが横たわる入り口を入ってすぐにある階段を登り、アルミ戸を開ける。扉には『占い・風水』と書かれているが、外に看板を置くでもなく、商売努力を何一つしていない。それもそのはず、形だけそれらしければ良いのだから。

 ノックをして、中に入るとキツい香の匂いが漂い、眉根を寄せた。オリエンタルな内装、あらゆる地方の呪いなどに用いる、不出来な人形や仮面。変わった文様のすだれなどが雑多に散らばっている。ここにいるものが公職に就いているなど、にわかには信じられない。

 そこまで広くないテナントにも関わらず、仕切りや物が多いせいで見通しが悪い。そのせいで奥に行くまで人影が見当たらなかった。ようやっと奥に行くと、古い形の真四角のテレビに向い、低いソファに横たわる男がいた。近づいて話しかけようとしたところで足が止まる、聞いていた話と違う。確かここにいるのは女性のはず――。


「おい」

「!」


 不意に横から声がかけられ、足がもつれる。転びそうになるのを堪えて、たたらを踏むがその足を払われた。為す術無く転がされ、尻もちを付いたところで顔を上げれば、目の前に拳銃が突きつけられていた。


「あの……、オブレイナ警部、ですか?」

「……この状態で、挨拶とは肝が座っているのか、ボンクラなのか」


 拳銃を構えた女性は直ぐにその手を下ろし、腰に戻す。クレインも立ち上がり、名乗る。オブレイナと名乗った女性は聞いていた通り、褐色の肌で黒い長髪を靡かせた、蠱惑こわく的な美人。年齢については触れていけないと、念を押されている。彼女は茶色の瞳が宿る、切れ目の目を更に細めて睥睨へいげいする。


「ああ、お前がダンデの言っていた、可哀想に」

「い、いえ来た以上自分も出来ることを――」


 話している途中だが、デコピンで止められた。


「可哀想なのはダンデの方だ、馬鹿者。秘密のアジトをノックする奴があるか」

「え……、あ!す、すいません!」


 やっと怒られた理由に気が付き、羞恥とともに頭を下げる。


「それと、私の役職を口にするな。誰が聞いているかも分からん」

「そうなのですか?」

「まあ、場所を秘密にしているだけで、存在そのものは知れ渡っているのだけどな。一応だ、一応」

「はあ」

「まあいい、挨拶もそこそこに。早速仕事の話だ……、おい、お前も名前ぐらい名乗っておけ、起きているんだろう」


 オブレイナはソファに寝ている男に声を掛ける。するともぞもぞと動き出し、立ち上がると、二メートルに迫ろうかという大柄な男だった。小さな室内で、天井が低いことも相まってより大きく見える。クレインも180センチはあるが、それでも圧迫感を感じる。

 温厚そうな、丸い目をした男で、歳はクレインよりも5つは上に見えた。赤みがかった白肌で、黒い髪は短く刈り込まれている。彼は首をコリコリと鳴らして欠伸をした。


「……デット、サマリーナ・デットだ」

「おい、寝直すな。これから会議だ」


 オブレイナがデットの頬を軽く叩き、ソファの前の机に向かって、柔らかそうな革張りの仕事椅子に座る。デットはそのままソファに座り、クレインは置いてあったパイプ椅子に腰掛けた。話し出す前に、クレインは気になっていたことを尋ねた。



「あの、これで全員なのですか?」

「もう一人いるが、そいつはいま出張中だ」

「早く会議を済ませましょうや、寝直したいんだ」


 デットがマイペースな男だというのが、この数分で分かった。


「そうもいかん、こいつが来たから、我々も本格的に動かなくてはならん」

「……そうでしょうなあ」

「分かっているなら良い、じゃあ我々、対イービル専門部隊、通称『わんわん・ヒーロー』の作戦会議を始めるぞ」


 クレインはこれが笑うところなのか、かなり真剣に悩んだ。

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