正義の味方 クレイン編
人事異動
白い肌から、一際白い息を吐きながら人混みをかき分け、クレイン・セラッタは立ち入りを禁止するテープを潜って進む。そこには既に同僚が大勢集まっており、やや申し訳なげに低く歩く。そして特に人が集まっている場所に行くと、小柄な男に話しかけた。男はポケットに入れていた手を出して軽く上げ、また戻した。クレインは白に近い金髪を下げて謝罪から入る。
「済みませんダンデさん、道が混んでて」
「ああ聞いてる、事故だってな。こっちもさっき来たところだ」
「これが……、中を見ても」
「あんまり状態は良くないからな」
クレインは屈むと、足元にあるもの。長い何かが青いシートで覆われている、それを捲って覗き込む。青い瞳が小さくなる。
「――こりゃ酷い」
「まあ十中八九、ってやつだ」
中にあったのは男性の遺体。性別は体格から判断したもので、顔の判別は不可能だった。
「これは潰れて……、抉られている?」
「体にもそれがあちこちにある、服の上からだ」
顔の中央に、黒い穴が開いている。更にシートをめくると、ダンデの言う通り体中に穴が開いている。大きさは様々、小さいものは三センチ、大きなものは十センチ程の穴が無数にある。深いところは骨にも達しているようで、辛うじて“繋がって”いるような箇所も存在していた。
「けど傷の割に出血が少ないですね」
「肉ごと“持って行かれた”って感じだな」
「こんな手口は初めてですね」
「データベースにもあるかどうか、照会は掛けているが、期待はできないようだ」
クレインが息を吐く。彼はまだ青年の内に入るが、顔つきは爽やかさからは程遠い、曇ったものだった。
「また新しいのですか」
「イタチごっこ、後手後手だよ」
二人共確信を持っている。イービルの仕業だと。それも今までに出会ったことがない、新しい者の起こした事件だ。
「隠れていたのか、最近“なった”のか」
「どっちにせよ、難航するだろうな」
イービルは超能力を悪用する者の総称、であったが、近年は別の見解が出てきている。これは今まで素行に問題のなかった者でも、唐突に悪しき存在へと変化するからだ。イービルはそういった因子を抱えた者がなるのではないかということで、それが事実であれば前もった警戒はほぼ不可能である。ここ大都市、センチナル市にはそれこそ無数のイービル予備軍が居ると言われ、日夜警官やヒーローが目を光らせているが、状況は芳しくない。最近は街を離れるものも多く出始めているが、他所も対して変わらないとも噂される。
「被害者は……、浮浪者ですかね」
「多分な、身元が分かるものは持っていなかった。時間や場所的にもそう考えるのが妥当だな」
今の時間は午前九時。場所は街外れにある高架線の下、発見したのは七時頃に散歩中だった男性。鑑識はまだだが、死んでからそう時間は経っていない。そしてこの付近にはホームレスが多くいる。この遺体も服は何日も洗っていないように見え、残っている髪も不潔さを
「物取りには思えない、ってことは猟奇殺人ってこともありますかね」
「――ったく、最近はそういう輩も珍しくなくなっちまった。昔のイービルは“節度”があったってのによ」
ダンデはクレインに近づく。
「まあそういうこった。細かいことは俺達で調べる、お前は“あっち”に回れ」
「……やっぱり、そうなるんですね」
ダンデは頭を掻く。
「お前が望んでいないのは知っている、気持ちもわかるが、人手が足りないのが現状だ。向こうにも説明はしてある、基本的にはサポートに徹してくれ」
「……ありがとうございます」
低く頭を下げると顔を上げ、立ち去るクレイン。ふと野次馬の中に、見覚えのある影があったような気がした。
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センチナル市、西地区を、闇夜を走る影が二つ。
「はっ、はぁっ……、ああ、もう!なんだってんだ、俺が、なにをしたってんだよ!」
入り組んだ路地を縫うようにして駆けるが、既に息が切れている。口の中は鉄の味がし、膝が笑う。それでも逃げなければ、悪魔は追ってくる。それはこの男が薬物使用者なのも、今酷く酔っていることとも関係がない。事実多くにとって、悪魔なのは間違いない。
建物の間にある、むき出しの水道パイプの影に隠れる。酷く冷たいが、今だけは心地よい。息を整え、影から様子をうかがう。
「はあ、はあ……、どこにいった、逃げれたか……?」
「――なら良かったのにな」
振り返ると、悪魔はいた。全身を覆う黒いスーツの上にボンテージ、顔には狂気的に歪んだ笑みを浮かべる仮面。おおよそ、常人には思えぬ出で立ちで、かれこれ半刻は追い回されている。明らかに遊び半分であり、この世でそのような事を仕出かすのは一種類しかいない。
「い、イービル……、イービル……」
「そう、そう。みんなそう呼ぶよな、けどこれからは違う」
男が逃げようとしたが、敵わなかった。足を挫いて転んだ、今までなにもなかった地面に穴が空いていたせいだ。
「うあっ」
「俺達がさ、普通になるんだよ。だから、お前たちみたいな、何の取り柄もない奴はいらない、特に……」
尻もちを付いた形の男の、膝が逆方向に曲がる。右の膝は上にあるのに、同じ状態だった左足の先が天を向く。仮面の男の人踏みで、ひしゃげてしまった。
「いあい!痛い!やだ、助け!」
「誰も、助けないよ。お前みたいな、世界の爪弾き者は、本当に汚い、目障りだよ」
パチンと音がなった瞬間、恐怖に歪んだ男の眼の、半分が奪われた。
「あぎゃ、ぐが――」
叫ぼうとしたが叶わない、更に音がなるとともに喉が奪われた。首筋に穴が開いている。
「汚れはさ、拭かないと、取らないと。だから俺が、『俺達が』……」
「――、――」
男が話せなくなり、動けなくなって尚、小気味よい音と、蹂躙は続いた。
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